2016 年 49 巻 10 号 p. 997-1005
症例は69歳の男性で,進行胃癌にて幽門側胃切除術,D2リンパ節郭清を施行した.最終病期はtub2,T3,N1,H0,P0,M0,CY0:Stage IIBであった.S-1による術後補助療法中に肝S4/5,S2に転移が出現したため,全身化学療法を三次治療まで行うも門脈腫瘍栓を生じprogressive diseaseであった.四次治療として肝動注化学療法を開始したが肺結核を併発したため,肝動注治療を中断し抗結核剤による治療を優先した.排菌陰転後,肝動注化学療法を再開したところ,門脈腫瘍栓・肝転移巣はともに完全消失した.1年間の肺結核治療を行い,肝動注化学療法10コース終了後1年間休薬中であるが無再発生存中である.門脈腫瘍栓を伴う胃癌肝転移は予後不良とされるが,再発が肝内に限局している場合,肝動注化学療法は有効な治療の一つであると考えられた.
門脈腫瘍栓を伴う胃癌肝転移は予後不良とされる1).また,結核は現在でも重要な感染症の一つで日本での罹患率は欧米諸国の4倍と依然高率である2).
我々は全身化学療法不応性の門脈腫瘍栓を伴う異時性胃癌肝転移症例に肺結核を合併したため,抗癌剤を中断し,結核に対する化学療法を優先して行い,排菌陰性化の後,肝動注化学療法を再開した結果,画像上complete response(以下,CRと略記)が得られた症例を経験したので文献的考察を行い報告する.
患者:69歳,男性
主訴:肺結核および胃癌肝転移の加療目的
既往歴:糖尿病
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2012年6月前医にて術前診断T2N0H0P0M0:cStage IBの進行胃癌に対して十分なインフォームドコンセントのもと腹腔鏡下幽門側胃切除術+D2リンパ節郭清を施行された.最終病理診断はtub2,ly0,v3,T3,N1,H0,P0,CY0,M0:Stage IIBであった.
2012年7月より術後補助化学療法としてS-1内服されていたが,2012年10月に肝S4/5,S2に再発を指摘された.HER2陰性であったため2012年10月より一次治療としてパクリタキセル(paclitaxel;以下,PTXと略記)([80 mg/m2]day 1,8,15投与,day 22休薬)による全身化学療法を導入された.4コース施行した2013年2月の評価でprogressive disease(以下,PDと略記)であったため,2013年2月より二次治療としてイリノテカン(irinotecan;以下,CPT-11と略記)([150 mg/m2]day 1投与,day 8休薬)投与を開始し,計12コース施行されstable disease(以下,SDと略記)であった.この時点で他臓器への転移巣がなく肝転移巣も2か所に限られていたため肝切除を予定され短期休薬した.しかし,S2転移巣から連続する門脈腫瘍栓が発達・増大したため,肝切除を断念した.2013年7月より三次治療としてシスプラチン(cisplatin;以下,CDDPと略記)([80 mg/m2]day 1投与,day 8,15休薬)+カペシタビン(capecitabine;以下,Capと略記)([2,000 mg/m2]day 1~15投与,day 16~21休薬)による治療を開始し2コース施行されるもGrade 3(CTCAE v4.0)の悪心,食欲不振,疲労を認めたため同レジメンによる治療は継続困難と判断した.四次治療以降の明らかなエビデンスのある全身化学療法は選択困難であり,この時点で手術も検討したが門脈腫瘍栓切除を伴う肝左葉切除術では術後の残肝機能が保てない可能性が危惧されたため肝切除を断念した.明らかなエビデンスはないものの,転移が肝内に限局しており肝動注化学療法の有効性の報告もあることより,十分なインフォームドコンセントを行ったうえで2013年10月より5-FU([333 mg/m2]day 1,8,15,22投与)+マイトマイシンC(mitomycin C;以下,MMCと略記)([2.7 mg/m2]day 1,15投与,day 8,22休薬)+エピルビシン(epirubicin;以下,Epi-ADMと略記)([30 mg/m2]day 1投与,day 8,15,22休薬)による肝動注化学療法を開始した.しかし,同時期に施行された胸部CTで両肺末梢に多発小結節,および右肺下葉S10に区域性のある多発結節,粒状影を認め喀痰検査でガフキー5号と抗酸菌が検出され肺結核症と診断されたため,胃癌肝転移および肺結核の加療目的に当院へ転院となった.
入院時血液検査所見:Hb 11.2 g/dlと軽度の貧血,血小板10.3×104/μlと低下を認めた.腫瘍マーカーはCEA 11.5 ng/mlと高値であった.
