日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
上行結腸孤立性転移を契機に発見された原発性小腸癌の1例
成廣 哲史中島 紳太郎満山 喜宣衛藤 謙小村 伸朗池上 雅博矢永 勝彦
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2015 年 48 巻 5 号 p. 442-448

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Abstract

症例は52歳の女性で,子宮体癌,卵巣癌,甲状腺癌,直腸癌に対して根治術が施行され,無再発で5年以上が経過していた.2010年12月に下部内視鏡検査で上行結腸に2型腫瘍を認め,生検で印環細胞癌と診断された.他臓器癌の浸潤や転移の可能性が考慮されたが,画像検査でこれを示唆する所見がなく,原発性上行結腸癌と診断した.開腹による結腸右半切除術を施行し,回腸末端から15 cm口側に腫瘤を触知したため,同部から10 cmのマージンを確保して腸管を切離した.上行結腸病変は粘膜下腫瘍の形態で印環細胞がびまん性に粘膜下層から漿膜下層まで浸潤し,上皮内に癌組織を認めなかった.回腸病変は高分化型腺癌から連続して粘液湖が形成され,漿膜下層に低分化腺癌や印環細胞の増殖を認めた.免疫染色検査の結果,原発性小腸癌の上行結腸転移と診断した.今回,我々は原発性小腸癌の上行結腸転移の症例を経験したので報告する.

はじめに

転移性大腸癌の発生率は0.1~1%とされ非常にまれな疾患である1).その原発は胃癌が最も多いとされ,胃癌剖検例の約10%に大腸転移が認められたとの報告もある2).今回,我々は上行結腸癌の術前診断で開腹術を施行した際に回腸腫瘍を発見し,病理組織学的診断の結果,原発性小腸癌の上行結腸転移と確定した症例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する.

症例

症例:52歳,女性

主訴:なし.

家族歴:特記事項なし.

既往歴:42歳時に子宮体癌,卵巣癌,44歳時に甲状腺癌,45歳時に直腸癌に対して根治術が施行され,いずれも無再発で経過していた.

現病歴:2010年12月に便潜血精査で施行された下部内視鏡検査で上行結腸に約半周性の2型腫瘍を認め生検で印環細胞癌と診断された.2011年1月に手術目的で当科入院となった.

初診時現症:意識清明で,身長150 cm,体重55 kg,体温36.4°C,血圧115/73 mmHg,心拍60回/分,整.眼瞼結膜に貧血なく,眼球結膜に黄疸を認めなかった.胸部に明らかな心雑音,ラ音を聴取せず,腹部は平坦・軟で圧痛を認めず,腫瘤も触知しなかった.

初診時血液・生化学検査所見:炎症所見をはじめ,特記すべき異常なく,腫瘍マーカーはCEA 3.4 μg/dlと正常,CA19-9 66 U/mlと軽度の上昇を認めた.

胸腹部単純X線検査所見:異常所見なし.

大腸内視鏡検査所見:上行結腸に約半周性の2型病変を認めたが,屈曲が強く正面視は困難であった(Fig. 1).生検で粘膜下に印環細胞様の小集塊を認め,原発癌または胃や膵臓から転移・浸潤が疑われた.

Fig. 1 

Colonoscopic findings. A type 2 mass lesion approximately 40 mm in diameter was found at the hepatic flexure, which could not be observed from the front because of a tight angulation of the flexure.

上部消化管内視鏡検査所見:萎縮性胃炎を認めたが,壁進展は良好で粗大病変はなかった.

腹部造影CT所見:上行結腸に造影効果を伴う壁肥厚あり,所属リンパ節の腫脹なく,肝内占拠性病変や腹水の貯留はなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

Abdominal enhanced CT. No ascites nor liver metastasis was identified, and the wall thickness of the ascending colon at the hepatic flexure was found to be slightly swollen (arrow). There was no evidence of invasion of the surrounding tissue nor regional lymph node metastasis.

以上より,他臓器癌からの転移・浸潤を疑わせる明らかな所見がなかったため,原発性上行結腸癌と診断した.術式は複数の手術歴があることから開腹による結腸右半切除術(D3郭清)と決定した.

手術所見:前回開腹創にそって上中腹部正中切開で開腹したところ,腹腔内は広範な癒着を認め,これを可及的に剥離した.上行結腸に腫瘍を触知し,同部の漿膜は保たれていたが所属リンパ節の腫脹を認めた.右側結腸を脱転して回結腸動静脈を根部で処理してsurgical trunkの郭清を行い,中結腸動静脈の左枝を温存して腸間膜の処理を行った.この際に回腸末端から15 cm口側に漿膜は保たれていたが直径6 cm大の弾性硬の腫瘤を触知したため,同部から10 cmのマージンを確保して腸管切離を行った.再建はfunctional end-to-endで行い,手術時間は3時間,出血量は300 mlであった.術中に可能な範囲で腹腔内を検索したが腫瘍性病変などはなかった.

