日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
出血性ショックを来した右胃大網動脈瘤破裂の1例
芳澤 淳一増尾 仁志高須 香吏唐澤 文寿窪田 晃治中山 中
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2015 年 48 巻 11 号 p. 897-903

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Abstract

症例は63歳の男性で,腹痛,一過性の意識消失を認め受診した.受診時ショック状態であり,上腹部に圧痛を認めた.血液検査では貧血と血小板減少,腹部CTでは腹腔内にややdensityの高い多量の腹水貯留を認め,腹腔内に右胃大網動脈から連続して75×45×36 mm大の囊状に拡張した造影剤貯留を認めた.右胃大網動脈瘤破裂による腹腔内出血,出血性ショックと診断し,緊急手術を施行した.手術では多量の腹腔内出血と右胃大網動脈に拍動性の動脈瘤を認めた.動脈瘤壁は破綻し,動脈瘤破裂の所見であった.右胃大網動脈根部を露出し結紮切離,大網とともに動脈瘤を摘出した.ショックを呈した胃大網動脈瘤破裂はまれであるが,救命のためには迅速な診断と治療が求められる.胃大網動脈瘤破裂につき,その疫学,診断および治療につき報告する.

はじめに

胃大網動脈瘤はまれな疾患であるが1),動脈瘤破裂を来した場合には,救命のため迅速な診断と治療が必要である.我々は,右胃大網動脈瘤破裂によりショックを来し,手術により治療しえた1例を経験したため報告する.

症例

患者:63歳,男性

主訴:腹痛

既往歴:慢性C型肝炎でフォローを受けていたが,腹部画像検査でこれまで異常を指摘されたことはなかった.腹部外傷歴や高血圧の既往はなかった.

現病歴:2013年9月中旬,前日の夕に腹痛を認めていたが,一時的に腹痛は改善したため経過を見ていた.翌日夕に腹痛が突如として再燃,同時に一過性に意識レベルの低下と冷汗の出現を認めたため当院へ救急搬送された.

身体所見:身長175.0 cm,体重58.6 kg,体温37.1°C,心拍数92回/分,血圧75/44 mmHg,呼吸数18回/分,SpO2 96%(room air),意識は清,腹部は膨隆していた.上腹部に圧痛を認めたが,腹膜刺激症状は認めなかった.

血液検査所見:RBC 248×104/μl,Hb 8.1 g/dl,Plt 7.3×104/μl,TP 4.7 g/dl,Alb 2.6 g/dlと貧血と血小板低下,低蛋白アルブミン血症を認めた(Table 1).

Table 1  Laboratory data on admission
Peripheral blood cell count Blood chemistry Coagulation test
​WBC 7,280​/μl ​TP 4.7 g/dl ​PT (sec) 13.0 sec
​RBC 248×104​/μl ​Alb 2.6 g/dl ​PT (%) 68.2 %
​Hb 8.1​ g/dl ​AST 31 IU/l ​PT-INR 1.18 IU/l
​Ht 28.6​ % ​ALT 26 IU/l ​APTT 33.0 sec
​Plt 7.3×104​/μl ​LDH 108 IU/l ​FDP 10.5 μg/ml
Blood gas analysis (O2 2l nasal) ​ALP 124 IU/l
​pH 7.391​ ​γ-GTP 23 IU/l
​PaO2 108.3​ mmHg ​CK 41 IU/l
​PaCO2 37.5​ mmHg ​BUN 26.4 mg/dl
​HCO3 22.6​ mmol/l ​Cr 1.51 mg/dl
​ABE −1.8​ mmol/l ​T. Bil 0.66 mg/dl
​Na 140 mEq/l
​K 4.1 mEq/l
​Cl 112 mEq/l
​CRP 0.17 mg/dl

腹部造影CT所見:腹腔内に多量のCT値のやや高い液体貯留を認めた.右胃大網動脈(矢頭)から連続して75×45×36 mm大の囊状に拡張した造影剤貯留を認めた(矢印).CTの3D再構築像でも同様の所見であったが,明らかな造影剤の血管外漏出は認めなかった(Fig. 1).また,腹腔内にはそのほかに動脈瘤を疑わせる所見は認めなかった.

Fig. 1 

Enhanced abdominal CT. A: Horizontal section, B: Coronal section, C: CT-angiography (3D-recontraction). Abdominal enhanced CT shows a high-density ascites. There was a dilated and saccular aneurysm about 75×45×36 mm in size joined to the right gastroepiploic artery. The aneurysm of the right gastroepiploic artery (arrow). Right gastroepiploic artery (arrowheads).

以上の所見より,右胃大網動脈瘤破裂による腹腔内出血,出血性ショックと診断し,緊急手術を施行した.

