日本消化器外科学会雑誌
Online ISSN : 1348-9372
Print ISSN : 0386-9768
ISSN-L : 0386-9768
症例報告
急速な進展による腫瘍破裂から腹腔内出血を来した膵体部粘液性囊胞腺癌由来の退形成癌の1例
池庄司 浩臣尾関 豊山本 淳史堀田 亮輔坂下 文夫伊藤 由裕佐治 重豊今井 直基松永 研吾
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2015 年 48 巻 8 号 p. 691-697

詳細
Abstract

症例は61歳の女性で,近医で40 mm大の膵体部囊胞性病変を指摘され,経過観察中に増大したため当院へ紹介された.当院のCTで腫瘤は130 mm大に増大し,Douglas窩に少量の腹腔内出血を伴っていた.膵体部粘液性囊胞腺癌の腫瘍破裂による腹腔内出血と診断し,手術を施行した.開腹するとDouglas窩に少量の血液と腫瘍近傍の腹膜に少数の白色結節を認め,腹膜播種が疑われた.腹腔内出血を制御する目的で,膵体尾部脾合併切除,胃全摘,肝左葉外側区域切除,横行結腸部分切除術を行った.切除標本の病理組織学的診断は卵巣様間質を伴う粘液性囊胞腺癌で,退形成性膵管癌の成分を伴い,腹膜の白色結節は腹膜播種であった.術後は順調に経過し退院したが,肝転移および腹膜播種が急速に進行し,術後3か月で永眠された.膵粘液性囊胞腺癌の破裂例は我が国で2例が報告されているのみであり,本例が3例目であった.

はじめに

膵粘液性囊胞腫瘍(mucinous cystic neoplasm;以下,MCNと略記)は,膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)との異同,鑑別に関して長年にわたる議論が続き,2006年のIPMN/MCN国際診療ガイドライン1)で一応のコンセンサスが示された.今回,このガイドラインの基準を満たすMCN症例が経過観察中に急速に進展し,腫瘍破裂から腹腔内出血を来し切除したので,文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:61歳,女性

主訴:膵腫瘤

既往歴:2008年から高血圧,糖尿病のため近医に通院中であった.

現病歴:2004年から膵体部囊胞性病変のため,前医でIPMNと診断され経過観察されていた.2011年10月の腹部超音波検査で腫瘤の増大傾向および腫瘍マーカーの上昇を指摘され,精査目的で当院消化器科に紹介され,精査後に外科へ転科した.

現症:腹部は軽度に膨満していたが,軟で,圧痛は認めなかった.上腹部に手拳大の腫瘤を触知した.

当科初診時検査成績:Hb 11.0 g/dl,Alb 3.3 g/dlとやや低値であり,CRP 13.55 mg/dlと高値を示した.腫瘍マーカーはCA19-9が208 ng/mlと上昇していた.

腹部超音波検査所見(前医):2010年2月の時点で膵体部に境界明瞭,内部やや不均一な左右径42 mmの囊胞性病変があった.2011年10月には左右径45 mmと一回り大きくなり,内部に不整形の高エコー域がみられた.

CT所見(前医):2010年2月の単純CTで膵体部に左右径42 mm×背腹径50 mmの一部壁の不整な類球形の囊胞性腫瘤を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

This plain axial CT shows a cystic mass in the body of the pancreas (February, 2010).

MRI所見(当院):2011年10月の造影MRI冠状断では,膵体部に内部やや不均一な類球形の囊胞性病変とその壁外に連続した腫瘤を認め,頭尾径60 mmであった(Fig. 2).

Fig. 2 

This coronal MRI shows a cystic mass with extra-mural spread (October, 2011).

CT所見(当院):2011年11月の造影CTでは,膵体部の囊胞性腫瘤に大きな変化はなく,その頭側および左側に連続した壁外腫瘤の急速な増大がみられた.胃後壁および肝左葉外側区域下面と広範囲に接していて,胃肝への浸潤が疑われる最大径130 mm大の腫瘤となっていた(Fig. 3a).また,骨盤内にはCT値の高い少量の液体があり,腫瘍からの出血と考えられた(Fig. 3b).

Fig. 3 

CT scan (November, 2011). a) Contrast-enhanced coronal CT showing rapid expansion of the tumor mass (arrows). b) Plain axial CT showing blood collection in the recto-uterine pouch (arrow).

MRI時の最大径60 mmから4週間後のCT時には,最大径130 mmと急速に増大した発育経過から,囊胞壁外への急激な腫瘍進展および腫瘍内出血が強く疑われた.

PET所見:膵体部腫瘤に一致してSUVmax 11.56から14.06の集積亢進を認めたが,遠隔転移の所見はみられなかった.

