2016 年 49 巻 11 号 p. 1164-1169
症例は77歳の男性で,意識障害・ショックを主訴に救急搬送された.精査中に血圧低下を来し,CTにて盲腸から上行結腸にかけて造強効果の減弱を伴う浮腫性壁肥厚を認め非閉塞性腸間膜虚血症(non-occlusive mesenteric ischemia;以下,NOMIと略記)が疑われた.腸管壊死が否定できなかったことより開腹術を施行した.盲腸と上行結腸には虚血を認めるものの壊死を認めなかったため切除は行わずに閉腹した.術後ただちに血管造影検査を行い,上腸間膜動脈からの塩酸パパベリン選択的動注療法を開始した.術翌日には上腸間膜血流は著明な改善を認めた.血管拡張薬の持続動注療法導入を前提として術式決定を行ったNOMIの報告はまれであり報告する.
非閉塞性腸間膜虚血症(non-occlusive mesenteric ischemia;以下,NOMIと略記)は急性腸間膜動脈閉塞症のうち,動脈に器質的な閉塞を認めることなく腸管虚血を引き起こし,最終的には不可逆的な腸管壊死から多臓器不全に至る疾患である1)2).近年,血管拡張薬の選択的動注療法の有用性が報告されるようになっているが,その適応・施行時期についてコンセンサスが得られているとは言いがたい3)~5).今回,臨床的にNOMIが疑われる患者に対して開腹術を先行させ,術後血管拡張薬の選択的動注療法を行い有用であった症例を経験したので報告する.
患者:77歳,男性
主訴:意識障害・ショック
既往歴:慢性心房細動およびうっ血性心不全,肺結核に対する左肺切除後(在宅酸素療法導入を勧められるも本人希望せず),先天性片腎に伴う慢性腎不全,アルコール性肝硬変(Child-Pugh Score 7点,Child-Pugh B).
現病歴:来院前日より食思不振を自覚した.来院当日,昼食後に徐々に意識障害が出現した.家人による呼びかけに応じなくなったため救急搬送受診となった.
初診時現症:意識レベルGCS 12(E:2 V:4 M:6),血圧139/115 mmHg,脈拍128回/分,整.来院後,収縮期血圧は70 mmHg台へと低下した.体温36.9°C.直ちに気管挿管のうえ人工呼吸器管理をはじめとした蘇生措置が施された.腹部は平坦かつ軟であったが,意識障害のため圧痛の有無についての所見は得られなかった.
初診時検査所見:WBC 12,463/μl,CRP 17.16 mg/dlと炎症反応の上昇を認めた(Table 1).また,血中総ビリルビン値は2.7 mg/dlと上昇し,AST 1,403 IU/l,ALT 589 IU/l,血清クレアチニン値5.13 mg/dlと肝・腎機能障害を認めた.また,PT-INR 2.64の血液凝固障害,血糖30 mg/dlの低血糖,さらに,動脈血ガス分析でのpH 6.98,血清乳酸値6.8 mg/dlと著明な乳酸アシドーシスを認めた.
Hematology | Biochemistry | Blood gas analysis (room air) | |||
---|---|---|---|---|---|
WBC | 12,463/μl | Alb | 4 g/dl | pH | 6.98 |
Hb | 12.2 g/dl | T-bil | 2.7 mg/dl | pO2 | 364 mEq/l |
Hct | 41.6% | AST | 1,403 IU/l | pCO2 | 75 mEq/l |
Plt | 7.7×104/μl | ALT | 589 IU/l | HCO3− | 17.7 mEq/l |
LDH | 1,257 IU/l | B.E | −15.3 IU/l | ||
ALP | 347 IU/l | ||||
PT | 32.6 sec | γGTP | 25 IU/l | Lactate | 6.8 mg/dl |
PT% | 17.3% | CK | 562 IU/l | ||
PT-INR | 2.64 | BUN | 98.6 mg/dl | ||
APTT | 47 sec | Cre | 5.13 mg/dl | ||
Fibrinogen | 207 mg/dl | Na | 135 mEq/l | ||
K | 7.4 mEq/l | ||||
Cl | 100 mEq/l | ||||
BS | 30 mg/dl | ||||
CRP | 17.16 mg/dl | ||||
BNP | 1,511 pg/ml |
腹部造影CT所見:中等量の腹水を認め,盲腸から上行結腸にかけて造強効果の減弱を伴う浮腫性壁肥厚を認めた(Fig. 1).また,上腸間膜動脈(superior mesenteric artery;以下,SMAと略記)・静脈の本幹・分岐に血管閉塞や狭窄の所見は認められなかった.
