日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
36年の長期生存後急速に増悪した若年発症播種性胃gastrointestinal stromal tumorの1例
粟根 雅章三浦 歓之滝 吉郎河合 潤
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2016 年 49 巻 7 号 p. 625-632

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Abstract

症例は58歳の男性で,1974年(21歳時)に平滑筋肉腫のため幽門側胃切除術を受けた後,腹腔,縦隔に播種性腫瘍を有しながら無症状で36年が経過した.2010年腹腔内腫瘍の一部が急激に増大し腸閉塞を来して再入院となった.初発の平滑筋肉腫の標本を再検したところKIT陽性であり,播種性胃gastrointestinal stromal tumor(以下,GISTと略記)の再燃と診断した.腸閉塞解除目的に腫瘍切除,小腸切除を施行した.古い病変は囊胞状だったが,新腫瘍は多血性かつ充実性で浸潤傾向が著明であった.組織学的検討ではKIT弱陽性であり脱分化GISTと診断された.KIT,血小板由来成長因子受容体α(PDGFRA)遺伝子は野生型であった.イマチニブ投与にかかわらず切除後8か月後に原病死した.若年発症のGISTは成人GISTと異なる疾患群とされ転移があっても長期生存することがある.長期経過を知るうえで極めて興味深い症例と思われた.

はじめに

消化管間質性腫瘍(gastrointestinal stromal tumor;以下,GISTと略記)は消化管の悪性間質系腫瘍の大部分を占める,比較的まれな腫瘍である.GISTは典型的には50歳以上の壮年以上に発生し,小児や若年成人の発症は極めてまれである.若年者におけるGISTは,成人型とは異なった遺伝学的あるいは臨床的な性格を持つと報告されている1)が,症例数が少なく長期予後は明らかでない.今回,我々は播種性多発病変を持ちながら,原発巣の切除後36年にわたって長期生存した後,急速に増大する腹壁腫瘤を生じた若年発症胃GISTの興味深い症例を経験したので,文献的考察を交えて報告する.

症例

患者:58歳,男性

主訴:食欲不振,嘔気

既往歴:36年前(1974年)21歳時に胃の平滑筋肉腫のため当院で幽門側胃切除を受けた.腹膜播種および縦隔転移のため姑息的切除となったが,その後ほぼ無症状のため無治療で経過観察されていた.2007年に撮影したCTでは,縦隔,腹腔に石灰化を伴う多発性の腫瘤を認めた(Fig. 1a, b).他には特記すべき既往症はなかった.

Fig. 1 

Helical CT: CT in 2007 (3 years previously) shows multiple disseminated cystic tumors in the abdominal cavity (a) and perihepatic region (b). In 2010, a new large hypervascular mass with heterogenous staining has developed in the lower abdomen (a’). In contrast, the other tumors remain unchanged compared with the previous CT scan (b’).

家族歴:特記すべきものなし.

現病歴:2010年1月徐々に食思不振が増強し,嘔吐を来すようになったため,当科を受診した.腹部単純X線検査およびCTにて腸閉塞所見を認めたため,緊急入院となった.

入院時現症:身長165.1 cm,体重59.3 kg,体温37.1°C.腹部膨満を認めたが,腹痛の訴えはなく,腹膜刺激症状も認めなかった.下腹部に表面不整,弾性硬,可動性不良な圧痛のない手拳大の腫瘤を触知した.

血液生化学検査所見:血算では,白血球数6,900/mm3,Hb 14.8 g/dl,血小板25.2×104/mm3と正常範囲内であり,生化学では肝機能,腎機能に異常を認めなかった.CRP 0.65 mg/dlであった.腫瘍マーカーは,CEA 1.7 IU/l,CA19-9 2.0 IU/lと正常であったが,CA125の軽度上昇158 IU/l(<35)を認めた.

胸腹部単純X線検査所見:縦隔と腹部に多発性の石灰化を伴う腫瘤を認めた.腹部では,拡張した小腸ループ多数を認め,腸閉塞と診断した(Fig. 2).

Fig. 2 

Scout image of CT scan on admission: multiple round masses with marked calcification are found in the lower mediastinum, thoracic cavity and abdominal cavity (white arrows). Dilated intestinal loops indicate intestinal obstruction.