切除標本肉眼的所見:上行結腸の病変は直径40×39 mm大の環周率60%の3型であり,回腸の病変は直径60×43 mm大の環周率80%の5型(2型+II a)であった(Fig. 3A~C).

Fig. 3 

Resected specimen. A) Right-hemicolectomy was performed. Laparotomy reveals a 15 cm mass proximal to the terminal ileum, for which ileal resection was performed with a margin of 10 cm. B) The type 3 tumor of the ascending colon was 40×39 mm in size and accounted for 60% of the lumen (arrow). C) The type 5 (type 2+IIa) tumor of the ileum was 60×43 mm in size and accounted for 80% of the lumen (arrowhead).

病理組織学的検査所見:それぞれの病理組織学的診断は上行結腸がtype 3,sig,pSS,intermediate,INFb,ly3,v3,pN3であり,回腸がtype 5(type 2+II a),mucinous adenocarcinoma>well differentiated tubular adenocarcinoma,pSS,INFb,ly1,v1,pN1であった.上行結腸腫瘍は粘膜内に病変はなく,印環細胞がびまん性に粘膜下から漿膜下層まで浸潤していた(Fig. 4).脈管侵襲もly3,v3と高度で,所属リンパ節のNo. 221,222,223に転移を認めた.これに対して回腸病変は腺腫と高分化型腺癌から連続して粘液湖が形成され,同部から漿膜下層に低分化腺癌や印環細胞が増殖し,近傍のリンパ節に転移を認めた(Fig. 5).免疫染色検査は両者でCK20,CK7,CEA,CA19-9,MUC5AC,MUC6,MUC2が陽性で,CD10は両者で陰性であった(Table 1).以上より,主だった組織型は異なるものの免疫組織学的に非常に近似した組織であった.以上から同時多発癌もしくは一方を原発とする転移病変の可能性が考慮された.このため,我々は詳細な病理組織学的検討を行い,①小腸病変は腺腫と腺癌の混在から印環細胞癌までが存在するのに対して上行結腸病変は印環細胞癌のみで腺管像が認められなかったこと,②小腸病変は粘膜から漿膜下にまで癌細胞が浸潤しているのに対して上行結腸病変は粘膜内に癌組織を認めずに粘膜下腫瘍のように粘膜下層から漿膜下層に発育している特徴的形態をとっている,などの理由から原発性小腸癌の上行結腸転移と診断するにいたった.

Fig. 4 

Pathological findings of the colonic tumor (HE staining, ×40). There were no cancer cells in the epithelium of the colon. Signet ring cell carcinoma diffusely infiltrated the submucosa to the subserosa. Pathological findings included A/C cancer, type 3, sig, pSS, intermediate, INFb, ly3, v3, pN3.

Fig. 5 

Pathological findings of the ileal tumor (HE staining, ×40). The ileal lesion formed mucinous tissue through sequential accumulation in the adenoma and the well differentiated adenocarcinoma. Proliferation of poorly differentiated adenocarcinoma and signet ring cell carcinoma was identified in the subserosa. Pathological findings included cancer of ileum, type 5, por, pSS, intermediate, INFb, ly1, v1, pN1.

Table 1  Result of immunohistochemical stain for ileal and colonic tumor
Immunohistochemical stain Ileum Colon
Tumor marker ​CEA (+) (+)
​CA19-9 (+) (+)
Cytokeratin ​CK 7 (+) (+)
​CK 20 (+) (+)
Mucin ​MUC5AC (+) (+)
​MUC2 (+) (+)
​MUC6 (+) (+)
Cluster of differentiation ​CD10 (–) (–)

術後経過は良好で,術後第14病日で退院した.術後補助療法が必須であると考えたが,小腸癌の化学療法は確立されたものがないことから大腸癌化学療法に準じた.また,過去に卵巣癌に対してFU系薬剤を投与し,その際に肝障害を発症したとの情報があり,capecitabineを選択し6か月施行した.手術から3年が経過したが,再発や転移はなく,外来にて経過観察を継続している.

考察

大腸癌全体における転移性腫瘍の占める割合は約0.1~1%であり1),その原発巣は胃70.8%,卵巣10.7%,膵臓8.4%,大腸2.8%,胆囊2.2%の順に多いとされ3),自験例のように小腸癌を原発とするものは極めてまれである.Meyerら4)によるとその転移形式は播種性転移,近接する臓器からの直接浸潤,脈管性転移,腸管内浮遊細胞によるimplantationが挙げられ,頻度は播種性転移29%,直接浸潤34%,脈管性転移37%とされている,転移形式の特徴は,播種性転移によるものであれば腹腔内に遊離・脱落した癌細胞が腹水によって広がるためDouglas窩近傍,S状結腸上縁,右傍結腸窩,小腸間膜終末部に多いとされている5).次に直接浸潤は結腸間膜を介して多臓器からの連続性浸潤を受けるため,結腸間膜が発達した横行結腸に多い6).脈管性転移は腫瘍塞栓が腸管粘膜下層や筋層に形成されて起こるが,通常の解剖学的血流によらない転移の可能性や,術後であればリンパ流の変化が生じるため7),好発部位は特にない.自験例は小腸病変と免疫組織学的に一致した印環細胞が大腸粘膜下層から固有筋層を中心に発育し,結腸間膜表面や腸管の漿膜面に異常を認めなかったことから,脈管性転移と考えられた.

