日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
注腸による整復後単孔式腹腔鏡下回盲部切除術を施行した盲腸膿瘍が原因と考えられた腸重積の1例
塩入 利一藤代 雅巳石橋 至児玉 俊高田 厚河原 正樹岡 輝明
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2015 年 48 巻 9 号 p. 782-788

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Abstract

注腸による腸重積の整復後に,待機的に単孔式腹腔鏡下回盲部切除術を施行した盲腸膿瘍による腸重積症の1例を経験した.症例は41歳の女性で,腹痛を主訴に当院を受診した.腹部CTにて腸重積症と診断し,注腸検査にて非観血的に腸重積を整復した.大腸内視鏡検査では盲腸に粘膜下腫瘍様所見を認め,待機的に単孔式腹腔鏡下回盲部切除術を施行した.病理組織学的検査にて,盲腸の粘膜下に30 mm大の肉芽組織に囲まれた膿瘍病変と診断した.成人の腸重積症は小児と比較してまれな疾患であるが,腫瘍性病変が原因となり,緊急手術が施行されることが多い.今回,我々は盲腸膿瘍による腸重積症を経験したが,注腸による非観血的整復と待機的な単孔式腹腔鏡下回盲部切除が有用な治療法であったと考えられた.

はじめに

成人の腸重積症は,腫瘍性病変が原因となることが多く,また術前診断が困難なことも多い1).今回,我々は盲腸膿瘍というまれな疾患による腸重積症に対し,注腸により腸重積の整復を行い,待機的に単孔式腹腔鏡下回盲部切除術を施行した症例を経験したため,文献的考察を含め報告する.

症例

患者:41歳,女性

主訴:腹痛

現病歴:2012年7月24日より心窩部痛あり.25日に近医を受診し,胃炎と診断され,胃粘膜保護剤などを処方された.心窩部痛が持続するため26日に当院救急外来を受診したが,特記所見なく経過観察となった.心窩部痛の改善がみられず,27日も当院内科外来を受診した.腹部は平坦・軟で筋性防御や反跳痛はみられないものの右下腹部に圧痛があり,腹部CTにて腸重積症が疑われたため,当科外来を紹介受診した.

既往歴:特記事項なし.

現症:体温37.0°C,血圧132/90 mmHg,脈拍75回/分,腹膜刺激徴候はみられないものの,右下腹部に腫瘤を触知し,軽度の圧痛がみられた.

血液生化学検査所見:異常所見なし.

腹部単純X線検査所見:小腸ガス像が散在した.

腹部造影CT所見:回盲部が横行結腸内に重積した腸重積所見を認めた.重積先進部には約28 mm大の内部均一な低吸収域を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal CT scan with intervenous contrast medium. A: Axial CT image shows a sausage-shaped appearance (arrow) characteristic of intussusception with mesenteric fat and mesenteric vessels. B: Axial CT image shows a mass at the tip (arrow) and thickened bowel wall of the intussusception. C: Coronal CT image shows intussusception (arrow), consisting of the outer intussuscipiens and the central mesenteric fat and mesenteric blood vessels of intussusceptum. D: ‍Coronal CT image shows a lead point mass (arrow) and thickened bowel wall from intussusception.

注腸検査所見:水溶性消化管造影剤であるアミドトリゾ酸ナトリウムメグルミン液(ガストログラフィン)を使用した注腸検査を施行した.横行結腸に腸重積の先進部を認めた.空気注入と用手圧迫により比較的容易に整復がなされ,盲腸に約30 mm大の球形の腫瘤性病変が同定された(Fig. 2).

Fig. 2 

A water-soluble contrast enema study. A: A water-soluble contrast enema shows spherical filling defects (arrow) in the middle colon. B: With enema pressure, the intussusception is reduced and the lead point mass (arrow) is located in the cecum.

大腸内視鏡検査所見:盲腸に亜有茎性の球形の腫瘤様病変が存在した.弾性は軟であり,色調は発赤調で表面は平滑であるが,一部にびらん性変化がみられた(Fig. 3).生検では炎症細胞浸潤を伴う炎症性上皮細胞が認められた.

Fig. 3 

Endoscopic findings in the cecum. Colonoscopy shows a mass resembling a submucosal tumor about 3 ‍cm in diameter with a slightly eroded surface in the cecum.

経過:注腸検査時に腸重積の整復がなされ,腹部症状の改善もみられたため,緊急手術は回避した.大腸内視鏡検査所見などから,盲腸の腫瘤性病変は悪性疾患の可能性は低いと考えたが,腸重積の再燃の可能性などを考慮し,手術を施行した.

手術所見:単孔式腹腔鏡下回盲部切除術を施行した.臍部縦切開によりSILSTMポートを使用し手術を開始した.盲腸には軽度の発赤・浮腫状変化が存在したが,腸重積は整復された状態であった.盲腸および上行結腸を後腹膜から授動したのち,臍部小切開創より回盲部を体外に挙上し,回盲部切除を施行した.手術時間144分,出血80 mlであった.

術後経過:術後は順調に経過し,第9病日に退院した.

病理組織学的検査所見:バウヒン弁直下に30×30×15 mm大の粘膜下隆起性腫瘤を認めた.粘膜面に散在性の小潰瘍が形成され,潰瘍底の肉芽組織はわずかな異物反応を含んで粘膜下層にひろがり,部分的には膿瘍形成を伴っていた.この肉芽組織に囲まれて,固有筋層と粘膜筋板の中間位置に囊胞がみられたが,上皮の裏打ち所見はみられなかった(Fig. 4).病変は肉芽組織に囲まれた膿瘍で,膿の排出が生じ空洞化したものと推測された.