胸部X線検査所見:右下肺野内側に結節影,粒状影を認めた(Fig. 1).
Chest X-ray shows small granular reticular shadows in the lower right lung field (arrow).
腹部CT所見:肝臓S4/5およびS2に辺縁より淡く造影される内部不均一な腫瘤影と,肝S2腫瘤から連続した門脈内陰影欠損像を認め,肝転移巣および門脈腫瘍塞栓と考えられた(Fig. 2a).
a: Enhanced abdominal CT shows multiple liver metastases at S4/5 and S2 (arrows), and portal vein tumor thrombus derived from the S2 tumor (arrowhead). b: After 10 courses of hepatic arterial infusion chemotherapy, the S4/5 and S2 tumors, and portal vein tumor thrombus disappeared, whereby the left lobe of the liver showed atrophic changes on enhanced abdominal CT.
胸部CT所見:右肺下葉S10に区域性のある多発結節,粒状影を認め,肺結核による炎症性変化と思われた(Fig. 3a).
a: Chest CT shows multiple nodules and granular shadow at S10 in the lower lobe of the right lung (arrows). b: After anti-tuberculosis chemotherapy, the nodules and granular shadow could no longer be seen on chest CT.
入院後経過:2013年11月より肺結核に対してイソニアジド(isoniazid;以下,INHと略記),リファンピシン(rifampicin;以下,RFPと略記),エタンブトール(ethambutol;以下,EBと略記)による3剤併用化学療法を開始した.肝動注化学療法は一旦休薬した.その後異なる日に採取された喀痰検査にて連続3回に渡り結核菌陰性化が確認されたため,2013年12月退院となった.以後外来で抗結核薬内服を2014年12月まで12か月間継続し治療終了となった.2014年11月に行った胸部CTでは,右肺下葉S10に認めていた肺結核による多発結節,粒状影も消失していた(Fig. 3b).肝転移巣に対しては2014年1月より5-FU+MMC+Epi-ADMによる肝動注化学療法を再開した.肝動注化学療法施行後1か月後にはCEAは正常化した(Fig. 4).計10コース施行(約1年間)後のCTでは肝左葉は萎縮しS4/5,S2の肝転移巣および門脈腫瘍栓は消失した(Fig. 2b).PET-CTにても肝臓および他臓器への異常集積を認めず画像上CRと判定した(Fig. 5).現在肝動注化学療法も休薬中であるが1年間無再発生存中で外来にて経過観察中である.
Time course of hepatic arterial infusion chemotherapy and anti-tuberculosis therapy (upper panel). Serum CEA levels are plotted on the graph (lower panel).
FDG-PET examination after 10 courses of hepatic arterial infusion chemotherapy. No FDG accumulation was observed in the body (a, b) portal vein, or S4/5 and S2 of the liver in the horizontal plane (c–f).
肝転移は胃癌の転移再発の好発部位で頻度は3.5~14%と報告されている3).治療はエビデンスの高い報告が化学療法以外になく胃癌治療ガイドラインでも化学療法が標準治療とされている4).大腸癌肝転移に対する治療としての肝切除術は既に第一選択として広く知られているが,胃癌肝転移は両葉多発性に生じることが多く,また腹膜播種やリンパ節転移,他臓器への遠隔転移などの非治癒因子の合併頻度も高く,肝切除の適応となる症例は限られている.切除適応については腹膜播種など他の非治癒因子を認めない同時性肝転移,肝以外に再発巣を認めない異時性肝転移,肝転移巣が完全切除可能で残肝機能が保たれる症例であるとされる5).また,予後規定因子としては原発巣因子として,漿膜浸潤6)~8),原発巣最大径とリンパ節郭清度9),脈管侵襲10),肝転移因子として,肝転移巣の個数11)~14),転移時期11)12)14),転移巣最大径7)15)16)などが報告されているが,いまだ定まった基準はない.胃癌肝転移でも治癒切除することができれば長期生存が得られる報告は散見され,適応に関しては慎重に決定する必要があると思われる.一方,胃癌肝転移に対する全身化学療法はSPIRITS試験17)やJCOG9912試験18)の結果からS-1+CDDPが標準とされ二次治療以降ではPTXなどのタキサン系やCPT-11などが使用されている.近年ToGA試験19)でHER2陽性例でのトラスツズマブ併用の有効性が示され,またREGARD試験20)やRAINBOW試験21)での二次治療でのラムシルマブの効果が示され今後新たな分子標的治療薬による胃癌肝転移への治療効果が期待されている.
