日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
大腸癌肝転移に対する陽子線治療後の局所再発に対してサルベージ手術を施行した1例
北東 大督野見 武男山戸 一郎安田 里司尾原 伸作川口 千尋辻 泰子青松 幸雄金廣 裕道中島 祥介
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キーワード: 肝切除, 転移性肝癌, 大腸癌
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2015 年 48 巻 8 号 p. 684-690

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Abstract

症例は62歳の男性で,前医にて直腸癌の同時性肝転移に対し二期的に低位前方切除と肝部分切除が施行された.11か月後に肝S7に4×3 cm大の肝転移再発を認めた.腫瘍条件,肝機能からは切除可能であったが患者が強く粒子線治療を希望し,66 Gy/10回/15日の陽子線治療が行われた.いったん局所制御を得たものの3年後に門脈右枝と短肝静脈に腫瘍栓を伴った形態で同部位に再発を認め当科に紹介された.肝右葉切除+下大静脈楔状切除による根治手術を施行し術後2年間残肝再発は認めていない.近年,粒子線治療は高度先進医療として多くの期待を集めている.情報化社会であり,患者の認知度も高い.本症例を経験し,切除可能大腸癌肝転移にはやはり肝切除が基本であることを再認識した.大腸癌肝転移に対する粒子線治療後のサルベージ手術の報告例は存在せず,大腸癌肝転移の治療方針を考えるうえで興味深い1‍例と考えられたため報告する.

はじめに

切除可能な大腸癌肝転移に対しては肝切除が標準治療であるが,化学療法の発達を背景にラジオ波焼灼術や粒子線治療も評価すべきとの意見がある1)~4).一方,これらの治療は肝切除に比較して局所再発率が高いとも報告されている2)5)6).局所再発を生じても全身化学療法があるから構わない,全体でみれば肝切除と比較して予後に有意差は出ないといった姿勢では肝切除によって治癒する3割程度の症例に対して不利益を生じる可能性が高い.一方で,現実には合併症などさまざまな側面から肝切除以外の治療が選択されることもある.また,治療の選択に当たっては患者側の希望も尊重しなければならない.粒子線治療の認知度も高く,患者側から粒子線治療を希望するケースもまれではない.大腸癌肝転移に対する粒子線治療を推奨するエビデンスもないが,否定するエビデンスもない状況では切除のインフォームドコンセントを得るのが困難な場合もある.

今回,我々は切除可能大腸癌肝転移に対して陽子線治療を施行され,その局所再発に対して肝切除を施行した1例を経験した.陽子線治療前の腫瘍は4×3 cm大で肝S7に存在し腫瘍条件,肝機能からは切除可能であった.患者希望により66 Gyの陽子線治療が行われ,いったん局所制御を得たものの3年後に短肝静脈と門脈右枝への腫瘍栓を伴った形態で局所再発を来した.当科に紹介され根治切除を施行し,術後2年間残肝再発は認めていない.大腸癌肝転移に対する粒子線治療後のサルベージ手術の報告例は存在せず,大腸癌肝転移の治療方針を考えるうえで興味深い1例と考えられたため報告する.

症例

症例:62歳,男性

家族歴・既往歴:特記事項なし.

現病歴:前医にて2008年2月,閉塞所見を呈するRaに存在する直腸癌,Stage IV(T3,N0,H1,P0,M0)に対して低位前方切除,D3郭清を施行された.同時性に存在したS7の2か所の肝転移に対しては2008年3月に肝部分切除が行われた.原発巣の病理組織学的検査所見はtub1,int,INFβ,ly0,v2で肝転移巣は中分化腺癌の転移像を呈し,脈管侵襲は認めなかった.術後補助化学療法としてUFT/Uzelが半年間追加されたが,2009年2月に肝S7に4×3 cm大の残肝再発,および骨盤内に局所再発を認めた.残肝再発に対して患者が強く粒子線治療を希望し,2009年3月に66 Gy/10回/15日の陽子線治療が行われた.照射のマージンは腫瘍から2 cm離して設定されていた.骨盤内局所再発に対しては2009年4月に腹会陰式直腸切断術が行われ,術後補助化学療法としてFOLFOXを10クールとその後にUFT/Uzelが半年間追加された.その後2012年6月に陽子線治療を行った部位に局所再発が生じ,門脈腫瘍栓,および短肝静脈から下大静脈への腫瘍栓を伴っていた.同部に対する治療目的に当科に紹介された.腫瘍マーカーについては,初回手術時から2012年3月までは正常範囲で推移していたが,2012年6月にはCEAが8.2 ng/mlと上昇していた.

