日本消化器外科学会雑誌
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臨床経験
下行大動脈による食道通過障害(dysphagia aortica)に対し腹腔鏡下修復術が有効であった1例
入村 雄也柏木 秀幸坪井 一人良元 和久梶本 徹也矢野 文章小村 伸朗矢永 勝彦
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2016 年 49 巻 7 号 p. 698-705

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Abstract

症例は75歳の男性で,4年前からの嚥下障害と4年間で11 kgの体重減少を主訴に来院した.食道内圧測定検査では食道体部の蠕動運動が消失していたが,上部消化管X線造影検査,上部消化管内視鏡検査,胸部CTにて,下行大動脈の圧迫による食道通過障害(dysphagia aortica)と診断した.食生活指導を行うも症状が改善しないため,外科的治療を予定した.腹腔鏡下にて,食道裂孔を十分に露出し,縦隔内の食道を約8 cm全周性に剥離した後,大動脈右側下方に牽引しながら,噴門形成部の右側および左側を各々食道裂孔部に固定し,Toupet噴門形成術を付加した.手術時間は151分で出血は30 mlであった.術後経過は良好で,術後早期より通過障害は改善し,術後第7病日軽快退院した.術後1年10か月を経過しているが,通過障害に伴う症状の再燃は見られず,術前より5 kgの体重増加が認められた.

はじめに

下行大動脈による嚥下障害(dysphagia aortica)は,大動脈瘤や下行大動脈の蛇行による外方からの食道への圧迫により,嚥下障害を呈する非常にまれな病態であるが,放置すると食道潰瘍や大動脈食道瘻を形成する可能性があり,注意を要する1).今回,我々は蛇行した下行大動脈の圧迫により生じた食道の通過障害,dysphagia aorticaと診断された症例に対し,腹腔鏡下に蛇行した食道の直線化を図ることにより圧迫の解除を行い,症状の改善を得た1例を経験したので報告する.

症例

症例:75歳,男性

主訴:嚥下障害,体重減少

既往歴:70歳時に内視鏡的大腸ポリープ切除術

家族歴:特記事項なし.

生活歴:喫煙なし,機会飲酒のみ.

身体所見:身長170 cm,体重54 kg,BMI 18.7 kg/m2

現病歴:4年前より夜間の嘔吐と嚥下困難が出現するようになった.近医にて逆流性食道炎の診断にてプロトンポンプ阻害薬を含めた薬物療法を受けるも改善なく,体重が4年間で65 kgから11 kg減少したため,当院へ精査加療目的にて紹介受診となった.

血液検査所見:Hb 11.9 g/dl,アルブミン3.6 g/dlと軽度低下を認めた以外に血液・生化学的検査での異常は認めなかった.

上部消化管内視鏡検査所見:軽度の食道裂孔ヘルニア,6時方向を中心に,1 cm高,半周性のshort segment Barrett’s esophagus(SSBE)と下部食道粘膜の白濁(Los Angeles分類Grade M)が認められた.下部食道(切歯より40~44 cm)に外側からの拍動性圧排像を認めるものの,スコープの通過は容易で,嚥下障害の原因となる異常は指摘できなかった(Fig. 1).

Fig. 1 

Esophageal manometry showing no peristalsis of the esophageal body and a low-pressure zone in the lower esophageal sphincter.

上部消化管X線造影検査所見:下部食道は拍動を伴う左側への偏位と狭小化があり,それより口側で造影剤の停滞を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Upper gastrointestinal contrast radiog­raphy showing narrowing and deviation to the left in the lower part of the esophagus (white arrow).

胸部CT所見:胸部下行大動脈により下部食道が左方へ蛇行し圧排されていた.その他明らかな腫瘤性病変や大動脈病変は認めなかった(Fig. 3A, B).

Fig. 3 

Upper gastrointestinal endoscopy demonstrating extrinsic compression of the lower esophagus.

High Resolution Manometry所見:ManoScan®(GIVEN IMAGING社,USA)を用いて食道内圧の測定を行ったところ,上部食道でわずかな蠕動を認めるのみで食道体部の蠕動は消失し,さらに下部食道括約部圧も低下していた(Fig. 4).

Fig. 4 

Chest CT demonstrating lower esophageal compression by the tortuous descending aorta. A: enhanced CT, B: 3-dimensional CT.

以上より,食道体部の蠕動運動の消失の影響を受けているが,下行大動脈による食道への圧迫による嚥下障害で,dysphagia aorticaと診断された.左側臥位だと嚥下困難が軽減したため,通過障害は体位による影響も考慮し,食事時の体位を含めた食事・生活指導とesomeprazole 20 mg/日投与を行った.3か月間の保存的加療で嚥下困難の持続と,体重減少がさらに進行したため,手術適応と判断した.圧迫の解除と蛇行した食道の直線化を目的として,腹腔鏡下の修復術を施行した.

