日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
遅発性に発症した外傷性脾破裂に対しtranscatheter arterial embolizationを施行し良好な経過を得た2例
松井 琢哉北上 英彦渡部 かをり藤幡 士郎中村 謙一渡邊 貴洋安田 顕山本 稔田中 守嗣
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2015 年 48 巻 8 号 p. 715-722

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Abstract

症例1は35歳の女性で,左季肋部を蹴られ当院を受診した.CTでIIIb型脾損傷を認め,transcatheter arterial embolization(以下,TAEと略記)を施行し入院となった.入院6日目に突然腹痛が出現し,再検したCTで脾臓の腫大と腹腔内液体貯留の増加を認め,遅発性脾破裂と診断した.脾動脈造影で仮性動脈瘤を認め,コイルによる選択的TAEを施行した.その後の経過に問題はなく,入院21日目に退院となった.症例2は34歳の男性で,自転車で転倒し左側腹部を打撲した.受傷から20日後に突然腹痛があり近医を受診し,血圧低下を指摘され当院へ救急搬送された.CTでIIIb型脾損傷を認め,遅発性脾破裂と診断し選択的TAEを施行した.経過順調で入院5日目に退院となった.今回,遅発性に発症した外傷性脾破裂に対しTAEを施行し良好な経過を得た2例を経験したので報告する.

はじめに

近年,脾損傷の急性期治療は保存的治療やtranscatheter arterial embolization(以下,TAEと略記)などの非手術治療が第一選択とされるが,遅発性脾破裂症例に対しては再TAEの困難性や被膜組織の脆弱化を危惧して,脾摘出術を含めた手術治療が選択されることが多い1)2).今回,我々は遅発性に発症した外傷性脾破裂に対しTAEを施行し良好な経過を得た2例を経験したので報告する.

症例

症例1:35歳,女性

主訴:左季肋部痛

既往歴:特記すべきことなし.

現病歴:左季肋部を蹴られ当院救急外来を受診した.来院時は軽度の左季肋部痛のみで状態は安定していたが,診察中に急激な症状の増悪を認めた.

来院時現症:意識清明,血圧96/63 mmHg,脈拍82回/分・整,眼瞼結膜に貧血はなく,左季肋部を中心に圧痛と筋性防御を認めた.

血液検査所見:RBC 375×104/μl,HT 33.8%,Hb 10.9 g/dlと軽度の貧血を認めた.

造影CT所見:脾周囲の液体貯留と日本外傷学会脾損傷分類2008でIIIb型の脾損傷を認めた(Table 1, Fig. 1A).

Table 1  The 2008 Classification of Splenic Injury of the Japanese Association for the Surgery of Trauma
I. subcapsular injury a. subcapsular hematoma
   no capsular tear b. intraparenchymal hematoma
II. superficial injury
   <50% parenchymal depth
III. deep injury a. simple deep injury
   ≥50% parenchymal depth    no include hilar injury
b. complex deep injury
   include hilar injury or
   completely shattered spleen

Appendix: Hilar vascular injury is described “HV”

Fig. 1 

A) Enhanced CT on admission reveals splenic injury (type IIIb) with fluid collection in the peritoneal cavity. B) Splenic arteriography demonstrates scattered avascular area and transection of peripheral arterial branches in the spleen (yellow arrowheads). C) The pseudoaneurysm was not detectable on splenic arteriography after TAE.

血管造影検査所見:脾動脈造影では血管外漏出や仮性動脈瘤像は認めず,脾全体に散在する無血管野と末梢血管途絶像を認めた(Fig. 1B).脾動脈本幹よりゼラチンスポンジ細片を散布しTAEを施行した(Fig. 1C).

入院後経過:入院1日目のCTでは,腹腔内液体貯留の増加はなかった.入院6日目排尿後に急激な腹痛と冷汗が出現し,再検したCTで脾臓の腫大と腹腔内液体貯留の増加を認め,遅発性脾破裂と診断した(Fig. 2A).脾動脈造影を再試行し,脾中極に仮性動脈瘤を認めた(Fig. 2B).同部流入動脈にプラチナコイル(IDC® 2×40 mm)とファイバー付きプラチナコイル(Vortx® 3×2.5 mm)を留置し選択的TAEを行った(Fig. 2C).その後は再発なく経過し,入院21日目に退院となった.