手術所見:開腹時多量の腹腔内出血を認めた.右胃大網動脈に拍動性の動脈瘤が形成されていた(Fig. 2A).動脈瘤壁は破綻し,出血しており,右胃大網動脈瘤破裂と診断した.右胃大網動脈根部を露出し結紮切離,動脈瘤を大網とともに摘出した(Fig. 2B).手術時間は1時間18分,出血量は3,530 mlで,そのほとんどが腹腔内に貯留していた血液であった.

Fig. 2 

Operative findings on laparotomy. There was a massive intraabdominal hemorrhage and a ruptured aneurysm at the right gastroepiploic artery (A). We dissected the right gastroepiploic artery (RGEA), and resected the aneurysm with the omentum (B).

病理組織学的検査所見:動脈瘤壁には著明な線維の増生と平滑筋組織,一部にリンパ球浸潤が見られ,瘤内部には壁在血栓を認めた.動脈壁の血管構造は消失しており,仮性動脈瘤であったが,動脈瘤壁内の粥状硬化所見や中膜の融解所見は認められず,病理組織像からは動脈瘤の成因の究明には至らなかった.

術後経過:術後の経過は良好であった.術後3日目より経口摂取を開始し,術後8日目に退院した.

考察

腹部内臓動脈瘤は比較的まれな疾患で,Stanleyら1)は3,000例以上の腹部内臓動脈瘤について検討したところ,発生率は脾動脈が最も多く60%,次いで肝動脈20%,上腸間膜動脈5.5%,腹腔動脈が4%であった.胃動脈および胃大網動脈は約4%で,このうち胃大網動脈は0.4%と報告され,腹部内臓動脈瘤の中でもまれである.

内臓動脈瘤が破裂した場合の死亡率は肺動脈で約25%,肝動脈で約35%,上腸間膜動脈で約15%,腹腔動脈で約40%,小腸や結腸の動脈瘤で約20%程度,膵十二指腸動脈で50%を超えるとの報告され2),さらに,胃および胃大網動脈瘤破裂による死亡率は70%にも及ぶとの文献もある3)4)

1950年から2015年6月までのPubMedで「gastroepiploic artery」,「aneurysm」,「rupture」をキーワードに検索し,過去になされた文献5)を参照すると胃大網動脈瘤破裂は海外では30例程度の報告がされている.1977年から2014年11月までの医学中央雑誌で「胃大網動脈瘤」と「破裂」をキーワードとして検索(会議録を除く)した結果,本邦における胃大網動脈瘤破裂は自験例を含めて20例の報告があるのみである(Table 26)~24).平均年齢は66歳,胃大網動脈の左右別では右15例,左5例と右胃大網動脈瘤破裂が優位であった.初発症状は心窩部痛8例,腹痛が7例と全体の8割を占めた.他の消化器症状では下血や嘔吐もあったが,不快感や意識消失などの消化器以外の症状も認められた.ショックを呈したのは自験例を含む8例(40%)であった.

Table 2  Reported cases of ruptured aneurysms of the gastroepiploic artery in Japan
Case Author Year Age Sex Side of
GEA
Chief complaint Shock Diagnostic method Pretreatment diagnosis Treatment Size of
aneurysm
(mm)
Amount of
bleeding
Etiology Prognosis
1 Menjo6) 1991 55 F Right Epigastralgia + Angiography Rupture of aneurysm Resection Alive
2 Ueno7) 1992 70 F Right Abdominal pain + Angiography Rupture of aneurysm Resection 40 2,500 Alive
3 Shimada8) 1993 49 M Left Abdominal pain, unconsciousness + Angiography Rupture of aneurysm Resection 10 1,500
1,800
UK Alive
4 Sato9) 1995 64 M Right Epigastralgia + Intraabdominal bleeding Resection UK Alive
5 Sugiyama10) 1997 52 F Right Abdominal pain + CT, Abdominal puncture Intraabdominal bleeding Gastrectomy 400 Inflammation Alive
6 Kawai11) 1998 60 F Right Epigastralgia Angiography Rupture of aneurysm Resection 40, 10 Neurofibromatosis Alive
7 Iguchi12) 2002 71 F Right Abdominal pain Angiography Rupture of aneurysm TAE 15 UK Alive
8 Narita13) 2002 55 F Right Abdominal pain Angiography Rupture of aneurysm Resection 40 700 SAM Alive
9 Yasuda14) 2006 84 M Right Epigastralgia, vomit CT Peritonitis Resection 1,500 Dissection Alive
10 Nabeshima15) 2007 53 M Left Epigastralgia CT, Angiography Rupture of aneurysm Resection 20 UK Alive
11 Noda16) 2008 69 M Right Epigastralgia CT Rupture of aneurysm TAE 20 Alive
12 Oya17) 2008 70 F Right Epigastralgia CT Intraabdominal bleeding Resection 30 500 Dissection Alive
13 Hosokawa18) 2009 51 M Left Epigastralgia CT Rupture of aneurysm TAE 9 Alive
14 Wada19) 2009 68 M Right Melena Angiography Rupture of aneurysm TAE 30 Alive
15 Kado20) 2010 70 M Right Abdominal pain Angiography Rupture of aneurysm TAE 2 UK Alive
16 Maeda21) 2013 77 F Left Vomit, hematemesis CT Rupture of aneurysm Resection 40 UK Alive
17 Kimura22) 2013 77 F Left + CT Rupture of aneurysm TAE Alive
18 Umakoshi23) 2013 73 F Right Discomfort + Angiography Rupture of aneurysm TAE 14.5, 11.8 SAM Alive
19 Yamamoto24) 2013 80 M Right Abdominal pain CT Intraabdominal bleeding Resection 11 300 SAM Alive
20 Our case 63 M Right Abdominal pain, unconsciousness + CT Rupture of aneurysm Resection 75 3,530 UK Alive

