日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
骨化生を呈した膵管内乳頭粘液性癌の1例
大村 範幸小野 文徳小原 恵佐藤 純佐藤 学山村 明寛平賀 雅樹小野地 章一笹野 公伸古川 徹
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2015 年 48 巻 3 号 p. 241-247

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Abstract

症例は74歳の女性で,皮膚の掻痒感を主訴に当院を受診した.黄疸を認め,US,CT,ERCPなどの画像検索では膵頭部に粗大な石灰化を伴う囊胞性腫瘍を認めた.悪性疾患を否定できないこと,および有症状であることから,膵頭十二指腸切除術を施行した.病理組織学的検査では,胆管および十二指腸への浸潤を認める膵管内乳頭粘液性癌と診断された.組織亜型はhigh-grade gastric typeの分枝型であり,豊富な骨梁形成を伴う骨化像を呈していた.術後3年4か月を経た現在,再発を認めていない.石灰化を伴う分枝型膵管内乳頭粘液性癌の報告は比較的まれであり,骨形成を来した症例は報告されていない.

はじめに

石灰化を伴う囊胞性膵腫瘍はしばしば経験されるものの,膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)の石灰化は比較的まれであり,診断の一助となりえるとされてきた1).今回,我々は著明な石灰化のため術前診断が困難であった骨形成を伴うIPMNの1例を経験したので報告する.

症例

患者:74歳,女性

主訴:皮膚掻痒感

既往歴:44歳時,子宮筋腫に対して卵巣子宮摘出術.52歳時,胃癌に対して幽門側胃切除術.68歳時,脳梗塞.

家族歴:内分泌/膵疾患の家族歴なし.

喫煙歴/飲酒歴:なし.

現病歴:2010年7月から皮膚掻痒感出現し当院受診した.

理学的所見:皮膚および眼球結膜の黄染を認めた.腹部は平坦軟であった.その他理学的異常所見は認められなかった.

血液生化学的検査所見:T-bil 2.3 mg/dl,D-bil 1.6 mg/dl,AST 436 IU/l,ALT 261 IU/l,LDH 358 IU/l,ALP 4,470 IU/l,γGTP 1,168 IU/lであり軽度の黄疸,肝胆道系逸脱酵素の上昇を認めた.CA19-9 39.9 U/mlで腫瘍マーカーの上昇を認めた.血清Ca値,甲状腺,副甲状腺ホルモン値,膵内分泌ホルモン値は基準範囲内であった.

腹部超音波検査所見:膵頭部に長径35 mmの腫瘤を認め,腫瘤の壁はacoustic shadowを伴う高エコー帯を呈し,腫瘤内部の観察は不可能であった.

腹部CT所見:膵頭部に多房性囊胞性腫瘤を認め,その腫瘤外壁および内部の隔壁部分全体に粗大な石灰化を伴っており,いわゆる卵殻様星芒様石灰化を呈していた.腫瘤内部に造影効果を伴う結節影などは認めなかった.腫瘤部分で膵管および胆管は狭窄しており,上流の総胆管は径約30 mm,主膵管は約7 mmに拡張していた(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal CT shows a well-defined multilobular cystic lesion with prominent calcification in the pancreatic head measuring 35 mm in diameter (arrow). (a) (b) Plain phase. (c) (d) Late arterial phase.

ERCP/MRCP所見:総胆管および主膵管の腫瘤部分での高度狭窄と上流での著明な拡張を認めた.主膵管と腫瘤との交通はなかった.十二指腸乳頭からの粘液の排泄は認めなかった.膵液細胞診はclass IIであった(Fig. 2).

Fig. 2 

(a) ERCP and (b) MRCP shows an irregular stenosis in the proximal part of the main pancreatic duct with dilation of the distal part (arrows) and the upper bile duct (asterisk). MRCP shows a multilobular cyst in the branch duct (arrowheads). Pancreatogram shows lack of communication between the cystic lesion and the main pancreatic duct.

以上より,石灰化を伴う囊胞性膵腫瘍と診断したが,播種を避けるため針生検などは施行しなかったため確定診断には至らなかった.鑑別疾患として,石灰化の形状からは膵充実性偽乳頭状腫瘍を強く疑った.漿液性囊胞腫瘍や粘液性囊胞腫瘍も否定できなかった.囊胞の形態からは粘液性囊胞腫瘍が考えられ,IPMNは否定的であった.悪性疾患を否定できないことと有症状であることより,2010年9月に膵頭十二指腸切除術を施行した.

