日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
胸腔鏡下の単純縫合閉鎖術で救命しえた特発性食道破裂の1例
川邉 泰一佐藤 勉利野 靖林 勉山田 貴允山本 直人大島 貴湯川 寛夫吉川 貴己益田 宗孝
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2015 年 48 巻 3 号 p. 186-191

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Abstract

特発性食道破裂は,嘔吐などに伴う食道内圧の急激な上昇により食道壁全層が穿孔する救急疾患で,早期に適切な治療が行わなければ重症化して致命的となる.今回,我々は術前食道造影で穿孔部位と大きさの確認を行い,胸腔鏡下食道単純縫合閉鎖+ドレナージで軽快した特発性食道破裂の1例を経験したので報告する.症例は52歳の女性で,嘔吐後の急激な上腹部痛を主訴に発症より4時間後に当院へ救急搬送された.CTで縦隔気腫と両側胸水を認め,食道造影で胸部下部食道左壁に約20 mmの穿孔部を認め特発性食道破裂と診断した.発症より12時間後に胸腔鏡下での緊急手術を開始した.食道穿孔部は長軸方向に約25 mmで挫滅・汚染は軽度であったため,食道の全層一層縫合で食道を縫合閉鎖し,閉鎖部の被覆は追加しなかった.重篤な合併症は認めず,術後23日目に退院となった.

はじめに

特発性食道破裂は,嘔吐などに伴う食道内圧の急激な上昇により食道壁全層が穿孔する救急疾患で,早期に適切な治療が行わなければ重症化して致命的となる1).破裂部位が小さく全身状態が保たれている場合は保存的治療の適応となることもあるが,標準治療は手術である.今回,我々は 胸腔鏡下手術で一期的に単純縫合閉鎖を行い,良好な経過をたどり救命しえた症例を経験したので報告する.

症例

症例:52歳,女性

主訴:嘔吐,上腹部痛

既往歴:アルコール依存症,アルコール性肝炎で治療中

現病歴:2013年3月中旬より時折心窩部痛を認めていた.3月下旬に嘔吐後の急激な上腹部痛を主訴に発症より約3時間後に当院へ救急搬送された.当院救急科が対応し,発症後5時間で外科コンサルトとなった.

初診時現症:身長147 cm,体重36.3 kg,体温37.8°C,血圧115/60 mmHg,脈拍142回/分,酸素飽和度98%(経鼻酸素2 l/分投与下)

血液生化学的検査所見:白血球8,000/μl,CRP 1.84 mg/dlとCRPの上昇を認めた.アルコール性肝炎を反映しAST 185 U/dl,ALT 50 U/dl,γ-GTP 136 U/dlと肝機能障害を認め,Cr 1.18 mg/dlと腎機能障害も認めた.

血液ガス分析所見:酸素2 l/分投与下で,pH 7.309,PaO2 80 mmHg,PaCO2 24.1 mmHg,HCO3 11.8 mmol/‍l,BE –12.4 mmol/lと低酸素血症と代謝性アシドーシスを呈していた.

胸部単純X線検査所見(発症後3時間45分):縦隔気腫を認めた.仰臥位AP像であり,胸水の存在は同定できなかった.

胸部単純CT所見(発症後4時間30分):下縦隔から頸部に及ぶ縦隔気腫を認めた.また,両側胸水を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Chest CT shows mediastinal emphysema and bilateral pleural effusion.

食道造影検査所見(発症後5時間30分):特発性食道破裂を疑い,透視下で経鼻胃管を挿入し造影検査を行った.胸部下部食道左壁に約20 mm径の穿孔部を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Esophagography reveals leakage from the lower esophagus.

発症より6時間後に特発性食道破裂と確定診断し当院HCU入院となり,発症より11時間で手術室に入室,12時間後に緊急手術を開始した.

手術所見:右側臥位,左胸部第6肋間に5 cmの小開胸をおき,第6肋間前腋窩線,第8肋間後腋窩線にそれぞれ12 mmポートを挿入し,胸腔鏡手術を開始した.胸腔内は暗黒色の胸水が大量に貯留していた.中下縦隔の臓側胸膜が広範囲に裂けており,胸部中下部食道から下行大動脈周囲に凝血塊と胃内容残渣と思われる汚染物を認めた.これらの凝血塊,残渣,炎症で肥厚した臓側胸膜の一部のデブリメントを行い,胸腔内を生食5,000 mlで洗浄した.迷走神経を損傷しないように食道をtapingし食道穿孔部の確認を行った.胸部下部食道左壁に穿孔部を認め,術中計測では長軸方向に25 mmであった.挫滅は軽度で粘膜と筋層の断裂長はほぼ同じであることから,食道の全層一層縫合で食道を縫合閉鎖し(4-0モノフィラメント吸収糸の結節縫合,合計7針),閉鎖部の被覆は追加しなかった.縫合に際しては,穿孔部の口側・肛門側の粘膜を確実にかけるように細心の注意をはらって行った.食道内に経鼻胃管を引き戻し,空気を注入し縫合部のエアリークがないことを確認し,食道背側と中縦隔に24Frのblake®シリコンドレーンを2本挿入して手術を終了とした.手術時間は2時間55分,出血は100 mlであった.