本症例の場合,胃癌異時性肝転移に対する全身化学療法を二次治療まで施行した時点では転移巣がS4/5,S2と肝左葉に限局していたため,肝切除を予定していた.しかし,手術前CTにて門脈腫瘍栓が出現したこと,門脈腫瘍栓切除を伴う肝左葉切除後の残肝機能が保てない可能性が危惧されたため,肝切除を断念した.また,全身化学療法も三次治療にてGrade 3の全身倦怠感および食欲低下を認め継続困難であった.しかし,肝臓以外の転移巣を認めなかったことで四次治療として肝動注化学療法を選択した.肝動注化学療法は胃癌治療ガイドライン上でも明記されておらず明らかなエビデンスはない4).しかし,胃癌肝転移に対する肝動注化学療法の奏効率は45.5~75%と良好な結果が報告されている22)~24).青柳ら25)も,奏効率46.7%,SMT 19か月と全身化学療法と比較し有意に予後良好であったと報告している.肝動注化学療法のレジメンとしては単剤投与では効果不良とされ,5-FU,CDDP,MMC,ADMなどの薬剤による多剤併用投与が行われている.本症例でも5-FU,MMC,Epi-ADMの3剤併用投与を行った結果,画像上CRの結果が得られた.肝動注化学療法は高濃度の抗癌剤を肝動脈より注入するため,門脈塞栓にも有効であった可能性が示唆される.また,三次治療までの抗癌剤とは作用機序が異なるMMC,Epi-ADMが著効を示した可能性も推測された.本例のように転移巣が肝臓に限局しているものの肝切除の適応とならない症例では肝動注化学療法は良い治療選択であると思われた.一方,術後補助療法として肝動注化学療法が残肝再発を予防する可能性を論じた報告もあるが26)27),その有効性を示す明らかなエビデンスはなくさらなる症例の蓄積が必要と思われた.
門脈腫瘍栓を伴う胃癌は比較的まれで0.14~0.7%と報告されている1).その発生機序としては①胃癌が直接門脈内に浸潤する,②胃癌肝転移巣から門脈内に浸潤する,③胃癌と門脈腫瘍栓を伴う肝癌の合併,④血行性転移からの腫瘍栓,⑤門脈に接した再発リンパ節を介して門脈内に浸潤が考えられるとされる28)29).本症例では異時性胃癌肝転移巣からの門脈腫瘍栓であり②によるものと考えられた.一般的に門脈腫瘍栓を伴う胃癌肝転移は予後不良とされる.医学中央雑誌で1977年から2015年までに「胃癌」,「門脈腫瘍栓」または「門脈腫瘍塞栓」をキーワードに検索すると(会議録を除く),自験例を含めて52件の報告がある.さらに,異時性門脈腫瘍栓の症例について自験例を含む12例29)~39)で検討を行った.年齢55~77歳(中央値68.5歳),男性10例,女性2例,組織型はpap 1例,tub1 2例,tub2 3例,por 6例,初回手術は11例でリンパ節郭清を伴う胃切除治療が施行され,1例はEMRがなされていた.門脈腫瘍栓が確認されてからの治療としては門脈腫瘍栓切除を伴う肝切除が2例,EMR後の症例では胃切除+門脈腫瘍栓摘出が施行されていた.また,急速な転帰をとった症例を除き確認できた症例では化学療法が施行され,肝動注化学療法も本症例を含めて3例で施行されていた.また,放射線療法が2例で施行されていた(Table 1).門脈腫瘍栓を伴う胃癌肝転移は非常に予後不良とされるが,12例の異時性門脈腫瘍栓の報告で1年以上の生存があった症例は本症例も含めて6例あり,そのうち手術を施行されていたのが2例,肝動注化学療法3例,放射線療法2例であり,集学的治療が長期生存に寄与していたと考えられた.特に桜井ら34)の報告では肝動注化学療法により肝転移および門脈腫瘍栓とも消失しCRが得られ,4年以上生存中の症例もみられる.本症例でも同様に肝動注化学療法により画像上CRの結果が得られており長期無再発生存が期待される.桜井ら34)の報告と本症例ではそれぞれ門脈腫瘍栓の発生機序は前述の②胃癌肝転移巣から門脈内に浸潤する様式であり,肝動注化学療法により肝転移巣への治療効果が現れたことで門脈腫瘍栓にも効果があった可能性がある.肝臓以外の転移巣がなく肝切除の適応のない症例,特に肝転移巣から門脈内に浸潤して発生する門脈腫瘍栓には肝動注化学療法は優れた治療選択肢の一つになりうることが示唆された.