腹部CT所見:初回肝切除時の腫瘍は肝S7に存在する2.5×2.5 cm大と1.5×1.5 cm大の腫瘍であった(Fig. 1A).初回再発時には肝S7に三つの結節が集簇したような4×3 cm大の肝転移巣を認めていた(Fig. 1B).陽子線治療半年後のCTでは肝臓の照射された領域は造影効果の乏しい領域となり,右下肺野には放射線性肺炎を疑う所見,および少量の胸水を認めた(Fig. 2A, B).陽子線治療から3年後の再発時にはS7の腫瘍部から門脈右枝までの門脈腫瘍栓,および短肝静脈から肝下部下大静脈へ至る腫瘍栓を認めた.腫瘍の背側は下大静脈に近接していた(Fig. 3A, B).

Fig. 1 

Abdominal CT before ion beam radiotherapy. A: Image of initial colorectal liver metastasis. A 2.5×2.5 cm tumor and a 1.5×1.5 cm tumor are found in segment 7 of the liver (arrows). B: Image of a recurrent tumor that appeared 11 months after hepatectomy. A 4×3 cm tumor is found in segment 7 of the liver (arrow). The tumor is close to a short hepatic vein.

Fig. 2 

Abdominal CT 6 months after ion beam radiotherapy. A: Irradiated area of the liver has low density on CT enhanced image (yellow arrow). A little pleural effusion can be seen (white arrow). B: Radiation pneumonia in the lower lobe of the right lung (white arrow).

Fig. 3 

Abdominal CT of recurrent colorectal liver metastasis 3 years after ion beam radiotherapy. A: A tumor thrombus is observed from the posterior branch to the right branch of the portal vein (arrow). B: A tumor thrombus is observed from the short hepatic vein to the inferior vena cava (arrow).

腹部MRI所見:陽子線治療後の再発時の拡散強調像にてS7領域に高信号領域を認め,CTで腫瘍を疑う部位に一致していた(Fig. 4).

Fig. 4 

Diffusion weighted image of abdominal MRI. High signal is observed in the recurrent area diagnosed with abdominal CT (arrows).

胸部CT所見:右肺上葉に5 mm大の孤立性の結節を認めた.肺転移か炎症性変化かの鑑別は画像上困難であった.同結節については経過観察を行い,肺転移と診断すれば切除を行う予定とした.

上記所見から肝右葉切除+腫瘍栓を含む短肝静脈から右肝静脈根部までの下大静脈楔状切除にて切除可能と判断し,2012年8月に手術を施行した.下大静脈腫瘍栓が存在するため術中のみ内頸静脈から一時的下大静脈フィルターを肝上部下大静脈に留置した.

手術所見:J字切開にて開腹し肝門操作より開始した.術中超音波検査にて門脈腫瘍栓は左右門脈分岐部までは達しておらず,個別処理にて右肝動脈,門脈右枝,右肝管を切離した.短肝静脈から下大静脈へは腫瘍栓の形成があるため右葉の完全脱転は不可能で前方より肝切除を行った.下大静脈に達し,内側より下大静脈前面を可能なかぎり露出した.腫瘍栓の存在する短肝静脈,下大静脈腫瘍栓,右肝静脈根部を含めるようにサイドクランプで血管鉗子をかけて5×1.5 cmの下大静脈壁を切離し,標本を摘出した.下大静脈の切離部は5-0血管縫合糸で連続縫合して閉鎖した.横隔膜の一部も合併切除した(Fig. 5).手術時間は8時間26分,出血量は1,560 mlであった.

Fig. 5 

Findings of a salvage operation after ion beam radiotherapy. The base of the right hepatic vein was resected with the wall of the inferior vena cava (arrows). The diaphragm was partially resected.

標本所見:後区域門脈枝から門脈右枝にかけての腫瘍栓を認めた(Fig. 6A).また,腫瘍の背側は合併切除した下大静脈前壁に密に接していたが内腔への直接浸潤は認めなかった(Fig. 6B).短肝静脈内には腫瘍栓を認め,術前に認めた下大静脈へ進展した腫瘍栓は合併切除された.