Fig. 4 

Pathological examination. A: The resected specimen shows a round tumor (arrow c), measuring 3.0×3.0×1.5 cm in the cecum. Arrows a and b show the appendix and ileocecal valve, respectively. B: Cut surface of the resected specimen shows a cystic lesion in the submucosal layer in the cecum. C: Microscopic findings of the cut surface demonstrate granular tissues and no epithelial cells in the cyst wall (HE, low-power view).

考察

成人における腸重積症は小児と比較しまれであり,成人腸重積症の発生頻度は全ての腸重積の5~10%程度2)である.また,腸閉塞に占める腸重積症の頻度も,成人では約1~5%3)とまれである.小児の腸重積症はその大多数が特発性4)であるのに対し,成人症例の多くは腫瘍・憩室・炎症などの器質的疾患に起因する5).特に大腸における腸重積症では約7割が悪性腫瘍に起因していると報告されている6).また,小児の腸重積症では間歇的腹痛・嘔吐・粘血便などの症状が急性発症することが多いが,成人では急性・亜急性もしくは慢性的な腹痛・嘔気などの非特異的症状で発症することが多く,しばしば診断に苦慮することがある7)

腸重積症の画像診断には,腹部CTや超音波検査が有用である.腹部超音波検査では,短軸像でのtarget signもしくはdoughnut signや長軸像でのpseudokidney signが特徴的な所見である8).CTでは,targetもしくはsausage様の層構造を呈する軟部組織像や重積腸管内にみられる腸間膜血管像などが特徴的な所見である9).また,先進部腫瘤や重積長の描出などにおけるマルチスライスCTの有用性も報告されている10)

腸重積症の治療は,小児の場合は特発性が多く,高圧浣腸などによる非観血的整復法が第一選択とされている11).一方成人における腸重積症では,急性腹症として緊急手術がなされる場合も多い12).術前または術中の腸重積の整復に関しては,腸管の穿孔や腫瘍細胞の散布の可能性なども指摘されており13),一定のコンセンサスは得られていない.

本症例では,腹部CTにて先進部に器質的病変が存在する腸重積症と診断した.腹部所見などからは緊急手術の必要性は低いと判断し,先進部病変の診断および腸重積の非観血的整復治療目的に注腸検査を行った.CT所見では先進部病変は球形であり,悪性疾患の可能性は低いと判断したが,成人における腸重積症に対する整復には一定のコンセンサスは得られていないことも考慮し,水溶性消化管造影剤であるアミドトリゾ酸ナトリウムメグルミン液(ガストログラフィン)を使用し,愛護的に慎重な操作に十分留意した.また,文献的には大腸内視鏡検査の送気により整復された虫垂重積の症例報告14)もみられるが,腸重積状態での大腸内視鏡は送気に伴う症状増悪の可能性なども危惧される.本症例は注腸検査による腸重積の整復後に大腸内視鏡検査を施行したが,診断や治療方針の決定として有用であった.

本症例は各種検査所見などから大腸癌などの悪性疾患は否定的であったが,腸重積症が再燃する可能性なども考慮して,待機的に手術治療を施行した.近年腹部外科領域では腹腔鏡下手術は年々増加傾向を示している.また,低侵襲性や整容性などの観点から単孔式腹腔鏡下手術も有用とされている.McKay15)は盲腸脂肪腫による腸重積症に対する腹腔鏡下手術を施行し,低侵襲性などの有用性を報告している.また,Chenら16)は回腸脂肪腫による腸重積症に対し単孔式腹腔鏡下右半結腸切除術を施行し,回結腸領域の腸重積症に対する第1例目の単孔式腹腔鏡下手術として報告している.

医学中央雑誌にて「腸重積」,「単孔式腹腔鏡下手術」,「大腸」をキーワードとして1977年より2014年の論文報告(会議録を除く)の検索を行うと,本邦では大腸疾患による腸重積症に対する単孔式腹腔鏡下手術として,上行結腸脂肪腫1例17),S状結腸脂肪腫2例18)19)の報告がみられた.報告での腸重積は,肛門から脱出したS状結腸脂肪腫は用手的に,ほかの2例は自然整復がなされた後に手術を施行している.

本症例では腸重積症の整復と大腸内視鏡検査により悪性腫瘍が否定されており,定型的なリンパ節郭清を伴う手術は不要と判断した.また,腸重積も整復がなされており,待機的に単孔式腹腔鏡手術を施行した.術後は順調に経過し,本症例に対する単孔式腹腔鏡下回盲部切除は低侵襲で整容性にも優れた有用な方法であったと考えられた.

なお本症例は,病理組織学的検査により盲腸膿瘍と判断したが,PubMedおよび医学中央雑誌では同様の報告は検索されなかった.類似した報告としては,Sarkarら20)は虫垂炎既往のない虫垂基部周囲に発生した盲腸粘膜下膿瘍の1例を報告している.同症例では急性虫垂炎のほかにも消化管悪性腫瘍や消化管感染症などの病歴はなく,推察可能な原因としては腋窩膿瘍からの血行性感染または潜在性の慢性虫垂炎を考慮している.また,Abeら21)は粘膜下腫瘍に類似した形態を呈した横行結腸膿瘍を報告している.同症例では内視鏡的生検では炎症細胞浸潤を認めるのみで,原因は特定されないものの抗生剤にて軽快したとされている.本症例はなんらかの要因により盲腸粘膜下に膿瘍を形成したことが推測されたが,全身および消化管感染症などの明らかな病歴はなく原因の特定は困難であった.術後現在も,血液検査や大腸内視鏡検査をはじめ特に異常所見はなく経過している.

盲腸膿瘍が原因と考えられた腸重積症は,まれな疾患であるが,注腸検査による非観血整復および待機的な単孔式腹腔鏡下回盲部切除により治療をしえた貴重な症例と考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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