日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
不完全型Peutz-Jeghers症候群における多発性Peutz-Jeghers型胃ポリープから発生した多発性胃癌の1例
山本 篤山下 好人吉井 真美森本 純也日月 亜紀子玉森 豊清水 貞利井上 透金沢 景繁西口 幸雄
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2016 年 49 巻 12 号 p. 1199-1205

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Abstract

症例は52歳の男性で,胃部不快感にて上部消化管内視鏡検査をうけ,胃体部に多発性ポリープと噴門部に3型腫瘍,幽門前庭部に1型腫瘍を認め,いずれも中分化腺癌と診断された.他に消化管ポリポーシスは認めず,遺伝性疾患の家族歴や粘膜皮膚の色素沈着を認めなかったため,不全型Peutz-Jeghers(以下,PJと略記)症候群における多発胃ポリープにともなう多発胃癌と診断し,胃全摘術を施行した.病理組織学的診断で,胃PJ型ポリープを背景とした深達度SSとSMの胃癌と診断された.不完全型PJ症候群におけるPJ型ポリープは単発性で空腸発生例が多くほとんどが良性である.胃での報告はこれまで11例あり,癌化の報告は4例であった.不完全型PJ症候群における胃PJ型ポリープの経時的変化や癌化の可能性が完全型PJ症候群と同様であるかは明らかでなく,その治療や経過観察の方法について今後のエビデンスの蓄積が必要である.

はじめに

Peutz-Jeghers(以下,PJと略記)症候群1)に認められるものと同様なPJ型ポリープと呼ばれる過誤腫性ポリープがあるが粘膜皮膚の色素沈着や遺伝性を認めない症例があり,不完全型PJ症候群とされている2).ただし,不完全型PJ症候群の消化管ポリープは基本的に良性,単発であることが多く,空腸に発生することが多いとされる3).不完全型PJ症候群における胃のPJ型ポリープの報告はこれまで11例であり,そのうちポリープの癌化は4例とまれであり,若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:52歳,男性

主訴:嚥下困難

既往歴:特記すべき事項なし.

家族歴:特記すべき事項なし.

現病歴:約半年前より嚥下困難を自覚しており,増悪してきたため近医にて上部消化管内視鏡検査をうけたところ,噴門直下に3型腫瘍,幽門部に1型腫瘍を認め,手術目的にて当科紹介,入院となった.

入院時現症:眼瞼結膜に貧血,黄疸なく,腹部は平坦・軟で圧痛なく,腫瘤を触知せず,皮膚・粘膜に色素沈着を認めなかった.

入院時検査所見:白血球4.9×103/mm3,Hb 12.1 g/dl,Ht 38.4%と軽度の貧血を認め,CEAは正常範囲内であったが,CA19-9は410.8 U/mlと著明な上昇を認めた.

上部消化管内視鏡検査所見:食道胃接合部から約2 cm肛門側小彎に直径約5 cm程度の中心陥凹を伴う3型病変を認めた.また,幽門前庭部に5×3 cm程度の表面分葉形態を呈する1型病変を認めた.その他大小さまざまな多発ポリープを認め,一部に形状の歪なものがあった.生検にて1型腫瘍と3型腫瘍はいずれも中分化腺癌,ポリープの一つは過誤腫性ポリープと診断された(Fig. 1).

Fig. 1 

Gastroendoscopy shows type 3 cancer in the gastric cardia and type 1 cancer in the antrum with multiple various-sized polyps in the corpus of the stomach.

上部消化管造影検査所見:噴門直下に3型腫瘍,幽門部に1型腫瘍,その他,胃体部を中心に0.5~1 cm程度のポリープの多発を認めた.十二指腸には明らかなポリープ像は認めなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

Upper gastrointestinal series examination shows multiple polyps in the corpus of the stomach.

大腸内視鏡検査所見:大腸にポリープを認めなかった.

CT所見:胃幽門部に内腔に突出する軟部影を認め,胃噴門部小彎の胃壁に漿膜の毛羽立ち所見はないが,全層性に造影をうける部分を認めた.幽門周囲には数個の腫脹リンパ節を認めたが,肝臓,肺に腫瘤像はなく,腹水および胸水も認めなかった.

以上より,多発性胃ポリープならびに胃噴門部と幽門前庭部の多発性胃癌(cT3(SS),cN1,H0,P0,M0,cStage 2B)と診断した.当院では,Bulky腫瘍を除いてリンパ節転移を伴う進行胃癌に対しても十分なインフォームドコンセントのもと腹腔鏡下手術を適応しており,当症例においては腹腔鏡下胃全摘術を選択した.

手術所見:全身麻酔下に5ポートにて気腹した.噴門部から胃体上部小彎にφ 4 cm大の腫瘍を認め,数個の小彎リンパ節の腫脹も認めた.脾温存脾門部郭清を伴うD2郭清での腹腔鏡下胃全摘を施行した.