No | Author | Year | Age | Sex | Histology | First operation | Chemotherapy | Resection | Radiation | Prognosis |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Tanaka30) | 1988 | 55 | M | por | DG | — | — | − | 28d dead |
2 | Yoshida31) | 1995 | 67 | M | tub2 | DG | UFT→5-FU+Epi-ADM | — | − | 6m dead |
3 | Takeda32) | 1999 | 70 | M | tub1 | DG | 5-DFUR+MMC+THP →UFT+MTX+5-FU |
— | − | 2y 4m dead |
4 | Ono33) | 2000 | 59 | M | por | TG+SP | NM | — | − | 11m dead |
5 | Sakurai34) | 2005 | 71 | F | por1 | DG+C | HAI (5-FU+MMC+ADM)+UFT | — | − | 4y alive |
6 | Kusano35) | 2007 | 70 | M | por | DG | S-1→S-1+DOC | — | − | 4m dead |
7 | Nakamura36) | 2008 | 70 | M | tub2-por1 | DG | S-1→HAI (CDDP) | RFA→RH | + | 17m dead |
8 | Taniguchi37) | 2011 | 68 | F | tub1 | EMR | S-1→S-1+PAC →UFT+CPT-11 →DOC+CDDP |
DG+PVR | − | 20m dead |
9 | Kimura38) | 2011 | 63 | M | pap | TG+C | S-1→CPT-11 | — | + | 19m alive |
10 | Hatake39) | 2014 | 58 | M | por | TG+SP+DP | S-1→PAC | LH | − | 7m dead |
11 | Uemura29) | 2014 | 77 | M | por2 | TG | S-1+DOC→S-1 →CPT+CDDP |
— | − | 6m alive |
12 | Our case | 69 | M | tub2 | DG | S-1→PAC→CPT-11 →Cap+CDDP →HAI (5-FU+MMC+Epi-ADM) |
— | − | 2y alive |
DG: distal gastrectomy, TG: total gastrectomy, SP: splenectomy, C: cholecystectomy, DP: distal pancreatectomy, ADM: adriamycin, RFA: radiofrequency ablation, RH: right hepatectomy, PVR: portal vein resection, LH: left hepatectomy
一方,本症例は胃癌肝転移治療中に肺結核を合併したが,同様の報告は医学中央雑誌での検索でも見当たらなかった.日本の結核罹患率は2010年に人口10万対18.2とされ,欧米先進国の4倍以上とされる.1960年代以降罹患率は順調に低下していたが,近年の高齢化,結核関連リスクのある患者の増加,薬剤耐性結核の増加などの要因で低下率は緩徐である.治療の原則は感受性薬剤の3剤以上併用の化学療法であり,標準治療が行えれば再発率は1~2%とされる2).
本症例では胃癌術後肝転移の化学療法中に肺結核を合併した.諸家の報告によると,胃癌術後に結核発症のリスクが有意に増加するとされている40).抗癌剤投与に関しては,結核の発症・再燃の危険因子とする報告がある41),一方で結核発症のリスクとはならず,さらに結核治療の妨げとはならないという報告もあり42),いまだ一定の見解が得られていない.本症例では胃癌術後であり,長期にわたる全身化学療法,副作用予防のためのステロイド投与など,複数の危険因子を有しており,これらの背景が結核発症に影響を及ぼしたと推測された.結核診療ガイドラインでは潜在性結核感染症治療における化学予防の記載があり,担癌状態および抗癌剤やステロイドなど免疫抑制作用のある薬剤使用は結核に対する化学予防が終了した後に導入することが望ましいとされるが,対象疾患の状態によっては化学予防と並行して導入することもやむをえないとされる2).これまで肺結核合併の胃癌症例に対する両者の併用治療に言及した報告はないが,肺癌と抗酸菌症に対する併用治療の報告は散見され43)44),いずれも感染症に対する治療を先行させ排菌量の減少を確認したのちに抗癌剤投与がなされていた.本症例でも,肝動注化学療法を中断し結核に対する治療を先行した後,外来にて抗結核薬治療と肝動注化学療法を12か月間平行して施行した.一般に肺結核存在下での抗癌剤投与に関しての問題点としては,多種類の薬剤投与に伴う肝機能障害や薬剤相互作用,さらに抗癌剤投与による骨髄抑制,免疫抑制に伴う肺結核の増悪,再燃がある43).本症例では抗結核薬投与による副作用がみられないことを確認した後に,肝動注化学療法を同時投与できたことは有意義であった.また,肝動注化学療法と抗結核薬併用中でも多種薬剤による肝機能障害の出現などもなく,肺結核の再燃も認めなかった.
しかしながら,免疫力低下を引き起こす抗癌剤治療を施行する場合,新たな結核感染や既感染結核再燃の可能性は常に念頭に置き,迅速な検査および治療をすることが重要と思われ,癌患者の結核治療方針に関しては各症例において慎重に決定しなければならないと思われた.
利益相反:なし