日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
鼠径ヘルニア偽還納の2例
丸山 博行小泉 大高橋 大二郎太白 健一村橋 賢清水 徹一郎遠藤 和洋藤原 岳人佐田 尚宏安田 是和
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2016 年 49 巻 3 号 p. 250-257

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Abstract

症例1は76歳の男性で,突然の下腹部痛と嘔気を主訴に救急搬送された.CTで右下腹部に腸管壁の造影不良な拡張した小腸ループと右陰囊水腫を認め,絞扼性イレウス・右陰囊水腫と診断し,緊急手術を行った.ヘルニア囊は腹膜前腔に存在し右内鼠径輪で小腸が絞扼され鼠径ヘルニア偽還納と診断した.小腸部分切除とヘルニア門縫縮を行った.症例2は60歳の男性で,午前8時頃より腹痛,嘔吐があり,右鼠径部膨隆を自己還納したが症状軽快せず,午後4時救急搬送された.CTで右下腹部,鼠径部近傍に小腸ループを認め,右鼠径ヘルニア偽還納と診断し緊急手術を行った.右内鼠径輪で小腸が絞扼され,ヘルニア囊は腹膜前腔に存在し鼠径ヘルニア偽還納と診断した.小腸を腹腔内に引き出し腹膜前腔にメッシュを留置しヘルニア修復を行った.鼠径部ヘルニア偽還納本邦報告例19例に自験例を含め報告する.

はじめに

ヘルニア偽還納は腸管が嵌頓した状態でヘルニア囊とともに腹膜前腔に戻るまれな病態である1).用手還納を行った鼠径ヘルニア症例のうち,還納後にイレウスが解除しない症例では,鼠径ヘルニア偽還納を鑑別診断として考慮する必要がある.まれな鼠径ヘルニア偽還納の2例を経験したので,本邦報告例を集計し,あわせて報告する.

症例

症例1:76歳,男性

主訴:下腹部痛,嘔気

家族歴:特記すべきことなし.

既往歴:2009年より肝硬変(C型,Child-Pugh分類A)・肝細胞癌,十二指腸潰瘍,胆囊結石症,高血圧症,糖尿病,前立腺肥大症

現病歴:以前より右鼠径部膨隆を認めていた(詳細不明).2012年9月,午前0時頃,突然の下腹部痛と嘔気で発症し,徐々に下腹部痛が増強し,午前4時,救急搬送された.

身体所見:身長165 cm,体重51 kg,BMI 19,血圧189/99 mmHg,脈拍94回/分,体温36.0°C.右下腹部に有痛性腫瘤を触知し,右陰囊腫大を認めた.

血液検査所見:RBC 321×104/μl,Hb 11.8 g/dl,Ht 35.5%と軽度の貧血とFDP 10.9 μg/ml,D-Dimer 3.4 μg/ml,血糖257 mg/dl,AST 43 mU/ml,ALP 490 mU/mlの上昇を認めた.

腹部骨盤部造影CT所見:右下腹部に腸管壁の造影のやや不良な拡張した小腸ループと右陰囊水腫を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal CT scan of Case 1. A: Abdominal CT scan (axial section) revealed a dilated small intestine with slightly poor enhancement of the intestinal wall in the right lower abdomen (arrow). B: Abdominal CT scan (coronal section) showed the same findings as the axial section (arrow) and a right scrotal hydrocele (arrowhead).

以上より,絞扼性イレウス,右陰囊水腫と診断し,緊急手術を行った.

手術所見:下腹部正中切開で開腹したところ盲腸の内側尾側の腹膜外に暗赤色に緊満した腫瘤を認め,回腸末端から約250 cm口側の小腸が引き込まれ絞扼されていた(Fig. 2).絞扼部を切開したところ暗赤色の腹水が多量に流出し,嵌頓していた小腸を腹腔内に引き出すことができた.小腸は約20 cmにわたり内鼠径輪をヘルニア門として絞扼されており,ヘルニア囊は内鼠径輪から外側の腹膜前腔に存在し,陰囊にも連続していた(Fig. 3).右鼠径ヘルニア(日本ヘルニア学会分類(改訂版)2) I-1)偽還納と診断した.壊死した小腸を約20 cm部分切除し,ヘルニア囊を可及的に切除した.ヘルニア修復は全身状態不良のため内鼠径輪を縫縮するに留め,手術を終了した.

