日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
胃癌がS状結腸癌の所属リンパ節にまで転移した胃癌とS状結腸癌の重複癌の1例
大原 佑介山本 雅由稲川 智永井 健太郎奥田 洋一釼持 明内田 温菊地 和徳
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2015 年 48 巻 5 号 p. 407-413

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Abstract

症例は70歳の男性で,2013年5月に下痢を主訴に近医を受診し,精査目的で当院紹介となった.その結果,胃癌(4型),S状結腸癌(2型),左腎腫瘍(腎細胞癌疑い)を認め,また腹腔内に多数のリンパ節腫大を認めた.胃癌とS状結腸癌はともに通過障害を伴っていたため手術の方針となった.開腹するとリンパ節転移の他に多数の腹膜播種結節を認めた.胃全摘術,ハルトマン手術を施行し,術後経過良好にて第11病日に退院した.病理組織学的検査所見で,胃癌は低分化腺癌および印環細胞癌,S状結腸癌は高分化腺癌が主体であった.特に胃癌の浸潤転移が著明で,腸間膜リンパ節転移および腹膜播種は胃癌によるものと診断された.胃の低分化腺癌および印環細胞癌はびまん性に浸潤転移を来すことが知られているが,本症例は同時性に存在したS状結腸癌の所属リンパ節への転移を認めたまれな症例であった.

はじめに

胃癌のリンパ節転移はまず原発巣周囲の所属リンパ節から始まり進行すると傍大動脈領域などにわたるが,特に未分化型の胃癌はリンパ節転移が広範囲であることが多い1).今回,我々は胃癌(未分化型)とS状結腸癌の重複癌に対して手術を施行したところ,胃癌がS状結腸癌の所属リンパ節にまで転移を来した症例を経験したので,若干の文献的考察を含めて報告する.

症例

患者:70歳,男性

現病歴:2013年5月に下痢を主訴に近医を受診した.下部消化管造影検査でS状結腸に狭窄を伴う腫瘤性病変を認めたため,精査目的に当院紹介となった.イレウスの疑いにて緊急入院し絶食とし精査を進める方針とした.

既往歴:高血圧にて内服加療.

家族歴:特記すべきことなし.

血液検査所見:来院時,Hb 10.6 g/dl,CEA 3.3 ng/ml,CA19-9 48.6 U/mlであり,貧血とCA19-9の高値を認めた.

上部消化管内視鏡検査所見:胃噴門部から胃体部にわたる全周性の4型腫瘍を認めた.胃の進展は不良で,内腔は約1 cmにまで狭窄していた.生検では癌細胞が検出されなかった.

下部消化管内視鏡検査所見:肛門縁より15 cmのS状結腸にほぼ全周性の2型腫瘍を認め,腫瘍より口側にスコープが通過しなかった.生検で高分化腺癌が認められた.

下部消化管造影検査所見:S状結腸に全周性の2型病変を認め,口側結腸に造影剤が通過しなかった.

造影CT所見:広範囲にわたる胃壁の不整な肥厚を認め胃癌と考えられた.S状結腸に壁肥厚を認めS状結腸癌と考えられた.左腎に約8 cmの腫瘤を認め,腎細胞癌が疑われた(Fig. 1).胃周囲および腸間膜のリンパ節が多数腫大し,リンパ節転移と考えられた.傍大動脈リンパ節は軽度腫大していた.腹水を認め,腹膜播種が疑われた.食道は拡張し内容物の貯留を認めた.

Fig. 1 

CT shows left renal tumor suspected of primary renal cell carcinoma (arrow).

術前診断および治療:胃癌,S状結腸癌,左腎腫瘍(腎細胞癌疑い),多発リンパ節転移ならびに腹膜播種と診断した.患者は経口摂取時のつかえ感,経口摂取量の低下ならびに排便困難を自覚しており,また内視鏡検査での狭窄所見ならびにCTでの食道の拡張所見を合わせて,胃,S状結腸はともに著しい通過障害を来していると考えた.内視鏡的ステント挿入術を行った上で化学療法を施行することも検討したが,下部消化管造影検査でS状結腸癌の口側に造影剤が通過せずS状結腸のステント留置は困難と判断した.また,上部消化管造影検査はS状結腸癌による腸閉塞状態の悪化が懸念され施行できず,ゆえに胃のステント留置も困難と判断した.したがって,通過障害の改善を目的とした姑息的な胃全摘術およびS状結腸切除術を計画した.左腎腫瘍は手術侵襲の大きさなどを考慮し今回の手術では摘出を行わない方針とした.

