日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
直腸癌手術後に肝転移にて発見された直腸肛門悪性黒色腫の1例
藤原 愛子正木 忠彦小嶋 幸一郎吉敷 智和小林 敬明松岡 弘芳阿部 展次森 俊幸杉山 政則
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2015 年 48 巻 12 号 p. 1027-1031

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Abstract

直腸癌術後のフォローアップ中に多発肝転移を契機として診断された直腸肛門部悪性黒色腫の症例を経験したので報告する.患者は62歳の男性で,下部直腸進行癌に対して低位前方切除術が施行された.病期IIIbのため補助化学療法としてUFT(500 mg/日)+LV(75 mg/日)内服化療が半年間施行された.術後30か月目に行われたMRIにて肝臓に多発腫瘤を指摘され,肝生検にて悪性黒色腫と診断された.全身検索の結果,肛門部悪性黒色腫の診断となった.急激な肝機能の悪化と全身状態の衰弱のため4か月の経過で死亡された.直腸癌術後の異時性重複癌として,悪性黒色腫は極めてまれであり報告する.

はじめに

直腸肛門部原発悪性黒色腫は直腸肛門部悪性腫瘍の0.2~1.6%と比較的まれな疾患とされている1).今回,直腸癌術後経過観察中に診断された異時性直腸悪性黒色腫を経験したので報告する.

症例

患者:62歳,男性

主訴:特記すべき自覚症状なし.

既往歴:特記すべきものなし.

喫煙歴:なし.

飲酒歴:機会飲酒

現病歴:60歳時に直腸癌にて低位前方切除術,両側側方リンパ節郭清,covering stoma造設が施行された.病理組織学的検査所見は2型直腸癌moderately differentiated adenocarcinoma,pA,ly1,v0,pN2(6/59),pPM0,pDM0,pRM0;pStage IIIb,CurAであった.術後半年間補助化学療法(UFT 500 mg+LV75 mg/日内服)を行った.術後6か月目に施行された大腸内視鏡検査では吻合部・直腸に異常は指摘されなかった.術後12か月目にストーマ閉鎖術が施行された.半年間隔で胸腹骨盤CTと腹部骨盤造影MRIが施行されていたが,術後24か月目まで異常は指摘されなかった.術後30か月目に施行されたMRIで肝両葉に多発する腫瘤影が指摘された.

身体所見:腹部には初回手術およびストーマ閉鎖術の創を認めた.平坦軟で圧痛なく,腫瘤を触知せず.体表リンパ節の腫大なし.

入院時血液生化学検査所見:Hb 15.4 g/dl,Ht 45.2%,Plt 23.0×104/μl,WBC 6,700/μl ,Na 138 mmol/l,K 4.1 mmol/l,Cl 101 mmol/l,TP 7.0 g/dl,Alb 4.3 g/dl,GOT 50 IU/l,GPT 85 IU/l,T-bil 1.6 mg/dl,BUN 17.3 mg/dl,Cr 0.6 mg/dl,LDH 241 IU/l,CRP 0.1 mg/dl,軽度の肝機能障害を認めた.

腫瘍マーカー所見:CEA 1.5 ng/dl,CA19-9 9.9 IU/l,AFP 1.3 ng/mlで異常は認めなかった.

腹部MRI所見:T1,T2強調画像とも高信号を示す多発小腫瘤像を肝両葉に認める(Fig. 1).

Fig. 1 

MRI performed at 30 month after surgery shows multiple and small nodules in the liver.

腹部造影CT所見:肝両葉に造影効果のある腫瘤影あり(Fig. 2).

Fig. 2 

Enhanced CT scan shows multiple liver nodules.

経過:肝両葉に多発する綿花様の腫瘤陰影を認め,経過から直腸癌の多発肝転移を考えたが,通常の肝転移像とは異なっていた.鑑別診断として肝海綿状血管腫をあげたが,通常の肝血管腫と本症例では多発していることと,MRIのパターンが肝血管腫とは異なるため否定された.確定診断のため肝生検を施行し,病理組織学的診断でメラノサイトを認め,免疫染色検査では抗メラノソーム抗体が陽性であった.全身検索を再度行ったところ,大腸内視鏡検査にて肛門管歯状線直上に20 mm大の表面平滑な黒色隆起性病変を認めた(Fig. 3).同部位から鉗子生検を行った結果メラニン顆粒を認め,免疫染色検査ではHMB45陽性,Melan-A陽性であり直腸悪性黒色腫の診断となった(Fig. 4).全身化学療法を予定していたが,急速に肝機能低下と全身状態が悪化し,悪性黒色腫の診断から4か月後に永眠された.剖検は行われなかった.

