日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
腹腔鏡補助下幽門側胃切除後の腹腔内膿瘍に対して内視鏡的経残胃ドレナージが有効であった1例
久保田 哲史香川 俊輔菊地 覚次黒田 新士西崎 正彦母里 淑子岸本 浩行永坂 岳司加藤 博也藤原 俊義
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2015 年 48 巻 3 号 p. 208-214

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Abstract

胃切除後の合併症としてまれながら腹腔内膿瘍があり,治療にはドレナージが必要であることが多い.CT・US下の経皮ドレナージが低侵襲で第一選択となるが,腹腔内臓器に囲まれた深部の膿瘍は穿刺がしばしば困難である.今回,我々は腹腔鏡補助下幽門側胃切除術後,腹腔内膿瘍を合併した症例を経験した.膿瘍は残胃の背側にありCT・US下の経皮ドレナージが困難であったが,超音波内視鏡により膿瘍ならびに近接する総肝動脈も明瞭に観察され,超音波内視鏡ガイド下に経残胃ドレナージを安全に施行可能であった.胃切除後であっても腹腔内膿瘍に対する経胃的ドレナージの施行は,低侵襲な治療手段としての一選択肢となりうると考えられたので報告する.

はじめに

腹腔鏡補助下幽門側胃切除(laparoscopy assisted distal gastrectomy;以下,LADGと略記)は低侵襲で早期胃がんにおいて従来の手術と同等の安全性と術後成績が得られると報告されており1),広く普及している.頻度は高くはないが,従来の胃切除術と同様にLADGの術後合併症がある1)2).なかでも,侵襲的な処置を要するものの一つに腹腔内膿瘍があり,抗生剤での治療で効果がない場合や,疼痛・発熱などの炎症所見が強いものには,症状の緩和のためにも速やかなドレナージが必要となる.また,処置が遅れた場合に二次的な縫合不全・腹腔内出血を起こす可能性がある3).ドレナージにはCT・腹部USガイド下の経皮ルートが一般的であるが,それも深部の膿瘍では臓器に囲まれ穿刺困難であり,不可能な場合には侵襲が大きい手術によるドレナージが必要となる.今回,我々はLADG術後に生じた腹腔内膿瘍に対してendoscopic ultrasound(以下,EUSと略記)ガイド下経胃ドレナージを施行し,良好な経過を得た1例を経験した.これまでに胃切除後の腹腔内膿瘍に対する経残胃ドレナージの報告はなく,有効な治療選択肢として考えられたので報告する.

症例

症例:29歳,女性

主訴:検診による異常指摘

既往歴:脂質異常症,脂肪肝

身体所見:身長163 cm,体重79 kg,body mass index(BMI)29.7.

現病歴:2013年8月検診での上部消化管内視鏡検査で胃角部前壁に2 cm径の0-IIc病変を指摘され,生検でsignet ring cell carcinomaの診断であった.11月にLADG,D1+リンパ節廓清,Billroth I法による再建を行い吻合部背側にJ-VAC®19Frドレーンを留置した.術後3日目に腹水/血中amylaseが1,107/54 U/l,炎症反応がWBC 11,070/μl,CRP 20.24 mg/dlと高値を認め膵液瘻と診断した.ドレナージ治療と抗生剤投与(CFPM 1 g×3/day(POD3-5),FMOX 100 mg×3/day(POD6-10))を行った.術後7日目にはamylaseが腹水135 U/l,炎症反応がWBC 7,360/μl,CRP 6.71 mg/dlと減少しており,ドレーンを抜去した.その後も炎症所見の再燃なく,術後11日目に軽快退院した.術後20日目に相当する退院後9日目に発熱および背部痛を訴え来院した.腰背部に叩打痛があり,炎症反応の上昇(WBC 11,900/μl,CRP 4.64 mg/dl)とCTで残胃背側の膵上縁に腹腔内膿瘍を認めたため,翌日再入院となった(Fig. 1).

Fig. 1 

CT shows a dumbbell-shaped abscess, surrounded by the liver, pancreas, and stomach (arrows).

