日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
出血性十二指腸gastrointestinal stromal tumorに対して膵頭十二指腸切除を施行した先天性凝固第VII因子欠乏症の1例
中野 順隆寺島 秀夫真船 太一塚本 俊太郎朴 秀吉今村 史人丸森 健司神賀 正博
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2015 年 48 巻 1 号 p. 23-30

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Abstract

症例は32歳の男性で,突然の右腹痛と貧血症状を主訴に受診し,腹部造影CTにて十二指腸下行脚に約8 cm大の内腔出血を伴う腫瘍を認めた.精査にて,先天性凝固第VII因子欠乏症を伴う十二指腸gastrointestinal stromal tumor(以下,GISTと略記)と診断された.術中PT-INRを1.0に維持する目的に,リコンビナント活性型第VII因子製剤を投与しつつ膵頭十二指腸切除術を施行した.術中うっ血した腫瘍からの出血が多くなったものの,腫瘍摘出後は良好な止血が得られ,術後合併症なく第16病日に退院となった.病理組織学的診断では,隣接組織への浸潤は認められず,免疫組織化学染色検査ではMIB-1指数30~40%,c-kit(+),S-100(–)であり高リスクGISTと診断された.先天性第VII因子欠乏症を伴う十二指腸GISTは非常にまれであり,膵頭十二指腸切除術を施行する際の対応方法に言及して報告を行う.

はじめに

十二指腸gastrointestinal stromal tumor(以下,GISTと略記)の頻度は全GISTの4.5%を占めるに過ぎず1),一方,先天性凝固第VII因子欠乏症は50万人に1人程度2)であることから,併存例は極めてまれと考えられる.十二指腸GISTでは特有の豊富な血流によって術中出血量が多くなる傾向3)があり,凝固因子の異常を伴う場合には出血コントロールが大きな問題となる.検索するかぎり,先天性凝固第VII因子欠乏症に対する膵頭十二指腸切除術を施行した報告はない.今回,先天性凝固第VII因子欠乏症を伴う出血性十二指腸GISTに対し,リコンビナント活性型第VII因子製剤(recombinant activated factor VII;以下,rFVIIaと略記)の投与により膵頭十二指腸切除を安全に施行でき,良好な経過を得たので,文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:32歳,男性

主訴:腹痛,貧血

既往歴: 特になく,出血傾向を示唆する病歴もなかった.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:4か月前に貧血,黒色便を主訴に他院を受診したが,明らかな異常は指摘されず,経過観察となっていた.2013年1月,突然の右側腹部痛と貧血症状を主訴に当院に救急搬送された.CTにて十二指腸下行脚周囲に内部に出血を伴う約8 cm大腫瘤を認め,緊急入院となった.

入院時現症:身長173 cm,体重80 kg,緊急搬送時は腹部正中~右側腹部にかけ圧痛,軽度反跳痛が存在した.

入院時検査所見:白血球増加と貧血が認められ,赤血球濃厚液計計4単位の輸血を施行したが,入院3日目でHb 7.3 g/dlまで低下を認めた.一方,血液凝固検査において,プロトロンビン時間(prothrombin time;以下,PTと略記)は32%と低下,活性化部分トロンボプラスチン時間は49.7秒と軽度延長,プロトロンビン時間国際標準比(prothrombin time-international normalized ratio;以下,PT-INRと略記)は1.95と明らかな延長を示し,血液凝固能の異常が示唆された(Table 1).

Table 1  Blood biochemical findings on admission and detailed examination of hemostasis after establishing hemostasis by the conservative treatment
On admission
WBC 14,200​/μl
RBC 395×104​/μl
Hb 10.4​ g/dl
Ht 34.7​%
PLT 27.9×104​/μl
CRP 0.25​ mg/dl
TP 7.4​ g/dl
Alb 4.7​ g/dl
T-Bil 0.3​ mg/dl
AST/ALT 22/26​ U/l
LDH 287​ U/l
γ-GTP 27​ U/l
BUN/Cr 20.5/0.7​ mg/dl
eGFR 106​ ml/min
PT% 32%​ (70~100)
PT-INR 1.95​ (0.85~1.15)
APTT 49.7​ sec​ (25~40)
Detailed examination of hemostasis after establishing conservative hemostasis
Coagulation factor II 79%​ (75~135)
Coagulation factor VII 17%​ (75~140)
Coagulation factor VIII 149%​ (60~150)
Coagulation factor X 74%​ (70~130)
Protein C activity 64%​ (64~146)
Protein S activity 68%​ (60~150)

胸腹部造影CT所見(救急搬送時):十二指腸下行脚筋傍に内部に出血を伴う77×51 cm大腫瘤病変が存在し,周囲に中等量の腹水を伴っていた.その他リンパ節腫大や肝腫瘍などは認めなかった.