Fig. 2 

A) Based on abdominal CT findings of an enlarged spleen with fluid collection in the peritoneal cavity, delayed splenic rupture is subsequently diagnosed. B) Splenic arteriography shows a pseudoaneurysm of the middle pole branch of the splenic artery (yellow arrow). C) The pseudoaneurysm of the middle pole branch of the splenic artery is occluded by micro coils.

症例2:34歳,男性

主訴:腹痛

既往歴:特記すべきことなし.

現病歴:自転車で転倒し,左側腹部を打撲した.受診せずに経過を見ていたが,受傷から20日後の仕事中に突然腹痛を認めたため近医を受診し,血圧低下を指摘され当院へ救急搬送された.

来院時現症:意識清明だが表情は苦悶様,血圧108/53 mmHg,脈拍58回/分・整,眼瞼結膜に貧血はなく,腹部は全体に中等度膨隆し,左上腹部を中心に圧痛と筋性防御を認めた.

血液検査所見:RBC 298×104/μl,HT 26.8%,Hb 9.2 g/dlと中等度の貧血を認めた.

造影CT所見:腹腔内全体に広がる液体貯留とIIIb型の脾損傷を認めた(Fig. 3A, B).

Fig. 3 

A) Dynamic CT on admission reveals splenic injury (type IIIb) with fluid collection in the peritoneal cavity. B) Dynamic CT on admission reveals capsule injury on the upper pole of the spleen (yellow arrowheads). C) Splenic arteriography demonstrates scattered avascular area and transection of peripheral arterial branches on the upper pole of the spleen (yellow arrowheads). D) Delayed splenic rupture is diagnosed due to the length of time between his injury and occurrence of symptoms.

血管造影検査所見:脾動脈造影では血管外漏出や仮性動脈瘤像は認めず,脾上極を中心に斑状の無血管野と末梢血管途絶像を認めた(Fig. 3C).脾動脈上極枝にゼラチンスポンジ細片を散布し選択的TAEを施行した(Fig. 3D).

入院後経過:入院1日目のCTでは腹腔内液体貯留の増加はなかった.経過順調で入院5日目に退院となった.現在外来通院中であるが,再発は認めていない.

考察

遅発性脾破裂は,文献上は受傷後48時間以上の無症状潜伏期を経て突発的に腹腔内出血を来すものと定義されている3).現在では,脾損傷と診断され急性期治療後の症例や,初期診療時に画像検査が未施行の症例も含められている4)~6).我々が医学中央雑誌を用いて,「脾破裂」,「遅発性」をキーワードに本邦報告例を検索したかぎりでは,1977年から2014年9月までの期間で自験例を含め28例の報告があり(会議録を除く),症例1のようにTAE施行後の発症例は2例目,症例2のように外傷後受診歴のない症例は4例目の報告であった(Table 21)2)5)6)~23)