再入院時現症:BT 38.0°C,BP 120/77 mmHg,HR 103.

腰背部に叩打痛あるが腹部に圧痛や腹膜刺激症状は認めない.

再入院時検査所見:血液検査WBC 10,820/μl,CRP 12.61 mg/dlと炎症反応のさらなる上昇を認めた.他検査データは特記すべき所見を認めなかった(Table 1).

Table 1  Laboratory data on admission
WBC 10,820​/μl G-GT 56​ U/I
RBC 4.15×106​/μl LDH 235​ U/I
Hb 12.6​ g/dl Na 137​ mmol/l
Ht 36.8​% K 4.1​ mmol/l
Plt 269×103​/μl Cl 101​ mmol/l
T-Bil 0.84​ mg/dl BUN 9​ mg/dl
AST 19​ U/I Cre 0.63​ mg/dl
ALT 24​ U/I Amy 45​ U/I
ALP 311​ U/I CRP 12.61​ mg/dl
LAP 66​ IU/I

入院後経過:入院後,絶飲食とし抗生剤治療(CFPM 1 g×3/day第1~6病日,FMOX 100 mg×3/day第7~13病日)を開始した.膿瘍ドレナージのため,第3病日(POD22)に上部内視鏡とEUSを施行した.残胃後壁背側に粘膜の発赤と膨隆がありEUSで観察すると16×12 mmと12×9 mmのダンベル型の膿瘍腔が確認された(Fig. 2).また,ドップラーを用いることで膿瘍腔に伴走する総肝動脈が描出された(Fig. 3).EUSガイド下に経胃ルートでEchotip®19Gによる穿刺・吸引を施行した.排液は膿性であったが,amylase値は 46 U/lで,膵液の漏出は認めなかった.膿瘍腔は小さくドレナージチューブは留置しなかった.細菌培養でHafnia alveiが検出され貪食像を認めた.第4病日には,WBC 6,360/μl,CRP 5.50 mg/‍dlと改善し,第5病日より発熱もなく腰背部痛も改善した.食事再開し,その後も症状の再燃を認めず,第14病日にWBC 5,640/μl,CRP 0.81 mg/dlと炎症反応も陰性化したことを確認して,第15病日に退院とした(Fig. 4).

Fig. 2 

Endoscopy shows a red, bulging area on the posterior wall of the remnant stomach (a). EUS shows a dumbbell-shaped abscess around the pancreas, measuring 1.22×0.88 cm (arrow) and 1.61×1.26 cm (arrowhead) (b, c). The abscess cavity underwent needle puncture under EUS guidance (d).

Fig. 3 

Color Doppler ultrasonography shows the common hepatic artery (arrow) and abscess cavity (arrowhead).

Fig. 4 

Clinical course of the patient.

現在,外来での経過観察を行っており炎症の再燃はなく退院後経過良好である.また,退院1か月後に撮影したCTで膿瘍腔の消失を確認した(Fig. 5).

Fig. 5 

CT 1 month after transgastric drainage shows no abscess.

考察

胃切除後の術後合併症の一つとして膵液瘻がある.胃全摘後の膵液瘻合併率は13~18%4)5)で,LADG後は1.0~4.3%と報告されている2)6).膵液瘻は,膿瘍形成や二次的な縫合不全・腹腔内出血などの合併症を続発する可能性がありドレナージによる治療を行うのが一般的である3).本症例では,術後膵液瘻の合併に対して術中留置したドレーンによるドレナージで一旦治癒し退院となったが,遅発性に腹腔内膿瘍を形成したため再入院し治療を要した.初回退院時には炎症反応・身体所見とも改善していたこと,また再入院後に経胃穿刺した膿瘍のamylase上昇が見られなかったことから,膵液瘻は初回入院時のドレナージ治療で治癒したが,膵液瘻による損傷組織に二次的に感染が生じ腹腔内膿瘍が形成されたと考えられた.