胸腹部CT所見:2007年(3年前)に撮影したCTでは,下縦隔,胸腔内,腹腔内に,内部が低吸収で一部に石灰化を伴う被膜を持つ球形の播種性多発腫瘤を認めていた.この所見は,それ以前に撮影されたCTでもほぼ不変の所見であった(Fig. 1a, b).一方,今回のCTでは下腹部腹壁に,内部不均一でよく造影される9.2 cm×9.0 cmの不正形の腫瘍(以下,新腫瘍と略記)の出現を認めた.新腫瘍は腹壁および小腸への浸潤が疑われ,腫瘍近傍で小腸がcaliber changeを示していることから,腫瘍浸潤による腸閉塞と考えた.2007年に見られた縦隔,胸腔,および腹腔の多発性腫瘤はほぼ同じ大きさであったが,新腫瘍はその一部のみが急速に増大したものであった(Fig. 1a, b).

F18-FDG-PET所見:新腫瘍には高度のFDGの集積を認めた(SUVmax=35.0)が,他の横隔膜下,ダグラス窩,大網などの古い播種性腫瘤にも弱い取り込みが認められた(Fig. 3a, b).

Fig. 3 

Preoperative 18F-FDG-PET scan: axial view (a) and coronal view (b) of CT fusion images. The bulky mass in the lower abdomen shows very strong and diffuse FDG uptake. Positive but weaker FDG uptake by the old tumors is demonstrated.

初発胃平滑筋肉腫の病理組織学的検査所見:36年前に切除された「胃平滑筋肉腫」の組織学的診断を確認するため,保存されていた胃原発巣のパラフィンブロックを病理学的に再検した.紡錘形の細胞が束状配列をとりながら充実性に増殖しており,免疫染色法にてKIT(+),CD34(+),αSMA(–),S100(–)であることから,胃GISTと診断された.細胞分裂数は4/50 HPFであった(Fig. 4a~c).

Fig. 4 

Histopathological findings: the original gastric tumor consists of spindle shaped cells growing in a solid and fasciculated pattern (a: HE), strongly positive for KIT expression (b), and CD34 positive (c). The new tumor shows marked pleomorphic atypical cells with nuclear atypia (d: HE), weakly positive for KIT expression (e), and CD34 negative (f).

総合的に判断して播種性胃GISTの再燃による腸閉塞と診断し,症状のコントロールおよびイマチニブ内服が可能になることを目的として新腫瘍を浸潤臓器とともに切除することとした.

手術所見:新腫瘍はソフトボール大で,腫瘍血管が周囲に増生して多血性を呈し,腹壁,小腸,横行結腸に浸潤していた.多数の播種性腫瘍が腹腔内に散在しており,そのいくつかは石灰化して鶏卵様であった.新腫瘍の被膜を損傷しないように注意しつつ腹壁,小腸,結腸とともにen-blocに切除し,小腸,横行結腸を端々吻合で再建した.腹壁の筋膜欠損部はクーゲルメッシュで補強して閉腹した.

摘出標本所見:腫瘍は13 cm×11 cm×8 cmの不整な球形状で,割面は充実性であったが中心部は壊死状であった.小腸,大腸に浸潤して高度の狭窄を来していたが,腸管内腔への腫瘍露出は見られなかった.近傍の既存の播種性腫瘍は白色で卵殻様の厚くて硬い被膜を持ち,内部は粘土状であった(Fig. 5a, b).

Fig. 5 

Gross appearance of the resected specimen: a bulky solid mass of 13×11×8 cm invades into the abdominal wall and small intestine (a). The cut surface shows intratumoral hemorrhage and central necrosis. Disseminated old tumors are cystic and form hard and thick capsules (b).

病理組織学的検査所見:新腫瘍のHE染色では,著しい異型性を示す大型核と多形性を示す大型の胞体からなる異型細胞が,粗な束状配列をとりながら増殖しており,著しい大型核を持つ細胞や多核巨細胞が混在しており悪性線維性組織球腫様の組織像であった.腫瘍の中心部では著しい壊死がみられた.免疫組織学的検査では,広範囲にKIT弱陽性,CD34(–),αSMA(–),S100(–),DOG-1(–)であり,総合的にGISTと診断された(Fig. 4d~f).Ki67 indexは,38.6%と高値であった.一方,以前から存在していた播種性腫瘍には腫瘍性増殖性病変は含まれず,卵殻様の被膜は層性の瘢痕によって置換されて強い石灰化を呈していた.また,呼吸関連酵素であるコハク酸脱水素酵素サブユニットB(以下,SDHBと略記)に対する抗体で免疫染色したところ,新腫瘍はSDHB発現陰性であった(Fig. 6).

Fig. 6 

Immunohistochemical staining with the antibody against SDHB shows lack of SDHB expression.