Fig. 6 

Macroscopic findings of resected specimens. A: Tumor thrombus of the posterior branch of the portal vein is shown (arrow). B: Anterior wall of the inferior vena cava is very close to the tumor.

病理組織学的検査所見:肝実質内の腫瘍は中分化型腺癌で大腸癌肝転移に矛盾しない像であった.門脈内の腫瘍栓にも同様の所見が認められた(Fig. 7A, B).免疫染色検査ではCK7陰性,CK20陽性であり大腸癌の転移に矛盾しない結果であった.

Fig. 7 

Pathological findings of resected specimens. A: Moderately differentiated tubular adenocarcinoma is observed in the liver tumor. Most parts are viable lesions. B: Findings of the tumor thrombus of the portal vein are shown. Viable, moderately differentiated tubular adenocarcinoma can be observed.

術後経過:右胸水の貯留を認めた以外は特に問題なく経過し術後26日目に退院となった.

術後補助化学療法は施行せず経過観察していたが,術後6か月目の胸部CTにて両葉に多発する肺転移を疑う結節を認めたため切除不能と判断し,以後IRIS+bevacizumab,irinotecan+panitumumab,regorafenibの順に化学療法を施行している.術後2年が経過しており肺転移は徐々に増大しているが,腹部CT上は残肝再発を認めていない.

考察

大腸癌肝転移は切除可能であれば切除を行うことが原則であり治癒にいたる症例は確実に存在する.限局した病変に対しては肝切除が最も局所コントロールが良好な治療であることに疑いはなく,安全性に問題がなければ局所制御能の高い肝切除を選択するべきである.しかし,合併症の問題や患者側の希望などから切除可能肝転移であっても肝切除以外の治療を選択せざるを得ない場合は存在する.化学療法のみでの治療は限局した大腸癌肝転移の場合には治癒の追及という面からはやや消極的であると思われ,局所治療や放射線治療が考慮される現実があると思われる.

近年粒子線治療の進歩は目を見張るものがある7).大腸癌に対しても特に骨盤内局所再発で有効な成績をあげている8).しかし,粒子線治療の問題点として消化管や大血管に近接する腫瘍では晩期障害による消化管穿孔や大血管の狭窄が危惧されるため辺縁に十分な照射ができないことがあげられる7)8).今回,腫瘍は局所再発を来したのみならず門脈内,肝静脈内への腫瘍栓を伴っていた.陽子線治療を行った施設に線量分布を確認したところ門脈右枝,下大静脈へのfull doseの照射はされていなかった.陽子線治療前は腫瘍条件,肝機能から切除可能であったので,やはり手術を選択すべきであったと思われる.

大腸癌肝転移に対する粒子線治療の適応条件として「肝臓の一部に限局した転移で,原発巣に対して根治手術が行われており,肝外に再発・転移所見を認めない症例」とある2).これはまさに手術適応と同様である.また,大腸癌肝転移に粒子線治療を施行した24例中13例に局所再発が見られ,9例に手術が施行されたという2).粒子線治療が手術より低侵襲であることは間違いないが,適応の決定は背景因子を十分に考慮し,十分なインフォームドコンセントの上で行われるべきである.

医学中央雑誌にて1977年から2014年8月,PubMedにて1950年から2014年8月まで「粒子線治療」,「転移性肝癌」,「サルベージ手術」をキーワードに検索すると報告例はみられなかった.本症例は残念ながら,サルベージ術後半年で多発肺転移を来した.術前胸部CTで肺転移を否定できない結節を認めており,サルベージ手術を行わず化学療法を行う選択肢もあったと考えられる.しかし,切除可能な肺転移を併存する大腸癌肝転移に対しては肝切除,肺切除を行うことで長期生存が得られる症例があることも報告されており9)10),本症例では肝切除を施行した.大きな合併症なく経過し,残肝再発を認めず,切除不能肺転移再発後も化学療法をガイドラインに沿って施行できていることから肝切除の施行が予後に悪影響を及ぼしたとは考えにくい.

現時点では切除可能大腸癌肝転移に対する標準治療は肝切除である.情報化社会であり先進治療である粒子線治療に過度の期待をする患者は多い.治療の選択に当たっては十分なインフォームドコンセントが必要である.

利益相反:なし

文献
 

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