腹腔内膿瘍に対するドレナージ方法は開腹術やCTもしくはUSガイド下に経皮的に行うのが一般的であり,65~90%の治療成功率(追加処置を必要としなかった症例)と5%程度の合併症率(出血,腸管損傷など)が報告されている7).EUSガイド下経胃ドレナージは膵囊胞に対する治療の有効性が示され8),近年では腹部手術後(虫垂切除,結腸切除,噴門形成術,肝切除術など)の腹腔内膿瘍に対して有効であったとの報告もある9)~12).日本膵臓学会による指針では膵仮性囊胞に対する経消化管的ドレナージの適応は,消化管と密着し癒着した囊胞であること,また膵仮性囊胞は自然消退も期待される病変であることから,6週間以上残存し症状を伴うものとしているが,感染が合併している場合や仮性動脈瘤破裂の危険性のある場合はそのかぎりでないとしている13).一般にEUSガイド下のドレナージは,19G針や通電針で穿刺しdilatorで拡張後に,7Fr ENCD(endoscopic naso-pancreatic cyst drainage)による外瘻化もしくは7Fr pig tailによる内瘻化を行う14).なお本症例では内瘻化カテーテル留置には膿瘍腔が小さく穿刺のみとした.EUSガイド下ドレナージの利点として,①膿瘍腔の描出が優れていること,②probeで圧迫することにより膿瘍壁を直接穿刺することが可能なこと,③ドップラーを用いることで血管などを避けて穿刺可能なこと,④経皮感染や外瘻形成が避けられることが挙げられる15).EUSガイド下ドレナージの合併症の発生頻度は0~21.9%とされ,出血・穿孔・囊胞感染・ステント迷入逸脱・他臓器の誤穿刺が報告されている13)

本症例では,抗生剤による症状ならびに炎症所見の改善が乏しかったためドレナージが必要と判断した.また,残胃背側で膵臓と総肝動脈に接して膿瘍が存在しており,経皮ドレナージは安全な穿刺ルートがなく困難であった.EUSで経胃的に膿瘍腔が描出され,ドップラーで総肝動脈を確認できたことからEUSガイド下経胃ドレナージを選択した.内視鏡下の処置で低侵襲に,かつ安全に穿刺・吸引ドレナージが可能で,結果的に侵襲が大きい開腹手術によるドレナージを回避できた.穿刺後は身体症状・炎症反応とも速やかに改善し,その後も炎症の再燃や膿瘍腔への溜まりはなく治療は有効であった.初回手術軽快退院後に炎症が再燃した遅発性の膿瘍であったことから,炎症が陰性化するのを確認して抗生剤終了し退院とした.

PubMedで1950年から2014年2月の期間で「transgastric drainage」,「gastrectomy」,「abscess」をキーワードに検索したかぎりでは,胃切除後の残胃から腹腔内膿瘍を経胃的にドレナージした報告はなかった.胃切除術後でもEUSガイド下経胃ドレナージは安全に施行でき,治療の選択肢になりうると考えられた.

LADG後に膵液瘻を合併する危険因子として,男性・肥満(BMI≥25 kg/m2)が報告されている2).男性が危険因子に入る理由として,内臓脂肪(visceral fat area)が女性に比べて男性で多く見られることが考えられており,内臓脂肪が多いほど膵液瘻のriskとなる可能性が指摘されている16).本例は女性ではあるが,肥満(BMI 29.7)症例であり手術所見でも内臓脂肪が多く膵液瘻のhigh risk症例であった.High risk症例における腹腔鏡下胃癌手術では,エネルギーデバイスによる膵臓への熱損傷や膵上縁廓清時の膵臓の展開操作で膵被膜を損傷しないように,鉗子操作に細心の注意を払う必要がある.その一方で術後に生じうる合併症への適切な対策を持つことは周術期管理を安全に行ううえで重要であると考えられた.

腹腔鏡下手術の術後合併症は開腹手術と同等と考えられており,合併症が生じた場合は適切な治療を行う必要がある.今回,術後膵液瘻から二次的に生じた腹腔内膿瘍に対して,経残胃ドレナージで低侵襲に治療することが可能であった1例を経験し,術後残胃周囲膿瘍に対する有用な対処法であると考えられた.

利益相反:なし

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