2015 年 48 巻 5 号 p. 456-462
下腸間膜動脈領域に形成された動静脈奇形(arteriovenous malformation;以下,AVMと略記)によって虚血性大腸炎が発症したと考えられた1例について報告する.AVMにより虚血性大腸炎を発症することはまれであり,本邦で初の報告例と思われるため報告する.症例は74歳の男性で,血便を主訴に来院した.大腸内視鏡検査で左側結腸に高度の粘膜浮腫とうっ血を認め,虚血性大腸炎が疑われた.腹部造影CTでは左側結腸壁の造影不良と,下腸間膜動脈領域の2か所にAVMが指摘された.血管造影検査で下腸間膜AVMを確認し,引き続き塞栓療法を試みたが手技中に腸管浮腫が急性増悪したため中断した.結腸左半切除術を施行し,単孔式横行結腸人工肛門を造設した.術後は合併症なく経過し,術後7か月まで再出血を認めていない.
消化管の動静脈奇形(arteriovenous malformation;以下,AVMと略記)は消化管出血を来す疾患として知られ,本邦でも数多くの報告例がある1)2).腹痛のない消化管出血として発症することが多く,右側結腸に好発する.一方,虚血性大腸炎は消化管出血を来す一般的な疾患であり,下腸間膜動脈領域の左側結腸を好発部位とする.
今回,我々は下腸間膜動脈領域に形成されたAVMによって虚血性大腸炎を発症したと考えられる1例を経験した.AVMにより虚血性大腸炎を発症することはまれであり,本邦では初の報告例と思われ文献的考察を含めて報告する.
患者:74歳,男性,身長172.1 cm,体重56.5 kg
主訴:血便
現病歴: 2013年5月上旬から便秘と下痢を繰り返していたが,6月初旬に血便が出現し当院を受診した.
既往歴:高血圧,下肢うっ滞性皮膚炎
内服薬:アスピリン,カルベジロール,ベタメタゾン,L-グルタミン
嗜好歴:喫煙20本/日×54年,飲酒1合/日.
アレルギー:なし.
来院時現症:腹部は軽度膨満しており下腹部に索状硬結を触知した.圧痛はなく腹膜刺激症状も認めなかった.直腸診では新鮮血が少量付着した.両下腿にはうっ滞性皮膚炎による潰瘍を認めた.
血液検査所見:WBC 10,400/μl,Hb 10.3 g/dl,D-dimer 5.7 μg/ml,Alb 2.5 mg/dl,CRP 6.02 mg/dlと,軽度の貧血とD-dimerの上昇,低アルブミン血症,炎症反応高値を認めた.
大腸内視鏡検査所見:下行結腸から直腸S状部にかけて易出血性の高度な粘膜浮腫とうっ血を認め,虚血性大腸炎が疑われた(Fig. 1).
Endoscopic picture of the left colon shows a remarkable mucosal edema and congestion with mild luminal bleeding.
腹部造影CT所見:左側結腸壁は著明な浮腫を呈しており,造影不良所見から血流低下が疑われた.また,下行結腸間膜SD-junction部と脾彎曲部には異常血管の集簇が認められ,腸間膜内のAVMを疑う所見であった(Fig. 2).
Contrast-enhanced CT scan shows the thickened and ischemic wall of the sigmoid (arrow) and descending colon (double arrows). An inferior mesenteric AVM can be observed (large arrow).
以上より,虚血性大腸炎を合併したAVMと診断した.精査加療目的に入院とし,同日に緊急血管造影検査を施行した.
緊急血管造影検査所見:下腸間膜動脈造影でSD-junction部と脾彎曲部にnidusを形成したAVMを確認した(Fig. 3a).早期静脈還流は中結腸静脈から門脈へと流出していた(Fig. 3b).血管造影による診断確定に引き続いて塞栓療法を行った.多数の動脈がnidusに流入していたため動脈塞栓は困難であった.静脈塞栓を試みるため,超音波ガイド下に門脈右前区域枝からアプローチした.胃結腸静脈幹をバルーン閉塞下に造影したところ,脾静脈および左胃静脈への流出も認めた.門脈圧は15 mmHgと亢進していた.Nidusからの流出血管である3血管を閉塞下に,モノエタノールアミンオレイン酸による静脈塞栓を行った.手技中にCTで確認すると,横行結腸壁に著明な浮腫性変化が出現してきたため,塞栓物質を回収し塞栓療法を中止した.
