2015 年 48 巻 8 号 p. 677-683
症例は54歳の女性で,検診の腹部USで肝腫瘤を指摘され,当院へ紹介された.血液検査で軽度の炎症反応上昇を認めた.肝炎ウイルスマーカーは陰性であった.腹部CTで肝S7~8に10 cm大の腫瘤を認め,動脈相で濃染し平衡相で低吸収となる多血成分と,その周囲に豊富な脂肪濃度成分を含んでいた.精査中に39°C台の発熱を認め,血液検査で著明な炎症反応の上昇を認めた.発熱後の腹部CTとMRIでは腫瘍内出血の所見を認め,諸検査を行ったが他に熱源を認めなかった.画像上肝細胞癌を第一に考えた.他の良性肝腫瘍も鑑別に挙がったが,臨床症状を伴っていたため肝右葉切除を施行した.病理組織学的には,腫瘍は平滑筋細胞と血管および脂肪細胞の増生からなり,背景に高度の炎症細胞浸潤と出血を伴っていた.免疫組織化学検査でhuman melanoma black-45が陽性であり,腫瘍内出血を伴う炎症性肝血管筋脂肪腫と診断した.
血管筋脂肪腫(angiomyolipoma;以下,AMLと略記)は血管,平滑筋,脂肪の3成分から成る間質系良性腫瘍で,腎臓に好発する.肝臓原発のAMLはIshak1)によって初めて報告され,発生頻度はまれとされてきたが,近年の画像診断の進歩により報告例が増加している.腫瘍に含まれる脂肪成分が5~90%と一定でないため2),その比率によって多彩な画像所見を呈し,時に肝細胞癌との鑑別が困難とされる.今回,我々は著明な全身性炎症反応と腫瘍内出血を伴い,術前診断で肝細胞癌が疑われた炎症性肝AMLの1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
患者:54歳,女性
主訴:なし.
既往歴:44歳時,虚血性腸炎.54歳時,膀胱炎.
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:2011年11月に他院で人間ドックを受け,腹部超音波検査で肝腫瘤を指摘された.2012年1月に精査加療目的で当院へ紹介された.
初診時現症:身長151.7 cm,体重42.9 kg,体温36.8°C,血圧107/57 mmHg,脈拍68回/分,整であった.腹部に明らかな異常所見を認めなかった.
血液生化学検査所見:WBC 9,820/μl,CRP 4.76 mg/dlと軽度の炎症反応上昇を認めた.Hb 10.5 g/dlと軽度の貧血を認めた.Alb 3.4 g/dlと低下を認めたが,肝胆道系酵素は正常範囲であった.ICG 15分停滞率6%,肝障害度A,Child-Pugh分類A(6点)であった.肝炎ウイルス検査は陰性であった.腫瘍マーカーはAFP,PIVKA-IIともに正常範囲内であった.
腹部CT所見:肝S7~8に脂肪濃度成分を有する10 cm大の腫瘍を認めた(Fig. 1).脂肪濃度成分の内部には,単純CTで正常肝実質よりやや低吸収を示す結節を認め(Fig. 1a),同部は後期動脈相で強く造影され(Fig. 1b),平衡相で正常肝実質より低吸収を示した.後期動脈相では,腫瘍内部および辺縁の拡張した血管が造影され,これに連続して右肝静脈が描出された(Fig. 1b, c).
The first abdominal CT findings. A fatty tumor, 10 cm in diameter, is found in segments 7 and 8. Solid nodules with slightly lower attenuation than the non-tumorous liver are found in the tumor in the unenhanced phase (a). These nodules are markedly enhanced in the late arterial phase (b, c). Arrows: dilated tumoral vessels; arrowheads: early visualization of the right hepatic vein.
経過:精査中に39.4°Cの発熱を認め,その後も数日間38°C以上の熱が持続したため入院となった.血液検査でWBC 10,800/μl,CRP 21.8 mg/dl,Hb 9.8 g/dl,Alb 3.1 g/dlと炎症反応の上昇,貧血の進行,アルブミン値の低下を認めた.
発熱後腹部CT所見:脂肪濃度腫瘤内の結節成分は以前より拡大し,同部は単純CTで正常肝実質よりやや高吸収を呈した(Fig. 2a).また,後期動脈相で,結節内部に造影効果を伴わない不均一な低吸収域を新たに認めた(Fig. 2b).
CT findings after developing fever. Solid nodules in the fatty tumor become bigger than those found in the first CT. They contain a slightly higher attenuated area than the non-tumorous liver in the unenhanced phase (a). The higher attenuated area in the unenhanced phase is not enhanced in the late arterial phase (b). These findings indicate intratumoral hemorrhage.
