2016 年 49 巻 7 号 p. 683-689
症例は75歳の男性で,右下腹部痛の精査目的に,大腸内視鏡検査が予定されたが,検査前の腸準備の下剤で腸閉塞となり当科紹介となった.腹部CTで腸回転異常症と下行結腸癌による大腸腸閉塞と診断したが,上行結腸にも腫瘍性病変を認めたため,経肛門イレウスチューブで減圧治療後に大腸ステントを留置し,再度大腸内視鏡検査を行い,上行結腸癌を診断した.3D-CT angiographyで腸回転異常症はreversed typeと診断し,腸管の配置と腫瘍の支配血管の走行を確認した.手術は結腸右半切除術・下行結腸部分切除術を施行した.Reversed typeは全腸回転異常症の約4%と極めてまれである.今回,我々はreversed typeの腸回転異常症を伴ったため,3D-CT angiographyで解剖の把握や,大腸ステント留置し口側の大腸癌の診断を行うなど,診断・治療に工夫を要した症例を経験したので報告する.
腸回転異常症は胎生期の腸管の回転および固定の異常により発生する疾患で,そのほとんどが新生児期に発症し,成人では開腹手術例の0.4~1%と比較的まれである1)2).今回,我々はreversed typeの成人腸回転異常症に併存した結腸二重癌の1例を経験したので,本邦報告例の検討を加え報告する.
患者:75歳,男性
主訴:右下腹部痛
既往歴:発作性心房細動,高血圧症,逆流性食道炎
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:発作性心房細動の精査目的に近医より紹介となり,その際に1か月前から続く右下腹部痛を認めたため,大腸内視鏡検査を行う方針となった.検査前の腸準備で経口腸管洗浄剤を2 l内服したところ腹痛が出現し,腹部CTで下行結腸癌による大腸腸閉塞と診断され当科紹介となった.
入院時現症:身長166 cm,体重77 kg,体重減少なし.腹部は軟で膨満と全体に圧痛を認めた.膜刺激症状は認めなかった.
血液検査所見:Hb 10.8 g/dlと貧血を認め,CRP 4.35 mg/dlと炎症反応の上昇を認めた.腫瘍マーカーはCEA 24.5 ng/mlと上昇が認められた.
腹部CT所見:左側に上行結腸を,右側に下行結腸を認め,結腸の走行が逆転していた.下行結腸に全周性の腫瘍性病変による閉塞を認め,同部位より口側結腸の拡張を認めた.上行結腸に造影効果を伴う全周性の壁肥厚を認めた(Fig. 1a).上腸間膜動脈(superior mesenteric artery;以下,SMAと略記)が上腸間膜静脈(superior mesenteric vein;以下,SMVと略記)の右側に位置するSMV rotation signを認めた(Fig. 1b).
Enhanced CT scan of the abdomen. a: Enhanced CT scan shows the cecum and the ascending colon (A/C) located on the left side, and the descending colon (D/C) and the sigmoid colon (S/C) are located on the right side of the abdominal cavity. Circumferential enhanced thickening with obstruction can be seen in the descending colon (arrow). A tumor is also found in the ascending colon (arrowhead). T/C: transverse colon. b: Abdominal enhanced CT scan shows the superior mesenteric vein rotation sign, with the superior mesenteric vein (arrow) on the left side and superior mesenteric artery (arrowhead) on the right side.
大腸内視鏡検査所見(初回):下行結腸に全周性の腫瘍性病変を認めた.腫瘍による閉塞で内視鏡は通過しなかった.腫瘍からの生検で高分化腺癌と診断した.減圧治療目的に経肛門イレウスチューブを留置した.
注腸造影検査所見:経肛門イレウスチューブから造影検査を施行した.上行結腸が全周性に狭窄しapple core signを認めた(Fig. 2).
An enema shows an apple core sign (arrow) in the ascending colon.
経肛門イレウスチューブで減圧治療後,下行結腸癌閉塞部位に大腸ステントを留置し(Fig. 3),拡張後に大腸内視鏡検査を再検した.
X ray imaging: an expandable metallic colonic stent (arrow) is shown in the descending colon.
大腸内視鏡検査所見(2回目):上行結腸に全周性の腫瘍性病変を認め,生検で高分化腺癌と診断した.
3D-CT angiography所見:十二指腸がSMAの前方に位置し,横行結腸はSMAの背側を走行していた.結腸は左下腹部に回盲部を認め,横行結腸が小腸間膜の背側を通り,結腸は反時計回りに走行していた.Reversed typeの腸回転異常症と診断した.上行結腸癌の支配血管は回結腸動脈(ileocolic artery;以下,ICAと略記)でSMAの左側から分岐し,下行結腸癌の支配血管は左結腸動脈(left colic artery;以下,LCAと略記)で下腸間膜動脈(inferior mesenteric artery;IMA)の右側から分岐していた(Fig. 4).
