日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
成人前仙骨部epidermoid cystに発生した扁平上皮癌の1例
佐藤 正幸椎葉 健一三浦 康木内 誠長谷川 康弘山本 久仁治角川 陽一郎藤谷 恒明
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2015 年 48 巻 2 号 p. 145-151

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Abstract

症例は76歳の男性で,右殿部痛にて近医を受診しMRI で骨盤内に巨大腫瘍を指摘され当院紹介となった.肛門左側に鶏卵大の弾性軟な腫瘤を触知した.下部内視鏡検査では直腸の圧排のみであった.腹部CT,MRIでは10 cm大の骨盤全体を占める囊胞性腫瘍を認めた.穿刺細胞診で乳白色粥状の内容を採取した.悪性所見はなく細菌培養も陰性であった.以上より,developmental cystを疑い手術を勧めるも同意得られず経過観察となった.定期検査40か月のMRIで囊胞壁に造影効果を有する充実成分が出現したため悪性を疑い浸潤を疑う直腸とともに切除術を施行した.囊胞は単房性で内容物には骨や毛髪などは認めず,直腸に接する部に7 cm大の硬い充実性部分を認めた.病理組織学的検査では囊胞壁部分は重層扁平上皮で覆われ,充実性部分に扁平上皮癌を認めepidermoid cystに発生した扁平上皮癌と診断した.術後2年無再発生存中である.

はじめに

前仙骨部には胎生期にcaudal endが存在し,多数の胎児期組織が集合しているためさまざまな腫瘤が発生しやすく,小児期に指摘されることが多く,成人においては比較的まれである1).前仙骨部epidermoid cystもその一つであり,悪性化はまれな疾患とされている2)~6).今回,我々は成人前仙骨部epidermoid cystに発生した扁平上皮癌の1例を経験したので報告する.

症例

症例:76歳,男性

主訴:右殿部痛

既往歴,家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:2008年8月頃より右殿部痛あり,近医整形外科を受診した.MRIで骨盤内の巨大な腫瘍を認めたため当院紹介となった.

入院時現症:身長167.1 cm,体重50 kg.腹部は平坦,軟で腫瘤を触知しなかった.肛門左側に鶏卵大の弾性軟な腫瘤を触知した.皮膚との交通は認めず.また,直腸診にて9時方向に弾性軟な表面平滑な腫瘤を触知した.

入院時血液検査所見:血液一般検査,生化学検査,腫瘍マーカー(CEA,CA19-9)には異常を認めなかった.

骨盤部CT所見:仙骨前部,直腸右側に約10 cm大の境界明瞭な腫瘤を認めた.内容は上部で23 Hounsfield unit,下部で38 Hounsfield unitと異なっていた.造影剤の増強効果は認められなかった(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal CT shows an unenhanced tumor 10 cm in diameter with a clear margin in the presacral area of the pelvis.

骨盤部MRI所見:腫瘤はT1で低信号,T2強調像もやや低信号を呈して周囲との境界は明瞭であり,造影MRIでは腫瘤の増強効果は認められなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

a) T1-weighted image shows the tumor with a low signal intensity. b) T2-weighted image shows the tumor with a slightly low signal intensity. c) Contrast enhanced MRI shows an unenhanced tumor with a clear margin. d) Sagittal MRI image shows the tumor located in the presacral area of the pelvis.

注腸造影X線検査および大腸内視鏡検査所見:直腸は左方に圧排偏位していたが,壁の硬化,不整は認めず,直腸粘膜は正常であった.

CTガイド穿刺細胞診検査所見:乳白色の粥状の液体を採取した.細胞診,細菌培養はともに陰性であった.

以上より,developmental cystを疑い手術を勧めるも同意得られず,厳重な経過観察となった.

定期検査40か月目のMRIで腫瘤のサイズは変化なかったが,直腸右側の囊胞壁に造影効果を有する充実成分が出現した(Fig. 3).大腸内視鏡検査では直腸は粘膜下腫瘍様の硬い外圧排隆起のため,内腔が狭小化していた.このため悪性化を疑い,説明同意のもと手術を施行した.