患者は無症状であったので待機手術を予定した.手術直前の入院時血液検査ではHb 8.9 g/dlと7日前の初診時11.0 g/dlから貧血の進行を認めた.膵体部MCNの腫瘍進展に伴う腫瘍破裂,腹腔内出血と診断したが,腹部所見に変化がなく,全身状態も落ち着いていたことから慎重に経過を観察しつつ,予定通り待機手術を施行した.

手術所見:開腹するとDouglas窩に少量の血液が貯留していたが,骨盤内には明らかな腹膜播種はみられなかった.しかし,小網内に2,3個の白色小結節があり,腹膜播種が疑われた.腫瘍は肝左葉外側区域,胃後壁,横行結腸に浸潤して一塊となり,小児頭大の腫瘤を形成していた.腹膜播種が疑われたが,新たな腫瘍からの出血を制御することをおもな目的として,en-blocに切除することにした.術式は膵体尾部脾合併切除,肝左葉外側区域切除,胃全摘,横行結腸部分切除術となった.腫瘍背側の総肝動脈,腹腔動脈は剥離,温存が可能であった.しかし,腫瘍のおもな栄養血管である脾動脈は腫瘍の最背側に位置し,剥離操作の最後になってやっと露出,切離する手順にならざるをえなかった.そのためその間のうっ血に伴う出血量が多くなり,手術時間は6時間27分,出血量は2,375 gであった.

切除標本肉眼所見:ホルマリン固定後の割面で腫瘍内には高度の出血,壊死がみられ,頭腹側でそれぞれ肝臓,胃に尾側で横行結腸に直接浸潤していた(Fig. 4).

Fig. 4 

(Left) Freshly resected tumor mass. (Right) Cutaway view of the preserved tumor mass.

病理組織学的検査所見:腫瘍は正常膵に連続した45×40 mm大の囊胞成分と,これを取り巻く160×95 mm大の高度の出血性壊死性充実成分とからなっていた.囊胞成分は乳頭状構造を示す異型円柱上皮細胞の増殖に裏打ちされており(Fig. 5a),上皮下の間質部分には免疫染色検査でエストロゲンレセプター陽性(Fig. 5b)の卵巣様間質を認めた.そして腫瘍の大部分を占める出血,壊死の強い充実成分には細胞密度の高い間質と細胞質の乏しい紡錘形の細胞が密に集合した肉腫様構造がみられた(Fig. 5c).同部の免疫染色検査では間葉系マーカーであるvimentinに加え,上皮系間葉系マーカーであるCAM5.2/AE1/AE3にも陽性であり,退形成癌と診断した.腫瘍のほぼ9割を退形成癌が占め,粘液性囊胞腺癌の成分と連続しており,囊胞腺癌が由来であると思われた.しかし,二つの腫瘍組織の間の移行像は確認できなかった.小網内の小結節は腹膜播種であり,その組織型は退形成癌であった.病期はpT4,pN0,pM1(PER),Stage IVbであった.

Fig. 5 

Photomicrographs. a) HE stain showing invasive growth of the mucinous MCC. b) Immuno-histochemical stain showing the presence of estrogen. c) This slide illustrates the anaplastic element of the carcinoma.

術後経過は良好で順調に軽快退院した.しかし,退院後間もなく食欲不振が増強し,術後6週からgemcitabine 1,000 mgを2回投与したが,術後2か月のPETで多発肝転移,腹膜播種再発が確認された(Fig. 6).その後急速に病状が悪化し,術後3か月で永眠された.

Fig. 6 

This FDG-PET scan taken two months post-operatively shows multiple liver metastases and peritoneal dissemination.

考察

大橋ら2)により粘液産生膵癌としてIPMNが最初に報告されて以来,MCN3)とIPMNの異同に関して20年以上におよぶ議論がなされてきた.そして2006年のIPMN/MCN国際診療ガイドライン1)により,一応のコンセンサスが示された.MCNにもっとも特徴的な組織所見である卵巣様間質をMCNに不可欠な必須条件とすることにより,MCNはほぼ全例が女性で膵体尾部に発生するという明瞭な臨床的特徴を有し,画像診断的にもMCNは類球形のオレンジ状でcyst in cystの形態を示すのに対して,IPMNはぶどうの房状でcyst by cystという異なる形態を示すことから,ほとんどの症例で術前に鑑別診断が可能となった.

本症例は画像診断的に類球形で,女性の膵体部病変であることから,術前にMCNの診断がほぼ可能と考えられた.しかし,残念ながら前医ではIPMNが疑われ,7年間にわたり経過を観察されることになった.何とか切除することができ,組織学的にも卵巣様間質を有するガイドラインの基準を満たしたMCNであることを証明できたが,急速に進展しはじめた腫瘍の勢いを止めることはできず,術後3か月という短期間で不幸な転帰をとることになった.