術後経過:術後1日目に右胸水に対して胸腔ドレーン挿入を行い,術後5日目に人工呼吸器を離脱し,術後7日目にICU退室した.経鼻経腸栄養チューブを空腸に挿入し経腸栄養を術後7日目より開始した.術後譫妄による経鼻チューブ抜去・再挿入や縦隔膿瘍疑いで抗生剤長期投与が必要であったが重篤な合併症は認めず,全身状態の改善の見られた術後14日目より経口摂取を再開し,術後23日目に退院となった.術後3か月で施行した,上部消化管造影検査ではわずかなひきつれを認めるのみであり(Fig. 3a),上部消化管内視鏡では食道左壁に縫合線と思われる瘢痕を認めるのみであった(Fig. 3b).

Fig. 3 

a. Esophagography shows no leakage or stricture after 3 months. b. Upper gastrointestinal scopy only shows a slight scar at the suture site of the lower esophagus after 3 months.

考察

特発性食道破裂は1724年にオランダのHerman Boerhaaveによって報告され,Boerhaave症候群ともいわれている.早期診断,栄養管理の改良により近年致命率は上昇しているが,縫合不全から重症化し,死亡に至る症例も認められる1).病因としては飲酒後の嘔吐によるものが70~80%を占め2)3),食道内圧の急激な上昇,食道胃協調運動の失調によって食道壁が破裂するためと考えられ,好発部位は解剖学的に脆弱な下部食道左側が84~95%4)~6)といわれている.

近年,保存的治療の奏効例も報告されているが7)8),消化管内容物による縦隔,胸腔内の汚染が強度である場合が多いため外科的治療を選択されることが多い.

術式は好発部位である胸部下部食道左側へのアプローチのしやすさから従来左開胸によるアプローチが選択されることが多い9).一方で,経食道裂孔アプローチでは開腹創から大網や胃底部の補強や胃瘻・小腸瘻造設などの腹部操作が容易であり,下部食道に対しては食道裂孔切開を行うことで十分に良好な視野でアプローチできる10)11)ため経腹的アプローチによる手術の報告も増加している12).しかし,大量胸水貯留症例などは胸腔内の洗浄・汚染組織の除去が不十分になる可能性もある.

これまでの報告では開胸・開腹によるアプローチが多く,自験例のように胸腔鏡を用いた報告はまれである13).1983年から2014年3月までの医学中央雑誌で「特発性食道破裂」と「胸腔鏡」をキーワードとして検索(会議録を除く)した結果,胸腔鏡下手術での報告例は15例であった.一般に緊急手術においては時間を要する手術は好まれない傾向にあるが,自施設では通常の食道手術に胸腔鏡を導入しており,①開胸操作に比べて遜色がない手術が行えると判断したこと,②発症から手術までの時間,穿孔径,汚染の広がりが限局していることから単純縫合閉鎖のみで十分な可能性もあることなどから,胸腔鏡手術を選択した.胸腔内所見によっては開胸手術移行や,被覆のための開腹手術追加も十分考慮したうえでの選択であった.

外科的治療においては,穿孔部の縫合閉鎖と十分な洗浄・胸腔ドレナージを行う必要がある.縫合閉鎖が可能かどうかは,穿孔部の大きさ,発症からの経過時間,穿孔部の状態や壊死性変化の程度などから判断される14).縫合閉鎖できない症例では破裂部Tチューブ留置,ドレナージ手術,被覆物での充填などが術式としてあげられる15).縦隔炎が高度で食道組織の脆弱化などが見られる場合は,破裂部を含めた胸部食道切除を行い頸部食道瘻・胃瘻とし,全身状態改善後に二期的再建を行うことも考慮する16)

術後縫合不全は最も憂慮すべき合併症の一つであり,可能であれば縫合閉鎖部へ大網や胃底部などの被覆物による補強を行うことが望ましい.しかしながら,大網を用いるためには開腹や腹腔鏡を用いた腹部へのアプローチが必要となり,手術時間の延長など,手術自体の侵襲性は増加する.

縫合閉鎖部への被覆術の追加は,縫合不全のリスクを軽減できるとの報告がある一方で,その結果は同等とする報告もある17).選択は慎重に行わなければいけないが,症例によっては被覆術が省略できる場合がある.夏目ら18)は1990年~2002年に本邦で報告された98例について検討し,発症から手術までの時間が15時間以内かつ穿孔径3 cm以下の症例では,縫合閉鎖のみでも縫合不全が発生しにくい(17%)と報告している.飯澤ら19)は2005年~2009年における59例について検討し,発症24時間以内の手術症例であれば,縫合閉鎖のみを行った場合と,被覆術を追加した場合とで縫合不全の発生率に差は認めなかったとしている.発症後24時間以上を経た例では,縫合不全率が高い17)ため一次縫合閉鎖は期待できず,大網,胃底部,横隔膜などの有茎弁で被覆する方が望ましいとされる.

自験例では発症12時間後に手術を行うことができ,穿孔径が25 mmで周囲の挫滅はごく軽度であったことから,食道の全層一層縫合で食道を縫合閉鎖し,閉鎖部の被覆は追加しなかったが良好な経過をたどった.

利益相反:なし

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