手術所見:膵頭部に直径4 cm大の骨様硬の腫瘤を認めた.囊胞の一部は十二指腸と強く癒着していた.リンパ節郭清を伴う幽門側胃切除術の影響と考えられる強い癒着が総肝動脈周囲や膵上縁に認められ,膵癌取扱い規約第6版における2群リンパ節郭清を施行することは技術的に困難であった.1群リンパ節に加えて総肝動脈幹後部,肝動脈,門脈,および胆管リンパ節を郭清しえた.断端の病理学的悪性所見の陰性をえるために2回尾側に膵切離を追加施行した.最終的に門脈左縁上での切離となりそれ以上の追加切除は癒着のために技術的に困難であった.術中迅速組織診断で病理学的陰性をえることはできなかった.PD-IIA-1で再建した.

切除標本所見:腫瘤は40×35×35 mm大で外壁は骨様硬,断面は粘液を有する小囊胞性腔を持ち,隔壁は骨様硬であった(Fig. 3).

Fig. 3 

Macroscopic images. The cut surface of the resected specimen in the head of the pancreas shows a large multilobular cystic mass in the pancreatic head filled with mucin and many mural nodules. The partition wall of the mass is stony hard, demonstrating calcification.

病理組織学的検査所見:顕微的に異型の強い上皮増生を伴う複数の分枝膵管の拡張が認められ,実質に不整な腺腔構造を呈する腺癌の浸潤性増殖を認めた.Intraductal papillary mucinous carcinoma,invasive,associated with tubular adenocarcinoma,moderately differentiated type.IPMN亜型分類では high-grade gastric type,branch duct type に相当した.癌細胞は胆管壁および十二指腸固有筋層に浸潤し,軽度の脈管侵襲および神経周囲浸潤が認められた.IPMNに近接した主膵管から膵切除断端主膵管まで連続して上皮内癌成分が認められた.リンパ節転移は認められなかった.特異な所見として豊富な骨梁を有する骨化形成を認めた(Fig. 4).

Fig. 4 

Microscopic images. (a) Histpathological findings show a marked osseous change with osteoblasts (asterisks). (b) Neoplastic epithelia show high grade atypia with cytoplasmic mucin infiltrating the surrounding stroma (arrows).

膵癌取扱い規約第6版に準じると,pTS3(4×3.5 cm),mixed type(duct ectatic+infiltrative),pT3[pCH(+),pDU(+),pS(–),pRP(–),pPV(–),pA(–),pPL(–),pOO(–)],int,INFβ,ly1,v1,ne1,mpd(–),pN0,M0,pStage III,pPCM(+),pBCM(–),pDPM(–),R1であった.

MUC1,MUC2,MUC5AC,およびMUC6の各ムチンに対するモノクロナール抗体を用いて免疫組織生化学染色を施行したところ,MUC1,2は陰性でありMUC5ACは比較的びまん性に陽性,MUC6は一部の腫瘍細胞で陽性所見を呈していた(Fig. 5).

Fig. 5 

Expression of cytoplasmic mucins was examined by immunohistochemistry staining (a) MUC5AC (b) MUC1 (c) MUC2 and (d) MUC6.

術後経過:合併症を認めず良好であった.患者本人と十分なインフォームド・コンセントをとり,術後補助化学療法などは施行していない.2014年1月現在,術後3年4か月が経過し,CEAおよびCA19-9は基準範囲内であり,画像検査でも再発や転移を認めていない.

考察

PubMedおよび医学中央雑誌上で「pancreatic tumor」,「ossification」や「膵腫瘍」,「骨化」をキーワードとして,PubMedでは1950年から,医学中央雑誌では1983年から2013年の範囲で検索すると,和英文13編の臨床報告が存在したが,骨化を来したIPMNの報告は1例も存在しなかった.骨化を来した膵腫瘍としては管内腺管乳頭腫瘍1例2),浸潤性膵管癌1例3),膵充実性偽乳頭状腫瘍11例4)~10),退形成癌1例11),粘液性囊胞腺癌が疑われる分類不能浸潤癌1例12),軟骨化生を来した粘液性囊胞腺腫1例13)が報告されている.他臓器の上皮性腫瘍においても骨化形成の報告は比較的まれであり,石灰化上皮腫,甲状腺癌や奇形腫に伴うものを除き,大腸癌や乳癌でやや多く報告されているのみであった.