手術所見:まず上腹部正中切開で開腹すると,中等量の腹水と胃周囲,傍結腸溝,膀胱直腸窩を中心に広範囲に結節を認め腹膜播種と診断した.胃所属リンパ節をはじめ,小腸間膜リンパ節,結腸間膜リンパ節が多数腫大していた.根治切除は不可能であり,姑息的に胃癌に対して胃全摘術,D1郭清,Roux-en-Y法再建を行った.次いで下腹部正中切開をおき,S状結腸癌に対してハルトマン手術,D1郭清を行った.手術時間は5時間33分であった.

病理組織学的検査所見:胃癌は肉眼的に胃中部を主体とした190×125 mmの全周性の4型腫瘍であった(Fig. 2A).HE染色では非充実型低分化腺癌および印環細胞癌が主体であった(Fig. 3A).S状結腸癌は肉眼的に42×42 mmの2/3周性の2型腫瘍であった(Fig. 2B).HE染色では高分化管状腺癌が主体であった(Fig. 3B).郭清したリンパ節については,胃の所属リンパ節は18個(/18個中),S状結腸癌の所属リンパ節は11個(/12個中,全てNo. 241)に転移を認め,いずれも印環細胞癌が認められた(Fig. 3C, D).さらに,腹膜播種ならびにS状結腸の漿膜下層にも印環細胞癌が認められた(Fig. 3E, F).Cytokeratin(以下,CKと略記)による免疫組織化学染色を施行したところ,本症例では胃癌はCK7陽性,S状結腸癌はCK7陰性であったが,前述の胃の所属リンパ節,S状結腸所属リンパ節,腹膜播種,S状結腸漿膜下層の癌細胞がいずれもCK7陽性であった.したがって,これら全てが胃癌の転移と診断した.癌取扱い規約による診断は,胃癌はT4a(SE),N3b,M1(LYM),H0,P1,CY1,Stage IV,S状結腸癌はSS,N0,M0,H0,P0,Cy0,Stage IIとなった2)3)

Fig. 2 

Macroscopic findings of gastric cancer (A) and sigmoid colon cancer (B).

Fig. 3 

Microscopic findings of primary gastric cancer (A), sigmoid colon cancer (B), and metastatic sites(C, D, E, F). Gastric cancer is composed of poorly differentiated adenocarcinoma with signet ring cell carcinoma (A). The sigmoid colon cancer is composed of well differentiated adenocarcinoma (B). Immunohistochemical analysis of cytokeratin 7 (CK7) demonstrates that gastric cancer is CK7-positive, whereas sigmoid colon cancer is CK7-negative (small boxes). Local lymph node of the stomach (C), local lymph node of the sigmoid colon (D), peritoneal disseminated nodule (E), and nodule at the subserosa of sigmoid colon (F) were examined. All metastatic sites were composed of signet ring cell carcinoma originating from gastric cancer, which was confirmed by CK7-positivity (small boxes).

術後経過:患者の経口摂取量は通常の胃全摘術後のレベルにまで改善した.経過良好にて術後第11病日に退院した.病理組織学的検査所見で胃癌の進行が高度であったため,CDDP+S-1を用いた化学療法を検討したが,腹部の癌性疼痛が出現し生活の質が低下したことと本人が化学療法を希望しなかったことから,best supportive careの方針となった.外来で経過を観察したが徐々に病勢が進行し,術後6か月で永眠された.

考察

胃癌の胃壁における発育様式および他臓器への進展様式は,胃癌の組織型によるところが大きい.高分化腺癌などの分化型の癌と比較し,低分化腺癌や印環細胞癌などの未分化型の癌はびまん性に胃壁を進展し4型の形態をとることが多く,リンパ行性転移,腹膜播種や癌性腹膜炎などを来すことが多い1)4)5).本症例は非充実型低分化腺癌および印環細胞癌を主体とした未分化型の進行癌であり,広範なリンパ節転移や腹膜播種は十分に来しうると考えられる.本症例は,胃癌と同時性に存在したS状結腸癌を切除する必要があり,かつその切除検体を詳細に検討することで,胃癌のびまん性の転移様式が良く観察しえた1例であった.

切除したS状結腸の漿膜下層に印環細胞癌を認めたが,これは結腸近傍の播種結節が浸潤したものと考えられた.S状結腸の所属リンパ節の胃癌転移については,まず①播種結節から漿膜下層に浸潤しリンパ流に沿って転移をした可能性が考えられた.しかし,本症例ではS状結腸の漿膜下層に浸潤した印環細胞癌が比較的微小なものであり,かつS状結腸切除検体内にリンパ管侵襲が目立たなかった点が合致しなかった.また,別の可能性として②胃周囲のリンパ節から傍大動脈領域を経てリンパ流を逆流して腸間膜リンパ節に転移をした可能性が考えられた.胃からの主たるリンパ流は腹腔動脈,上腸間膜動脈周囲リンパ節からの輸出管が腸リンパ本幹を形成し,さらに腰リンパ本幹と合流し,乳び槽,胸管を経て左静脈角に流入する6).よって,胃癌が腸間膜リンパ節に転移をすることは癌細胞がリンパ流に逆行する必要があり,通常起こりにくいと予想される.しかし,未分化型の胃癌にたびたび認められる肺の癌性リンパ管炎は肺門部のリンパ節から逆行性に癌細胞が進展したことで生じるとされている1).本症例は,著しい転移浸潤能をもつ胃癌細胞が所属リンパ節から傍大動脈領域まで転移を来し,それに伴いリンパ流の閉塞,うっ滞,内圧の上昇,改変を来しながら,逆行性に腸間膜リンパ節に転移したという可能性も考えられた.しかしながら,本症例は姑息的な手術であるため系統的なリンパ節郭清をしておらず,また剖検症例ではないこともあり,リンパ節転移方向に関しては病理組織学的な結論は得られなかった.