Table 2  Demographics of 28 cases of delayed splenic rupture reported in Japan
Case Author/
Year
Age/Sex Mechanism of injury Diagnosis before primary therapy Primary therapy Latent period Additional therapy Hospitalization days after additional therapy
1 Saito7)/
1988
46/F fall no abnormality follow up 168 days operation 21 days
2 Matsuda8)/
1988
17/M traffic accident splenic injury conservative therapy 4 days conservative therapy 26 days
3 Matsuda8)/
1988
24/M fall bruise follow up 23 days operation 42 days
4 Matsuda8)/
1988
23/M traffic accident splenic injury conservative therapy 12 days operation 50 days
5 Narita9)/
1988
18/M traffic accident multiple bone fracture conservative therapy 13 days operation no mention
6 Makisumi10)/
1991
54/F assault bruise follow up 8 days none (death)
7 Furuya11)/
1993
19/M traffic accident splenic injury, traumatic pancreatitis conservative therapy 12 days conservative therapy 28 days
8 Kiriyama12)/
1994
34/F traffic accident left hemothorax, left forearm fracture conservative therapy 10 days operation 10 days
9 Kiriyama12)/
1994
22/F traffic accident bilateral hemothorax, multiple bone fracture conservative therapy 7 days operation 15 days
10 Takano13)/
1996
67/M fall left ribs fracture conservative therapy 22 days TAE no mention
11 Yokoe14)/
1996
51/M assault none none 6 days operation no mention
12 Sano15)/
1997
55/F assault none none 10 days TAE 24 days
13 Kimura16)/
1998
21/M traffic accident no abnormality follow up 27 days conservative therapy 25 days
14 Kimura16)/
1998
29/M fall splenic injury,
left renal injury
conservative therapy 7 days operation 21 days
15 Kitagishi5)/
1998
22/M traffic accident splenic injury operation 29 days operation 25 days
16 Sakai1)/
2000
64/M fall multiple bone fracture conservative therapy 10 days TAE 65 days
17 Sekine17)/
2000
20/M traffic accident splenic injury conservative therapy 4 days operation 13 days
18 Egawa18)/
2001
23/F assault splenic injury TAE 5 days operation 14 days
19 Inagaki19)/
2004
5/M traffic accident bruise on the left side of the abdomen follow up 9 days operation 32 days
20 Yonezawa2)/
2007
65/M fall splenic injury, left auricle injury, wrist bone fracture conservative therapy 6 days operation 16 days
21 Yonezawa2)/
2007
57/M traffic accident splenic injury,
left hemothorax,
left ribs fracture
conservative therapy 36 days operation 10 days
22 Hirota20)/
2007
68/F fall left ribs fracture follow up 4 days TAE 23 days
23 Moriwaki6)/
2010
22/M fall splenic injury conservative therapy 17 days TAE 7 days
24 Takasu21)/
2012
30/M fall none none about
1 month
operation 21 days
25 Oshima22)/
2013
63/F traffic accident splenic injury, multiple bone fracture, left hemopneumothorax conservative therapy 9 days TAE 22 days
26 Oki23)/
2014
60/F traffic accident splenic injury, right putaminal hemorrhage conservative therapy 15 days TAE 30 days
27 Our case 1 35/F assault splenic injury TAE 6 days TAE 15 days
28 Our case 2 34/M fall none none 20 days TAE 5 days

遅発性脾破裂の発生機序は,①動脈瘤・動静脈瘻などの血管異常の破綻,②被膜下血腫の増大による被膜の破綻,③癒着や凝血塊などによる一時止血部の再出血が挙げられている2)4).自験例のうち,症例1では脾動脈造影で仮性動脈瘤を認め,①の機序で発症したと考えられる.一方,症例2では動脈瘤や動静脈瘻は認めず,②・③のいずれかの機序で発症したものと推測される.

遅発性脾破裂の潜伏期間は,欧米の報告では1週間以内が50%,1~2週間が25%で,本邦でも80%は2週間以内である18)24)25).一方,発生機序の一つである仮性動脈瘤の形成時期も大部分が1~2週間以内とされており,これは遅発性脾破裂の潜伏期間とほぼ一致する22)26)27).このため近年では,仮性動脈瘤が遅発性脾破裂の原因の多くを占めているのではないかと注目されている5)28)29).仮性動脈瘤は,活動性出血を示唆する造影剤の血管外漏出像と同様に,血管損傷を示す所見である.画像上は動脈優位相から実質相にかけて造影効果の弱まる境界明瞭な類円形の結節像を示す.一方,造影剤の血管外漏出像は,動脈優位相から実質相にかけて形状を変化させながら周囲に拡がる境界不明瞭な像を示すことで区別される30)

遅発性脾破裂に至る受傷機転は,本邦では交通外傷が最多で,転倒・転落,暴行と続く2).なかでも暴行による脾損傷は,原因は不明であるがTAEを含めた非手術治療に抵抗性で,その他の受傷機転と比較して遅発性脾破裂に至る可能性が高いと報告されている31).症例1も暴行による脾損傷症例であり,入院時通常の脾損傷と同様にTAEによる急性期治療を行ったが,結果として仮性動脈瘤を原因とする遅発性脾破裂を発症した.入院1日目のCTで所見の悪化を認めなかったため,止血が確認できたものと判断し,それ以降CTの再検を行わなかった.しかし,仮性動脈瘤の形成時期から考えれば,治療開始から少なくとも2週間は,より慎重に画像での経過観察を行うべきであった.実際に経過観察中のCTで仮性動脈瘤を確認し,破裂する前に治療に成功した例も報告されている32).しかし,画像の再検を行う適切な時期に関しては議論があり,さまざまな報告が散見され,現時点では明確な基準がなく今後の検討課題である33).暴行を原因とする脾損傷に対しTAEを含めた非手術治療を行う場合には,遅発性脾破裂の発生を念頭に置き,特に慎重な画像のフォローが必要であると考えられた.

