日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
肝腫瘍との鑑別が困難であった腹壁原発の悪性孤在性線維性腫瘍の1切除例
熊澤 慶吾小柳 剛遠藤 大昌青柳 信嘉今村 雅俊石田 剛
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2015 年 48 巻 3 号 p. 272-279

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Abstract

症例は70歳の女性で,右上腹部違和感を自覚し近医受診した.腹部超音波検査にて肝外側区域に腫瘍を疑われ,当院紹介受診した.画像診断にて肝血管腫と判断され,以後外来にて経過観察となった.9か月後のフォローアップCTにて腫瘍の軽度増大および肝S4に3 cm大の新たな病変が出現したため,悪性の原発性肝腫瘍が疑われ手術が行われた.外側区域の腫瘍と診断されていた病変は開腹所見では腹壁より発生しており,外側区域を圧排していた.腹壁より肝外の腫瘍を切除し,肝S4の部分切除を行った.病理組織学的診断はmalignant fat-forming solitary fibrous tumorであった.その後の経過は,多発肝肺転移を来し術後2年3か月目に原病死となった.腹壁原発の孤在性線維性腫瘍は極めてまれであり,特に悪性の転帰を来した症例は本報告が最初である.

はじめに

孤在性線維性腫瘍(solitary fibrous tumor;以下,SFTと略記)は線維芽細胞様の紡錘形細胞が比較的厚い膠原線維束により隔てられて増殖し,限局的な腫瘤を形成する比較的まれな腫瘍である1).多くは胸膜に発生するが,他にも全身のさまざまな部位での発生が報告されている2)~13).SFTの由来や生物学的特徴などについては不明な点が多く,疾患概念自体も完全に確立されたものではない.今回,我々は腹壁の軟部組織に発生し,肝転移を来し,外科的切除しえたmalignant solitary fibrous tumor の1 例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:70歳,女性

主訴:右上腹部違和感

既往歴:糖尿病,高脂血症,高血圧

現病歴:2009年3月に右上腹部違和感を自覚し近医受診した.腹部超音波検査で偶発的に肝外側区域に肝表より突出する6 cm大の腫瘍を指摘され,当院消化器内科に紹介受診となった.

血液生化学検査所見:肝胆道系酵素の上昇は認められず,腫瘍マーカーでもCEA,CA19-9,AFP,PIVKA-IIで上昇を認めなかった.肝機能検査ではliver damage:A,Child-Pugh分類:Aであった.

腹部ダイナミックCT所見:肝外側区域に径6 cm大の腫瘤を認め,周囲は被膜を伴っていた.動脈相では周囲より増強され,静脈相では中心部への濃染の広がりが認められた(Fig. 1).

Fig. 1 

Dynamic CT shows a tumor (arrow) measuring 6 cm in diameter with a hypervascular cystic component in contact with the liver.

腹部造影MRI所見:T1強調像で腫瘍は境界明瞭で低信号,内部不均一であった.周囲には低信号の索状物が認められた.T2強調画像では内部には隔壁が認められ,高信号と低信号を来す成分が混在していた(Fig. 2).

Fig. 2 

A tumor, 6 cm in diameter, accom­panying a high-intensity signal area on the nodule in the T2-weighted image (arrow).

当院受診後経過:各画像検査により,非特異的であるが肝血管腫の疑いで3か月毎の腹部超音波検査による経過観察が行われた.9か月目に行われた腹部超音波検査にて主腫瘍の軽度増大と,新たに肝S4に3 cm大の肝内転移を疑う腫瘍が認められたため造影CTが行われた(Fig. 3).肝血管肉腫およびその肝内転移の診断で当科に紹介となり,手術を行う方針となった.

Fig. 3 

Abdominal dynamic CT shows the liver metastasis in segment 4 (arrow).

手術操作:開腹所見では肝内病変と考えられていた主腫瘍は腹壁に存在し,肝臓への浸潤は認められず,腹壁由来の病変であった(Fig. 4).腹壁腫瘤と肝S4転移病巣は肝円索によりつながっていたためen blocに切除した.

Fig. 4 

Laparotomy reveals a multilocular, elastic tumor that partly indicates a tendency to invade into the round ligament of the liver, and in contact with the abdominal wall. Therefore, the tumor was thought to originate from the abdominal wall. The intrahepatic lesion was regarded as a hepatic metastasis.