Fig. 3 

At 40 months after diagnosis, MRI shows an enhanced solid lesion (arrows) at the right side of the rectum.

手術所見:下腹部正中切開で開腹した.囊胞部は巨大なため,この状態での切除は困難と判断し,まず囊胞内容を1 l吸引除去した.内容は乳白色の粥状であった.直腸S状部から肛門側直腸は左側前方へ圧排され,囊胞壁,充実性部分と固着し,剥離はできず浸潤を疑った.このため,浸潤を疑う直腸とともに腫瘤を直腸低位前方切除にて摘出した.局所再発のリスクと肛門機能を考慮し,S状結腸人工肛門造設のハルトマン手術とした.

摘出標本所見:囊胞は単房性で内容物には骨や毛髪などは認めず,直腸に接する部に7 cm大の硬い白黄色の充実性部分を認めた(Fig. 4).

Fig. 4 

The surgical specimen reveals a cystic mass with a yellowishwhite solid component 7 cm in size, and the tumor is exposed to the rectal wall.

病理組織学的検査所見:充実性部分に扁平上皮癌を認めたが,直腸への直接浸潤は認めなかった.他の囊胞壁部分は重層扁平上皮で覆われ,皮膚付属器や毛髪なども含まないためepidermoid cystに発生した扁平上皮癌と診断した(Fig. 5, 6).

Fig. 5 

Microscopically, the cyst is composed of fibrous tissues and stratified squamous epithelia without any appendages. (HE stain)

Fig. 6 

Histopathological findings show squamous cell carcinoma inside the solid component of the cyst. (HE stain)

術後経過:経過良好で術後2年現在,無再発生存中である.

考察

前仙骨部の腫瘤はJackmanら7)により先天性,炎症性,神経原性,骨原性,その他に分類され,そのうち先天性のものが39%と高頻度であったと報告されている.Hawkinsら8)は先天性腫瘤のなかの囊胞状腫瘤をdevelopmental cystと定義し,組織学的に外胚葉由来で皮膚付属器を含むdermoid cyst,外胚葉由来で皮膚付属器を含まないepidermoid cyst,胎生期のtail gutの遺残によって生じ円柱上皮により形成されるmucus secreting cystの三つに分類した.それぞれの発生頻度は本邦では15%,54%,31%である9)

成人前仙骨部epidermoid cystの本邦報告例は医中誌Webを用いて1983年から2014年1月までの期間で「前仙骨部」,「epidermoid cyst」,「類表皮囊胞」,「成人」をキーワードに検索したところ自験例も含め101例であった.年齢分布は17~83歳で平均48歳,男女比は27:74(1:2.7)で女性に多かった.主訴は無症状が27例と一番多く,次いで疼痛が23例,腫瘤触知が19例であり,他には違和感,便秘,不正性器出血,下血などがあった.最大腫瘍径は明確に記載ある91例について検討すると平均8.0 cm(2~30 cm)であった.自験例は10 cmと大きな腫瘍でその圧迫症状と思われる殿部痛で受診となっている.