(a) Selective inferior mesenteric arteriography reveals 2 large AVMs (arrow and double arrows) and early venous return (large arrow). (b) Venous flow from the AVMs is drained into the portal vein via the middle colic vein (large arrow).
AVMに対する塞栓療法は腸管虚血を増悪させる可能性が高いと考えた.以降も血便は持続し,CRPは19.9 mg/dlまで上昇した.第8病日に腹部造影CTを再検したが,腸管の浮腫と造影不良に改善は認めなかった.保存的加療が奏効する見込みは低いと判断し,虚血性大腸炎の原因と考えられる腸間膜内のAVMを含めて外科的腸切除を行う方針とした.炎症反応が高値で腸管浮腫が高度であったため4週間の絶食管理後に手術を行った.
手術所見:左側結腸間膜には広範な異常血管の拡張を認め,腸間膜の脂肪組織は腫大し硬化していた.また,左側横行結腸から直腸S状部までの腸管壁も浮腫状でやや硬化していた.左側横行結腸周囲には癒着形成を伴っており塞栓療法の影響が考えられた.手術は下腸間膜動脈を根部で切離して,左側横行結腸癒着部から直腸S状部までを切離する結腸左半切除術を施行し,単孔式横行結腸人工肛門を造設した.
摘出標本:粘膜面では内視鏡で指摘された浮腫は改善していたが,左側横行結腸の癒着形成部には深い潰瘍を認めた(Fig. 4a).
(a) Gross appearance of the resected specimen. The mesentery becomes rigid with inflammation, with a coarse granular surface. (b) Histological examination of the mesentery shows clusters of abnormal vessels with bleeding and inflammation.
病理組織学的検査所見:腸間膜に周囲に陳旧性の出血や炎症像を伴った異常血管の集簇が確認された.また,S状結腸に粘膜下層浸潤癌を伴う15 mm大のIpポリープを認めた(Fig. 4b).
術後経過:合併症なく経過し退院となった.術後7か月まで再出血を認めていない.横行結腸人工肛門については閉鎖希望なく,永久的人工肛門としている.
AVMとは,動脈と静脈が吻合してnidusと呼ばれる異常血管の集簇を形成し,血流が短絡する病態のことをいう.消化管のAVMは1960年にMargulisら3)が報告して以来,数多くの報告例があり下部消化管出血を来す疾患の一つとして認識が深まっている.本邦では,腸管AVMの臨床的特徴を古賀ら1)や小林ら2)がまとめている.平均年齢は55歳で性差はなく,腹痛を伴わない消化管出血を契機に発見されることが特徴である.多くは単発性で胃,小腸,右側結腸に好発するが,多発性に認めたり,左側結腸に発生することはまれとされる.診断には血管造影検査が有用で,流入動脈の拡張,異常血管の集簇,流出静脈の早期描出(early venous return)などが特徴的所見である.治療は外科的腸切除が原則であるが,病変の部位や大きさ,手術リスクによっては内視鏡的治療や,塞栓療法4)などの血管内治療も行われる.
一方,下部消化管出血を来す疾患として広く認識されている虚血性大腸炎は,腸管の血流障害に起因する虚血性疾患である.病態としては動脈硬化や血管の攣縮などの血管側因子と,腸管内圧上昇や蠕動亢進などの腸管側因子が複合し腸管壁の虚血を来すと考えられている.背景因子として高血圧,糖尿病,心疾患などの基礎疾患や腹部手術歴などの既往を有することが多い.臨床像としては,高齢者や女性に多いとされ,腹痛を伴った血便により発症する.好発部位は下腸間膜動脈の支配領域である左側結腸で,右側結腸,直腸はまれである.ほとんどの症例は一過性型や狭窄型に分類され絶食と補液による保存的加療で改善するが,壊死型に分類される特殊例では外科的腸切除が必要となる5)6).
自験例は,下腸間膜動脈領域に形成されたAVMであるが,左側結腸に腸管虚血を発症しており虚血性大腸炎の範疇にも分類されると思われる.自験例のようにAVMを病態の原因とする虚血性大腸炎を,医学中央雑誌で「動静脈奇形」と「虚血性腸炎」をキーワードに1983年~2013年12月の期間を対象に検索したが,本邦では報告例がなかった.また,PubMedで「arteriovenous malformation」と「ischemic colitis」をキーワードに1950年~2013年12月で検索したが,海外の文献でもわずか9例が報告されているのみであった.