7年間におよぶ緩徐な経過を示していたにもかかわらず,当院来院後の4週間という短期間で囊胞壁外への発育が急速に進展し,腫瘍最大径60 mmから130 mmへと著しく増大した.囊胞成分の大きさにはそれほど変化がなく,囊胞壁外の実質成分が腫瘍内出血を伴いながら急速に増大し,腫瘍破裂を引き起こして腹腔内出血を来したものと考えられた.それに伴い,手術時に腫瘍近傍へ少数の肉眼的な腹膜播種を来したものと思われる.この急速な囊胞壁外腫瘍の増大には腫瘍内出血による増大とともに,悪性度の高い退形成性膵管癌成分への脱分化が関与している可能性が考えられる.

手術時に肉眼的な腹膜播種が疑われたことから,切除の可否が問われた.腹膜結節は数mm大と小さな2,3個の結節であり合併切除が容易であったこと,少量ではあるがすでに腹腔内出血を来していたこと,腫瘍が大きくかつ増大が急速であり放射線治療やがん化学療法といった他の抗癌治療を術後早期に開始しても有効性に疑問が持たれたこと,en-blocな切除が何とか可能であり切除の有効性に期待が持てると考えられたこと,などから切除して可及的早期に術後化学療法を開始する方針にした.なお,腫瘍破裂に関しては,骨盤内に貯留していたのは肉眼的に血液であり,血性腹水とは明らかに異なっていたこと,腫瘍の他に出血を来しそうな転移巣は認めなかったこと,から腫瘍の小さな破裂創から出血して骨盤内に貯留し,破裂創が閉鎖したと考えるのが臨床的に妥当であると考えた.

我々が医学中央雑誌で1977年から2012年まで(会議録は除く),「膵粘液性囊胞腫瘍」,「自然破裂」などをキーワードに検索したところ,MCNの破裂例はこれまでに我が国で5例が報告されていた(Table 14)‍~8).これらに自験例を加えた6例をTable 1にまとめた.破裂様式は6例中4例が囊胞内圧の上昇に伴う囊胞壁の破綻,囊胞内容の腹腔内散布であり,不明の1例も同様の破裂様式と推察された.自験例のように腫瘍実質が破裂して出血した報告は初めてであった.診断は6例中3例が粘液性囊胞腺癌mucinous cystadenocarcinoma(以下,MCCと略記)であり,そのうち切除例は2例のみで,卵巣様間質が証明されたガイドラインの基準を満たすMCCは自験例のみであった.報告例は少ないが,MCCの破裂例は既に周囲臓器へ浸潤していて周囲臓器の合併切除を必要とし,予後が不良であった.手術を施行されたMCNの破裂例では自験例以外は全て,突然の上腹部痛と急性腹症の症状を呈していた.しかし,自験例では定期外来受診時に腫瘍径の急速な増大と腫瘍マーカーの上昇で発見されており,急性腹症の自覚症状も認めなかった.本症例はMCNの自然経過中にこれが癌化し,さらに退形成癌への脱分化が起こって急速に増大したため腫瘍破裂を来したまれな症例と思われた.

Table 1  This table shows the known cases of MCC rupture as reported in the Japanese medical literature
No. Author/Year Age/Sex Symptom/
Tumor diameter
Treatment/
Operative method
Pathological diagnosis Outcome
1 Murai4) 2006 98/F none/10 cm Observation/
(Pathological anatomy)
MCC
OS:ND
Death by respiratory failure
2 Ishida5) 2006 47/F sudden onset of epigastralgia/10 cm DP+splenectomy MCA
OS(+)
5POY survival no recurrence
3 Moriyama6) 2009 34/F sudden onset of epigastralgia/14 cm DP+splenectomy MCA
OS(+)
ND
4 Mizutani7) 2012 77/F sudden onset of epigastralgia/16 cm DP+splenectomy+total gastrectomy+partial transeverse colectomy+adrenarectomy MCC
OS(–)
Death by recurrence 10POM
5 Ono8) 2012 76/F sudden onset of epigastralgia/7 cm DP+splenectomy MCA
OS(–)
ND
6 Our case 61/F none/13 cm DP+splenectomy+total gastrectomy+left lateral hepatectomy+partial transeverse colectomy MCC
OS(+)
Death by recurrence
3POM

MCC: mucinous cystadenocarcinoma, MCA: mucinous cystadenoma, OS: ovarian-like stroma, ND: not described, DP: distal pancreatectomy, POY: post operative year, POM: post operative month

利益相反:なし

文献
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top