GEA: right gastroepiploic artery, UK: unknown, TAE: transcatheter arterial embolization, SAM: segmental arterial mediolysis

画像診断に関しては,かつては血管造影が最も有用であり,transcatheter arterial embolization(以下,TAEと略記)に速やかに移行できる利点がある反面,侵襲的で,診断までに時間を要する欠点があった.近年,MDCTやCT画像の3D再構築によるCT angiographyにより,画像診断がより簡便で診断精度も向上した.このため現在では,出血性ショックの診断には,CTによる精査が行われるのが一般的である.本邦報告例でも2006年以降ではCTのみで胃大網動脈瘤破裂と診断される症例が増加している(Table 2).自験例でも造影CTが診断・治療方針決定には非常に有用であった.

本邦における胃大網動脈瘤破裂に対する治療は胃切除1例,TAE 7例,動脈瘤切除12例が行われていた.動脈瘤の最大径は2 mmから75 mmまでの大きな幅があり,自験例は最大であった.さらに,手術症例では,腹腔内出血量は記載がある中では自験例が3,500 ml程度と最多であった.

腹部内臓動脈瘤破裂に対する治療は現時点では一定のコンセンサスは得られていない.澤野ら25)は腹部内臓動脈瘤破裂12例,高橋ら2)は9例の検討を行い,TAEによる止血を第一選択とし,動脈瘤へのアプローチが困難であったり,手技が長時に及んだり,循環動態が安定しないときには開腹止血術を検討すると報告している.胃大網動脈瘤は臓器梗塞が問題になりにくい場所であるため,TAEがよい適応である.高度な貧血や出血性ショックを呈する腹部内臓動脈瘤破裂の治療は開腹手術を選択されることが多いが,近年,胃大網動脈瘤破裂によるショック状態であっても,輸液によるショック離脱後にTAEが選択され奏効した報告もある.一方で,胃大網動脈は末梢の動脈であるため比較的動脈径が細く,破裂の際は循環血漿量の減少や動脈の血管攣縮も生じることもあること,必ずしも目的とする動脈瘤へのアプローチが容易でないこともあることから,速やかに動脈瘤にアプローチし,止血処置が可能かどうかという問題もある26)27).自験例では,腹腔内に大量の出血があり,出血性ショックを呈していたこと,動脈瘤が比較的大きかったこと,TAE開始までに一定の時間を要することなどの事情を考慮しTAEで止血を試みるより,開腹術で止血を行うべきであると判断した.このように胃大網動脈瘤破裂の際の治療方針の決定には,輸液や輸血により循環動態の維持・改善に努めつつ,患者の年齢,全身状態,造影CTによる瘤の位置,腹腔内出血量や瘤の径,施設の診療体制などを考慮したうえでTAEか手術かの治療法を速やかに選択する必要がある.TAEを選択した場合には,十分なインフォームドコンセントはもちろんのこと,患者のモニタリングを十分に行い,全身状態の悪化時,TAEが困難である場合にはいたずらにTAEにこだわることなく,救命のため手術へ移行する決断も重要である.さらに,腹部内臓動脈瘤破裂による出血性ショックの際には,TAEや開腹止血術のいずれにも耐えうることができない病態となる場合もある.その際には十分な初期輸液や輸血,酸素化などの初期対応を行ったうえで,intra-aortic balloon occlusion挿入後の止血術など,腹部大動脈瘤や外傷性腹部動脈損傷の治療に準じた対応が必要になることもあろう.また,これらの処置がいずれも困難な施設では,高度救命救急センターなどの高度な設備と知識・経験・治療体制を備えた施設に迅速に搬送することも,救命のためには重要であると考える.

腹部内臓動脈瘤の原因として,動脈硬化,外傷,先天性血管異常,感染,炎症,膠原病による血管炎,医原性などが挙げられ,最近では,segmental arterial mediolysis(以下,SAMと略記)という概念が注目されている.SAMは動脈の中膜が分節性に融解する非炎症性・非動脈硬化性の血管変性性疾患で,胃大網動脈瘤破裂でも3例のSAMの報告例があった13)21)25).自験例でも病理学的検索を行ったが,瘤の成因は不明であった.

利益相反:なし

文献
 

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