日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
粘液を内容とする貯留囊胞を伴った自己免疫性膵炎の1例
平下 禎二郎松本 敏文原 貴生久保 信英廣重 彰二折田 博之吉河 康二
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2015 年 48 巻 1 号 p. 31-37

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Abstract

症例は67歳の男性で,糖尿病の精査にて膵腫瘍を指摘され,当科を受診した.血液検査にてIgG4が異常高値であり,腹部CTで膵尾部に囊胞を伴う限局性の充実性腫瘤を認めた.ERCPでは膵体部で主膵管は途絶していた.超音波内視下穿刺吸引法による組織診では腫瘍性病変や自己免疫性膵炎を疑う所見は認めなかった.FDG-PETでは膵充実性腫瘤部位に集積を認めた.膵囊胞性腫瘍と自己免疫性膵炎が合併したものとの考え,膵体尾部切除術を施行した.切除標本では淡褐色充実性の境界明瞭な腫瘤を認め,粘調な粘液を内容物とした囊胞を伴っていた.病理組織学的検査にてIgG4陽性の形質細胞と1層の立方上皮を壁とする粘液の貯留する囊胞を認めた.粘液を内容とした非腫瘍性の真性囊胞である貯留囊胞を伴った自己免疫性膵炎の診断であった.

はじめに

自己免疫性膵炎は膵腫大や膵管狭細化を伴う自己免疫機序による膵炎症性疾患である1).自己免疫性膵炎の膵腫大はびまん性であることが多いが,限局した膵腫大による腫瘤形成をみることもある.そのため,自己免疫性膵炎に腫瘍性病変を伴った場合,診断や治療方針に苦慮することが多い2)3).今回,我々は粘液を内容とした非腫瘍性の真性囊胞である貯留囊胞を伴った自己免疫性膵炎の1例を経験したので文献的考察を加えて報告する.

症例

症例:67歳,男性

主訴:特になし.

既往歴:特記すべきことなし.

現病歴:2012年に検診でHbA1cの上昇を指摘され,当院糖尿病内科を受診.腹部CTにて膵腫瘍を指摘され,精査加療目的に当科へ紹介となった.

初診時現症:身長154 cm,体重57 kg.眼球眼瞼結膜に異常所見なし.皮膚に異常所見なし.表在リンパ節触知せず.腹部に異常所見なし.

初診時血液生化学検査所見: CEA 1.3 ng/ml,CA19-9 9 U/ml,IgG 2,170 mg/dl,IgG4 720 mg/dl,腫瘍マーカーは正常範囲内であり,IgGとIgG4は異常高値であった.

腹部造影CT所見:膵尾部に静脈相で造影される径42 mmの限局性の充実性腫瘤を認め(Fig. 1A),その背側には石灰化を伴う径31 mmの囊胞性病変を認めた(Fig. 1B).左腎下極に径15 mmの腫瘤を認めた.

Fig. 1 

Abdominal CT reveals a 42-mm solid mass in the tail of the pancreas (A), and 31-mm cystic mass behind the solid mass (B).

FDG-PET所見:膵臓の充実性腫瘤と腎下極の腫瘤に一致して集積を認めた(Fig. 2).膵臓の充実性腫瘤はSUV max 5.8であった.

Fig. 2 

FDG-PET reveals high accumulation in the solid mass of the pancreas.

ERCP所見:主膵管は膵体部で途絶していた(Fig. 3).膵管擦過細胞診では悪性所見を認めなかった.

Fig. 3 

ERCP shows obstruction of the main pancreatic duct in the body of the pancreas.

超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-guided fine needle aspiration;以下,EUS-FNAと略記):EUS-FNAによる充実性腫瘍の細胞診,組織診では腫瘍性病変や自己免疫性膵炎を疑う所見は認めなかった.

術前診断は囊胞成分を伴った膵腫瘍と考えられ,囊胞成分を伴う膵腫瘤として,膵粘液囊胞性腫瘍や粘液癌などの囊胞内に粘液を伴う腫瘍や,膵内分泌腫瘍,リンパ腫,solid-pseudopapillary neoplasmなどの囊胞成分を伴う可能性のある腫瘍が考えられた.ERCPでは自己免疫性膵炎に典型的な膵管像ではなかったが,限局性の膵腫大とIgG4高値から自己免疫性膵炎の合併の可能性も考えられた.