CT scan image. Marked wall thickening is observed in the area from the cecum through the ascending colon. Although layered deep dyeing effects are observed, the significance is obscure (white circle).
入院後経過:以上より,臨床的にはNOMIが強く疑われた.代謝性アシドーシスが進行性であったこと,造影CT所見からも壊死腸管の存在が完全には否定しえなかったことより開腹手術を行った.
開腹所見:開腹すると大量の漿液性腹水を認めた.触診上,SMA本幹の血流は良好であった.また,盲腸から上行結腸は肉眼的に蒼白であり腸管虚血が疑われた.しかしながら,不可逆的な壊死所見を認めなかったことより,腸管切除は行わずに閉腹とした.この際,術後のNOMIに対する選択的動注療法導入を念頭に,血管造影検査室のスタンバイを手術操作と併行して行った.手術時間は53分であった.閉腹後ただちに血管造影検査室へ移動し,腹部動脈造影検査を行った.
血管造影検査所見:SMA造影にて,本幹に血管径の狭小化を認めた.また,複数の空腸動脈枝(白矢印),右結腸動脈(黒矢印)にも血管径の狭小化を認め,NOMIと確定診断された(Fig. 2).SMA本幹より塩酸パパベリン40 mgをbolusで動注し,5分後に動脈造影を行ったところ,動注前と比べて血管狭窄所見は全般に若干の改善傾向が認められたものの,空腸動脈枝,右結腸動脈などには部分的に狭窄部の残存が認められた.そのため,患者家族への説明と同意を得たうえで,SMA起始部に動注カテーテルを留置し,塩酸パパベリンの持続動注療法(40 mg/hr)を開始した.血管造影検査後,呼吸循環動態の安定化に努め,持続動注開始24時間後にSMA造影を行ったところ,本幹および分枝の血管径狭小化は明らかな改善が認められた(Fig. 3).
Abdominal angiography (prior to continuous arterial infusion with papaverine hydrochloride). No obstruction is observed in the superior mesenteric artery (SMA); however, there are some narrowed areas in the SMA including main trunk, jejunal arterial branch (white arrow) and right colic artery (black arrow).
Abdominal angiography (24 hours after the initiation of continuous arterial infusion with papaverine hydrochloride). The narrowed areas observed in the SMA main trunk, jejunal arterial branch (white arrow) and right colic artery (black arrow) are significantly ameliorated.
術後経過:呼吸循環動態の改善に伴い,塩酸パパベリン持続動注療法は開始48時間後に投与終了とした.急性腎傷害に対する持続血液濾過透析の導入を行ったが,第3病日には血行動態の安定化のためカテコラミン投与終了となり,持続血液濾過透析を離脱した.第16病日には人工呼吸器を離脱した.理学療法・栄養療法による全身状態の改善をみたため,第47病日に軽快退院となった.
NOMIは,SMA領域に好発し,その原因は全身の低還流を誘因とした腸間膜動脈の末梢血管攣縮と考えられている.本症の疾患概念自体は広く認知されるようになり,早期診断例の報告も増加傾向にあるが,その死亡率は最近の報告でも50~80%とされ,いまだ予後不良の疾患である1).なお,本論文中に引用した文献は医学中央雑誌(対象期間:1977年から2015年9月)とPubMed(対象期間:1950年から2015年9月)をもとに「非閉塞性腸間膜虚血症」,「non-occlusive mesenteric ischemia」をキーワードとして検索した.