3D-CT angiography. The cecum is in the left lower abdomen and the transverse colon is dorsal to the superior mesenteric artery (arrow). The colon is rotated counterclockwise. The superior and inferior mesenteric arteries (arrowhead) branch in the usual manner. The left colonic artery branch from the right side of the inferior mesenteric artery and supplies the descending colon tumor. The ileocolic artery branches from the left side of the superior mesenteric artery and supplies the ascending colon cancer. A/C: ascending colon, T/C: transverse colon, D/C: descending colon, S/C: sigmoid colon.
以上より,reversed typeの腸回転異常症に伴った結腸二重癌と診断した.明らかな遠隔転移は認めず,手術の方針とした.
手術所見:上下腹部正中切開で開腹した.術前3D-CT angiographyの通り,上行結腸を左側に,下行結腸を右側に認め,横行結腸は小腸間膜の背側を走行し,reversed typeの腸回転異常症と診断した(Fig. 5).腫瘍は下行結腸の肝湾曲近傍と上行結腸の中間位にそれぞれ認めた.下行結腸と上行結腸を外側アプローチで授動し,両側から横行結腸前面を小腸間膜から剥離し横行結腸を授動した.横行結腸は比較的長く,温存可能と判断し,まず,LCAを根部で処理し下行結腸部分切除術(D2郭清)を行った後,ICAを根部で処理し右半結腸切除術(D2郭清)を行った.吻合はいずれも手縫いで層々縫合し,端々吻合を行った.手術時間は5時間16分,出血量は105 mlであった.
Operative findings. a: The cecum is on the left side and the transverse colon is dorsal to the mesentery of the small intestine (arrow). A/C: ascending colon, T/C: transverse colon, D/C: descending colon, S/C: sigmoid colon. b: The colon is rotated counterclockwise. The transverse colon is dorsal to the mesentery of the small intestine (arrow). The circle in the ascending colon is the ascending colon cancer. The circle in the descending colon is the descending colon cancer.
病理組織学的検査所見:病理所見では,上行結腸癌がT3(SS)ly1 v2 N0(0/9)でStage II,下行結腸癌がT3(SS)ly1 v2 N1(1/13)のStage IIIaであった.
術後は良好に経過し術後第10病日に退院した.術後補助化学療法は本人が希望しなかったため施行しなかったが,術後1年が経過した現在も再発・転移の所見なく経過している.
胎生4週の胎児期には腸管はほぼ直線状であるが,胎生5週には,中腸部分が急速に伸長し腸ループを形成する.中腸の伸長は腹腔の成長を追い越して発育するため,一時臍帯内に脱出した状態となり,この時点から腸管の回転が始まる.臍帯内脱出中に腸ループはSMAを軸として反時計方向に90°回転する.胎生10週より,脱出していた腸ループは腹腔内へ戻りはじめ,戻りながらさらに反時計方向に180°回転する.腹腔内への還納は,最初に空腸近位部が腹腔内に戻り左上腹部に位置し,あとから戻る腸ループは次第に右へ右へと定位し,最後に遠位脚の盲腸が還納され右上部に位置する.その後,盲腸は右下腹部へ下降し,背側腸間膜がSMA起始部のまわりでねじれ,結腸の上行および下行部が最終的な位置をとり回転が終了する.以上の過程より,腸管は合計270°反時計回りに回転することになる.その後,腸間膜と壁側腹膜が癒合して固定される3)4).
腸回転異常症はこれらの過程における異常な回転や固定により発症する腸管の先天性疾患である.Wangら5)は本疾患を,①nonrotation type:90°で回転が停止,②malrotation type:180°で回転が停止,③reversed type:逆回転,④paraduodenal type,の4病型に分類した.Reversed typeは,正常とは逆の時計方向に回転するために発症し,Amir-Jahed6)は,結腸とSMAの位置関係および盲腸の位置で,I型:prearterial right-side cecum,II型:prearterial left-side cecum,III型:retroarterial right-side cecum,IV型:retroarterial left-side cecum,の4病型に分類した(Fig. 6).本症例は,横行結腸がSMAの背側を走行し,盲腸が左下腹部に位置していたことから,Amir-Jahed分類のIV型と診断した.
Classification of reversed intestinal rotation. I: prearterial right-side cecum. II: prearterial left-side cecum. III: retroarterial right-side cecum. IV: retroarterial left-side cecum. (Reproduced from Amir-Jahed AK6).)