切除標本所見:胃体部を中心に散在性に5~20 mm程度のポリープを認め,それらポリープと近接または含める形で噴門部に55×45 mmの3型腫瘍,幽門前庭部に50×30 mmの1型腫瘍を認めた(Fig. 3).

Fig. 3 

Surgical specimens of the stomach show various-sized multiple gastric polyps and type 3 cancer in the gastric cardia and type 1 cancer in the antrum.

病理組織学的検査所見:ポリープ部分では腺管上皮の過形成があり,間質には樹枝状に伸びているdesmin陽性の平滑筋細胞を認め,PJ型の過誤腫性ポリープと考えられた.噴門部と幽門前庭部の両腫瘍部では,ポリープにリンパ管侵襲を伴う中分化腺癌が混在しており,噴門部では漿膜下層まで,幽門前庭部では粘膜下層までの浸潤を認めた.また,所属リンパ節(No. 1,5,6,7,8a,9)に転移を認めた(Fig. 4).なお,術中洗浄細胞診は陰性であり,両腫瘍におけるFISH法によるHER2遺伝子の増幅は認めなかった.

Fig. 4 

Histological findings of the specimen reveal that multiple polyps have hyperplastic foveolar epithelium and branching smooth muscle bundles that originate from the muscularis mucosa characterized as Peutz-Jeghers type polyp (a) and adenocarcinoma arising in the hamartomatous polyps without adenomatous portion (b) (HE staining).

以上より,胃癌取扱い規約(第14版)4)に準じた組織学的所見にてU,Less,Type 3,55×45 mm,tub2,pT3(SS),int,INFb,ly1,v1,L,Less,type 1,50*30 mm,pT1b2(SM2),int,INFb,ly3,v0,pN3(23/50),pPM0,pDM0,CY0,pStage IIIbと診断された.

術後経過は良好で術後12日目に軽快退院となった.術後5週間目よりS-1(100 mg)投与による術後補助化学療法を行っており,6か月経過時点で再発所見を認めず,CA19-9は25.2 U/mlに低下している.

考察

PJ症候群は常染色体優性遺伝,皮膚粘膜の色素沈着と消化管ポリポーシスを特徴とする1).そのポリープは粘膜筋板の分枝が樹枝状に増生し,単純性過形成性の粘膜が覆う特徴的な像を呈する過誤腫性でPJ型ポリープと呼ばれる.PJ症候群はその原因遺伝子が特定されており,gatekeeper型癌抑制遺伝子である19番染色体上のSTK11/LKB1がそれにあたる5)6).また,PJ症候群には悪性腫瘍の合併が多いことが報告されており,15.6~27.8%に消化器癌の合併が認められるとされ,肝臓,胆,膵臓,子宮,卵巣,甲状腺,骨などにおいても悪性病変の合併頻度が高いと報告されている.PJ型ポリープ自体は,基本的には非腫瘍性の過誤腫性ポリープであり良性であるが,PJ症候群におけるPJ型ポリープは1~3.8%が癌化し,腺腫を含む腫瘍性病変が3.2~9.2%に発生することもあって潜在的な悪性度を有しているとされる7).PJ型ポリープの発癌経路については,(1)PJ型ポリープ内に発生した腺腫,(2)PJ型ポリープそのもの,(3)PJ型ポリープとは独立に存在する腺腫,(4)PJ型ポリープ以外の正常粘膜などの説が考えられているが,いまだ一定の見解を得ていない8)9).また,PJ症候群の治療と経過観察については,PJ型ポリープによる消化管の閉塞と癌化を懸案して定期的に内視鏡検査を行い5~10 mm以上のポリープは可能なかぎり切除することが奨励されている10)

ただ,粘膜皮膚の色素沈着や遺伝性を伴うことなくPJ型ポリープを認める症例が存在し,これを不完全型PJ症候群としている報告2)がある.これらの不完全型PJ症候群のPJ型ポリープは,粘膜皮膚の色素沈着や遺伝性を伴う完全型PJ症候群と異なって単発性で良性であることが多く,発生部位の多くは空腸もしくは十二指腸である3)