発熱後腹部MRI所見:腫瘍はT1強調画像で低信号と高信号が混在し,その内部に著明な高信号領域を認め,この部分は出血に相当すると考えられた.
全身検索を行ったが他に熱源を認めず,前述の画像所見から腫瘍内出血,壊死に関連した全身性炎症反応と判断した.脂肪成分に富む多血性腫瘍であり肝細胞腺腫や肝AMLなどの良性肝腫瘍も鑑別に挙がったが,造影CTおよびMRIで腫瘍の充実成分が早期濃染とwashoutを認め,内部に出血壊死を伴うことから,肝細胞癌を第一に考えた.また,臨床症状を有することからも,外科的切除が必要と判断し肝右葉切除を計画した.
手術所見:肝臓は肉眼的に正常であり,腹水や播種性病変は認めなかった.予定通り肝右葉切除を施行した.手術時間は5時間20分,出血量は676 mlであった.
摘出標本肉眼所見:新鮮切除標本の割面では,被膜形成のない103 mm×100 mmの軟らかい腫瘍が認められ,腫瘍と周囲との境界は明瞭であった.黄色の脂肪様成分の腹側に,出血と変性を伴う灰白色の結節が存在した(Fig. 3).
Macroscopic findings of the resected specimen. A soft and yellowish tumor containing gray-whitish nodules (arrows) with internal bleeding and necrosis is seen. The tumor is well-circumscribed but has no capsule.
病理組織学的検査所見:灰白色の結節部では淡明な細胞質を持つ平滑筋細胞が線維束を形成し,背景にリンパ球や形質細胞などの炎症細胞の著明な浸潤を認めた(Fig. 4a).黄色の結節部では主に大滴性脂肪細胞と血管の増生を認め,周囲に炎症細胞浸潤を伴っていた(Fig. 4b).免疫組織化学検査では,平滑筋細胞はhuman melanoma black(以下,HMBと略記)-45陽性(Fig. 4c),melan A陽性を示した.以上の所見より,炎症性肝AMLと診断された.
Microscopic findings of the tumor. The gray-whitish nodules in the tumor are histologically composed of spindle myoid cells (a, HE ×200), vascular and a lot of adipose cells are found in the yellowish area of the mass (b, HE ×40). Prominent inflammatory cells including lymphocytes and plasma cells infiltrate the tumor (a, b). An immunohistochemical study shows that the myoid cells are positive for human melanoma black-45 (c).
術後経過:術後は解熱し,炎症反応も正常化した.経過良好で術後9日目に退院となった.
AMLは従来,過誤腫の一種と考えられていたが3),最近では血管周囲に存在する多分化能を持つperivascular epithelioid cell由来の腫瘍と考えられている4).肝AMLは中年女性の肝右葉に単発で発生することが多く,大部分は正常肝を背景としている5).本腫瘍は豊富な腫瘍血管を有する多血性腫瘍で,周囲肝を圧排することなく置換性に増生し,被膜を有さないことが特徴である6).免疫組織化学検査でHMB-45,melan Aなど悪性黒色腫のマーカーが陽性となり,特にHMB-45は肝原発性腫瘍の中ではAMLに極めて特異性が高く,確定診断に有用である5).
本症例は画像上脂肪成分に富む巨大な多血性腫瘍であり,腹部CTおよびMRIで早期濃染とwashoutを認め,内部に出血壊死を伴ったことから,術前診断として肝細胞癌を第一に考えた.肝AMLの画像診断上最も問題となるのは脂肪化を伴う肝細胞癌との鑑別であり,CTで術前診断に至った症例も報告されているが7),本症例のように肝細胞癌と同様の造影パターンを示す場合には鑑別が困難である8).近年,流出血管である肝静脈への早期還流所見が注目され,肝AMLの特徴的所見の一つとして報告されている9).肝AMLでは腫瘤内に拡張した血管(central vessel)が存在し,直接肝静脈に吻合するため,ダイナミックCTで早期に肝静脈が造影される9).多くの肝腫瘍では肝静脈が流出経路となっているが,肝動脈からの流入血は腫瘍血洞に分布した後に肝静脈に流出していく10).また,中・低分化肝細胞癌では流出血管は主に門脈であることが多い11).したがって,流出血管である肝静脈の早期描出所見は肝細胞癌など他の肝腫瘍との鑑別に有用であり8)12),造影エコーで術前診断に至った例も報告されている13)14).本症例でも腹部CTで腫瘍内のcentral vesselと右肝静脈の早期描出所見を認め,振り返ってみると肝AMLをより強く示唆する所見であった.