切除標本:80×50×71 mm大で,腫瘍表面は灰白色であった.割面は充実性,灰白色で壊死,出血を伴う肉腫様部分を認めた.また,一部に黄色調を呈する領域も認められた.肝S4の腫瘍は35×35×40 mm大で,割面の性状は腹壁の腫瘤と同様であった.腹壁腫瘤と肝S4転移病巣は肝円索によりつながっていたが連続性は認められず,肝転移と考えられた.

病理組織学的検査所見:腹壁腫瘍は紡錘形細胞が豊富な細血管を伴い,hemangiopericytomatous patternを呈して増殖する腫瘍であった.間質に膠原線維の産生が目立つ部位から紡錘形細胞が密に増殖する部位まで認められた.黄色調に見えた部位では,成熟脂肪細胞が混在して認められ,多空砲状の脂肪芽細胞を少数認めた.肉腫様に見えた領域では細胞密度が高く,粘液変性,小囊胞変性,出血,壊死が見られ,腫瘍細胞の多形性を認め,核分裂像も多く,異型核分裂像も認められた.肝S4の病変は腹壁腫瘍の転移と考えられ,肉腫様の細胞密度の高い多形性を伴う腫瘍像と同様の所見を呈していた.核分裂像も多く認められた.免疫染色検査では,CD34(+),bcl-2(+),CD99(+),calretinin(–),CD117(c-kit)(±),cytokeratin AE1/AE3(–),D2-40(–),desmin(–),EMA(一部に+),HHF35(–),p53(細胞密度の高い領域に+),S-100 protein(–:ただし脂肪細胞は+),vimentin(+),WT1(一部の細胞で+),α-smooth muscle actin(一部に+)であった(Fig. 5).HE所見と免疫染色検査結果から,腫瘍は腹壁軟部組織原発のSFTであり,肉腫様の肉眼所見やその領域のHE像,肝転移を認めることから悪性と考えられた.また,脂肪細胞への分化を一部で示しており,SFTの亜形である fat-forming SFTと判断された.以上より,最終病理組織学的診断はmalignant fat-forming SFTであった.

Fig. 5 

Microscopic appearance of the tumor. (a) Hemangiopericytoma-like vascularity can be seen. (b) A lipoblast and fat cells can be seen. (c) The tumor is immunohistochemically positive for CD34.

手術後経過:術後合併症なく退院し以後外来フォローを行っていたが,術後1年6か月目に多発肝肺転移(Fig. 6)が認められた.現在では確立した有効な治療法がないため,以後経過観察を行い,術後2年3か月目に原病死している.

Fig. 6 

Abdominal dynamic CT showing hepatic recurrences.

考察

SFTは,当初は胸膜に発生するまれな線維性腫瘍として報告された腫瘍であり,localized fibrous mesothelioma,pleural fibroma,submesothelial fibroma,localized benign mesothelioma などいろいろな呼び方がされてきた14).SFTはこれまで中皮細胞由来と考えられてきたが15),電顕的にmicrovilliなど中皮腫の特徴である上皮細胞様の分化が認められないこと16)や,間葉系細胞由来を示すvimentin染色が陽性で,中皮細胞由来を示すkeratin,EMA染色が陰性であることから,中皮下の間葉系細胞由来と認識されるようになった17).発生率は人口10万人あたり2.8人と比較的まれである1).好発年齢は60~70歳代で,性差は認められない1).最近では,胸膜以外に後腹膜や骨盤腔2),髄膜3),頭蓋内4),眼窩5),副鼻腔6),甲状腺7),肝臓8),腎臓9),腎盂,腎被膜10),前立腺11),精索12),軟部組織13)などさまざまな臓器からの発生が報告されている.約10%が軟部組織由来であると報告されるが,腹壁原発のSFTは極めてまれである18).1950年から2013年12月までのPubMedで「solitary fibrous tumor」と「abdominal wall」をキーワードとして検索(会議録を除く)した結果,自験例を含めて14例19)~27)のみであった(Table 1).自験例以外の13例はいずれも再発,転移は認められておらず,腹壁原発で悪性の報告は自験例が最初である.

