日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
長期経過観察中の膵仮性囊胞に囊胞内出血を来し膵癌の併存がみられた1例
徳丸 哲平志摩 泰生岡林 雄大上月 章史住吉 辰朗齋坂 雄一伊達 慶一藤原 聡史森川 達也岩田 純
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2016 年 49 巻 1 号 p. 22-28

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Abstract

症例は79歳の男性で,約40年前に膵体尾部の囊胞性疾患に対して開腹術の既往があるが詳細不詳である.上部消化管内視鏡検査で胃体後壁からの出血を認め,囊胞内出血からの穿破が疑われた.緊急血管造影で脾動脈から膵囊胞内出血,胃穿破を認め,脾動脈本幹を塞栓し止血をえた.全身状態の改善を待って待機的に手術施行した.膵囊胞病変周囲は炎症性変化で強固な癒着を来していたため,胃上部,膵体尾部,脾臓,結腸脾彎曲部,左副腎を一塊として摘出した.病理組織学的検査では囊胞壁は肉芽組織,膿瘍で覆われ仮性囊胞であった.膵組織は萎縮しほぼ消失していたが,胃囊胞瘻孔部対側の囊胞壁外の萎縮した膵臓に腺癌を認めた.本症例は長期間経過観察されていた膵仮性囊胞に併存した膵癌と考えられ,炎症をくり返し癌化した可能性もあり貴重な症例と考え報告する.

はじめに

慢性膵炎は膵癌の危険因子と考えられているが1),膵仮性囊胞に膵癌の併存がみられた報告例はまれである2).一方,膵囊胞出血は膵仮性囊胞のうち6~11%に認められ3),その死亡率は25~45%と高い4).今回,我々は長期経過観察中の膵仮性囊胞に囊胞内出血,胃穿破を来しTAEで止血をえて,待機的に外科的切除を行い,病理組織学的診断で膵癌の併存がみられた1例を経験した.本症例は機序として慢性炎症をくり返した結果癌化した可能性もあり,貴重な症例と考え報告する.

症例

患者:79歳,男性

主訴:吐血

既往歴:10年前より糖尿病でインスリン治療を導入され,治療を継続している.

家族歴:特記すべき事項なし.

生活歴:大酒家だったが40年前から酒1合/日.

現病歴:40年前に膵体尾部の囊胞性疾患に対して開腹術の既往があるが詳細不詳である.術後から糖尿病を指摘されていたが放置していた.約10年前から糖尿病に対して治療を開始した.その際の画像診断で膵体尾部に約4 cm大の囊胞性病変を指摘されていた.7か月前に吐血を来し,出血性胃潰瘍の診断のもと当院消化器内科で経過観察となっていた.今回再度吐血を来し,当院に救急搬送となった.

来院時現症:眼瞼結膜やや貧血あり.眼球結膜黄染なし.腹部平坦,軟で腹膜刺激徴候なし.

血液検査所見:白血球9,600/μl,CRP 7.54 mg/dlと炎症反応の上昇を認めた.Hb 8.0 g/dl,Hct 24.4%と貧血を認め,HbA1cは10.4%で血糖コントロール不良が示唆された.腫瘍マーカーはCEAが8.6 ng/mlと軽度上昇していたが,CA19-9は0.6 U/mlで正常範囲内であった(Table 1).

Table 1  Laboratory data on admission
CRP 7.54 mg/dl WBC 9,600 ​/μl
TP 5.3 g/dl Hb 8.0 ​g/dl
alb 2.7 g/dl Hct 24.4 ​%
AST 14 IU/l Plat 11.5 ×104​/μl
ALT 12 IU/l PT 23.4 ​%
ALP 201 IU/l APTT 40.6 ​sec
Ch-E 159 IU/l BS 216 ​mg/dl
T-bil 0.4 mg/dl HbA1c 10.4 ​%
S-amy 38 IU/l CEA 8.6 ​ng/dl
BUN 29.5 mg/dl CA19-9 0.6 ​U/ml
Cre 0.89 mg/dl

腹部造影CT所見:脾門部に石灰化を伴う約50 mm大の囊胞性病変を認め,内部にガス像を伴っていた.ダイナミックCTでも血管外漏出像は認めなかった(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal CT. Abdominal CT showed a pancreatic cyst (white arrowhead) 50 mm in diameter with air density in contact with the posterior wall of the stomach.

上部消化管内視鏡検査所見:胃体上部後壁に囊胞性病変による壁外圧排像と潰瘍性病変を認め,潰瘍より出血を認めた.内視鏡的に止血困難でショックとなったため緊急で血管造影検査を施行した(Fig. 2).