遺伝子検査所見:新腫瘍のKIT遺伝子exon 9,11,17,および血小板由来成長因子受容体α(以下,PDGFRAと略記)遺伝子exon 12,18の遺伝子診断をSRLに外注して施行したところ,いずれにも変異を認めず野生型と診断された.胃の原発巣の遺伝子診断も試みたが,標本が古いためか結果が得られなかった.

手術後経過:経過良好で術後12日に軽快退院となった.再発予防メシル酸イマチニブ400 mgによる経口化学療法を開始したが,強い嘔気のため内服継続が困難であったため減量や一時休薬して継続を試みた.しかし,術後5か月のCTでは胃後面に新しい腫瘤が出現し,無効と判断した.ついでスニチニブ内服治療に変更したが効果はなく,腹水が急速に貯留し癌性腹膜炎状態となり手術後8か月で原病死した.剖検は遺族の同意を得られず施行しなかった.

考察

従来平滑筋由来と考えられていた消化管の間質系腫瘍の多くが,チロシンキナーゼ型受容体であるKIT蛋白(CD117)を過剰発現しており,大多数の症例がKIT遺伝子の機能獲得型突然変異により引き起こされていることをHirotaら2)が1998年に報告して以来,GISTという腫瘍の概念と病因論が確立した.その後の検討により,GISTは消化管壁内の神経原性細胞であるCajalの介在細胞由来と考えられ,消化管の間質由来の腫瘍ではもっとも頻度が高いことなどが明らかになった.GISTの約85%の症例ではKIT遺伝子(約75%)あるいはPDGFRA遺伝子(約10%)に機能獲得型の突然変異がみられ,残る約15%は野生型である.野生型GISTのなかには,コハク酸脱水素酵素(以下,SDHと略記),Braf,Ras,NF-1など他の遺伝子異常が存在するものがある3).初発の限局性GISTに対する治療は外科的手術による完全切除が第一選択である.一方,転移・再発したGISTに対しては放射線治療や通常の抗癌剤治療は無効であり,従来予後は極めて不良であった.しかし,2001年にKIT蛋白のチロシンキナーゼ阻害剤であるメシル酸イマチニブの臨床導入以降,転移・再発GIST症例の予後は劇的に改善した.

大多数のGIST症例は50歳以上の成人に発生し,若い時期に発生することは極めてまれである.小児あるいは若い成人のGIST(以下,若年型GISTと略記)は,成人型のGISTと比較して胃原発が多い(約85%)こと,女性が優位(約70%)であること,組織型において類上皮型が多いこと,肝臓やリンパ節などに転移を来すことが多いが,予後が比較的良好であること,などの臨床的特徴を有すると報告されている.若年型GISTは免疫組織染色でKIT蛋白の過剰発現を示すが,KIT/PDGFRA遺伝子の変異は少なく,多くがいわゆる野生型GISTである.若年にGISTが発生する症候群として,Carney-Stratakis症候群(GISTと傍神経節腫の合併),Carneyの3徴(肺の過誤腫と副腎外傍神経節腫とGISTのうち二つ以上)や,神経鞘腫症1型(Von Recklinghausen病)などが存在するが,多くの若年型GISTの症例は単発性である.まれな腫瘍であるため多くは数例程度の報告がほとんどであるなかで,複数症例を集めたいくつかの報告があり4)~6),肝転移や播種などの遠隔転移を持つ症例でも,長期生存する症例があることが示されている.Miettinenら4)の若年性胃GIST 44例の報告では,6例が中央値16年(最長35.5年)後に原病により死亡したが,5例は転移がありながら8~21.5年間(中央値18年)生存中であった.Beneschら7)の若年性GIST症例報告を集めた総説では,病気の状態が明らかな78症例のフォローアップ(中央値5.7年)において,68%が無再発生存,21%が再発生存,11%が死亡していた.しかしながら,長期経過後の状態については詳細には記載されておらず,今回のように急性増悪したという記載は見られなかった.なお,一般的な悪性腫瘍においては遠隔転移や播種は不良な予後と関連しているにかかわらず,なぜ若年性GISTでは長期生存が見られるのかについての機序は明らかになっていない.

本症例は21歳時に発症した男性胃GIST症例であり,原発巣の切除後,転移・播種を持ちながら無治療で経過観察されていた.36年間無症状で生存したが,静止状態にあった腫瘍の一部が急速に増大したために,古い原発巣の切除標本のブロックを再検したことで,さかのぼってGISTの診断がついたものである.新腫瘍の外科切除およびイマチニブなどのチロシンキナーゼ阻害剤治療などの積極的治療を行ったが,不幸の転帰をとった.若年発症したこと,腫瘍の残存にかかわらず長期生存したこと,KITおよびPDGFRA遺伝子が野生型であることなどから,いわゆる若年型GISTの範疇と考えられる.Miettinenら8)は上記とは別の報告で,最長44年の転移を持つ胃GISTの長期生存例を集計の中で報告しているが,本症例はそれにつぐ長期経過観察例である.同様の長期経過例が,平滑筋肉腫として扱われていてGISTの診断がないまま存在している可能性があり,再検討が望まれる.

