2015 年 48 巻 8 号 p. 723-727
目的:抗血栓療法中の急性胆囊炎に対する腹腔鏡下胆囊摘出術の適応について,後方視的に検討しその安全性を明らかにする.方法:2011年4月から2014年8月までに,当院で急性胆囊炎(軽中等症)と診断され,緊急で腹腔鏡下胆囊摘出術を行った49例を対象とし,手術直前まで抗血栓薬を投与されていた15例(投与群)を非投与の34例(非投与群)と比較し,周術期への影響を検討した.結果:患者背景として投与群が有意に高齢で,糖尿病の既往が多く,PTの延長を認めた.手術成績では手術時間,出血量,術中・術後の合併症に差はなく,術後在院日数が投与群で有意に長かった.結語:抗血栓療法中の急性胆囊炎に対する腹腔鏡下胆囊摘出術は特別な問題もなく施行可能であった.今後このような症例はさらに増加すると予想されるが,緊急手術となっても慎重な手術操作を行えば安全に腹腔鏡下胆囊摘出術を施行できる.
2013年の急性胆管炎・胆囊炎診療ガイドラインにおいて,軽症あるいは中等症(Grade I or II)の急性胆囊炎に対してはおおよそ発症後72時間以内であれば,入院後早期の胆囊摘出術,特に腹腔鏡下手術を推奨している1).しかし近年,人口の高齢化によって基礎疾患に心血管系あるいは脳血管系疾患を有し,抗血栓薬を投与されている症例が増加しており2)3),観血的治療時に出血などの合併症が懸念されることから,緊急手術の適応を慎重にする必要があるが,これについては記載がない.
抗血栓療法中の急性胆囊炎に対する腹腔鏡下胆囊摘出術の適応について,後方視的に検討しその安全性を明らかにする.
2011年4月~2014年8月に当院において,緊急で腹腔鏡下胆囊摘出術を施行した急性胆囊炎(Grade I or II)49例を対象とした.このうち基礎疾患に心血管系あるいは脳血管系疾患を有し,手術直前まで抗血栓薬を投与されていた15例(投与群)を非投与の34例(非投与群)と比較し,周術期への影響を検討した.
当院での腹腔鏡下胆囊摘出術は,基本的に4孔式のいわゆるフランス式スタイルでCalot三角を展開する逆行式胆囊摘出術を行っている.器具は剥離鉗子および超音波凝固切開装置を使用し,胆囊管は非吸収糸を用いた体内結紮で処理,ドレーンは留置していない.急性胆囊炎の症例では吸引洗浄システムを使用する.
検討項目は,患者背景として性別,年齢,BMI値,糖尿病の既往歴,血液検査所見のうち炎症所見(白血球数,CRP値),止血機能(血小板数,PT,PT-INR,APTT),発症から手術までの日数のほか,急性胆囊炎の重症度についてはガイドラインにおける重症度判定基準1)を用いた.手術成績として手術時間,術中出血量,術中輸血の有無,開腹移行,術後合併症(Clavien-Dindo分類),術後在院日数などを比較した.
統計解析ソフトウェアはJMP11®(SAS Institute Inc. USA)を使用して,2群間の比較にカイ2乗検定およびMann-Whitney’s U testを用いて,P<0.05を統計学的に有意差ありと判断した.
投与群の内訳として,基礎疾患は陳旧性心筋梗塞や狭心症が7例と多く,ついで脳梗塞が3例で,その他に慢性心不全や不整脈などがあった.投与されていた薬剤はアスピリン6例,シロスタゾール4例,ワルファリン3例,クロピトグレル硫酸塩2例,リマプロスト2例,イコサペント酸1例(多剤併用の症例含む)であった.胆囊炎の重症度は軽症(Grade I)が11例,中等症(Grade II)が4例であった(Table 1).ワルファリン投与の症例に対しては,術前のPT-INRが1.5以上に延長している場合,ビタミンK製剤20 mgを静脈内投与しその作用を拮抗させ,全症例で術翌日に理学的所見や血液検査上,止血が確認できていれば内服薬は再開とした.
Underlying disease | n | Drug | n |
---|---|---|---|
Myocardial infraction or angina pectoris | 7 | Aspirin | 6 |
Cerebral infarction | 3 | Cilostazol | 4 |
Others | 5 | Warfarin | 3 |
Clopidogrel | 2 | ||
Limaprost | 2 | ||
Ethyl icosapentate | 1 |
患者背景として,投与群は有意に高齢で,糖尿病の既往が多く,PTが延長していたが,そのほかの項目に差はなかった(Table 2).