存在診断にはCT,MRI,経直腸的超音波検査が有効であるが,これらの画像診断ではdermoid cyst,mucus secreting cystなどとの鑑別は困難である10).術前の良悪性の判断は囊胞壁の肥厚や不均一な造影効果が参考になるが,必ずしも悪性とは一致していない10).しかし,市川ら6)は造影効果を有する充実部とPETにてFDG集積を有する充実部の存在は悪性の参考にはなると報告している.自験例では経時的変化が追えた症例で40か月後のMRI像では,明らかな造影効果を有する充実成分が出現しており,悪性化の診断の参考となった.術前の穿刺生検については永野ら3)は術前に悪性の診断を得ており,また穿刺液のSCCやCEA高値が悪性例の診断に有用と述べている.一方,植村ら11)の検討では穿刺液の腫瘍マーカーが高値であった症例6例中5例は悪性ではなく,参考にはなりにくいとしている.また,穿刺することで感染や腫瘍の播種などの危険性があり,慎重な意見が多い12).実際,悪性であった1例3)で術後局所再発を認めているが,術中に囊胞内容が流出して再発した可能性があり,術前穿刺が原因とは断定できない.悪性化の頻度についてはUhligら13)が成人前仙骨部囊胞性腫瘤のうち40%が悪性で,epidermoid cystの悪性化例はなかったと報告している.一方Yangら14)は前仙骨部epidermoid cystの検討で約60例中1例に悪性化の報告をしている.今回,本邦101例において悪性の報告は自験例を含め6例2)~6)(5.9%)に認められた(Table 1).いずれも扁平上皮癌であった.悪性化の機序は不明だが,囊胞の慢性炎症が囊胞上皮を刺激し悪性化につながった可能性がある15).自験例ではCTガイドに尾骨近傍より穿刺細胞診を行っている.穿刺部位と腫瘍発生部位は位置的に離れており,穿刺と悪性の因果関係はないと思われた.前仙骨部以外の部位に発生したepidermoid cystの悪性化の頻度は0.011~0.045%16)~18)とされ,本邦では梁ら19)がepidermal cystとして27例を検討し,腫瘤に気づいてから悪性化が発見されるまでの期間は1年から60年,平均20年の期間と報告をしている.Tamuraら20)は頭蓋内のepidermoid cystでは悪性化までに3か月から33年,平均8.4年の期間があることを報告している.自験例では初診から3年4か月の期間であった.本邦報告例のなかで,術前に悪性と判断できた症例は術前穿刺生検で診断できた1例3),悪性化を疑い手術した症例はPETにてFDG集積を有する充実部を認めた1例6)と経過中に画像の変化が明らかとなった自験例にのみで,他の3例は術後の病理組織学的診断で判明している.画像上の囊胞壁の肥厚や不均一な造影効果は参考になるが特異的ではなく,腫瘍径も大きければ悪性という訳でもない.術前の良悪性の判断は困難である.このため,切除は迅速組織診を併用した完全切除と囊胞内容の流出がないように努めることが大切である.腫瘍への到達方法は本邦101例の検討では経仙骨的アプローチが62例(61.3%),開腹アプローチが22例(21.8%),腹腔鏡下アプローチが6例(5.9%)の順に多かった.腫瘍径の小さいもので経仙骨的アプローチが多いが,なかには20 cmを超える腫瘍でも行われており,腫瘍径別の術式選択基準は認められなかった.予後については2例2)6)は不明であるが,1例は局所再発3),1例は遠隔転移4)でいずれも2年以内に死亡している.他の1例は術後63 Gyの照射を追加し1年無再発生存している5).自験例は囊胞内容を吸引除去したが,術中内容物の漏れもなく完全切除ができており,術後の補助的治療もなく2年現在無再発である.

Table 1  Clinical data of 6 patients with squamous cell carcinoma developed in presacral epidermoid cyst in Japan
No Author Year Age/Sex Chief complaint Tumor size (mm) Treatment Adjuvant therapy Prognosis
1 Koizumi2) 1997 61/F Gluteal discomfort 90 Transsacral procedure radiation (56 Gy) not listed
2 Nagano3) 1998 65/F Gluteal discomfort 70 Miles opreation (–) 14 months death, local recurrence
3 Kanno4) 2006 49/M Gluteal tumor 50 Perianal procedure
→Miles opreation
low-dose FP (cisplatin, 5-FU) 10 months death, lungs meta
4 Tsuneda5) 2013 64/M Gluteal pain 90 Transsacral procedure radiation (63 Gy) healthy, 1 year
5 Ichikawa6) 2013 60/M Gluteal pain Gluteal tumor 135 Transsacral procedure not listed not listed
6 Our case 76/M Gluteal pain 100 Hartmann opreation (–) healthy, 2 years

本稿の要旨は第74回日本臨床外科学会総会(2012年11月,東京)において報告した.稿を終えるにあたり病理学的検討に御指導頂いた当院病理部長佐藤郁郎先生,前東北労災病院副院長舟山裕士先生に深謝いたします.

利益相反:なし

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