腸回転異常症の頻度は出生1~2万人に1人とされ1),成人では開腹症例の約0.4~1%と比較的まれである1)2).成人例ではnonrotation typeが53.3%と最も多く7),reversed typeは全腸回転異常症の約4%,成人例の6.7%と極めてまれである8)9).また,いわゆる腸回転異常症の約80%が新生児期に発症するのに対し,reversed typeでは75%が成人に発見される9)10).
臨床症状は,Ladd靭帯の圧迫による十二指腸狭窄や中腸軸捻転合併の有無により決まり,腹痛・腹満・胆汁性嘔吐・下血などを呈する.Reversed typeでも,反復する胆汁性嘔吐や腹痛が多く,軸捻転や異常バンドの存在,SMAによる横行結腸の圧迫などが原因となる11).ただ,成人腸回転異常症では無症状例が多く,関ら12)は34%が虫垂炎や癌などの他疾患の精査や治療過程で発見・診断されたと報告している.
診断には,消化管造影やCTが重要となる.上部消化管造影検査では,十二指腸から空腸にかけての部位が正中を超えず十二指腸球部の尾側に位置する所見が,注腸造影検査では,盲腸から横行結腸にかけての位置異常が特徴とされ,造影CTでは,SMVが本来とは逆にSMAの左側に位置するSMV rotation signや膵鉤部の形成不全や欠損が特徴とされている.
合併症には十二指腸潰瘍や悪性腫瘍などがあり,田村ら13)は1989年から1998年までの成人腸回転異常症67例についてまとめており,12例が消化管腫瘍精査の過程で本症と診断され,7例(12%)に大腸癌の合併が認められた.
医学中央雑誌において1977年から2014年までの間で「腸回転異常症」および「大腸癌」をキーワードに検索すると,本邦では92例の報告が認められた11)13)~21).本症例とあわせ,93例を検討した.
平均年齢は66歳,男性56人,女性37人で,nonrotation typeが64例(81%)と最も多く,reversed typeは8例(10%)であった.臨床症状は腹痛が37例(53%)と最も多く,下血・血便,腹部膨満,便通異常の順に認めた.無症状例は23例(25%)で,便鮮血陽性の精査が14例と最多であった.癌の占居部位は,通常の大腸癌がS状結腸癌・直腸癌で70%と左側結腸に多いのに対し,本疾患では虫垂癌(4例),盲腸癌(16例),上行結腸(28例),横行結腸癌(18例)で69%と右側結腸に多く認めた.術前に腸回転異常症の診断が可能であった症例は67例(72%)で,そのほとんどが消化管造影検査での十二指腸の走行異常や結腸の位置異常,CTでのSMV rotation signから診断されていた.大腸癌の診断には大腸内視鏡検査が必要となるが,挿入困難な症例や腫瘍による閉塞のため口側の評価ができない症例も認められた.本疾患では右側結腸癌の頻度が高いとされるため,可能なかぎり全結腸の検索を行うことが望ましいといえる.本症例においても,下行結腸癌による閉塞を認めたが,CTで上行結腸癌が疑われたため,大腸ステントを留置して閉塞を解除した後,全結腸を検索し上行結腸癌を診断した.
手術は開腹手術が多いが,最近では腹腔鏡下手術も増えており,2007年の木村ら20)の報告以降,術前に腸回転異常症と診断され腹腔鏡下手術が施行された症例は20例報告されている.本疾患のように解剖が複雑な病態では,特に腹腔鏡下手術を行う場合には,術前に正確な解剖を把握しておくことが手術の安全性や規約にそった郭清を行ううえで重要となる.ただ,消化管造影検査やCTだけでは腸管の配置や血管の走行を正確に評価することは難しく,以前はSMA造影検査を行う症例も認めたが,近年では3D-CT angiographyや,MPR(multiplanar reconstruction)画像などの有用性が報告されている15).本症例でも,病変部位と腸管の配置・支配血管の走行など3D-CT angiographyで得られた情報を元に,術前に詳細な術式検討を行ったことで,安全に手術を遂行することができた.予防的虫垂切除術は約40%の症例で施行されており,推奨する報告が多いが,腸管固定術が施行されたのはわずか2例のみで,不要とする報告がほとんどであった.
腸回転異常症は右側結腸癌の頻度が高いため,可能なかぎり全結腸の検索を行うことが望ましく,また,術前に3D-CT angiographyなどで解剖を正確に把握しておくことが,腸回転異常症の手術を安全に行ううえで特に重要である.
利益相反:なし