手術所見:体位は開脚・仰臥位とした.気腹圧は10 mmHgに設定し,臍上に12 mmポートを入れ,10 mm径のフレキシブル腹腔鏡を用いて腹腔鏡手術を開始した.右上腹部・左側腹部に5 mmポート,左上腹部に12 mmポートの計4ポートを挿入し,さらに剣状突起下よりスネーク型リトラクターを挿入して肝左葉を挙上しながら手術を行った.横隔食道膜を切離し,食道裂孔を露出したところ,十分に食道裂孔の開大が得られたので横隔膜脚の切離は行わなかった.食道を8 mmペンローズドレーンにて牽引しながら屈曲部が授動できるよう縦隔内食道を頭側約8 cmにわたり全周性に露出した.食道と大動脈との線維性癒着を認め,超音波凝固切開装置による切離にて,剥離・授動を行った.食道を右側に牽引するために,短胃動脈の切離と胃穹窿部の授動を行ったが,食道裂孔は縫縮しなかった.右側のwrapと食道裂孔右縁を非吸収糸を用いて4針で後方固定した.左側も同様に固定した後,食道を大動脈右側下方に牽引しながら,半周性のToupet噴門形成を行った(Fig. 5).手術時間は151分,出血量は30 gであった.

Fig. 5 

Intraoperative findings. A: preoperative state; B: the esophagus is mobilized, and Toupet’s fundoplication is performed.

術後経過:術後第2病日より経口摂取を開始し,第7病日軽快退院となった.自覚症状は術直後より速やかに改善した.上部消化管内視鏡検査および術後6か月に施行した上部消化管X線造影検査では軽度の食道圧排像を認めるのみで(Fig. 6),通過障害は消失していた.術後1年10か月を経過した現在,術前より5 kgの体重増加を認め,症状の再燃は認めていない.

Fig. 6 

Upper gastrointestinal contrast study showing postoperative improvement of the passage at the lower part of the esophagus.

考察

嚥下困難は重要な消化器症状であり,早期診断と適切な治療を必要とし,50歳以上を対象とした研究で,嚥下困難を有する割合は16~22%とされる報告もある2).その一方で,加齢によって食道運動機能は徐々に衰えてくるが,単独で症状が出ることはまれとされている3).Dysphagia aorticaとは,下行大動脈が食道を壁外性に圧迫することにより嚥下困難を生じる病態で,1932年にPape4)が初めて提唱している.その原因としては大動脈瘤や動脈硬化などの血管側因子と,食道の蛇行や狭窄などの消化管側因子が挙げられる.高齢,女性,側彎症,短食道などが危険因子とされているが,食道の高度の狭窄や食物遺残,高度の壁外性圧排所見などがない場合には確定診断は容易でない5)~8).検査法としては上部消化管造影検査,内視鏡検査,食道内圧検査,胸部CTなどが行われることが多く,診断には特に食道内圧検査では血管拍動に伴う局所的な食道内圧の上昇,上部消化管内視鏡検査および造影検査では拍動に伴う壁外性圧排や造影剤の停滞,そして胸部CTでは圧迫を来す血管や腫瘤性病変の同定が有用とされる9)~11)

医学中央雑誌で1977年から2014年の範囲で「dysphagia aortica」をキーワードに検索したところ,1例を認めるのみであった.同様にPubMedで1950年から2014年の範囲で,「dysphagia aortica」をキーワードに検索すると,21症例の報告が確認できた.本邦報告例および本症例を含めた23例の検討では,大動脈瘤が通過障害の原因であったものが13例(56.5%)であった(Table 11)5)~7)11)~25)