近年,ミトコンドリア呼吸鎖複合体IIの酵素であるSDHの発現低下が,野生型GISTの約半数の発症に関与しているという報告がされている9).SDH発現低下は,傍神経節腫や褐色細胞腫などの腫瘍化に重要な働きをしていることが示されている.成人型GISTでは多くはSDH発現が正常であるのに対して,先に述べたようなGIST症候群であるCarneyの3徴やCarney-Strataskis症候群,あるいは散発性の若年型GISTにおいて発現低下がみられる.SDHはSDHA,SDHB,SDHC,SDHDの四つのサブユニットからなるが,いずれの機能低下でも結果的に免疫染色検査においてSDHBの発現消失がみられる.本症例においても,KIT,PDGFRA遺伝子は野生型でありかつ免疫染色検査でSHDB発現は陰性であり,腫瘍形成にSDH機能低下が関与していた可能性がある.

本症例では,既存の播種性病変の中で,一部のみが高度悪性化していた.他の腫瘍は長期間ほぼ静止状態であったが,FDGの取り込みがあったことから生物学的には活動しており,細胞分裂を繰り返す間に変異を蓄積した可能性がある.実際,急速に悪化した新腫瘍は組織像や染色所見が原発癌と異なっており,何らかの新しい変異を来したことを示唆している.また,進行GISTに対してイマチニブで長期間治療を受けた症例などにおいて,「脱分化」が起こることが報告されている.原発腫瘍と比較して,KIT(CD117),CD34などの発現が低下するのに対し,desminやcytokeratinなどが陽性化すると報告されている10).本症例でも,著しい核異型性と巨細胞の出現とともに,原発腫瘍で陽性であったKITやCD34が発現低下あるいは陰性化しており,脱分化である可能性がある.「Gastrointestinal stromal tumor」と「脱分化」をキーワードとして1977年から2015年5月までの医学中央雑誌で国内の文献を検索したところ報告は見られなかった.また,PubMedで,「gastrointestinal stromal tumor」,「dedifferentiation」をキーワードとして1950年以降の検索をしたところ,イマチニブ治療後の症例での報告は散見するものの,イマチニブ未投与例では,5例(うち4例は野生型GIST)からなる1報と,1例報告の2報のみであった10)11).GISTの脱分化という現象が,臨床的にどのような意味があるかについては今後明らかになってゆくと思われる.

新腫瘍が,GISTではない異なる腫瘍が新規に発生したいわゆる衝突腫瘍の可能性は否定できない.既存の腫瘍と新腫瘍は接して存在していたが,播種性腫瘍に細胞成分が少なく,新腫瘍への移行部の状態は評価困難であった.本来であれば,遺伝子検索にて変異の一貫性を検討するべきであろうが,古いブロックは遺伝子検索の材料としては不適であった.KIT蛋白が両者で発現していることから,新腫瘍もGISTであると診断され,既存のGISTの再燃,増悪の可能性が高いと我々は考えている.

今回の症例に対する手術適応については,議論があるかもしれない.多くの播種病巣がある中で,新腫瘍は明らかに性質が異なり,また旧病巣は長期間増大傾向がなかったことから,我々は新腫瘍のみを切除することとした.また,GISTの再発と診断したが,イマチニブの投与経路は経口のみであるため,腸閉塞の解除が必要であった.バイパスのみという手段もありうるが,切除可能であれば,切除したほうが通過障害の改善は確実である.今回は術直後の経過は良好であり,経口摂取が再開されてイマチニブの投与も可能となった.KIT遺伝子が野生型であったためかイマチニブは無効であり,結果的には予後不良であったが,手術適応は合理的であったと考えている.

GISTは均質な単一疾患ではなく,さまざまな異なる病態を持つ症例が混在している.若年型GISTは症例数が少ないことと,経過が長期にわたるためにその予後については不明な点が多く,本症例の特異的な経過は極めて興味深いものと思われた.さらに,病態を明らかにするためには,希少腫瘍の症例情報集積と長期経過観察が必要である.また,さまざまな遺伝子異常が明らかになりつつあることから,遺伝子検査による分類の重要性が高くなっていると考えられた.

利益相反:なし

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