肝AMLは平滑筋・血管・脂肪の3成分が混在する通常型と,各々の成分の比率に応じたさまざまな亜型に分類されるが5),その中で高度の炎症細胞浸潤を伴い,炎症性偽腫瘍様の組織像を呈するinflammatory variantが存在する15).このような炎症細胞浸潤を特徴とする炎症性肝AMLは非常にまれであるが16),近年その報告例が散見されている.医学中央雑誌で「肝血管筋脂肪腫」,「炎症」をキーワードに1977年から2013年まで,またPubMedで「inflammatory angiomyolipoma」をキーワードに1950年から2013年までの期間で検索したところ,炎症性肝AMLの報告は本症例を含め11例16)~21)であった(Table 1).年齢の中央値は48歳(21歳~71歳),男性2例,女性9例であった.腫瘍径の中央値は6.7 cm(1.0 cm~10.3 cm),腫瘍の局在は左葉6例,右葉5例であった.術前に炎症所見を伴った症例は4例であった.全例に肝切除が施行され,術式は部分切除が1例,区域切除が2例,片葉切除が8例に行われた.手術後の経過は良好で,再発や転移を認めたとする報告はなかった.
No. | Author | Year | Age/Sex | Tumor location |
Tumor size (cm) | Inflammatory reaction | Treatment | Follow up (months) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Kojima16) | 2004 | 21/F | Left lobe | 7.3 | (+) | Left hepatectomy | 65, NED |
2 | Kozuka17) | 2004 | 71/F | Left lobe | 4.0 | N.D. | Segmentectomy | N.D. |
3 | Shi18) | 2010 | 21/F | Left lobe | 5.5 | N.D. | Left hepatectomy | 60, NED |
4 | Shi18) | 2010 | 42/F | Right lobe | 7.5 | N.D. | Right hepatectomy | 84, NED |
5 | Shi18) | 2010 | 48/M | Left lobe | 8.0 | N.D. | Left hepatectomy | 48, NED |
6 | Shi18) | 2010 | 40/F | Left lobe | 6.3 | N.D. | Left hepatectomy | 36, NED |
7 | Shi18) | 2010 | 45/F | Right lobe | 10.0 | N.D. | Right hepatectomy | 108, NED |
8 | Sunose19) | 2011 | 29/M | Right lobe | 7.0, 1.0 | (+) | Right hepatectomy | N.D. |
9 | Liu20) | 2012 | 63/F | Right lobe | 3.0 | (–) | Partial hepatectomy | 24, NED |
10 | Agaimy21) | 2013 | 51/F | Left lobe | 4.3 | (+) | Segmentecomy | 84, NED |
11 | Our case | 54/F | Right lobe | 10.3 | (+) | Right hepatectomy | 4, NED |
Inflammatory reaction includes fever with leukocytosis or elevated serum C-reactive protein level or both; NED, no evidence of disease; N.D., not described
本症例は経過中に発熱と著明な全身性炎症反応を認め,さらに腫瘍内出血,壊死を伴った点が特徴的であった.前述の炎症性肝AMLの報告例の中で,本症例以外に発熱と炎症反応を伴ったのはKojimaら16),須納瀬ら19)およびAgaimyら21)の3例であったが,腫瘍内出血を認めたとする報告はなかった.肝AMLは多血性のためしばしば出血,壊死を伴うことがあり5),病理学的には20~54%程度に腫瘍内出血を認めるとされる22).和栗ら23)の報告では,本邦での肝AML 58例中12例(20.7%)に腫瘍内出血を認め,腫瘍径が大きくなるほど出血の頻度が増加する傾向がみられた.しかし,臨床症状を伴うことはまれであり,腫瘍内出血に発熱と全身性炎症反応を伴った報告は他に例がない.本症例の病理組織学的検査では術前画像所見に合致する腫瘍内出血と壊死の所見を認めたが,出血部位とは関係なく高度な炎症細胞浸潤を腫瘍全体に認めたことから,病理学的な炎症が出血壊死に随伴して生じた変化ではなく,腫瘍そのものの特徴的所見であると考えた.
肝AMLは従来良性腫瘍に分類され,診断が確定されれば経過観察とされてきた.しかし近年,肝AMLが悪性化した症例が散見され24),malignant potentialを持つ腫瘍と考えられるようになった25).Yangら26)は経過観察可能な肝AMLの基準として「腫瘍径5 cm未満」,「生検でAMLの確定診断を得ている」,「患者のコンプライアンスが良好である」,「肝炎ウイルスキャリアでない」の4項目を挙げ,有症状例は全例切除すべきとしている.本症例は腫瘍径が10 cm大と大きく,全身炎症反応による症状を生じていた.結果として,切除標本の病理学的検索で悪性所見を認めなかったが,有症状例である本例を切除したことは妥当と考えられた.
利益相反:なし