自験例を含めた10例のAVMを伴った虚血性大腸炎について臨床的因子を検討した(Table 1)7)~15).年齢は19~83歳の平均52歳で,男性9例,女性1例で男性に多かった.1例に結腸切除の手術歴があり,2例には家族性大腸腺腫症や潰瘍性大腸炎があったが,7例は既往症のない症例であった.臨床症状は腹痛7例,血便7例で,下痢や便秘などの便通異常も多い傾向にあった.腹痛を伴わない消化管出血を特徴とする腸管AVMとは異なり,虚血性大腸炎を反映した症状を呈していた.
No | Author/Year | Age | Sex | Etiology | Presenting symptoms | Dignostic method | Ischemic area | Treatment |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Fowler7)/1979 | 19 | F | unknown | hematochezia | unknown | unknown | sigmoid resection |
2 | Nemcek8)/2005 | 56 | M | None | hematochezia | MR-angiography | unknown | embolization |
3 | Jung9)/2007 | 33 | M | FAP | abdominal pain bowel habit change | CT-angiography | S | TPC (due to FAP) |
4 | Metcalf10)/2008 | 50 | M | None | abdominal pain diarrhea | angiography | D-S | LHC+colostomy |
5 | Turkvatan11)/2009 | 83 | M | None | abdominal pain hematochezia | MDCT | D-S | LHC |
6 | Gorospe12)/2012 | 59 | M | postoperative (RHC) | abdominal pain hematochezia | angiography | D-Rb | embolization→TPC |
7 | El Muhtaseb13)/2013 | 57 | M | None | abdominal pain hematochezia | angiography | S-RS | embolization→LHC |
8 | Akgun14)/2013 | 48 | M | ulcerative colitis | abdominal pain | MDCT | T-RS | total colectomy+ileostomy |
9 | Justaniah15)/2013 | 43 | M | None | abdominal pain constipation hematochezia | angiography | S-Ra | embolization |
10 | Our case | 74 | M | None | constipation diarrhea hematochezia |
MDCT angiography | T-RS | embolization →LHC+colostomy |
FAP: familial adenomatous polyposis; MDCT: multi detector-row CT; T: transverse colon; D: decending colon; S: sigmoid colon; RS: rectosigmoid; Ra: rectum above the peritoneal reflection; Rb: rectum below the peritoneal reflection; LHC: left hemicolectomy; RHC: right hemicolectomy; TPC: total proctocolectomy.
AVMによって腸管が虚血に陥る病態は,腸間膜内のnidusにおいて血流が動脈から静脈へと流れることで臓器に分配される血流が減少する,いわゆる盗血現象(steal syndrome)が生じることが原因と考えられている.続いて二次的に起こる静脈圧の上昇が臓器の著明なうっ血の原因となり,虚血をさらに増悪させる10)11).自験例でも門脈圧の上昇(門脈圧15 mmHg)と腸管粘膜に著明なうっ血像を認めており,病態の所見として合致している.我々の検索しうるかぎり,AVMによって右側結腸に虚血性大腸炎を発症したという報告例はない.一般的な虚血性大腸炎のほとんどが左側結腸に好発していることを考えると,下腸間膜動脈領域は虚血性変化に感作されやすいのかもしれない.
AVMの診断には主として血管造影が用いられているが,近年はmulti detector-row computed tomography(以下,MDCTと略記)による診断も可能となってきた.自験例でもMDCTによって,腸管の虚血性変化とAVMが指摘された.
治療は保存的加療が奏効する虚血性大腸炎とは異なり,病態の原因である腸間膜内のAVMに対する治療が必要となる.一般的に消化管のAVMに対しては外科的腸切除が行われる.本検討で手術療法が施行された8例の手術術式は(自験例も含む),S状結腸切除術が1例,結腸左半切除術が4例,結腸全摘出術が1例,大腸全摘出術が2例であり,人工肛門が3例に造設された.虚血に陥る腸管は下腸間膜動脈の支配領域に広がるため,広範囲の切除を要する傾向にあった.炎症が高度な症例では人工肛門の造設も検討する必要があった.
血管内治療は自験例も含めて5例で試みられたが,治療に成功したのは2例であった.血管内治療は合併症として腸管壊死16)のほか,腸管狭窄17)や再出血18)などの報告例があり注意が必要であるが,手術療法と比較すると低侵襲な治療であり考慮してもよいと考えられる.
利益相反:なし