手術所見:膵尾部に55 mmの硬い腫瘍を触知した.D2郭清を伴う膵体尾部切除術を施行した.腎下極の15 mmの後腹膜腫瘍を切除した.また,胃体中部大彎後壁から突出する1 cmの腫瘤を認め,胃を部分切除した.手術時間4時間40分,出血量950 mlであった.

切除標本:膵尾部に55×38×21 mmの淡褐色充実性の境界明瞭な腫瘤を認め,その中に30 mmの極めて粘調な粘液を内容物とした囊胞を認めた(Fig. 4).

Fig. 4 

Macroscopic findings show a 55-mm solid tumor and 30-mm cystic tumor containing mucus in the tail of the pancreas.

病理組織学的検査所見:膵臓の充実成分は形質細胞の浸潤を伴う線維化巣であり,その中にランゲルハンス島や膵管が散在性に残存していた(Fig. 5A).免疫染色検査にて95%以上の形質細胞がIgG4陽性であった(Fig. 5B).粘液貯留病変の壁は1層の立方上皮を認め,粘液産生性の上皮ではなかった.粘液内に悪性所見は認めず,石灰化や骨化を伴っていた(Fig. 5C, D).明らかな膵管との交通は認めなかった.胃腫瘍は紡錘形細胞の束状増殖からなり,c-kit陽性,CD34陽性であり,gastrointestinal stromal tumorの診断であった.後腹膜腫瘍はS100陽性,c-kit陰性で神経鞘腫の診断であった.

Fig. 5 

Microscopic findings of the tumors of the pancreas. Fibrosis with infiltration of plasma cells can be seen in the solid tumor of the pancreas. (A: HE) and those plasma cells were immunoreactive for IgG4 (B: IgG4 staining). Cystic mass consisted of mucus containing calcification and single cuboidal epithelium (C, D: HE).

術後の経過は良好であった.現在当院消化器内科にて自己免疫性膵炎に対する経過観察を行っており,ステロイドは使用しておらず,再燃を疑う所見はない.

考察

自己免疫性膵炎は,IgG4関連疾患の膵病変であるlymphoplasmacytic sclerosing pancreatitis(以下,LPSPと略記)と好中球上皮病変を特徴とするidiopathic ductcentric chronic pancreatitisの二つの型が国際コンセンサス診断基準として提唱されているが4),我が国の自己免疫性膵炎のほとんどはIgG4関連疾患の膵病変である.その実情に即して,2011年に日本膵臓学会と厚生労働省難治性膵疾患に関する調査研究班は自己免疫性膵炎の診断基準をLPSPを対象としたものに改定した.診断基準の項目は膵腫大,主膵管の不整狭細像,高IgG4血症,病理組織学的検査所見,膵外病変に加えて,ステロイド治療の効果であり,その組合せによって確診,準確診,疑診となる.確定診断のためには組織診が必要となっている1)

自己免疫性膵炎において限局型の膵腫大を認めた場合,膵癌との鑑別が問題になることが多い1)~3).また,自己免疫性膵炎に合併する膵腫瘍性病変として,浸潤性膵管癌,膵管内乳頭粘液性腫瘍,仮性膵囊胞の報告がある5)~7).腫瘍性病変を伴う自己免疫性膵炎において,治療方針決定のためには腫瘍部位の診断が重要となる.FDG-PETは悪性腫瘍の診断に有用な検査の一つであるが,自己免疫性膵炎においても高集積を呈することがあり,確定診断とはならないことが多い8)9).EUS-FNAは悪性腫瘍の確定診断に有用な検査であるが,膵癌周囲には慢性炎症や線維化を伴うことが多く,生検にて悪性所見を認めないことで完全に膵癌を除外診断とすることはできない2).また,EUS-FNAにて採取した組織片は小さいため,自己免疫性膵炎の確定診断には至らないことが多い10).本症例では2回のEUS-FNAを施行し,自己免疫性膵炎,膵癌などの確定診断を得ることができなかった.この時点で,手術またはステロイド治療の効果を見るという二つの選択肢があった.ERCPにて主膵管は囊胞性病変の部位で途絶しており,AIPだけでは説明できない病態であったため,悪性腫瘍の可能性がある中でステロイド治療の効果を見る期間をあける危険性を考慮し,手術の方針とした.