Table 1  Reported cases of dysphagia aortica from 1950 to 2014
Case Author Year Country Age Sex Complaint Etiology Management Outcome
1 Beachley7) 1980 USA 66 F odynophagia tortous aorta mobilization of the esophagus, fundoplication improvement
2 Mittal5) 1986 USA 79 F dysphagia, weight loss tortous aorta mobilization of the esophagus, anchoring improvement
3 Mittal5) 1986 USA 78 F dysphagia, renal failure tortous aorta medication, distary advice improvement
4 Mittal5) 1986 USA 60 F solid foods sticking in the throat tortous aorta none no change
5 Wilkinson6) 1997 UK 47 F dysphagia tortous aorta esophageal dilation improvement
6 Wilkinson6) 1997 UK 58 F dysphagia tortous aorta dietary advice improvement
7 Rivera12) 1999 Spain 73 F dysphagia ectatic aorta medication improvement
8 Sakai1) 2005 Japan 69 F dysphagia tortous aorta resection the aorta, graft replacement improvement
9 Jovancevic13) 2005 Serbia 63 F dysphagia aneurysmal aorta unknown unknown
10 Hilliard14) 2005 USA 90 F dysphagia aneurysmal aorta dietary advice improvement
11 Contini15) 2006 Italy 77 F dysphagia aortoesophageal fistula (aneurysmal aorta) unknown dead
12 Sebastian16) 2007 India 66 F dysphagia, weightloss, vomiting, breathlessness esophageal cancer, aneurysmal aorta chemotherapy, radiation dead
13 Anton17) 2007 Spain 75 F dysphagia, weight loss aneurysmal aorta graft replacement unknown
14 Hiller 18) 2007 UK 67 F dysphagia, weight loss aneurysmal aorta unknown dead
15 Majumder19) 2007 India 31 M dysphagia, chest/back pain aneurysmal aorta unknown unknown
16 Kim20) 2009 Korea 86 F dysphagia, vomiting aneurysmal aorta none no change
17 De Praetere21) 2010 Belgium 72 M dysphagia aneurysmal aorta carotid bypass dead
18 Park11) 2010 Korea 70 F dysphagia, abd pain, weight loss, nausea adominal binder, tortous aorta taking off the abdomial binder improvement
19 Kische22) 2012 Germany 75 F dysphagia, retrosternal pressure aneurysmal aorta endovascular stentgrafting improvement
20 Wang23) 2013 China 56 F dysphagia, chest pain aneurysmal aorta aneurysmectomy improvement
21 Badila24) 2014 Romania 93 F dysphagia, weight loss, anorexia, hematoma aneurysmal aorta unknown unknown
22 Savlania25) 2014 India 62 M dysphgia aneurysmal aorta aneurysmectomy unknown
23 Our case Japan 75 M dysphagia, vomiting, weight loss tortous aorta mobilization of the esophagus, fundoplication improvement

治療として,比較的症状の軽い症例では生活習慣の改善や,食事療法が選択される.具体的には,粘り気のあるものを避け液体物を摂取する,食後の臥床を控える,食事1回量を少量にし,ゆっくりよく咀嚼するなどである26).食事療法で改善が見られない場合や,症状の強い症例に対しては,その原因に応じて外科的治療が選択される.異常血管を切除し,血管の移植または人工血管置換による胸部大動脈に対する手術も行われているが1),食道を前側方へ固定したり5)27),横隔膜右脚を切開し,食道を直線化してからNissen噴門形成術を施行する7)なども報告されている.また,屈曲部を含む食道切除の選択もあるが,過大侵襲になることが危惧される.手術不能例に対しては栄養経路として経口摂取の代わりに内視鏡的胃瘻造設術を施行した報告も散見される20).23例の検討では,外科的手術が選択された9例のうち,6例において異常血管に対する手術が,本症例を含む3例で食道の走行を変更するための手術が施行されていた.

本症例の食道内圧検査では,血管の圧迫による高圧帯の形成を含め,dysphagia aorticaの食道内圧検査における特徴的な所見は見られず,むしろ食道体部の蠕動運動の消失が認められていた.下行大動脈の圧迫による高圧帯の形成は健常者でも認められる所見で,その有無は嚥下困難の症状の有無とは相関しないと報告されている5).ただし,食道造影で異常が指摘できない場合に,高圧帯の存在は,dysphagia aorticaを疑わせる所見となると報告されている6).本症例では,食道下部に外方からの食道圧迫像が見られ,その圧迫が下行大動脈であることから,dysphagia aorticaと診断された.体位により通過障害の程度が異なり,食道蠕動運動の消失により嚥下困難症状が増強されていたと考えられた.最終的には手術により,下行大動脈による食道圧排の軽減が図られ,症状が消失したことから,本症例に見られた嚥下困難は下行大動脈が主因であり,dysphagia aorticaの診断が適切であると判断された.手術は,食道への圧迫の解除のために蛇行した食道の直線化を図り,通過障害の改善を目的としたもので,食道の温存を行った.付加する噴門形成は食道運動障害があるためToupet法を選択し,アプローチ法は侵襲の少ない腹腔鏡手術を用いた.

下部食道を全周性に剥離したのち,右側下方に牽引し食道圧迫と蛇行の解除を行い,Toupet噴門形成術と後方固定を行った.食道の再蛇行を予防するため,最初に噴門形成予定部と食道裂孔の後方固定を左右計8針縫合した.また,狭窄を来さないようにするために,食道裂孔は縫縮しなかった.通常の手技と異なり,噴門形成術の前に後方固定を行ったが,食道の位置決めを含め噴門形成術は容易に施行しえた.術後すみやかに自覚症状は改善し,体重も増加した.術後1年10か月が経過し,症状の再燃を認めていないことから,本術式は有用な術式の一つであると考えられる.ただし,大動脈瘤に起因するものや通過障害部が気管分岐部より頭側に位置するものは本術式の適用外と思われる.

内視鏡検査のみでは確定診断をつけることは難しい病態であるが,嚥下困難を生じる疾患の一つとしてdysphagia aorticaも念頭に入れて診療を行う必要があると考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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