2015 年 48 巻 5 号 p. 421-428
成人発症の原発性後腹膜囊胞性成熟奇形腫は極めてまれな疾患である.外科的切除を施行し上記診断に至った2症例を経験した.症例1は49歳の女性で,30歳妊娠時に仙骨前面に7×6 cmの腫瘍を指摘されたが出産のため経過観察となった.出産後は通院が中断していた.49歳時に尿閉を主訴に当院紹介となった.骨盤内に17 cmに増大した腫瘍を認め尾骨合併腫瘍切除術を施行した.症例2は23歳の女性で,23歳の帝王切開時に後腹膜腫瘍を認めた.その後の精査で仙骨前面に9×7 cmの分葉状囊胞性腫瘍を認め尾骨合併腫瘍切除術を施行した.術後病理組織学的診断はどちらも囊胞性成熟奇形腫であり悪性所見は認められなかった.成人発症の原発性後腹膜囊胞性成熟奇形腫は極めてまれな疾患である.悪性転化症例は予後不良だが,転化前ならば切除により良好な予後が得られており,発見された際は迅速な外科的切除を行うべきである.
成人に発症する原発性後腹膜囊胞性成熟奇形腫は極めてまれな疾患である1).今回外科的切除を行い,病理組織学的に上記診断に至った2症例を経験したので,若干の文献的考察を含めて報告する.
症例1:49歳,女性
主訴:尿閉
現病歴:30歳妊娠15週時に腹部超音波検査で仙骨前面に7×6 cmの巨大な腫瘍を指摘された.帝王切開術で分娩が行われた.当院で経過観察していたが,担当医の異動を契機に通院が中断していた.その後は症状なく経過していたが,49歳時に尿閉を主訴に近医受診し尿道カテーテルが留置された.精査加療目的に当院紹介となった.
既往歴:特記事項なし.
血液検査所見:腫瘍マーカーHCG+β II<0.1 mIU/ml,SCC 17.7 ng/ml,CA19-9 <0.6 U/ml,CA125 21.7 U/ml,CEA 3.8 ng/ml,AFP 6 ng/ml
腹部CT所見:骨盤内に17 cmの腫瘍を認めた(Fig. 1).直腸・子宮・膀胱は腫瘍により頭側・腹側に圧排されていた.腫瘍は囊胞成分が主体であり,囊胞内には隔壁や多房性の壁構造を有しており,隔壁に沿うような脂肪織が認められた.両側卵巣は萎縮しているが同定可能であった.
CT shows the huge presacral multilocular cystic tumor.
腹部MRI所見:仙骨前面に18×14×11 cmの腫瘍を認めた(Fig. 2).腫瘍は多房性の囊胞性腫瘤であり,囊胞の隔壁部分には脂肪組織が入り込んでいた.
MRI shows a presacral multilocular cystic tumor. The tumor has numerous septa and shows a high intensity on T2-weighted imaging.
術前診断:仙骨正中から発生した脂肪を含有する囊胞性病変であり,仙尾部の囊胞性成熟奇形腫と診断した.
鑑別診断:後腹膜発生の粘液性脂肪肉腫やtail gut cystが挙げられた.脂肪以外の部分が囊胞状でありmyxoid componentではないことから粘液性脂肪肉腫は考えにくく,また脂肪を含有することからtail gut cystは考えにくく除外された.
治療:尾骨合併腫瘍摘出術を施行した.手術時間は9時間21分で出血量は5,480 mlであった.手術に先立ち左右の尿管ステントを挿入した.背臥位で中下腹部正中切開として手術を開始した.腫瘍を剥離後,尾骨との癒着が強固であったため腹臥位に体位変換した.V字状に皮膚切開し尾骨を切離した.背臥位に戻してから腫瘍を摘出し手術を終了した(Fig. 3).
Macroscopic view of the resected specimen shows a multilocular cystic tumor.
病理組織学的検査所見:囊胞は角化を示す重層扁平上皮で裏打ちされ,内腔に豊富な角化物が含まれていた.囊胞壁には腺組織など種々の組織も含まれ,未熟成分は見られず,囊胞性成熟奇形腫と診断された(Fig. 4).悪性転化を示唆する所見はなく,尾骨近傍にtotipotential cellの存在は指摘されなかった.
Microscopic findings (Case 1, HE staining, A; ×40, B; ×200).
術後経過:一時的に神経因性膀胱による尿閉を認めたが,徐々に改善し最終的には自然排尿が可能となり,残尿もなく退院となった.なお,本手術では自律神経は全温存されている.術後約3週間でSCCは0.5 ng/mlと正常化した.
症例2:23歳,女性
主訴:なし.
