日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
高齢女性に認めたabdominal cocoonの1例
若林 正和河野 悟木村 友洋佐々木 一憲藤平 大介小池 卓也船津 健太郎保刈 岳雄相崎 一雄高橋 知秀
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2015 年 48 巻 1 号 p. 75-82

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Abstract

Abdominal cocoon(以下,ACと略記)とは,小腸の一部または全てが厚い線維性の被膜に包まれる原因不明のまれな疾患である.今回,我々はACによる絞扼性イレウスの1例を経験したので報告する.症例は77歳の女性で,5時間前から急激に発症した持続する腹痛を認め,当院へ救急搬送された.腹部造影CTにて,内ヘルニアによる絞扼性イレウスと診断し,緊急手術となった.腹腔鏡下に観察したところ,拡張した空腸が線維性の被膜に覆われ虚血に陥っていた.被膜を開放しようと試みたが,被膜と内部の空腸の関連性が把握しがたく,空腸を損傷する可能性も高いため,小開腹した.小開腹下に状態を確認し,線維性の被膜を開放したところ,徐々に空腸の血流は改善した.被膜を可及的に切除摘出し,手術終了とした.術後経過は良好であり,退院後は再発を認めていない.

はじめに

Abdominal cocoon(以下,ACと略記)とは,小腸の一部または全てが厚い線維性の被膜に包まれる原因不明のまれな疾患であり,1978年にFooら1)によって初めて報告された.腹痛や嘔吐などの腸閉塞症状を来し,術前診断は困難であり,手術により初めて診断されることが多いとされている.今回,我々はACによる絞扼性イレウスの1例を経験したので報告する.

症例

患者:77歳,女性

主訴:腹痛,腹部膨満

既往歴:高血圧,慢性心房細動

手術歴:29歳時,急性虫垂炎で手術

家族歴:特記事項なし.

内服歴:ワルファリンカリウム,カルベジロール,フロセミド

現病歴:5時間前から急激に発症した持続する腹痛を認め,当院へ救急搬送された.腹部造影CTにて,内ヘルニアによる絞扼性イレウスの診断で,手術加療目的に入院となった.

入院時現症:身長164 cm,体重71 kg.血圧131/92 mmHg,脈拍90回/分,呼吸数12回/分.腹部は膨満であり,左側腹部に圧痛を認めた.反跳痛や筋性防御は認めなかった.右下腹部に虫垂炎術後の瘢痕を認めた.

血液検査所見:白血球数:8,000/μl,CRP:0.5 mg/dl,PT-INR:2.35であり,ワルファリンカリウム内服によるPT延長を認めるものの,明らかな異常は認めなかった.血液ガス検査にてアシドーシスは認めなかった.

腹部単純X線検査所見:腸管ガスが少ないこと以外には,明らかな異常は認めなかった.

腹部造影CT所見:拡張した近位空腸が,囲まれるように存在し,少量の腹水を伴っていた.腸管の造影効果は保たれていた(Fig. 1, 2).

Fig. 1 

Horizontal abdominal CT. Enhanced horizontal abdominal CT shows a conglomeration of the dilated jejunal loops with a small amount of ascites surrounded by a thick sac-like structure (arrowhead).

Fig. 2 

Coronal abdominal CT. Enhanced coronal abdominal CT shows a conglomerate of the dilated jejunal loops surrounded by a thick sac-like structure (arrowheads). The wall of the jejunum was enhanced and viable.

以上の所見より,内ヘルニアによる絞扼性イレウスと診断し,緊急手術を施行した.

手術所見:腹腔鏡下に手術を開始した.臍部よりopen法にて12 mmポートを挿入し,右側腹部へ5 mmポートを2か所挿入した.腹腔内を観察すると,拡張した近位空腸が線維性の厚い被膜に覆われ虚血に陥っていた(Fig. 3).被膜は横行結腸間膜および下行結腸間膜から袋状に存在し,内部に空腸が嵌頓した状態となり,絞扼性イレウスを呈していたが,被膜に覆われていない肛門側の小腸は拡張しておらず正常であった.被膜の一部には大網が癒着しており,大網による癒着を剥離した.その後,被膜の開放を試みたが,空腸を包む線維性の厚い被膜が何であるのか,また内部の空腸との関連性もはっきりとせず,被膜を開放しようとする操作により,拡張した空腸を損傷する可能性も高いため,まず臍部ポート創を50 mmに小開腹し,目視下に状況を把握することとした.小開腹下に,線維性の被膜を確認し開放したところ,内部の空腸間に癒着は認めなかった.その後,空腸の血流は徐々に改善したため,腸管の切除は施行しなかった.被膜を可及的に切除摘出し,手術終了とした.摘出した被膜には伸縮性があり,肉眼的な厚さは数mm程度であった.

Fig. 3 

Laparoscopic surgical findings. The dilated jejunum loops were found to be encased in a thick fibrous membrane.

病理組織学的検査所見:検体は135×90 mm大で,線維化組織で形成されており,一部局所的な炎症細胞の浸潤が認められた.明らかな悪性所見は認めなかった(Fig. 4, 5).