医学中央雑誌で1977年から2014年4月の期間で「Peutz-Jeghers型ポリープ」,「胃ポリープ」,「胃癌」,PubMedで1950年から2014年4月の期間で「Peutz-Jeghers type polyp」,「gastric polyp」,「gastric cancer」をキーワードとして検索(会議録を除く)した結果,胃における不完全型PJ症候群でのPJ型ポリープは自験例を含めてこれまで11例(男性5例,女性6例,平均年齢49歳)報告されており,単発性が8例,多発性が3例であった.治療については,ポリープが比較的小さい症例では内視鏡的切除が行われており,ポリープが大きい症例や多発症例では胃切除が行われていた.これら11例のうち胃癌の合併は4例にみられたが胃癌非合併の7例と比較すると,平均年齢やポリープの大きさには差はなかったが(49.5歳vs 49.1歳,53.8 mm vs 56.4 mm),胃癌合併例の4例全てが男性で,3例は多発性ポリープを背景にしていた.これは胃癌非合併7例の男女比が3:4であることと,7例全てが単発性ポリープであったことと対照的であった.自験例以外の胃PJ型ポリープから発生した胃癌は粘膜内癌でリンパ節転移や遠隔転移を伴っておらず,自験例のみが進行胃癌であったのは,自覚症状を認めたのちに半年以上の時間をおいて発見されたため診断時には進行胃癌となっていた可能性がある(Table 111)~20).また,自験例での病理組織学的検索では多発するポリープ内に腺腫は含まれておらず,2か所の胃癌病巣で腺癌とPJ型ポリープ像が同時に存在していることから,発癌経路としては前述(2)のPJ型ポリープから直接発癌したde novo癌であることが強く示唆される.自験例以外の胃PJ型ポリープに胃癌が合併していた他の3例のうち2例は,本例と同様のde novo癌が考えられるが,1例ではPJ型ポリープ内に腺腫との混在像がみられており,adenoma-carcinoma sequence型の発癌経路と思われる.

Table 1  Reported cases of Peutz-Jeghers type polyps of the stomach
No. Author Year Age Sex Location Therapy Number of polyps Tumor size (mm) Malignancy Depth of tumor invasion
1 Kuwano11) 1989 17 M M Partial gastrectomy Solitary 20
2 Grisendi12) 1990 55 F N/A Endoscopic polypectomy Solitary 20
3 Seki13) 1994 20 M M, L Endoscopic polypectomy Multiple 10 + M
4 Kato14) 1998 44 M U Total gastrectomy Solitary 70
5 Sakadamis15) 2001 47 F L Distal gastrectomy Solitary 70
6 Oh16) 2011 57 M M Distal gastrectomy Multiple 60 + M
7 Jin17) 2012 71 F M Distal gastrectomy Solitary 40
8 Kobayashi18) 2013 69 M L Distal gastrectomy Solitary 90 + M
9 Lunca19) 2014 43 F M Total gastrectomy Solitary 150
10 Shi20) 2014 67 M L Endoscopic polypectomy Solitary 25
11 Our case 52 M U, L Total gastrectomy Multiple 55 + SS

PJ症候群は,遺伝学的にさまざまな浸透度をもち,不均一な臨床形態を呈する21)ことが知られており,このために完全型PJ症候群と不完全型PJ症候群の疾患関連性を論じることは困難である.つまり,不完全型PJ症候群は単に遺伝性と色素沈着を伴わない完全型PJ症候群の不完全な形態である,あるいは完全型PJ症候群の初期段階であるという意見と,不完全型PJ症候群は発症年齢が完全型PJ症候群より高く,悪性病変の随伴やポリープの癌化の報告が当初なく,単発性ポリープがほとんどであったため,完全型PJ症候群とは全く異なる臨床概念である22),との意見があって完全型と不完全型PJ症候群のそれぞれのPJ型ポリープの関連性について結論がでていない.完全型PJ症候群におけるPJ型ポリープは,経時的に増大し癌化のリスクが上昇するが,不完全型PJ症候群におけるPJ型ポリープのサイズや数の経時的変化ならびに癌化の関連性について観察や考察した報告はない.今回の自験例を含めた11例の不完全型PJ症候群での胃PJ型ポリープ症例において遺伝子解析はなされておらず,いずれの報告においてもSTK11/LKB1遺伝子変異は不明である.さらに,不完全型PJ症候群での他部位のPJ型ポリープ症例でも遺伝子変異は十分に検索されておらず,単発性の十二指腸PJ型ポリープ症例において,STK11/LKB1遺伝子の変異や染色体欠損を認めなかったとの報告がわずかに1例23)あるのみで,不完全型PJ症候群と完全型PJ症候群との遺伝子学的な関係は明らかでない.

不完全型PJ症候群における胃PJ型ポリープの治療ならびに経過観察については,完全型PJ症候群と同様に悪性病変の出現について十分留意し,厳重な経過観察や積極的な内視鏡的治療が必要とした報告24)があるが,これも十分なエビデンスにもとづいたものではない.さらに,不完全型PJ症候群における胃PJ型ポリープから発生した胃癌に対する胃切除の際には,残胃にPJ型ポリープを残した胃切除で良いのか,全てのPJ型ポリープを切除範囲とする胃全摘を選択するべきかの問題が生じる.自験例では多発胃癌のために胃全摘を行ったが,症例によってはPJ型ポリープを残した胃切除を行って,残胃のPJ型ポリープは内視鏡的切除を行いながら厳重に経過観察することも可能かもしれない.

今後,不完全型PJ症候群におけるPJ型ポリープの症例を集積し,遺伝子解析を含めた詳細な検討をくわえることにより,不完全型PJ症候群と完全型PJ症候群との関係性や不完全型PJ症候群でのPJ型ポリープの経時的変化ならびに数や大きさと癌化との関係をより明らかにしていく必要があると思われる.

利益相反:なし

文献
 

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