入院後経過:輸血,新鮮凍結血漿の投与による保存的治療にて症状は改善し,血液凝固機能の異常と十二指腸腫瘍に対する精査が進められた.

血液凝固能の精査:肝機能は正常であり,ビタミンK欠乏もないことから,先天性凝固機能異常が疑われ,第VII因子凝固活性(factor VII coagulant activity;以下,FVIIcと略記)を測定したところ17%(正常値:75~140%)と異常低値を示し(Table 1),先天性第VII因子欠乏症と診断された.

胸腹部造影CT所見(入院2週間後):腫瘍内の血腫は吸収過程でサイズ変化は軽度で,周囲腹水は消失し明らかな播種結節も認めなかった.膵頭部や横行結腸と境界不明瞭.膵周囲から腫瘍に流入する血管を多数認めた(Fig. 1A, B).

Fig. 1 

A: Abdominal contrast-enhanced CT taken after establishing hemostasis shows a mass (white arrows) with internal hemorrhage located in the duodenal second portion. B: Three-dimensional CT shows a hypervascular tumor (white arrows) adjacent to the pancreatic head.

上部消化管内視鏡検査所見:十二指腸下行脚に浅い中心部潰瘍を伴う粘膜下腫瘍を認めた.腸管内への明らかな出血は認めなかった.生検が施行され,十二指腸GISTとの病理組織学的診断が得られた(Fig. 2).

Fig. 2 

Upper gastrointestinal endoscopy revealed a sub­mucosal tumor with a central ulcer in the duodenal second portion.

治療方針:GISTによる明らかな播種や遠隔転移は認めないことから外科治療の適応が検討された.先天性凝固第VII因子欠乏症の併存によって再出血の際に止血困難になる可能性を重要視し,イマニチブ術前化学療法は行わずに手術を行う方針となり,当科転科となった.血液内科と協議した結果,先天性第VII因子欠乏症に伴う凝固異常に対し,手術直前から術後6時間までのPT-INRを1.0に維持することを目標としてrFVIIa(ノボセブン®HI 1回15 μg/kg)を術前4時間前,術中4時間ごと,術後6時間後に投与する方針となった.

手術所見および血液凝固能の推移:腫瘍は径約9 cm大で十二指腸の前壁を中心として発育しており,膵頭部や横行結腸間膜に強固に癒着しており,根治性の観点から部分切除は断念し亜全胃温存膵頭十二指腸切除および横行結腸部分切除術を実施した.再建はIIA-1型(膵癌取扱い規約)として,膵空腸吻合は5Fr膵管チューブ(ロストステント)を用いた柿田式吻合,胆管空腸吻合は結紮縫合,胃空腸吻合は前結腸経路とし一層連続縫合で行いBraun吻合を付加した.手術時間は6時間40分であった.

PT%,PT-INR,Factor VIIcと出血量の推移をFig. 3に示した.術前のrVIIa投与によって執刀開始時のPT-INRは0.8を呈し,むしろ凝固機能亢進状態にあった.総出血量は2,082 gとなったが,その大半は腫瘍のうっ血に起因する滲出性出血であり,腫瘍摘出後の止血は良好であった.

Fig. 3 

The relation among administration of recombinant activated factor VII (rFVIIa), changes of blood coagulation tests such as prothrombin time (PT), factor VII coagulant activity (FVIIc), and prothrombin time-international normalized ratio (PT-INR), and changes of hemorrhage volume during surgery.

