日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
長期にわたり脾臓捻転を繰り返し特異的な側副血行路を形成した遊走脾の1例
尾崎 友理平松 聖史雨宮 剛後藤 秀成関 崇陸 大輔藤枝 裕倫牧田 智新井 利幸
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2016 年 49 巻 12 号 p. 1237-1242

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Abstract

今回,我々は特異的な側副血行路を形成した遊走脾に対して腹腔鏡手術を施行した1例を経験したので報告する.症例は33歳の女性で,10年ほど前に遊走脾を指摘され,腹痛発作を時々認めたが,その都度症状は軽度で,すぐに軽快するため経過観察していた.数日前からの体動時の断続的な左側腹部痛を主訴に当院を受診した.腹部造影CTにて遊走脾の部分的な造影不良域と脾臓へと連続する渦巻き状の血管を認めた.遊走脾の慢性的な捻転と診断し,腹腔鏡下脾臓摘出術を施行した.脾臓の後腹膜への固定は全くなく,脾門部の血管束と脾門対側に付着する特異的な血管束の2か所で牽引され,幾重にも捻転していた.脾動静脈からなる脾門の血管束はすでに高度に線維化し閉塞していた.脾門の対側に付着した高度の渦巻き状血管束は胃大網動静脈に由来し,大網を介して脾臓へ付着し栄養血管となっていた.

はじめに

遊走脾は先天的,または後天的に脾臓を支持する間膜の欠損や弛緩により脾臓の可動性が過剰となった病態である1).1991年から2015年で検索しえたかぎりでは,遊走脾の本邦報告例は自験例を含めて32例のみであり,比較的まれな疾患である.本症例は長期病悩期間を経て胃大網動静脈からの特異的な側副血行路が発達し,その特異的な側副血行路を形成する血管束と脾門部の動静脈幹が軸となって回転し捻転したまれな病態と考えられたので報告する.

症例

患者:33歳,女性

主訴:左側腹部痛

既往歴:なし.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:20歳頃から脾腫を指摘され他院にて数年経過観察されるも増大傾向なく経過観察となっていた.25歳時に撮影されたCTにて遊走脾を指摘された.1か月に1回程度の腹痛があるも自制内であり,すぐに軽快するため,脾臓摘出術は施行せず経過観察となっていた.数日前から体動時の断続的な左側腹部痛あり,改善に乏しいため救急外来を受診した.

来院時現症: 体温35.8°C,血圧126/83 mmHg,脈拍64回/分.左季肋部に軽度の自発痛と圧痛を認めたが,腹膜刺激徴候は明らかでなかった.

血液生化学検査所見:特記すべき異常を認めなかった.

腹部造影CT所見:脾臓は約17 cm×7 cmと腫大し,左下腹部に落ち込むように位置していた.脾臓の上極に造影不良域を認め,梗塞巣を形成していると診断した.左腸骨窩には脾臓へと連続する血管が著明な渦巻き状を呈していた.脾臓は捻転していると診断した(Fig. 1).

Fig. 1 

Contrast enhanced CT: Splenomegaly was observed. There was a poorly enhanced region in the upper side of spleen (arrowhead) (a). A peculiar coiling vessels bundle attaching to the lower side of the spleen was observed (b).

来院後経過:遊走脾の捻転による脾臓の部分的梗塞と診断した.経過観察にて腹痛は改善したため待機的に腹腔鏡手術を施行した.

手術所見:腹腔鏡にて腹腔内を観察すると,脾臓は後腹膜との固定はなく,下行結腸の腹側に位置していた.脾臓は脾門部の血管束と脾門対側に付着する特徴的な血管束の2か所で牽引され,それら2点の血管束を軸にして幾重にも回転していた.脾門部の脾動静脈幹はすでに閉塞し器質化していた(Fig. 2a).脾門の対側に付着した血管束は胃大網動静脈から分枝し大網を経由して脾臓の栄養血管となっていた(Fig. 2b).手術所見のシェーマをFig. 2cに示す.特徴的な側副血行路の血管束と器質化した脾門部を自動縫合器で切離し脾臓を摘出した.側副血行路は可及的に脾臓とともに切除した.

Fig. 2 

Operative findings: The pedicle of the splenic hilus consisting of splenic artery and vein had already been organized by torsion of the spleen (a). The peculiar bundle of the vessels which were coiled and attached to the opposite side of the splenic hilus formed collateral circulation from gastroepiploic artery and vein via the greater omentum (b). Schema of the operative findings (c).

術後経過:術後経過は良好で,術後第4病日に軽快退院した.術後12日目の採血にて血小板数35.6万/μlまで上昇したがその後減少に転じた.術後は肺炎球菌ワクチンを接種した.