Fig. 2 

Upper gastrointestinal endoscopy. Upper gastrointestinal endoscopy showed active bleeding from the ulcerative lesion at the posterior wall of the stomach (black arrowhead). The mass compressed from the extra-gastric lesion was observed (white arrowheads).

血管造影検査所見:脾動脈から囊胞内出血を認め,胃への造影剤漏出像を認めた.脾動脈本幹をコイル塞栓し止血をえた(Fig. 3).

Fig. 3 

Arterial angiography. Arterial angiography revealed arterial hemorrhage (white arrowhead) from the splenic artery into the pancreatic cystic cavity (black arrowheads).

手術所見:再出血,感染のリスクが高いと判断し,低アルブミン血症,耐糖能異常などの改善を待って,止血後57日目に待機的に手術施行した.膵囊胞周囲は炎症性変化で周囲に強固に癒着していたため,噴門側胃切除,結腸脾彎曲部切除,左副腎切除を伴う膵体尾部脾切除術を施行した.手術時間は281分,出血量700 mlで赤血球液560 mlを輸血した.

切除標本所見および病理組織学的検査所見:囊胞壁は肉芽組織で覆われ仮性囊胞の像であった.膵組織は萎縮し,実質はほとんど消失していたが,一部には少数のランゲルハンス島が存在した(Fig. 4A).肉眼的には明らかな腫瘍性病変を見いだせなかったが(Fig. 5),組織学的には胃膵囊胞瘻孔部対側の囊胞壁外の萎縮した膵臓に高分化型管状腺癌を認めた(Fig. 4B).断端はいずれも陰性で,病理組織学的にR0手術が施行された.膵癌取扱い規約第6版5)に準じた組織所見は,Pt,TS2(38 mm),潜在型,tub1,int,INFβ,ly0,v0,ne0,mpd(–),CH(–),DU(–),S(–),RP(+),PVsp(–),Asp(–),PL(–),OO(+)(大腸),PCM(–),DPM(–),N(–),pT4N0M0,Stage IV aであった.

Fig. 4 

Pathological findings. A: HE stain ×10. Well-differentiated tubular adenocarcinoma was seen in the atrophic pancreas (black arrowheads) along the outside of the pancreatic pseudocyst (white arrowheads). B: HE stain ×100. High power magnification of adenocarcinoma.

Fig. 5 

Resected specimen. Radical pancreatosplenectomy of the upper stomach, splenic flexure of the colon and left adrenal grand was performed. Pathological examination revealed the presence of adenocarcinoma in the atrophic pancreas (white arrowheads).

術後経過:手術部位感染を合併し,留置していたドレーンから膿性排液を認めた(surgical site infection at the intraabdominal specific site;SSI-IAB)6).そのためドレーン管理を長期間必要としたが,術後50日目に軽快退院となった.術後24か月経過した現在も,無再発経過観察中である.

考察

膵囊胞の分類は上皮細胞の有無で真性囊胞,仮性囊胞にわけるHoward & Jordan分類が一般的に普及されている7).膵仮性囊胞は1992年の国際膵炎シンポジウムにおいて繊維または肉芽組織で被包された膵液の貯留と定義された8)9).本症例は約40年前に膵囊胞性疾患に対して手術既往があるが,その詳細は不詳であったが,切除標本で胃との瘻孔形成を認め,かつ囊胞の内面が肉芽組織で覆われていたことから膵仮性囊胞に対して膵囊胞胃吻合術が行われた可能性が高いと推察した.膵仮性囊胞の治療は,内視鏡的治療,鏡視下手術の出現で大きく変貌したが,現在においても外科的治療の役割は大きく,膵囊胞胃吻合術,もしくは膵囊胞空腸吻合術による内瘻術がgold standardで,内瘻術術後の再発率は8.6%と報告されている10)