Fig. 4 

Histopathological findings. The resected membrane was 135×90 mm with adhesion of the greater omentum.

Fig. 5 

Histopathological findings. Histopatholo­gical findings showed the layer of collagen fiber (HE, ×100).

以上より,臨床経過,手術所見や病理組織学的検査所見から総合的に判断し,本症例をACと診断するに至った.

術後経過:経過は良好であり,リハビリを行い術後14日目に退院となった.その後,5か月経過し再発なく外来通院している.

考察

ACは,原因不明の非常にまれな疾患であるが,熱帯地域の若年女性に好発し,腸閉塞症状を引き起こすものとして,1978年にFooら1)によって初めて報告された.類似した疾患として,peritoneal encapsulation2)3)や,sclerosing encapsulating peritonitis(以下,SEPと略記)4)~9)があるが,ACとは違う疾患であると考えるのが妥当かと思われる.その理由として,SEPは,腹膜透析患者の合併症として生じる予後不良の疾患と認識されており,治療としてはステロイド療法4)7)8)やタモキシフェンの使用9)などが主として行われており,手術による切除が行われた症例もあるが,手術では被膜の生検のみ行い,内科的治療で軽快している報告10)もある.しかし,ACにおいては被膜の切除が原則的な治療法であり,死亡例の報告1)11)はあるものの,予後は比較的良好である.また,SEPの報告では,被膜は時に分葉状に小腸を被覆し,内部の小腸間の癒着も強い場合が多いのに対し,ACの報告では,一枚の被膜が一塊に小腸を被覆しており,内部の小腸間には癒着は認められないとする報告が多い.しかしながら,これまでの報告では名称が混在しており,疾患として統一された見解がないのが現状である.

本疾患の原因に関しては不明な部分が多いが,腹膜維持透析4)5),持続温熱腹膜灌流療法6),βブロッカー(proctolol)の内服12),月経血の逆流1),結核の感染11),サルコイドーシス13),肝硬変7)~9)14),化学療法15)などの関与が挙げられている.Levineら16)は,ラットを用いた動物実験にて,腹膜炎後の腹腔内臓器に血液を曝露させることで,ACを作成し,本疾患の発生には腹膜炎と出血の関連性があるのではないかと報告している.

ACの特徴として,熱帯地域の若年女性に好発すると報告されているが,熱帯地域外の症例の報告13)17),男性症例の報告18)~20)や本疾患のように高齢女性症例の報告も認められる.確かに熱帯地域の若年女性症例の報告が圧倒的に多く1)17)21),寒冷地域の症例報告は検索したかぎりでは数例の報告13)17)しか認められず,地域特異性の高い疾患である可能性が考えられる.

自験例では,虫垂炎の開腹歴はあるものの,術中の観察では右側腹部や右下腹部に癒着などはなく,線維性の被膜が存在していた部位は左側腹部であり,前回手術時の操作部位とは離れているため,原因として手術の影響によるものではないと思われた.しかし,慢性心房細動の既往のためにβブロッカー(カルベジロール)を内服しており,ACの原因として関連性が考えられた.一方で,地域性については,日本の亜熱帯地域として沖縄県が代表的ではあるが,自験例においては両親および本人が茨城県出身で,18歳時からは神奈川県に在住であり,これらの地域はいずれも温帯地域に属しているため,報告例の少ない熱帯地域外の報告となった.

医学中央雑誌にて,1983年から2014年の期間で,「abdominal cocoon」,「peritoneal encapsulation」,「sclerosing encapsulating peritonitis」をキーワードとして会議録を除き検索すると,各々,4例,1例,7例の報告を認めた.ACと類似した疾患の本邦報告例として,検索した12例に関連文献より2例を追加し,自験例も含めて15例について検討した(Table 12)~10)14)15)18)19).男性12例,女性3例であり,年齢中央値は52歳と,海外からの報告と比較して男性が多く,年齢は高い傾向を示した.肝移植の際に偶発的に診断された1例を除き,全例で腹痛や嘔吐などの腸閉塞症状を認めていた.現疾患としては,慢性腎不全や肝硬変が7例と多くを占めるが,これらでは3例の死亡例を認めていた.また,治療としても,手術のみで改善しえたのは浅野ら5)の報告のみであり,手術は生検のみ行いステロイドなどの治療を主に行っていた.自験例と同様に,慢性腎不全や肝硬変などの基礎疾患を持たず,被膜切除のみの治療にて早期に軽快していたのは,Okamotoら18)の報告とShioyaら3)の報告のみであった.検索しえたかぎりでは,自験例は女性としては最高年齢の症例であった.