Fig. 2 

Intraoperative photograph of Case 1. Intra­operative photograph showed a large and expansive dark red induration in the preperitoneal space of the right lower abdominal cavity.

Fig. 3 

Diagram of Case 1. The hernia orifice was an internal inguinal ring which strangulated the small intestine. The hernia sac was located in the pre­peritoneal space and extended to the right scrotum.

術後経過:誤嚥性肺炎を起こしたが第15病日に退院した.

症例2:60歳,男性

主訴:腹痛,嘔吐

家族歴:特記すべきことなし.

既往歴:高血圧症

現病歴:10年以上前より左鼠径部膨隆を自覚し,5年程前より右鼠径部にも膨隆があり,両側ともに自己還納を繰り返していた.2013年5月,午前8時頃より腹痛,嘔吐があり右鼠径部膨隆を自己還納したが症状軽快せず,午後4時,救急搬送された.

身体所見:身長160 cm,体重52 kg,BMI 20,血圧134/78 mmHg,脈拍71回/分,体温36.9°C.左下腹部に圧痛を認め,左鼠径部に膨隆を認めたが右鼠径部に膨隆や圧痛を認めなかった.

血液検査所見:WBC 14,800/μl以外,異常なし.

腹部骨盤部造影CT所見:右下腹部,鼠径部近傍に小腸ループを認めた(Fig. 4).

Fig. 4 

Abdominal CT scan of Case 2. A: Abdominal CT scan (axial section) revealed a small intestinal loop near the inguinal region in the right lower abdomen (arrow). B: Abdominal CT scan (coronal section) showed the same findings as the axial section (arrow).

以上の自己還納を繰り返し,CTで鼠径部近傍に小腸ループを認め,症例1の経験より右鼠径ヘルニア偽還納と診断し,緊急手術を行った.

手術所見:下腹部正中切開で開腹したところ右内鼠径輪で小腸が絞扼されヘルニア囊は腹膜前腔に存在し,右鼠径ヘルニア(日本ヘルニア学会分類(改訂版)2) I-1)偽還納と診断した(Fig. 5, 6).嵌頓していた小腸は容易に腹腔内に引き出すことができ腸管切除は行わなかった.ヘルニア修復は両側ヘルニア囊を切除後,メッシュを腹膜前腔に留置し,手術を終了した.

Fig. 5 

Intraoperative photograph of Case 2. The hernia orifice has strangulated the small intestine (arrow).

Fig. 6 

Diagram of Case 2. The hernia orifice was an internal inguinal ring which strangulated the small intestine. The hernia sac was located in the pre­peritoneal space.

術後経過:麻痺性イレウスとなったが保存的に軽快し,第13病日に退院した.

考察

ヘルニア偽還納とは,腸管が嵌頓した状態でヘルニア囊と一体になり腹膜前腔に偏位し,あたかもヘルニア内容が還納されたように見える病態である1)3).Pearse4)は,偽還納は13,000例に1例に起こり90%は鼠径ヘルニア,10%は大腿ヘルニアに起こると報告している.

医学中央雑誌で1977年から2013年まで「ヘルニア」,「偽還納」をキーワードに検索すると本邦での報告例(会議録を除く)は19例であり,自験例2例を含む21例について検討した(Table 13)5)~22)

