2016 年 49 巻 7 号 p. 602-607
症例は67歳の男性で,検診で食道癌と診断された.T2N2M0,Stage IIIの診断で術前化学療法の後,胸腔鏡下食道亜全摘術,3領域郭清,後縦隔経路胃管再建を施行した.術後肺炎を併発したが改善し術後19日目に退院となった.外来通院中,術後49日目に突然下半身の脱力が出現した.救急搬送され,来院時には両下肢麻痺と知覚障害を認めた.MRIでTh1~2にかけての化膿性脊椎炎と,同部位の腹側から脊髄を圧迫するhigh intensityを認め,硬膜外膿瘍の診断で緊急椎弓形成,減圧ドレナージを施行した.早期からリハビリテーションを開始し後遺症なく経過している.集学的治療が施行された進行食道癌は,患者への侵襲は過大で合併症の発症率も高い.今回,我々は臨床症状に乏しい縫合不全から49日を経て脊髄硬膜外膿瘍を発症し,後遺症なく改善した非常にまれな1例を経験したので報告する.
術前化学療法を施行した進行食道癌手術では,手術後に予期しない重篤な合併症を生じることがある.脊髄硬膜外膿瘍は極めてまれな疾患であるが1)2),今回,食道癌術後に重篤な脊髄硬膜外膿瘍を来した1例を経験したので,文献的考察を加え報告する.
患者:67歳,男性
主訴:突然の下半身脱力
既往歴:特記すべきことなし.
家族歴:特記すべきことなし.
生活歴:喫煙 10本/日を45年間.
現病歴:検診にて食道癌と診断され,精査加療目的に当院紹介受診となった.上部消化管内視鏡検査にて切歯より約40 cmの胸部下部食道にType 2病変を認め,T2N2M0,Stage IIIの診断で術前化学療法として5-fluorouracil(以下,5-FUと略記)/cisplatin(以下,CDDPと略記)併用療法を計2コース施行した.化学療法レジメンは,5-FU 800 mg/m2(day 1~5,24時間),CDDP 80 mg/m2(day 1,2時間)の点滴静注とし,4週間を1コースとした.Common Terminology Criteria for Adverse Events v4.0(CTCAEv4.0)に基づいてGrade 1の口内炎を認めたが,その他明らかな有害事象なく経過した.その結果,RECISTによる効果判定でpartial responseとなり腫瘍とリンパ節の縮小が得られたため,胸腔鏡下食道亜全摘術,3領域郭清,後縦隔経路胃管再建,頸部吻合を施行した.術後はICUで人工呼吸器管理を行った.術後2日目に白血球・CRPの上昇と,胸部レントゲンで肺野の陰影を認め肺炎の診断で(Fig. 1),同日よりsulbactam/ampicillin投与を開始した.その後白血球・CRPは高値で遷延したが,linezolid,clindamycin,ceftazidimeに抗菌剤を変更して症状の改善が得られ,術後6日目に抜管した.嗄声はなく,術後9日目に経口摂取を開始した.採血上炎症所見はやや高値ではあったが,発熱や疼痛など,特に症状は認めず,経過良好で術後19日目に退院となった.術後病理診断は,Lt,5b型,poorly differentiated squamous carcinoma,pT2,pN1,sM0,Stage IIで,根治術が施行できた.また,化学療法の治療効果はGrade 1aの判定であった.外来にて経過観察していたが,採血やレントゲンでは異常は認めなかった.術後49日目の午前中に外来を定期受診した際にも特に自覚症状なく帰宅された.当日夕方,突然の下半身脱力が出現し,急速に下半身麻痺が進行したため,同日救急車で当院へ搬送され入院となった.術後から下半身麻痺発症までの経過を示す(Fig. 2).

Chest X-ray shows an increased interstitial shadow throughout both lung fields. The bilateral dorsal lung is consolidated, and air bronchograms are also present on the chest CT. POD: post operative day

Clinical course after the endoscopic esophagectomy. POD: post operative day, SBT/ABPC: sulbactam/ampicillin, LZD: linezolid, CLDM: clindamycin, CAZ: ceftazidime
入院時現症:体温は36.6°Cであった.両下肢の麻痺とTh6以下の全感覚脱失,肛門括約筋反射の消失を認めた.
血液検査所見:入院時の採血では白血球数は正常であったが,CRP 10.5 mg/dlと上昇していた.糖尿病を疑う所見など,その他特に異常を認めなかった.
MRI所見:Th1~Th2の椎体および椎間板に,T1強調像で比較的低信号,T2強調像で高信号の輝度変化を認め,化膿性脊椎炎を示唆する所見であった.また,T2強調像にて,同部位の脊髄前方(椎体後面)に,脊髄を圧迫する高輝度の占居性病変を認めた(Fig. 3).