新鮮切除標本所見:脾臓は17 cm×7 cm,427 gであった.脾門部に器質化した脾動静脈と,脾門部と対側に大網の血管から連なる特徴的な側副血行路を形成する動静脈が付着していた(Fig. 3).

Fig. 3 

Resected specimen: The spleen was 17 cm×17 cm, and 427 grams. The splenic artery and vein of the splenic hilus had already been organized. The peculiar bundle of the collateral vessels and the greater omentum were attached to the opposite side of the splenic hilus.

病理組織学的検査所見: 発達した血管網を伴っていた.梗塞は明らかでなかった.悪性像は明らかでなかった(Fig. 4).

Fig. 4 

Pathologic examination: Mature vascular net­work was seen. There is no infarcted area and no evidence of malignancy.

考察

遊走脾は,脾臓を支持する胃脾間膜,横隔膜脾間膜,脾腎間膜,脾結腸間膜の欠損や弛緩により脾臓の可動性が過剰となった病態であり,支持組織の欠損により茎捻転を起こし脾静脈の閉塞が起こることによるうっ血のためさまざまな程度の脾腫を伴うことが多い.多くの症例は脾臓の静脈の閉塞によるうっ血あるいは動脈も閉塞することによる虚血に伴い急性腹症として発見され手術に至るが,本症例は,長期の病悩期間があり,脾臓の茎捻転と捻転自然整復を慢性的に繰り返していたと考えられた.その経過において大網側から側副血行路が形成され,脾臓の重篤な虚血・うっ血を来さずに,さらに徐々に幾重にも捻転し,脾門部の脾動静脈幹の捻転による器質化に伴う閉塞とその代償として側副血行路である渦巻き状を呈する特徴的な血管束が形成されたと考えられた.胃大網動静脈系から大網を介しこのような特異的な側副血行路が発達したと考えられる点は興味深く,前後屈などの体位変換によって脾門部の脾動静脈幹と側副血行路である血管束を軸として脾臓の回転が促進され,著明な渦巻き状の血管束が形成されたと考えられた.検索しえたかぎりでは本症例のように側副血行が発達した症例はなく,非常にまれな病態であると思われる.腹痛を主訴に来院し造影CTを撮影した際には造影不良域を認めたが,短時間に腹痛は改善し,摘出した脾臓には明らかな梗塞像を認めなかったことは,体位変換により血流不良を引き起こすがすぐに血流不良が改善したことを示唆している.

遊走脾の捻転は,本邦では,医中誌Webにて「遊走脾」,「捻転」をキーワードに1977年から2015年で検索しえたかぎりでは,本邦報告例は自験例を含めて32例(会議録を除く)であり,比較的まれな疾患である.年齢は4か月~47歳であり,うち10歳以下が10例,11歳以上20歳以下が11例,21歳以上30歳以下が7例と若年者に多い.男女比は,男性10例,女性22例(69%)と女性に多かった.

発生原因は,先天性と後天性に分けることができる.先天的因子として,脾固定靭帯の形成不全あるいは欠損が原因であり,胎生期のdorsal mesogastriumの発育不全によるとされている1)~4).後天性因子としては,妊娠や出産,外傷による脾固定靭帯の脆弱化,腹壁筋力の低下,脾腫などがあげられている5).本症例では脾臓は靭帯にて全く固定されておらず,先天性の要因によるところが大きいと考えられる.症状は,無症状であり腹腔内腫瘤のため発見されるものから,茎捻転を起こし脾梗塞のためショック状態に陥るものまでさまざまであり6),特異的な症状はないため診断に難渋することがある7)

治療は,32例全てで手術が施行されており,本症例を含めて9例で腹腔鏡下手術が選択されていた.32例のうち7例では脾臓固定術が施行されているが,他の症例は全て脾臓摘出術が施行されている.脾臓固定術が施行された5例は全て20歳以下の症例であった.脾臓摘出術は,術後の免疫機能低下が問題となり,特に小児例では脾臓温存が望まれる8).しかしながら,本症例のように脾腫を伴う症例や,脾梗塞や脾動静脈血栓を伴う症例では脾臓の温存が困難な場合も少なくない.脾臓摘出術が施行された患者には,脾臓摘出後重症感染症(overwhelming postsplenectomy infection;OPSI)の予防のために,最も多い起炎菌である肺炎球菌のワクチン接種が勧められており9)10),本症例においても行った.また,脾臓は血球破砕作用を有しているために,脾臓摘出術後は一過性に血小板数が増加し血栓症を引き起こすことがあるため,術後は血小板数のモニタリング,また,明確な基準はないものの血小板数増多時にはアスピリンの内服も考慮される11).本症例では,抗血小板薬の投与を考慮するほどの術後血小板増多症は認めなかった.

利益相反:なし

文献
 

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