腸管内implantationを除いた転移性大腸癌の肉眼的特徴は,腫瘍細胞が大腸の漿膜側から粘膜側へ浸潤・増殖していくため,通常の原発性大腸癌と大きく異なる.内視鏡像は発赤,びらん,II c様陥凹などの微小な変化から,粘膜下腫瘍様隆起,壁外性圧排,狭窄などの特徴的な形態をとると報告されているが,粘膜面に腫瘍が露出していない症例での大腸内視鏡単独での正診率は20%と低く,狭窄を呈するものの生検では確定診断に至らなかった症例も報告されており8),内視鏡診断は必ずしも容易ではない.自験例は屈曲が強く正面視が困難であったが,病変の中心に壊死組織が付着した潰瘍形成を伴う2型病変と判断した.今回の結果を踏まえて内視鏡写真を再検討したところ,周堤にあたる部分の粘膜は比較的保たれており,転移性腫瘍を考慮すべきであった.また,狭窄を呈するものの粘膜面に異常がない転移性大腸癌の診断方法として注腸X線検査の有用性が報告されている.その特徴的所見は腸管の長軸方向に数mmのひだが平行して走る収束型,圧排型,びまん型,腫瘤型などに分類されている9).しかし,高度の狭窄を伴うような症例ではこれらの検査のみでは原発か転移かの診断は困難であると思われる.自験例は術前に腹部CTで上行結腸病変は描出されていたが,retrospectiveに見ても小腸病変は確認できなかった.この原因として複数回の開腹手術歴があったため,腸管の癒着が広範にあったことも考えられた.術前にPET-CTを施行していれば小腸病変が指摘された可能性があり,腹腔内の癒着が予想されるような症例や内視鏡像が非典型的な症例では有効であると思われた.

今回,我々が医中誌Webで1983年から2014年4月の範囲で「転移性大腸癌」,「大腸転移」,「結腸転移」をキーワードに検索し,そのなかから小腸癌が原発であった症例を抽出したところ,会議録を除くと自験例を含め3例の報告を認めるのみであった(Table 26)8).自験例以外の2例はいずれも十二指腸癌が原発であり,いずれも原発癌術後2年以上が経過した異時性発症であった.十二指腸癌を除く狭義の小腸癌は全消化管癌の0.1~0.3%と非常にまれな疾患であり10),原発性小腸癌の発生部位は空腸72%,回腸28%で,それぞれTreitz靭帯やBauhin弁より60 cm以内が80%以上を占めるとされ11),自験例もBauhin弁から15 cm以内で同様の結果であった.病理組織学的には高~中分化型腺癌が85%以上を占め,低分化型腺癌は12~13%に過ぎず,粘液癌や印環細胞癌は非常にまれであるとされている12).5年生存率は空腸癌37.6%,回腸癌37.8%とされ予後不良である13).遠隔転移に関しては大腸癌同様に完全切除が可能であれば予後の改善が期待されるため切除がすすめられるが,現在のところ統一された見解はない.補助化学療法に関しては大腸癌や胃癌に準じた治療が行われているが,緒方ら14)は経口でのフッ化ピリミジンや5-FU+LVのレジメンに関して手術単独群と術後補助化学療法群での5年生存率は71.9%対67.3%で有意差を認めなかったと報告し,Zaananら15)は進行小腸癌48例における一次治療でのFOLFOXの有効性をPFS:6.9か月,OS:17.8か月と報告しており,有効性を示すエビデンスは確立されていない.自験例もハイリスク群であり慎重な観察を継続する方針である.

Table 2  Reported cases of metastatic colon cancer which originated in the small intestine in Japan
No Author Year Age Sex Primary cancer Histology of primary cancer Metastatic organ Duration from originated carcinoma Adjuvant therapy Prognosis
1 Maruyama6) 2004 65 F Duodenum tub1, T4 (pancreas), N0, H0, M0, Stage II T/C 7 years Alive
1 year
2 Nakagawa8) 2009 69 M Duodenum tub2, T3, N1, H0, M0, Stage III a Cecum
A/C, T/C, S/C
2 years S-1 Dead
2 years
3 Our case 52 F Ileum muc, T3, N1, H0, M+, Stage IV A/C synchronus Capectiabine Alive
3 years

利益相反:なし

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