石灰化を伴うIPMNも比較的まれであり,そのため慢性石灰化膵炎や粘液性囊胞腫瘍,膵充実性偽乳頭状腫瘍,漿液性囊胞腫瘍などとの画像診断上での鑑別点になるとされてきた1).IPMNの石灰化合併例は,囊胞内に膵石を含んでいた症例14)や腫瘍以外の膵実質部分が石灰化を来している症例が多く,慢性石灰化膵炎とIPMNが合併したと推察している報告が多い15).Kalaitzakisら16)は主膵管型IPMNの腫瘍部分に粗大な石灰化を来した1例を報告しているが,IPMNに石灰化が続発したのか,慢性石灰化膵炎にIPMNが併発したものか結論は得られていない.一方,本症例では腫瘍以外の正常膵実質には石灰化を認めず,腫瘍部分の骨化生のみであることから,慢性膵炎との関連はないものと思われた.以上より,IPMNと慢性膵炎との鑑別を単純に画像上の石灰化の有無だけで判断することは不十分であり,経口的膵管鏡検査や細胞診などを含めさまざまな検査から総合的に診断されるべきと考える.

腫瘍内の異所性骨形成の機序としてはさまざまな仮説が立てられているが,小林17)は一般的な骨・軟骨の組織誘導という観点からは次の四つの機序を挙げている.①組織の変性壊死を伴う石灰化巣の形成に引き続いて起こる骨化,②軟骨を置換する骨化,③骨格筋に関連する骨化,④石灰化あるいは軟骨形成を先行することなしに起こる骨誘導物質による骨化である.さらに,①の機序に関しては,壊死組織塊などが核となり分泌物の選択的濃縮やうっ滞などが加わり膵液中のカルシウムが沈着して石灰化がおこると考えられるが,カルシウム塩そのものだけでなく粘液産生性の腫瘍から産生されるムコ物質,特に酸性ムコ物質が分布し,そのムコ物質の架橋作用が関係しているとの意見もある18).④に関しては,Mediciら19)は,癌による環境変化が線維芽細胞もしくは血管内皮細胞をepithelial-mesenchymal transitionやendothelial-mesenchymal transitionの機序で間葉系幹細胞へと誘導し,軟骨細胞や骨芽細胞に分化することで骨化生を引きおこすと推察している.

本症例では,囊胞と主膵管との交通が認められなかったことから,粘液栓や腫瘍栓により2次分枝膵管が途絶して囊胞内で変性壊死もしくは分泌物のうっ滞が加わり,ムコ物質と関連してカルシウムの沈着,石灰化巣の形成が起こり骨化に結びついた①の機序が考えられる.一方で,一般的に分枝型IPMNでは前述のような2次分枝膵管が途絶し膵炎を引きおこすような病態が比較的高頻度に起こっていると思われるものの石灰化を来す症例は非常に少ないこと,また,自験例では囊胞外壁や内部の隔壁にびまん性に骨化を来していたが,変性壊死が囊胞内全体にわたっておこるとは考えにくいことから,④のような腫瘍細胞による骨化生の誘導の機序も加わったものと推測される.なお免疫組織生化学検査により各ムチンの発現を検索したが,その発現パターンはgastric type IPMNとして矛盾しないものであり,骨化生との関連を連想させる特異な所見は認められなかった.また,22年前の胃癌に対する手術操作と骨化との関連も完全には否定できないが,その機序を推察させる文献は見つけられなかった.

骨化生を来したIPMNの予後は他に報告がないため不明である.一般的には,骨化を来す癌はゆっくりと成長する比較的臨床経過の長い症例が多く,組織学的にも低悪性度の癌が多いとされる.しかし,本邦における骨化生合併大腸癌では悪性度が高いとする報告例も多く7)20),IPMN以外の膵腫瘍においても膵充実性偽乳頭状腫瘍を除けば組織学的には悪性度の高いものが多い11)~13).本症例においても腫瘍が十二指腸や胆管へ浸潤し,一般的には通常型膵管癌と予後は変わらないとされる進行度であり,長期間注意深く経過観察をする必要があると考えている.石灰化や骨化を来すIPMNの病態解明および予後予測には今後の症例の蓄積が不可欠である.

利益相反:なし

文献
 

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