Table 1  Clinicopathological findings of a solitary fibrous tumor of the abdominal wall
Case Author Year Age/Sex Symptoms Size (cm) Treatment CD34/bcl-2 Follow-up (months)
1 Mentzel19) 1997 51/M Abdominal mass 4.8 Excision +/NA NA
2 Nielsen20) 1997 NA/NA NA NA Wide excision +/NA NED
3 Vallat-Decouvelaere21) 1998 50/F Painless mass 1.9 Excision +/NA NED, 13
4 de Saint Aubain Somerhausen22) 1999 45/F Rapidly growing mass 14 Wide excision +/NA NA
5 de Saint Aubain Somerhausen22) 1999 35/F Abdominal pain 11.5 Excision +/NA Recent case
6 Brunnemann23) 1999 NA/F Painless mass NA Excision NA/NA NA
7 Brunnemann23) 1999 70/F Painless mass 16 Excision, margin-positive, preoperative chemotherapy, postoperative radiotherapy NA/NA NED, 40
8 Hasegawa24) 1999 60/F Painless mass 5.5 Excision +/+ NED, 156
9 Hasegawa24) 1999 50/F Painless mass 3 Excision +/+ NED, 38
10 Huang25) 2002 50/F Tender mass 4 Excision +/+ NED, 14
11 Huang25) 2002 38/F Painless mass 7.5 Excision +/+ NED, 12
12 Sawada26) 2002 45/F NA 3 NA +/NA NA
13 Migita27) 2009 74/F Painless mass 12 Excision +/+ NED, 10
14 Our case 70/F Painless mass 8 Excision +/+ Died, 27

NA, not available; NED, no evidence of disease

SFTの画像所見としては,造影CT画像では筋肉と同程度~それ以上に造影され,円形・楕円形の境界明瞭な腫瘍で,分葉状形態を示すこともあるとされる.石灰化は7%に認める.MRI画像では膠原線維を反映して,T1強調像・T2強調像にて低信号,造影にて不均一に造影されることが多い.腫瘍の大きさが小さい場合,境界明瞭・辺縁整・内部均一であり,大きい場合は境界明瞭・分葉状・地図状の増強パターンを呈するとされるが,存在部位や,大きさ,組織学的特徴によりさまざまな画像所見をとりうる28).組織像は多彩であるが,最も主体となる像は“patternless pattern”とよばれる,線維芽細胞様の楕円形ないし紡錘形の核をもつ紡錘形細胞が,細胞間に膠原線維を形成しながらある一定の方向性は見られるものの規則的ではなく無構造に増生する形態である18).免疫組織化学検査では,血管内皮細胞に発現するCD34や間葉系細胞に発現するvimentin やbcl-2 に高率に陽性になり,他の軟部腫瘍との鑑別に有用である29).しかし,cytokeratin,EMA,CEA,S100蛋白は陰性のことが多い30).SFTの大部分は良性といわれているが,局所浸潤や再発,遠隔転移例も報告されている.Englandら1)は組織学的に,細胞密度が高い,強拡大10視野中4個以上の核分裂像,多形性,出血・壊死などの存在を悪性の基準としている.Briselliら17)はそのような悪性例は胸膜発生の場合13%に存在すると報告している.しかし,これらの組織所見が必ずしも臨床所見と一致しないことを,多数の報告者31)が指摘している.胸膜以外に発生したSFTの大部分は予後良好といわれているが,再発および転移を来した症例も報告されている21).自験例では当初非特異的ではあったが肝血管腫と診断され約9か月間の経過観察が行われた.SFTは症例報告も少なく鑑別診断としてあげることが困難であった.各画像検査を見返すと造影CT画像でも腫瘍と肝臓の間に間隙があり,beak sign 陰性で肝外病変の所見と考えられる.MRI T2強調画像でも病変と腹膜との連続性が認められ,同様に肝外病変の所見といえる.造影CTにて腫瘍は膨張性に発育し表面は凹凸が強く悪性度の高さが予測される.腫瘍内部の増強されない領域は病理像とあわせて考えると内部壊死の部位に一致していた.T2強調像で腫瘍内部に異なった成分が認められ,高信号の領域では内部が不均一であった.病理像とあわせると出血・壊死の領域に相当しており,画像上腫瘍の悪性度の高さを疑わせる所見といえる.臨床上も術後1年6か月目に多発肝肺転移を認め,術後2年3か月で原病死している.再発巣では原発巣より腫瘍の悪性度が増大する報告32)も見られる.自験例では肝転移病巣も同時切除しているが,原発巣である腹壁腫瘤と比較し肝転移病巣は全体が細胞密度の高い,核分裂像の多い悪性度の高い像で占められていた.

今回,我々は腹壁の軟部組織に発生し,肝転移を来したmalignant SFTの1切除例を経験した.術前画像診断で原発性肝腫瘍と判断したが,開腹所見にて肝外の病変であることが判明した.SFTは極めてまれな疾患であり術前診断が困難である.良性疾患であることが多いが,本症例では悪性度の高い病変であり,極めて不良な経過であった.今後の症例の蓄積により早期における的確な診断方法の確立が望まれる.

利益相反:なし

文献
 

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