病理組織学的検査所見:肉眼所見としては,十二指腸乳頭のやや近位側の十二指腸壁内に,中心部に潰瘍を伴う最大径8.3 cm大の周囲組織との境界明瞭な腫瘤を認めた(Fig. 4).病理組織学的検査所見では,紡錘形細胞が不規則に交錯する細胞束を形成しながら増殖しており,細胞の形状・大きさは比較的均一だが,細胞密度は高く,核分裂像数(20/50HPF)は高リスクの診断であった.膵実質や切除された結腸壁への浸潤やリンパ節転移は認めなかった.免疫組織化学染色検査では,MIB-1指数30~40%,c-kit(+),CD-34(+),desmin(–),S-100(–)であった(Fig. 5).以上から,Fletcher分類4),Miettinen分類5),modified Fletcher分類(Joensuu 分類)6)のいずれにおいても,高リスクの十二指腸GISTと診断された.

Fig. 4 

Macroscopic finding of the resected specimen shows that a tumor with a central ulcer (8.3 cm in maximum dimension, white arrows) arose from a duodenal wall proximal to the ampulla of Vater, and adhered strongly to the transverse mesocolon (white circle including the transverse colon).

Fig. 5 

A: Microscopically, spindle-shaped tumor cells show dense proliferation with irregular arrangement, and do not invade the surrounding tissue. B: Immunohistochemically, those cells show a positive response for c-kit.

術後経過:FVIIcは術後2日目に元の水準(10%台)に戻り,PT-INRも2.05と延長していたが(Fig. 2),後出血の問題はなかった.合併症なく順調に経過し,術後16日目に退院した.外来にてイマチニブ(グリベック®)400 mg/日の投与を開始し,術後1年2か月の現在,再発なく通院されている.

考察

GISTの発生部位は胃が半数近く占め,十二指腸原発GISTは全GISTの約4.5%と報告されており比較的まれである7).医学中央雑誌(医中誌Web)において,1983年から2014年1月までの期間で「出血」,「十二指腸GIST」のキーワードで検索すると,会議録を除くと24例報告されていた.うち4症例1)3)8)9)については,術前塞栓療法を併用するほどの出血傾向を伴う腫瘍であった.GISTにおける腫瘍出血のメカニズムとしては,粘膜下腫瘍増大による組織圧迫壊死を生じ露出血管を破綻される形式と,腫瘍細胞の直接的な血管浸潤により血管が破綻する形式に分類されるとの報告がある10)11).今回の症例も画像上血管が豊富であり,術前経過をみても易出血性と考えられた.さらに,本症例では,先天性凝固第VII因子欠乏症を伴っており凝固障害のリスクも大きな問題となった.医学中央雑誌(医中誌Web)およびPubMedにおいて,「十二指腸GIST(duodenal gastrointestinal stromal tumor)」と「第VII因子欠乏症(factor VII deficiency)」のキーワード検索では該当報告は認めなかった(2014年4月現在).

先天性第VII因子欠乏症は1951年にAlexanderら12)によって最初に報告され,プロトロンビン時間の延長と正常部分トロンボプラスチン時間を特徴とする,常染色体劣勢遺伝形式を呈する50万人に1人の発生頻度13)と推定され,国内においては平成24年度厚生労働省全国調査において70名が登録されるまれな先天性凝固障害症の一つである2).頭蓋内出血や胸腔内出血など致死的出血を来す症例報告もあるが,本邦報告例では,鼻出血80%,皮下出血35%,歯肉出血20%,血尿・腎出血20%,関節出血15%とされている14).確定診断は,後天性第VII阻害物質の発生やビタミンK欠乏状態,肝疾患の存在を除いた後,FVII活性と免疫学的に検出されるFVII抗原の測定によってなされる.一方で,臨床症状と第VII因子活性の相関関係が乏しいとされてきたが,Marianiら15)は,第VII因子遺伝子変異のホモ接合体やダブルヘテロ接合体の場合に,第VII因子活性の著明な低下と重篤な出血症状が多いことを報告している.残念ながら今回の症例では,遺伝子検査は行われていないが,今後同患者に出血傾向増悪を生じた場合は検討が必要と考えられた.ビタミンKの投与は無効で,補充療法として新鮮凍結血漿や保存血漿を用いることも可能だが,重症例では効果は不十分であり,第VII因子を十分に含む製剤が必要である.本邦では,安全性や止血効果からrFVIIaが推奨されおり16),出血治療および手術または侵襲的処置における出血抑制として15~30 μg/kgの4~6時間毎投与が推奨されている17).本症例でも,1回15 μg/kgを術前,術中,術後にかけて4~6時間で投与を行ったが,術中はむしろ凝固亢進状態となっており血栓形成などのリスクが危惧されるほどであった.Ingerslevら18)の報告によれば第VII因子欠乏症そのものに血栓を引き起こしやすい可能性も示唆されており,リスクの高い患者において高用量rFVIIaの投与が,心筋梗塞の発症増加や動脈血栓症発症が増加する報告例がある19).以上の知見に基づけば,rFVIIa投与時は血栓症の合併に十分注意する必要がある.