Fig. 3 

Colonoscopy reveals a 20 mm-sized black tumor on the dentate line.

Fig. 4 

Histopathological findings; melanocytes are seen (HE staining).

考察

直腸肛門原発悪性黒色腫は全悪性黒色腫の0.7~5.6%であり,皮膚,脈絡膜の次に多く,歯状線近傍のメラノサイト系または母斑細胞系の細胞が発生母地とされている2).直腸肛門部悪性腫瘍の中では0.2~1.6%であり,比較的まれな疾患である.本症例は直腸癌術後6か月目の大腸内視鏡検査時には直腸肛門部に異常を指摘されていないことから,異時性に悪性黒色腫を発症したと考えられる.腺癌と黒色腫の重複症例を,医中誌Webより「直腸腺癌」,「悪性黒色腫」,「重複癌」をキーワードに,PubMedより「anorectal melanoma」,「rectal adenocarcinoma」をキーワードに医中誌では1977年から,PubMedでは1950年から2013年までで検索した結果,3例2)~4)のみであった(Table 1).3例は全て同時性重複癌症例であり,異時性に合併した症例は自験例のみと考えられた.

Table 1  Reported cases of coexistence of anorectal melanoma and rectal adenocarcinoma
No Author Year Age/Sex Simultaneous/metachronous Operative procedure Stage (anorectal cancer) Stage (melanoma) Prognosis
1 Delikaris3) 1997 67/F simultaneous Miles IIIA I 32 month, no recurrence
2 Baccini4) 1998 75/F simultaneous Miles
3 Tanioka2) 2012 61/F simultaneous Miles 0 1 10 month, no recurrence
4 Our case 62/M metachronous 3b 4 4 month, dead

直腸肛門悪性黒色腫は予後不良の疾患とされており,5年生存率は4~10%,平均生存期間は8~25か月と報告されている5).ごくまれに長期生存を得た症例報告もなされているが,その予後因子は明らかになっていない6).本症例は多発肝転移が契機となって直腸肛門部悪性黒色腫が診断されたこともあり,確定診断から約4か月の予後であった.本疾患は急速に進行し予後不良であることから,早期診断・治療が不可欠である.本症例のように,直腸癌術後フォローアップ中にもかかわらず診断時すでに多発肝転移を有し,積極的加療を行う間もなく死に至る症例も存在する.当科では大腸癌術後フォローアップとして大腸内視鏡検査を術後1,3,5年目に行っているが,肛門管内の観察は十分な視野が得られないことや血栓性内痔核との鑑別が容易でないことから,診断上問題点が多いことも事実である.直腸肛門部で暗黒色のやや柔らかい腫瘤を認めた場合には本疾患を疑い,積極的に生検を行うことが重要である.生検でメラニン顆粒を有する悪性細胞を認めれば確定診断となり7),診断がつけば早期の治療が必要となる.治療方針としては,外科的切除が基本ではあるが,切除範囲やリンパ節郭清に関する標準的術式は確立されていない.Stage I,IIのいずれにおいても局所切除と腹会陰式直腸切断術で予後に差がないことから欧米では局所切除にとどめる文献が多い8).本邦では腫瘤径5 cm,深達度が固有筋層以内の症例に対して腹会陰式直腸切断術を施行し,予後が改善されたという報告もあることから腹会陰式直腸切断術が推奨される傾向にある.側方リンパ節郭清に関しての意義は確立されていない8).診断時すでに遠隔転移を有している症例も多く,DAVFeron(dacarbazine 200 mg静注5日間,ACNU:nimustine hydrochloride 100 mg静注1日間,VCR:vincristine sulfate 1 mg静注1日間,インターフェロンβ局所注射300万単位×10日間)療法の化学療法が報告されているが予後は極めて不良である9).DAV療法無効例や進行例に対してはCVD療法(CDDP;cisdimminedichloro platinum,VDS;vindesine,DTICによる3剤併用)があるが奏効率は30%と報告されている.今回の症例ではBRAFは未検であったが,2011年には変異BRAF阻害薬であるvemurafenibが米国食品医薬局で認可された10).欧米ではCP療法(paclitaxelとcarboplatin)が皮膚悪性黒色腫の2次治療および転移巣に対する治療としての有用性が示されており,PRが得られたという報告もある11).治療の選択肢は増えているが,予後不良な疾患であり,早期診断・治療が必要な疾患である.

利益相反:なし

文献
 

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