遅発性脾破裂の診断はUS,CT,血管造影などで行われ,外傷の既往と腹部所見に画像検査を合わせると,多くの症例で診断は容易と考えられる.しかし,受傷後期間を置いて症状が出現するため,症例2のように外傷後受診歴のない場合は必ずしも診断は容易でなく,実際に腸管穿孔や子宮外妊娠などに誤診された報告例も存在する9)21).症例2では,注意深い問診と腹部所見から本症を疑い,画像検査により診断することができた.しかし,症例によっては,意識状態の悪化などから問診と身体診察が十分に行えず,診断と治療を兼ね緊急手術に踏み切らざるを得ない状況も想定される.本症の診断には,画像検査と同じく問診による外傷歴の聴取と腹部所見が重要である.

遅発性脾破裂に対する治療は,再TAEの困難性や被膜組織の脆弱化を危惧して,これまで脾摘出術を含めた手術治療が多く行われてきた1)2).しかし近年,遅発性脾破裂に対してもTAEによる治療が報告されるようになり,本邦では1990年代後半から徐々に増加し,現在までに自験例を含め9例の報告がある23).自験例では,遅発性脾破裂と診断した際に,血行動態が安定していたことに加え,症例1では脾動脈造影で仮性動脈瘤を認めたこと,同部流入動脈が選択可能であったことからTAEを施行した.一方,症例2ではTAE未施行であったことからTAEを施行した.TAEにおける塞栓方法に関しては,ゼラチンスポンジ細片を使用する場合とコイルを使用する場合とに大別される1)15).これまでは,可能ならば破綻血管を同定・選択してゼラチンスポンジ細片で塞栓し,不可能ならば脾動脈本幹にコイルを留置することで脾動脈血流を減らし止血を試みる方法が多く報告されてきた.しかし,ゼラチンスポンジ細片による治療法では,注入部位によっては脾梗塞巣が広範囲となり,治療後の発熱・疼痛や脾膿瘍の合併などの問題が指摘されている34).また,真性動脈瘤と異なり,血管壁が存在しない仮性動脈瘤に対しては,ゼラチンスポンジ細片での塞栓では再破裂の危険性が残される35).一方,脾動脈本幹にコイルを留置する治療法では,背側膵動脈や短胃動脈などの側副血行路の血流により治療効果が左右され,さらに再出血時に追加のTAE治療が困難となる問題がある20).脾内区域動脈レベルでのコイルを用いた選択的TAEは,脾機能亢進症に対する治療として初めて用いられて以来,従来の脾摘術を代替する有効な治療法として報告されている36).症例1はゼラチンスポンジ細片によるTAE後に発症し,かつ仮性動脈瘤を認める症例であったため,ゼラチンスポンジ細片による再塞栓では治療効果に疑問があったこと,また破綻血管が同定・選択可能であったことから,コイルによる選択的TAEを施行した.症例2では,造影剤の血管外漏出像や仮性動脈瘤は認めなかったため,TAEは施行せず観察のみで終了し,保存的治療を行う選択も可能であったと考えられる.しかし,III型の脾損傷は止血困難例や再出血例が多く,積極的にTAE治療を行うことで手術治療への移行例を減少させることができるとの報告もあり,脾動脈上極枝にゼラチンスポンジ細片を散布し選択的TAEを施行した22).治療後はともに良好な経過を得て,退院が可能であった.自験例を含め,遅発性脾破裂に対しTAEが行われた症例は,いずれも治療後合併症の出現なく良好な経過を得ている.まだ報告例が少なく,今後の更なる症例の集積と検討が必要であるが,遅発性脾破裂の治療においてもTAEが選択肢となりうると考えられる.ただし,遅発性脾破裂に対しTAEを行う際には,血行動態の安定が前提として必要で,個々の症例に応じて手術治療も含めた適切な治療法の選択が必要である.

利益相反:なし

文献
 

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