Antithrombotic therapy | Non-antithrombotic therapy | P value | |
---|---|---|---|
Gender (M:F) | 9:6 | 24:10 | 0.47 |
Age (years) | 73.7±9.4 | 66.9±11.1 | <0.01 |
Body mass index | 24.2±3.6 | 23.9±3.8 | 0.80 |
Diabetes mellitus | 7 (46.6%) | 6 (17.6%) | 0.03 |
WBC (×103/μl) | 12.5±5.1 | 13.2±5.5 | 0.81 |
CRP (mg/dl) | 12.5±7.2 | 9.0±9.0 | 0.10 |
PLT (×104/μl) | 21.6±5.8 | 22.2±6.6 | 0.89 |
PT (sec) | 72.7±21.3 | 86.6±12.8 | 0.01 |
PT-INR | 1.20±0.2 | 1.05±0.1 | 0.01 |
APTT (sec) | 30.8±5.3 | 27.7±3.4 | 0.09 |
Grade I:II | 11:4 | 23:11 | 0.69 |
Time after onset (day) | 2.1±1.6 | 2.5±2.1 | 0.80 |
手術成績では両群とも術中輸血を要した症例はなく,手術時間,術中出血量,術後の合併症などに明らかな差はなかったが,術後在院日数は投与群,特に中等症(Grade II)で有意に長かった(14.0±6.2日vs 5.9±2.9日,P=0.01)(Table 3).また,投与群で開腹移行を1例認めたが,高度炎症による癒着が原因であった.
Antithrombotic therapy | Non-antithrombotic therapy | P value | |
---|---|---|---|
Operative time (min) | |||
Total | 70.8±25.4 | 73.4±21.4 | 0.78 |
Grade I | 66.3±25.1 | 74.1±21.9 | 0.36 |
Grade II | 83.0±25.4 | 71.9±21.2 | 0.32 |
Blood loss (ml) | |||
Total | 65.0±169.5 | 37.7±88.1 | 0.93 |
Grade I | 10.4±13.8 | 44.5±102.8 | 0.35 |
Grade II | 215.0±304.2 | 22.2±44.4 | 0.13 |
Blood transfusion | 0 | 0 | — |
Conversion to open | 1 (adhesion) | 0 | — |
Complications (Clavien-Dindo classification) | 2 (SSI Grade I) | 1 (cholangitis Grade II) | — |
Length of postoperative hospital stay (day) | |||
Total | 8.4±5.0 | 5.6±2.6 | 0.01 |
Grade I | 6.4±2.6 | 5.4±2.5 | 0.17 |
Grade II | 14.0±6.2 | 5.9±2.9 | 0.01 |
「循環器疾患における抗血小板,抗凝固療法に関するガイドライン」(2008年,日本循環器学会)では,抗血栓療法中の症例に対して,「緊急手術時の対処は出血性合併症時の対処に準ずる」(クラスIIa)とされているが4),2013年の急性胆管炎・胆囊炎診療ガイドラインでは抗血栓療法中の急性胆囊炎に対する腹腔鏡下胆囊摘出術の適応については記載がない.また,医学中央雑誌にて1977年から2013年まで「腹腔鏡下胆囊摘出術」,「急性胆囊炎」,「抗血栓療法」をキーワードに,またPubMedで1950年から2013年まで「laparoscopic cholecystectomy」,「acute cholecystitis」,「antithrombotic therapy」のキーワードで検索したが,その治療方針として緊急手術とするか5),場合によってはドレナージ術をし,抗血栓薬を休薬・中止したうえで待機的に手術を行うかは各施設で異なっていると考えられる.
抗血栓療法中の周術期管理においては,その手術内容などによりリスク分類され,各々に推奨される対応があり3)6)7),当院では基礎疾患に心血管系あるいは脳血管系疾患を有し,抗血栓薬を投与されている症例は,待機的な手術予定であれば,循環器内科や脳神経外科,麻酔科などの関係する各科とともに出血および抗血栓療法の中止による血栓・塞栓のリスクを検討のうえ,必要であればヘパリン持続静注を代替療法として開始している.
しかしながら,抗血栓療法中において緊急手術が必要になった際の対応については,基礎疾患や投与薬剤,術前の全身状態や止血機能,必要となる手術内容により各々の症例で異なると思われる.今回の急性胆囊炎に対する腹腔鏡下胆囊摘出術の検討では,非投与群と比較しても術中の出血や術後の合併症などに差はなく,比較的安全に施行できた.両群の比較で術後在院日数に差があったが,この原因としては投与群の方が高齢であり,基礎疾患として心筋梗塞や脳梗塞後の症例が多いことなどから,術前よりADLがやや低下しており,術後の離床やリハビリなどを含めて,退院までの回復に時間を要したためと思われる.
手術のほか,緊急の経皮経肝胆囊ドレナージ(percutaneous transhepatic gallbladder drainage; PTGBD)や吸引穿刺法(percutaneous transhepatic gallbladder aspiration; PTGBA)などであっても,観血的処置による出血のリスクがあり8),最近では内視鏡的経鼻胆囊ドレナージ(endoscopic nasobiliary gallbladder drainage; ENGBD)の有用性も報告されているが9)10),基本的に急性胆囊炎であっても,腹腔鏡下胆囊摘出術は血栓療法のない症例と同様に,安全に施行可能であると考えられた.
抗血栓療法中の急性胆囊炎に対する腹腔鏡下胆囊摘出術は,特別な問題もなく施行可能であった.今後このような症例はさらに増加すると予想され,患者への観血的処置による出血および血栓・塞栓症のリスクなどの十分な説明は必要であるが,緊急手術となっても慎重な手術操作を行えば安全に腹腔鏡下胆囊摘出術を施行できる.
本論文の要旨は第26回日本内視鏡外科学会において発表された.
利益相反:なし