医学中央雑誌で1983年から2014年3月の範囲で「胃癌」,「腸間膜リンパ節」をキーワードに検索したところ,胃癌の腸間膜リンパ節転移を認めた症例は5例であった(残胃癌症例および会議録を除く)7)~11).PubMedで1950年から2014年3月の範囲で「gastric cancer」,「colorectal cancer」,「mesocolonal lymph node metastasis」もしくは「collision」をキーワードに検索したところ,同様の報告は1例であった12).この6例のうち4例は腸間膜リンパ節転移をCT所見あるいは術中所見で判断されており,病理組織学的に診断を行った症例はRohら12)と宇田ら9)の2例のみであった(Table 17)~12).Rohら12)と宇田ら9)の症例は,本症例のように同時性に大腸癌を認め同時切除が行われている.Rohら12)の症例は胃周囲ならびに直腸の腸間膜リンパ節に広範に胃癌の転移を来しており本症例と類似しているが,一方で宇田ら9)の症例は胃周囲のリンパ節転移がなく回結腸動脈リンパ節に孤立性に転移を来しており,転移形式は一定ではないことが示唆された.また,組織型に関して,6例のうち5例が低分化腺癌であり腸間膜リンパ節転移は低分化腺癌に特徴的であると考えられた.

Table 1  Reported cases of the gastric cancer metastasizing to the lymph nodes of the mesocolon
No Author Year Age Sex Histological type Other metastatic lesion Treatment Prognosis (month)
1 Kato7) 2004 74 M Poorly diff. adenocarcinoma Colon, Rectum Resection+Chemotherapy Dead (12)
2 Roh12) 2006 61 M Poorly diff. adenocarcinoma Rectum Resection Dead (8)
3 Wakabayashi8) 2010 59 M Poorly diff. adenocarcinoma Iliopsoas muscle Chemotherapy Dead (1)
4 Uda9) 2011 50 M Poorly diff. adenocarcinoma none Resection+Chemotherapy Alive (21)
5 Kakuta10) 2012 88 M Poorly diff. adenocarcinoma Small bowel none Dead (2)
6 Saito11) 2013 65 M Adenosquamouscarcinoma none Chemotherapy Dead (3)
7 Our case 70 M Poorly diff. adenocarcinoma Colon, Peritoneum Resection Dead (6)

本症例における左腎腫瘍は組織学的な確定診断は為されていないもののCT所見で腎細胞癌が最も可能性が高く,本症例は胃癌,S状結腸癌,腎癌の同時性3重複癌であったと考えられる.同時性重複癌はしばしば経験する病態であり,同時性に3臓器以上の重複癌を手術した症例は多数報告されている.それらの報告は,全ての病変が早期癌あるいは手術によって根治が可能な進行度であるものが多い13)14).しかし,症例報告としては少ないが,本症例のように重複癌のいずれかの病変が根治手術不能であり治療方針の決定に難渋することをよく経験する.その際には,病変の進行度のみならず,患者の年齢,併存疾患,体力や生活の質などの背景を考慮し総合的に判断する必要がある.本症例は腹膜播種が予想され根治手術は困難であったが,胃ならびにS状結腸の通過障害を認めていたため胃全摘術とハルトマン手術を施行した.左腎腫瘍は泌尿器科医師にコンサルテーションし左腎摘出術の手術適応を検討したが,①侵襲が大きくなること,②胃癌,S状結腸癌と比較して予後規定因子とならないこと,③手術後CDDPなどを使用した化学療法を施行する可能性があり腎機能を温存する必要があったことから,腎摘出術は施行しなかった.最終的に化学療法を追加せず緩和医療に移行することとなったが,術後数か月は自宅での療養が可能であった.

腸間膜リンパ節は通常の胃癌手術の郭清範囲に含まれないため転移巣として認識されることは少ない.しかし,組織型が低分化腺癌あるいは印環細胞癌の場合,腸間膜リンパ節転移は十分に起こりうると考えられ,高度に進行したこれらの未分化型の胃癌に対しては術前診断時に十分に考慮する必要があると考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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