MRI (POD 49). The T2 image shows a hyperintense lesion (arrows) in the epidural space at Th1-Th2. There is also an abnormal signal seen in the Th1-Th2 vertebral body and disk, diagnosed as pyogenic spondylitis. POD: post operative day
同日,下半身麻痺出現後約7時間でC7~Th12に対し緊急で椎弓切除術,硬膜外ドレナージを施行した.術中,硬膜外腔より膿汁の排出を認め,脊髄硬膜外膿瘍と診断した.膿汁の細菌培養検査では,α Streptococcus(1+),Peptostreptococcus micros(2+),Prevotella sp.(2+)を認めた.椎弓切除後,早期にリハビリを開始し,約1か月後には歩行器歩行が可能となり,椎弓切除術後42日で退院となった.食道癌術後の再検査のため,術後60日目にCTを施行した(Fig. 4).その結果,椎体前方の微小膿瘍の残存を認めた.また,術後61日目に上部消化管内視鏡検査を施行したところ,吻合部の粘膜に壊死物質の付着を認めたが,粘膜欠損は明らかでなかった(Fig. 5).現在,後遺症なく外来にて経過観察中である.

Chest enhanced CT. Chest enhanced CT shows the microabscess persisting in the omentum around the anastomosis on POD 60. There are no similar findings in the CT on POD 5.

Upper gastrointestinal endoscopy (POD 61) revealing necrotic tissue at the left posterior part of the anastomosis. However, there are no obvious mucosal defects at this point.
食道癌化学療法の最近の進歩は著しく,進行癌に対しては単独の治療で完結することなく,集学的治療が標準治療となっている.その一方で,手術技術や安全性の向上により周術期管理が円滑となり,入院期間は年々短縮する傾向にある.したがって,臨床症状がなければ早期退院する症例も多い.
本症例においても,退院時の採血で軽度の炎症所見を認めていたものの,自覚症状・他覚症状ともに認めないため退院となった.
本症例ではTh1~Th2に化膿性脊椎炎を,また同部位の椎体後面に脊髄硬膜外膿瘍(spinal epidural abscess;以下,SEAと略記)を生じているが,これはちょうど食道胃管の吻合部の高さにあたる部位である.また,椎弓切除ドレナージ後のCTや上部消化管内視鏡検査所見をレトロスペクティブに検討してみると,臨床症状がないほどの軽微な膿瘍と周囲の炎症を認めており,縫合不全から化膿性脊椎炎,ひいてはSEAという重篤な病態に至ったと考えられる.実際,SEAの膿汁の細菌培養では口腔内常在菌であるα Streptococcusが検出されている.
通常,硬膜外腔の前後は脂肪や血管などの組織や前縦靭帯によって隔てられており容易に交通できない構造となっている3).しかし,CTで吻合部は大網と椎体に囲まれており,縫合不全部分の壁が直接椎体前面と大網となり,漏れ出た消化液に慢性的にさらされたことで周囲に広がることなく椎体へ波及し化膿性脊椎炎に至ったと推察される.頭頸部領域では,咽後膿瘍から化膿性脊椎炎を発症した報告が散見される4)5).中には下咽頭癌に対し集学的治療を行った後に,下咽頭粘膜壊死から化膿性脊椎炎を呈し,硬膜外膿瘍に至った報告もある6).
本症例では,退院後も麻痺が発症するまで高熱を呈することなく,採血上も白血球は正常値でCRPは1台と炎症反応は軽度であった.縫合不全に起因した小膿瘍腔を介して,直接椎体に時間をかけて穿通した背景には,化学療法,低栄養,手術による侵襲などが治癒力の低下に関与した可能性は否定できない.
SEAは非常にまれな疾患であり,本邦での発生頻度は1万人あたり0.3~2例とされているが1)2),治療が遅れ,72時間以上が経過すれば麻痺は完成し改善が見込めなくなる重篤な病態である.SEAの感染経路として血行性が38.8%と最多であり1)7),多くは胸腰椎に好発し脊髄後方に形成されやすい8)9).一方,直接感染によるSEAは脊髄前方に形成されやすい10)11).本症例は,縫合不全から化膿性脊椎炎を来し,脊髄前方にSEAを生じたと考えられた1例であった.臨床症状がなくても炎症反応が遷延あるいは再燃した場合には,常に縫合不全の可能性を念頭に置いた早期の上部消化管内視鏡検査やCTが肝要であると思われた.
今回「進行食道癌」,「縫合不全」,「脊髄硬膜外膿瘍」をキーワードに医学中央雑誌データベース上で1977年から2014年まで検索したが,本症例以外に報告例はなかった.臨床症状に乏しい縫合不全から遅発性に脊髄硬膜外膿瘍を発症し,後遺症なく改善した非常にまれな経過を辿った1例を経験したので報告した.
稿を終えるにあたり,ご指導いただいた中村記念病院脳神経外科の安斉公雄先生に深謝致します.
利益相反:なし