膵貯留囊胞は異型を伴わない1層の扁平または立方上皮からなる真性囊胞である.囊胞内膵管の閉塞や狭窄による膵液うっ滞,膵管内圧上昇が原因となり,膵管が囊胞状に拡張する二次性囊胞である.本症例では1層の立方上皮を壁とした非腫瘍性の真性囊胞であった.内容液は粘液であったが,囊胞壁の細胞は粘液産生性の細胞ではなく,また腫瘍性のものでもなく,貯留囊胞と診断した.粘液を内容とし,充実性腫瘤の背側に存在し,腫瘤の末梢の主膵管拡張は認めず,典型的な貯留囊胞ではなかった.充実性腫瘤背側の分子膵管の途絶により発症し,同部位にうっ滞した膵液が粘調となった可能性が考えられた11)

医学中央雑誌で「自己免疫性膵炎」,「膵腫瘍」,「膵囊胞」をキーワードに1983~2013年の期間で検索したところ,貯留囊胞を伴った自己免疫性膵炎は認めなかった.膵腫瘍性病変を伴う自己免疫性膵炎は13例の報告があり,浸潤性膵管癌5例,膵管内乳頭粘液性腫瘍1例,仮性囊胞6例,詳細不明の囊胞性腫瘍1例であった(Table 16)7)12)~22).自己免疫性膵炎の診断で加療中に遠隔転移により膵癌と診断され,手術不能で死亡した症例もあり,自己免疫性膵炎の診断の際は慎重な対応が必要であると考えられた17)

Table 1  Reported cases of pancreatic tumor associated with autoimmune pancreatitis
Case Author (Year) Age/Sex Pancreatic tumor Position of the tumor Position the AIP Treatment
1 Kito12) (2003) 66/M Pseudocyst Pb Segmental (Pb) Medication Dainage
2 Okamoto13) (2003) 63/M Pseudocyst Pt Diffuse Medication
3 Nishimura14) (2004) 47/F Pseudocyst Pb Diffuse Medication
4 Sakashita15) (2006) 72/M IDC Pt Diffuse DP
5 Iwashita16) (2007) 62/M Pseudocyst Pb Segmental (Ph) Medication
6 Iida17) (2008) 66/M IDC Pt Segmental (Ph) Medication
7 Kawakami7) (2008) 63/M Pseudocyst Pt Segmental (Pt) DP
9 Nishizawa18) (2009) 61/M IDC Pb Segmental (Pb, t) DP
8 Chang19) (2010) 53/M Pseudocyst Ph Diffuse Medication Dainage
10 Kakigi20) (2010) 71/M IDC Ph, t Diffuse TP
11 Maeda6) (2012) 77/M IPMN Pb Segmental (Pb, t) DP
12 Satoyoshi21) (2012) 79/F IDC Ph Segmental (Ph, t) PD+DP
13 Sizuma22) (2012) 71/F Cyst Pt Diffuse Medication
14 Our case 67/M Retension cyst Pt Segmental (Pb, t) DP

IDC: invasive ductal carcinoma, IPMN: intraductal papillary mucinous neoplasm, Ph: head of the pancreas, Pb: body of the pancreas, Pt: tail of the pancreas, DP: distal pancreatectomy, TP: total pancreatectomy, PD: pancreaticoduodenectomy

本症例の囊胞性病変は非腫瘍性の真性囊胞であり,内容物を粘液とする貯留囊胞と診断した.本症例は自己免疫性膵炎による膵管閉塞が原因となり,貯留囊胞が発生したものと考えられた.切除標本内に粘液産生性の細胞はなく,囊胞内容が粘液となった理由は,膵液の同部位にうっ滞した膵液が粘調となった可能性が考えられた.自己免疫性膵炎に粘液を内容物とする貯留囊胞を伴ったため,診断および治療方針に苦慮した症例であった.

利益相反:なし

文献
 

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