現病歴:学校検診時に先天性の片腎(左腎無形成)を指摘されていた.23歳時に左腎無形成に合併した双角子宮の一方に妊娠したと考えられて経過観察されていたが,その後子宮外妊娠切迫破裂に対して妊娠27週時に緊急帝王切開術を施行し,851 gの女児を出産した.その際に直腸と仙骨の間に径62 mmの腫瘍を指摘された.術中に両側卵巣は正常であることが確認されていた.その後の精査で仙骨前面に9×7 cmの奇形腫が疑われ,手術施行目的に当科紹介となった.
既往歴:特記事項なし.
身体所見:直腸肛門に奇形は認められなかった.
血液検査所見:腫瘍マーカーSCC 2.7 ng/ml,CA19-9 18.7 U/ml,CA125 12.4 U/ml,CEA 1.7 ng/ml
腹部CT所見:仙骨前面に内部に隔壁を有する分葉状の囊胞性腫瘍を認めており,内部に脂肪成分や壁の石灰化は認められなかった(Fig. 5).その他に仙尾骨低形成・左腎無形成・子宮奇形(双角子宮)も認めていた.仙骨奇形と仙骨前腫瘍を認めることから,仙骨奇形,仙骨前腫瘍および直腸肛門奇形を三徴とするCurrarino症候群の亜型と考えられた.
CT shows the huge presacral multilocular cystic tumor. The tumor has numerous septa.
腹部MRI所見:骨盤底に腫瘍を認め(Fig. 6),腫瘍は直腸を後方から圧排しており,下端が尾骨の後方に突出していることから,後腹膜の腫瘍と考えられた.
MRI shows a presacral multilocular cystic tumor. The tumor has a septum and shows a high intensity on T1-weighted imaging.
術前診断:仙骨前面の多房性囊胞性腫瘍を認めており,囊胞性成熟奇形腫と診断された.
鑑別診断:仙骨前面に存在する腫瘍であることから前髄膜瘤が鑑別に挙げられた.しかし,腫瘍と硬膜との連続性がはっきりしない点や臀裂直下の脂肪織にも病変が及んでいる点,囊胞の壁が厚い点などから除外された.
治療:尾骨合併腫瘍摘出術を施行した.手術時間は9時間33分で出血量は2,180 mlであった.背臥位で手術を開始して下腹部正中切開で腫瘍を剥離した後に腹臥位に体位変換した.仙骨付近を正中切開して変形した尾骨を切除した.再度腹臥位として腫瘍を摘出し手術を終了した.
病理組織学的検査所見:囊胞内面の大部分は炎症性肉芽組織で置換されていたが,一部に重層扁平上皮や線毛円柱上皮による裏打ちが混在して見られた.囊胞壁の構成成分に多形性や未熟性は見られず,囊胞性成熟奇形腫として矛盾しない所見と考えられた(Fig. 7).悪性転化を示唆する所見はなく,尾骨近傍にtotipotential cellの存在は指摘されなかった.
Microscopic findings (Case 2, HE staining, A; ×40, B; ×200).
術後経過:術後経過は良好で術後9日目に退院となった.2014年現在まで再発なく経過している.術後のSCCは未測定であった.
後腹膜腫瘍はまれな疾患であり,全腫瘍の0.2%を占めると報告されている.このうち成熟奇形腫が占める割合は6~18%である2).成熟奇形腫のほとんどは乳児・小児期に発症しており,成人発症例は1~11%を占めるに過ぎず極めてまれな疾患である1)3).
医学中央雑誌で「囊胞性成熟奇形腫」をキーワードに1983年から2013年までの期間で検索したところ,12例の報告例があり(会議録を除く),仙尾部原発は2例のみであった(Table 1)4)~14).性差に関しては差がないとする報告15)と成人では女性優位であるとする報告16)~18)の両説がある.好発年齢は乳児期と成人の二峰性である1)3).成熟奇形腫は悪性転化率が高く(31%)2),悪性転化後の予後が極めて不良である(平均生存期間が18か月)19)20)ことから,診断がつき次第迅速な外科的切除を行う必要がある.後腹膜成熟奇形腫では小児期の悪性転化率(6.8%)と比較して成人発症での悪性転化率(25.8%)が高率であることからも迅速な切除を要する1)15)21).外科的根治切除による5年生存率は100%と報告されている16).