Table 1  Reported cases of reduction en masse in Japan
Case Author Year Age Gender Type of hernia Duration of hernia (years) Reduction by Preoperative diagnosis Approach of operation Enterectomy Procedure for hernia repair Day from reduction to operation
1 Iwaki3) 1990 78 M I 6 Pt Strangulated bowel obstruction Lapt D High ligation 1
2 Araki5) 2008 57 M I Several Pt Reduction en masse Ante→Lapt ND Mesh Plug 5
3 Takeuchi6) 2009 58 M I UNK Dr Volvulus of the small intestine Lapt D Mesh 12
4 Okada7) 2009 76 M I 8 Pt Bowel obstruction due to incarcerated inguinal hernia Laps→Ante ND Mesh Plug About 11
5 Ishii8) 2010 64 M I 10 Pt Reduction en masse Lapt→Ante ND Iliopubic tract repair <1
6 Hattori9) 2010 81 F I UNK Dr Reduction en masse Laps→Lapt ND Prolene Hernia System 10
7 Tomita10) 2010 57 M I ≥10 ND Bowel obstrution (incomplete obstruction) Ante→Laps ND Mesh Plug 7
8 Kawasaki11) 2010 74 M I Several Pt Bowel obstruction due to incarcerated internal hernia Lapt D Closure of hernia orifice 5
9 Iwaya12) 2010 56 M I Several Dr Strangulated bowel obstruction Lapt→Ante ND Standard Kugel (Kugel Patch) 2
10 Sugiura13) 2011 59 M I Several Pt Bowel obstruction due to adhesions or internal hernia Lapt ND High ligation 2
11 Kojima14) 2011 69 M I Several Pt Small intestinal obstruction Lapt ND Mesh 13
12 Hasegawa15) 2012 100 F F UNK Dr Bowel obstruction due to incarcerated femoral hernia Lapt D Mesh 2
13 Kushima16) 2012 91 F F UNK Dr (intra-operation) Bowel obstruction Lapt D Plication of femoral ring 11
14 Kawaoka17) 2012 85 M I 5 Pt Strangulation of the small intestine by reduction of ingunal hernia Lapt→Ante D McVay <1
15 Takatsuka18) 2012 69 M I 10 Pt Strangulated bowel obstruction Lapt D Mesh 2
16 Ema19) 2012 71 F F UNK Dr (intra-operation) Bowel obstruction Laps→Lapt D Inlay Mesh 18
17 Seita20) 2013 75 M I UNK Dr Trouble by reduction of inguinal hernia or adhesive bowel obstruction Lapt D Mesh 5
18 Ishimura21) 2013 74 M I 10 Pt Reduction en masse Lapt ND Mesh 2
19 Takahashi22) 2013 84 M I 0.25 Pt Strangulated bowel obstruction Lapt D Mesh <1
20 Our case 1 76 M I UNK UNK Strangulated bowel obstruction Lapt D Plication of hernia orifice UNK
21 Our case 2 60 M I 5 Pt Reduction en masse Lapt ND Mesh <1

I: inguinal, F: femoral, UNK: unknown, Pt: patient, Dr: doctor, D: done, ND: not done, Lapt: laparotomy, Laps: laparoscopic, Ante: anterior, Mesh: mesh in the preperitoneal space

鼠径ヘルニア偽還納は,21例中18例(86%)で,男性が17例,女性は1例であった.大腿ヘルニア偽還納は,21例中3例(14%)で,全例女性であった.平均年齢は,鼠径ヘルニアでは70歳,大腿ヘルニアでは87歳とより高齢であった.

病悩期間は,数年以上の報告が多く,最長で10年以上に及んでいた.

用手還納は,21例中19例(90%)に行われ,患者自身による還納が12例で医療者による還納が7例と患者自身による偽還納の発生が多かった.医療者による還納例の中には,大腿ヘルニア嵌頓に対し大腿法で手術をしたがイレウスが解除しなかった症例が2例含まれていた.

偽還納と術前診断された症例は,21例中5例(24%)で,全例CTで小腸ループを腹膜前腔,鼠径部近傍に認めた.一方,術前診断に至らなかった症例は,絞扼性イレウスや小腸捻転,ヘルニア還納に伴う小腸の絞扼や還納トラブルといった術前診断であり,本疾患の認知度の低さから鑑別診断に挙がらなかった可能性が高いと思われる.