Table 1  Reported cases of abdominal cocoon and similar diseases in Japan
Case Author/Year Sex Age Name Symptom Original disease Etiology Treatment Procedure Outcome Follow up
1 Tsunoda2)/1993 M 52 SEP & PE nausea, vomit unknown operation & CT partial resection of membrane alive 8 months
2 Masuda10)/1993 M 62 ISP abdominal distention unknown operation & CT biopsy of membrane NS NS
3 Takara4)/1999 M 50 SEP nausea, vomit IgA nephropathy, CRF CAPD operation & steroid therapy biopsy of membrane alive NS
4 Mouri15)/2000 F 14 AC abdominal pain, vomit osteosarcoma chemotherapy operation total excision of membrane alive NS
5 Asano5)/2000 M 65 SEP abdominal pain, vomit CRF CAPD operation ileocecal resection NS NS
6 Aihara6)/2003 F 47 SEP abdominal pain, nausea gastric cancer CHPP operation partial resection of membrane & ileocecal resection alive 15 months
7 Yamamoto7)/2004 M 57 SEP IgA nephropathy, LC SBP dead
8 Yamamoto7)/2004 M 52 SEP abdominal pain, vomit LC SBP operation & steroid therapy total excision of membrane alive 15 months
9 Shioya3)/2005 M 34 PE abdominal pain, vomit unknown operation total excision of membrane alive 3 years
10 Murata8)/2005 M 38 SEP abdominal pain, vomit LC SBP operation & steroid therapy biopsy of membrane dead
11 Okamoto18)/2007 M 74 AC abdominal pain, vomit unknown operation total excision of membrane & partial resection of small intestine alive 30 months
12 Yamada14)/2009 M 49 AC or SEP abdominal pain LC, DLBCL PVS dead
(autopsy)
13 Inoue19)/2010 M 73 AC abdominal pain HAM unknown operation total excision of membrane & partial resection of small intestine alive
14 Takeichi9)/2013 M 56 SEP abdominal pain, nausea LC LT operation & tamoxifen therapy exploratory laparotomy alive 3 years
15 Our case F 77 AC abdominal pain β blocker operation total excision of membrane alive 5 months

SEP: sclerosing encapsulating peritonitis, PE: peritoneal encapsulation, CT: conservative therapy, ISP: idiopathic sclerosing peritonitis, NS: not stated, CRF: chronic renal failure, CAPD: continuous ambulatory peritoneal dialysis, AC: abdominal cocoon, CHPP: continuous hyperthermic peritoneal perfusion, LC: liver cirrhosis, SBP: spontaneous bacterial peritonitis, DLBCL: diffuse large B cell lymphoma, PVS: peritoneal-venous shunt, HAM: human T lymphotropic virus type 1 associated myelopathy, LT: liver transplantation

ACは腹痛や嘔気などの非特異的な消化器症状を呈し,手術の際の開腹所見で初めて診断されることが多く,術前診断は困難であるとされている.しかし,消化管造影検査にて辺縁が整である小腸の集簇として診断しえたとする報告22)や,腹部CTにて同様の所見に加えて,その小腸を取り囲むようにして存在する膜様物が確認でき診断に至ったとする報告22)23)もある.Weiら22)は,ACを以下の三つに分類している.type I:被膜が小腸を部分的に被覆しているもの,type II:被膜が小腸全体を被覆しているもの,type III:被膜が小腸全体に加えて,その他の臓器(虫垂,盲腸,上行結腸,卵巣など)を被覆しているものとし,24症例の検討において,type Iが14例と最も多く,type IIが6例,type IIIが4例と続いていた.自験例においては,結果的に多くの報告にあるように術中の診断となり,type Iに分類されるものであった.術前においては,CTにて拡張した近位空腸が,何かに囲まれるように存在し,少量の腹水を伴っていたために,内ヘルニアを疑っていたが,ACの存在を認識していれば術前診断をできた可能性もあると思われた.以上から,ACの診断においては,腸管の造影効果や被膜の存在の有無に加え,さらに小腸のどの部位が包まれて腸閉塞を起こしているのかも確認できるため,腹部造影CTは有用であると考えられた.

ACの治療としては,被膜の切除摘出が第一選択とされている.被膜が切除されれば,予後は良好であるとする報告が多く,検索したかぎりでは再発により再手術した報告は認められなかった.自験例では,小腸の拡張が限局的であったため,腹腔鏡下に手術を開始したが,腹腔鏡下生検を行った報告2)4)8)10)は認められたものの,腹腔鏡下手術によりACの治療を行った報告は検索できなかった.術当時はACの概念を認識しておらず,結果的には小開腹となってしまったものの,腹腔鏡にて被膜の範囲や小腸の状態をある程度確認することができたために,腸閉塞の緊急手術にもかかわらず大きな創で開腹せずに治療しえた.ACの疾患概念を理解してさえいれば,腹腔鏡下手術にて治療を完遂できる可能性はあると思われるが,ACには原因不明な部分も多く,安全性を考慮すると,腹腔鏡では病態の観察のみ行い,小開腹に切り替えて治療することが妥当と考えられた.

腸閉塞症状を呈した内ヘルニアを疑う症例においては,本疾患も念頭におき治療にあたる必要があると考えられ,また,腹腔鏡による病態の観察が有効である可能性が示唆された.

利益相反:なし

文献
 

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