Case | Author/Year | Age/Sex | Symptom | Organ | Treatment | Benign or malignant |
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1 | Ihara4)/1983 | 38/F | Abdominal pain | Ovary | Hysterectomy and bilateral salpingo-oophorectomy | Benign |
2 | Toyoda5)/1993 | 23/F | None | Mediastinum | Tumor resection, thymectomy and mediastinal pleural resection | Benign |
3 | Toyoda5)/1993 | 24/F | Chest pain, cough and fever up | Mediastinum | Tumor resection, thymectomy and mediastinal pleural resection | Benign |
4 | Masuda6)/1993 | 43/M | Enlargement of the scrotum | Testis | Inguinal orchiectomy | Benign |
5 | Yoh7)/1993 | 31/F | None | Mediastinum | Tumor resection | Benign |
6 | Koyama8)/1998 | 76/F | Abdominal distension | Ovary | Hysterectomy, bilateral salpingo- oophorectomy and pelvic lymphadenectomy | Malignant |
7 | Takimoto9)/2000 | 25/F | Dorsal pain | Mediastinum | Tumor resection | Benign |
8 | Otsu10)/2001 | 11/F | Abdominal pain and fever up | Ovary | Tumor resection | Benign |
9 | Hosono11)/2008 | 23/F | None | Sacrococci | Tumor resection | Benign |
10 | Yasuda12)/2009 | 64/F | Abdominal distension | Ovary | Hysterectomy, salpingo-oophorectomy and omentectomy | Benign |
11 | Muto13)/2011 | 6/F | Abdominal pain | Ovary | Tumor resection | Benign |
12 | Kamei14)/2013 | 0/F | Tumor mass | Sacrococci | Coccyx merger tumor resection | Benign |
13 | Our case | 49/F | Urinary retention | Sacrococci | Coccyx merger tumor resection | Benign |
14 | Our case | 23/F | None | Sacrococci | Coccyx merger tumor resection | Benign |
腫瘍は胎生組織に由来しており,外胚葉・中胚葉・内胚葉由来の体細胞より構成される非セミノーマ胚細胞腫瘍と考えられている3).発生原因に関しては諸説あるが,原始生殖細胞の遊走過程障害説が主流である22).仙骨前部には胎児期にcaudal endが存在し,多数の胎児期組織が集合しているためさまざまな種類の腫瘍が発生しうる22).発症部位としては卵巣や精巣などの性腺組織に多く,その他前縦隔や後腹膜,仙骨前,尾骨,松果体,頭蓋内,頸部などのさまざまな部位に発症するが,性腺外は1~5%とまれである3)16).後腹膜内では左上腹部や左側優位であるとの報告もある15)16).
成熟奇形腫は囊胞性と充実性に大別され,一般的には囊胞性の多くは良性であり,充実性腫瘍には悪性が多いとされている15).悪性の囊胞性成熟奇形腫は0.2~2%に認められ,後腹膜リンパ節や肺に転移する可能性がある3).海外での悪性頻度は4~13.5%と国内よりもやや高率で報告されている20).その他に囊胞内容液への感染リスクが20~30%あることも知られている.
良性例における腫瘍マーカーに特異的なものはなく1)3),悪性例ではAFPが挙げられるが参考値程度であるため,一般的には良悪性の鑑別に腫瘍マーカーは有用でない2).自験例では症例1,2ともにSCCが術前に高値を示しており,症例1では術後に正常化している.産婦人科領域の報告では成熟囊胞性奇形腫においてSCC高値と悪性転化の関連が指摘されており,本症例のようにSCCが高値の際には放置してはならない23)24).巨大化して腫瘤として自覚されるまでは無症状であるため,早期発見は困難である.今回の2症例は無症状でありながらも妊娠を契機に偶然診断された.
診断はCT,MRIによる画像診断が主流である.CT,MRIは軟部組織や脂肪組織などの組成診断や充実性,囊胞性などの内容診断に有用である.さらに,隣接臓器への圧迫・浸潤の有無などの診断にも有用である19).特徴として症例の半数以上に石灰化を認める19).また,症例2ではCTで仙骨前腫瘤および仙骨奇形を有することから直腸肛門奇形と仙骨前腫瘤,仙骨奇形を三徴とするCurrarino症候群の亜型と診断された.Currarino症候群における仙骨前腫瘤の約半数が髄膜瘤で奇形腫は約40%と報告されている25).診断時に注意すべき点として,腫瘍生検は行うべきではないことが挙げられる.理由は腫瘍の播種,膿瘍形成,糞瘻形成,髄膜炎誘発などの合併症が報告されているためである20).
治療は尾骨合併切除を伴う外科的切除が推奨されており1),治癒切除例では5年生存率が100%と切除により良好な予後が得られている16).尾骨を合併切除する理由は,尾骨近傍に腫瘍の根幹であるtotipotential cellが存在しており,尾骨内には発症要因である3胚葉組織に分化しうる多潜能細胞をもつ原始線条が存在するためである20).尾骨を残した場合には37%と高い再発率が報告されている20).仙骨・尾骨前面の腫瘍が巨大で術中大量出血が懸念される症例では,術前に血管塞栓術を施行しておくことが有用である17).完全治癒切除が最も重要な予後因子となるため,腫瘍の被膜を破らずに切除することが重要である16).また,腫瘍の被膜外浸潤の有無は重要な予後予測因子となる.
自験例では2例ともに切除後の病理組織学的診断で良性であることが確認され,幸い悪性転化を来していなかった.さらに,2例ともに尾骨合併切除を施行しており術後再発を来しておらず外科的切除のよい適応症例であったと考えられた.
本論文の要旨は第66回日本消化器外科学会総会(2011年7月,名古屋)で発表した.
利益相反:なし