本症例は膵囊胞胃吻合術術後再発例と考えられ,囊胞内出血から胃出血を来し,ショックとなり緊急TAEを施行し止血をえた.膵囊胞出血は仮性囊胞のうち6~11%に認められ3),その死亡率は25~45%と高く重篤な合併症の一つである4).囊胞内出血に対する根治的治療は出血源を含めた外科切除であるが,動脈性の出血が原因の場合,TAEは一時的な止血の成功率が高く第一選択として施行されることも多い11)‍~13).しかし,再出血例が37%と高く14),後に外科的切除を必要とする場合も多い15).囊胞内出血の機序としては囊胞内圧の上昇,あるいは瘻孔形成に伴う消化液の逆流による囊胞組織の破綻や炎症性変化に伴う仮性瘤からの出血などが報告されており16)~18),長期間経過すると出血,感染のリスクが高いといわれている19).先のメタアナリシスの検討によれば慢性膵炎は正常時と比較し,13.3倍(6.1~28.9倍)の通常型膵癌の発生リスクがあると報告されている1).慢性膵炎から膵癌への発生機序は明らかとなっていないが,遺伝子障害やPanIN(pancreatic intraepithelial neoplasia)への変化が関与していることが考えられている1)20).本症例は病理組織上,出血を来した脾動脈に仮性瘤を認めなかったが,初回手術から約40年経過していることから瘻孔形成に伴う炎症性変化による組織の破綻から脾動脈出血,囊胞内出血を引き起こしたと考えられた.今回TAEで一時的に止血をえたが,再出血,感染のリスクが高いと考えて,全身状態の改善を待って待機的に外科的切除を決定した.外科的切除後の病理組織学的診断では膵組織は萎縮しほぼ消失していたが,残存した膵実質内に高度の線維化が認められ,その線維化内にはリンパ球浸潤も呈していたことから残存膵の背景は高度の慢性膵炎の像であった.切除標本において,腫瘍は囊胞胃瘻孔部対側の萎縮した膵内に位置し,合併切除した結腸の一部に直接浸潤を認め,免疫組織化学的所見でCK7陽性,CK20陰性であったことから膵癌と診断した.術前CTと 摘出標本を肉眼的に見直してみても,癌の指摘は困難であった.膵仮性囊胞に膵癌の併存がみられた本邦報告例は,1977年から2014年12月までの医学中央雑誌で「膵仮性囊胞」と「膵癌」をキーワードとして検索(会議録を除く)した結果,17例のみであった(Table 22)9)21)~34).男性が14例と多くみられ,1例を除いて30)仮性囊胞は癌よりも尾側に存在しており,多くは癌による膵管狭窄で膵管内圧上昇を来し囊胞形成されたretention cystと考えられた.13例が切除を行っているが多くは周辺臓器との癒着で切除が困難で,4例が本症例のように他臓器合併切除を施行した.本症例のように長期経過観察中の膵仮性囊胞に癌の併存を認めた報告例はなく,機序として慢性炎症をくり返した結果,癌化した可能性も考えられ貴重な症例と考え報告した.長期間経過観察されている膵仮性囊胞の治療戦略としては,外科的切除も含めた包括的な治療が必要と考えられる.

Table 2  Seventeen reported cases of pancreatic pseudocyst coexistent with pancreatic cancer
No Author/
Year
Age/Sex Location of pseudocyst Location of cancer Size of
pseudocyst (mm)
Size of
cancer (mm)
Management Stage CA19-9 (U/ml)
1 Mitsumori21)/
1993
54/F Tail Tail ND 13 DP I 9
2 Kimura22)/
1994
60/M Tail Tail 30 0.8 DP I 71
3 Kimura22)/
1994
57/M Tail Body 90 30 DP with combined resection ND 23,775
4 Yogi23)/
1999
58/M Tail Body 70 17 Partial resection of pancreas body ND 36.4
5 Ohmura24)/
2000
83/F Body, Tail Body 115 65 DP with combined resection ND 1,120
6 Wada25)/
2000
60/M Body, Tail Body ND 8 DP with combined resection II ND
7 Ishihara9)/
2001
62/M Body, tail Head 70 35 Drainage alone IV b 1,864
8 Totsuka26)/
2001
47/M Tail Head ND ND PD III ND
9 Naruse27)/
2003
72/M Tail Tail 30 40 none IV b 3,672
10 Sakamoto28)/
2004
88/M Tail Tail 70 28 DP with combined resection IV a 1,244
11 Nagami29)/
2008
67/M Body Body ND 30 DP III ND
12 Furukawa30)/
2008
60/F Tail Tail 54 ND DP II 22
13 Miyatani31)/
2009
60/M Body Head, body ND 40 Drainage alone IV b ND
14 Ueda32)/
2009
60/M Tail Body 13 18 DP I ND
15 Tanahashi2)/
2010
67/M Body, Tail Tail 167 20 DP III 10
16 Kumamoto33)/
2011
47/M Body Body 80 8 DP I 14.46
17 Maegawa34)/
2014
79/M Body Head 140 24 Drainage alone IV b ND
18 Our case 79/M Body Body 50 38 DP with combined resection IV a 0.6

Stage, general rules for the study of pancreatic cancer (the 6th edition) Japan Pancreas Society; ND, not described; PD, pancreatoduodenectomy; DP, distal pancreatectomy

利益相反:なし

文献
 

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