手術は,開腹アプローチのみが21例中13例(62%)と最も多かった.開腹アプローチし,イレウス解除後ヘルニア修復のため鼠径アプローチした症例が3例あった.また,腹腔鏡観察し,腸管損傷や腸管切除のため開腹に移行した症例が2例,腹腔鏡下にイレウス解除後,ヘルニア修復のため鼠径アプローチした症例が1例,鼠径アプローチしたが,ヘルニア囊がみつからず開腹や腹腔鏡アプローチに移行した症例を1例ずつ認めた.

腸管切除は,21例中11例(52%)で行われ,大腿ヘルニア偽還納症例では全例で行われていた.

整復から手術までの平均日数は5.4日であり,腸管切除を要した症例では5.6日,要しなかった症例では5.2日で両群に有意差を認めなかった(Unpaired-t test,P=0.436).全例で腸管切除を要した大腿ヘルニア症例を除いた腸管切除例では3.6日であったがこちらも両群に有意差を認めなかった(Unpaired-t test,P=0.241).

ヘルニアの修復は,開腹アプローチでは,腹膜前腔にメッシュ留置が自験例を含め8例で行われ最も多く,ヘルニア門縫縮は自験例を含め2例,高位結紮のみが2例で,そのうち1例は初回手術後25日目にiliopubic tract repair(以下,IPTRと略記)が施行されている.また,前方アプローチでは,メッシュを使用した症例が6例と最も多く,IPTR,McVay法,大腿輪縫縮が1例ずつ報告されていた.偽還納の術前に鼠径ヘルニアで1例,大腿ヘルニアで2例,ヘルニア修復術が施行されている.鼠径ヘルニアの症例は,ヘルニア嵌頓に対し用手還納後,前方アプローチでProlene Hernia Systemを使用し修復している.大腿ヘルニアの2例は,前方アプローチでヘルニア囊を周囲組織から剥離後還納し,大腿輪を縫縮した症例とinlay mesh法によって後壁補強した症例が報告されていた.

Wuら23)は鼠径ヘルニア偽還納に対するlaparoscopic transabdominal preperitoneal hernioplasty(以下,TAPPと略記)の症例を報告している.偽還納による腸管絞扼はそれほど強固でないと考えられ,適切に術前診断し早期に手術を行えば腸管切除は回避できる可能性が高くなる14).したがって,腹腔鏡下にイレウス解除を行い,続いてTAPPを施行することにより診断から治療まで腹腔鏡下に行うことができるとされている.

腹腔鏡下ヘルニア修復術は,前方アプローチと比較して,手術時間は長いが術後疼痛,神経損傷,慢性疼痛は軽度で回復が早いとされ,術後合併症は減少するとされている24).また,再発率は前方アプローチの従来法と同等~低く,メッシュ法と同等とされている24)

鼠径部ヘルニア嵌頓に対し用手還納が可能であった場合でも24時間以内に待機的腹腔鏡観察を行い,偽還納や腸管の状態を確認する腹腔鏡を用いた治療戦略も報告されている25)

ヘルニア偽還納の発症機序はいまだ不明であるが,ヘルニアの病悩期間が数年以上と長く,患者自身による用手還納を繰り返していた症例に多く認められた.還納を繰り返すことで腹膜前腔にスペースが生じることやヘルニア門自体に経年変化による線維性肥厚がじゃっ起されることが関与していると考えられた20)

鼠径ヘルニアの治療の基本は嵌頓症例あるいは嵌頓移行の危険性が高い症例は全例手術が推奨され,嵌頓の危険性が低く症状の軽い症例では経過観察も許容されている26).ヘルニア偽還納はヘルニアの病悩期間が数年以上と長い症例に多かったが3か月と短い症例もあり,嵌頓や偽還納による緊急手術を避けるためにもヘルニア発症早期の手術が望ましい.

鼠径ヘルニア偽還納の2例を経験した.患者自身または医療者が用手還納を行った鼠径部ヘルニア症例で,鼠径部腫瘤や圧痛などの嵌頓に特徴的な症状のない還納後のイレウス症例では,ヘルニア偽還納を鑑別診断として考慮する必要があり,CTで小腸ループを鼠径部近傍の腹膜前腔に確認することで診断可能である.

利益相反:なし

文献
 

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