GISTの治療法に関しては基本的に外科治療が第一選択とされているが,近年,術前イマチニブ投与によって腫瘍を縮小させることで縮小手術が可能となった症例が報告されている20)~23).十二指腸GISTにおいても,その術前投与の有効性が報告されている24).GIST診療ガイドライン第3版 では,イマチニブによるGIST術前治療(臨床試験)の適応を「拡大手術が必要あるいは手術リスクの高いGIST(術前併存症を持つ切除可能例または多臓器合併切除を要する症例を含む)」とし,その効果について「イマニチブ術前補助療法の安全性に関してはほぼ確認されたが(推奨度:科学的根拠はないが行うよう勧められる),術前補助療法のみの予後改善効果は必ずしも確立していない(エビデンスレベル:症例対照研究,横断研究).」ならびに「切除可能GISTに対する術前投与は探索的治療であり,生存期間の延長を目的とする術前化学療法は一般臨床で積極的に推奨できる治療ではない(推奨度:科学的根拠がなく行わないように勧められる).」と解説されている.我々は,今回の症例を治療する時点において,上記に準じるような認識をもっていた.術前治療の適応に関して,本症例の場合,術式(結果的に膵頭十二指腸切除術)が拡大手術に該当し,かつ,手術リスクとなる術前併存症としては先天性凝固第VII因子欠乏症が相当した.しかしながら,手術リスクの問題はrFVIIa投与によって解決可能となる一方で,術前化学療法の安全性は先天性凝固第VII因子欠乏症の併存によって必ずしも担保されていないと考えられた.以上を勘案した結果,32歳と若年の本症例に対しては,機能温存のみにこだわるよりも,治療全体の確実性を重視し,根治切除およびイマチニブ術後補助化学療法を選択した.

一般に第VII因子活性の値と出血傾向との相関性は低いとされているが25),先天性第VII因子欠乏症患者に対するrFVIIa投与が小手術から大手術の止血管理に良好であったとの報告17)26)がある.一方で,近年は小手術レベルであれば投与は不要との考えも出てきている27).第VII因子欠乏症における外科手術としては,多くが歯科,婦人科領域などが多く17)28),一部で胃切除や肺摘出術などの報告も散見されていたが26)29),高度侵襲手術である膵頭十二指腸切除術の報告例は認めなかった.血液内科と協議したうえで,rFVIIa製剤投与を選択し使用しての手術となったが,術中総出血量は結果的に約2,000 gとなった.そのほとんどは,十二指腸GISTに特有の腫瘍への豊富な流入血管を処置する際にうっ血性の出血が嵩んだものであり,腫瘍摘出後に出血をほとんど認めなかったことから,rFVIIa投与の有効性が示唆された.しかし,腫瘍摘出までの出血を完全に制御するためには,凝固因子補充だけでは不十分であり,腫瘍血管への根本的な対応が必要となる.岡田ら3)や磯崎ら1)は,十二指腸GISTの血流豊富さから,手術操作に伴う腫瘍うっ血からの出血予防目的に,術前に上腸間膜動脈より分岐する栄養血管塞栓療法を行い術前急性期対応と術中出血量の抑制ができたとの報告を行っている.今回の症例のように術前画像にて腫瘍血管が豊富であることが確認されている症例においては,凝固因子補充だけでなく,術前の栄養血管の選択的塞栓療法も検討すべきであると考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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