本症の診断は,特異的な身体所見や,血液検査所見が存在しないことから,確定診断には画像診断,とりわけ血管造影検査が重視され,腸間膜動脈の攣縮の所見や,広狭不整像,アーケードの攣縮などの所見をもって本症と確定診断されることが多い1)2).
NOMIに対する治療としては,背景に心機能低下や循環血液量減少などの何らかの循環障害を有することが多いため,それらの原因治療が最も重視される.一方,不可逆的な壊死に陥った腸管が存在する場合には,壊死腸管の外科的切除の絶対適応となる2).これに加えて,1977年のBoleyら3)の報告以降,血管拡張薬の腸間膜動脈への選択的動注療法の有効性が広く認識されるようになってきた.Boleyら3)はNOMIの10例に対して塩酸パパベリンの動注療法を行った結果,死亡率が40%と低率であり,多くの症例で大量腸管切除を回避可能であったと報告している.同治療法は,腸間膜動脈の末梢血管攣縮を本態とする本症の治療としては理にかなったものであり,実際にAmerican College of Cardiology/American Heart Associationの急性腸間膜虚血症のガイドライン2)では,腹膜刺激症状を認めなければ,血管拡張薬の動注療法が第一選択の治療として推奨されている.しかしながら,本症の患者は意識障害を伴うような重篤な病態にあることが多く,腹膜刺激症状などの理学所見が常に得られるわけではなく,理学所見のみでの外科的介入の判断は一概に容易とはいえない.また,壊死腸管を診断しうる生理・生化学的マーカーは特異性に乏しいことが指摘されており6)7),診断のgold standardとされる血管造影検査も虚血腸管のviabilityを評価できるものではない8).そのため,NOMIに対する治療として動注療法を第一選択とする場合の問題点としては,不可逆的な壊死腸管の存在を完全に否定できないまま動注療法を行うことによる開腹遅延の可能性が挙げられる.また,既に壊死に陥っている腸管に対する動注療法は腸管血管床の増加に伴う相対的な循環血液量減少を引き起こし,循環不全を遷延させる危険性も指摘されている9).一方,外科的手術を第一選択とする場合の問題点としては,手術侵襲による二次的な侵襲が加わる点.可逆的な虚血に陥った腸管が存在する場合の動注療法の導入遅延が挙げられる.
自験例では,外科的手術を第一選択としたが,上述の問題点への対策として,虚血が疑われるものの壊死に陥っていない腸管に対しては,ショックに対する支持療法や術後の動注療法による血流回復を期待し,腸管切除を控えることで可及的に手術時間・侵襲の低減に努めた.また,手術終了後ただちに血管造影検査が行えるよう術中より血管造影検査の準備を行ったことは迅速な動注療法導入に寄与したと考えられる.
本邦でのNOMIに対して外科的手術と動注療法を併用した報告例は5編,14例あり,動注療法を行ったのちに外科的手術を行った症例8例に対して,外科的手術を行ったのちに動注療法を行った症例は6例で,それぞれの生存退院率は40%,50%であった6)10)~13).片岡ら12)は,NOMIと診断された症例に対して,腹膜刺激症状がなければ動注療法を第一選択とする治療戦略をとり良好な治療成績を報告しているが,動注療法単独で軽快した症例は全体の15%のみにとどまっており,動注療法と開腹手術を併用した症例群の死亡率が25%であったのに対し,動注療法のみが行われた症例群の死亡率は60%であったと報告している.このことからも,外科的手術もしくは動注療法のどちらか単独の治療で完結するのでなく,外科的手術と動注療法を戦略的に併用することで,予後改善に繋げられる可能性があるものと考える.
自験例においては,高度の低肺機能が疑われたことから開腹手術を選択したが,本症に対して腹腔鏡下に腹腔内観察を行った報告も存在し,侵襲の低減という観点からは考慮すべき選択枝と考えられる.しかしながら,竹谷ら13)は,初回の腹腔鏡観察時には腸管切除の必要なしと判断された腸管が,24時間後のsecond lookでは壊死に陥っていた症例を報告しており,鏡視下での虚血腸管のviability評価には慎重な判断を要すると考えられる.
利益相反:なし