日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
腹膜播種に対し化学療法後根治手術をしえたが,術後8か月目に髄膜癌腫症を来したHER2陽性4型胃癌の1例
田中 裕美子今野 元博曽我部 俊介岩間 密白石 治安田 篤新海 政幸今本 治彦古河 洋安田 卓司
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キーワード: 髄膜癌腫症, 4型胃癌, HER2
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2016 年 49 巻 9 号 p. 857-866

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Abstract

症例は71歳の男性で,HER2陽性4型胃癌に対し審査腹腔鏡検査を施行した.SE N1 M1 P1 CY1 Stage IVにてtrastuzumabを含む化学療法を行った.再度審査腹腔鏡検査で腹膜播種消失を確認後,胃全摘(D2),脾摘術を施行した.病理組織診はpor SM N0 M0 P0 CY0 Stage IAで,術後にS-1+trastuzumabを投与した.術後8か月より嘔気が出現し,CEA上昇を認めた.胸腹部造影CTで再発所見はなかった.意識レベルの低下で近医に緊急入院となった.頭部造影MRIで小脳,中脳,右側側頭葉内側の軟膜に異常濃染を認めた.感染所見はなく感染性髄膜炎は否定的で,経過より髄膜癌腫症と診断するも発症12病日に死亡した.胃癌の髄膜癌腫症はまれで極めて予後不良である.症状も多彩で診断に苦慮することが多い.脳症状・神経症状を認めた場合は髄膜癌腫症を念頭に精査する必要があると考えられた.

はじめに

髄膜癌腫症(meningeal carcinomatosis)は脳脊髄膜あるいは脳脊髄腔に腫瘍性細胞がびまん性に浸潤する病態で1),胃癌の髄膜癌腫症はまれで極めて予後不良である2).今回,我々は腹膜播種を伴うHER2陽性4型胃癌に対しtrastuzumab(以下,T-mabと略記)を含む化学療法施行後に根治手術をしえたが,術後8か月で髄膜癌腫症を来した1例を経験した.若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:71歳,男性

主訴:食後の膨満感,上腹部痛

既往歴:特になし.

現病歴:2012年8月上旬より食後の膨満感および上腹部痛を認めたため近医を受診した.上部消化管内視鏡検査にて4型胃癌を疑われ,当院当科に紹介受診となった.

入院時現症:身長162 cm,体重52 kg.眼瞼結膜貧血なく,眼球結膜黄染なし.心音整,心雑音なし.上腹部には硬結を触知した.

入院時血液検査所見:T.bil 0.9 mg/dl,AST 19 IU/l,ALT 14 IU/lと肝機能障害を認めず,腎機能障害や電解質異常などもなかった.CEAは4.2 ng/mlと正常であり,CA19-9・CA125も正常範囲内であった.

上部消化管内視鏡検査所見:胃体部を中心に全周性に巨大皺襞が認められ,壁硬化・拡張不良・内腔の狭小化を伴っていた(Fig. 1).生検にてsignet-ring cell carcinomaが検出された(Fig. 2a).免疫組織化学的検索でHER2 3+であった(Fig. 2b).

Fig. 1 

Endoscopy reveals a type 4 cancer in the body of the stomach.

Fig. 2 

Histological examination of biopsy specimens reveals signet-ring cell carcinoma. a: HE ×200, b: HER2 ×200.

腹部造影CT所見:胃体部を中心に全周性の壁肥厚を認め,壁伸展も不良であった.領域リンパ節は腫大し,胃周囲には播種を疑う小結節も散在していた.腹水は認めなかった(Fig. 3).

Fig. 3 

Abdominal enhanced CT reveals wall thickness of the stomach and lymph nodes of metastases (circle). Nodules suspected to be peritoneal dissemination were revealed around the stomach (arrows).

以上の検査所見より,cT4a(SE)cN1 cM1 cP1 cStage IVを疑い審査腹腔鏡検査を施行した.

審査腹腔鏡検査所見:胃体部から前庭部にかけて全周性に壁のびまん性硬化と癌の漿膜面への露出を認めた(SE).腹腔洗浄細胞診は左横隔膜下,ダグラス窩ともに陽性であった.大網,腹壁,空腸間膜に2~3 mm大の腹膜播種が多数存在した.

化学療法:切除不能進行胃癌に対するPhase II study であるKimら3)の報告に基づき,患者から十分なインフォームドコンセントをえた後に,S-1+cisplatin(以下,CDDPと略記)+paclitaxel(以下,PTXと略記)療法を8コース施行した.加えて,HER2 statusが3+であったため,そのうち5コースにT-mabを併用した.

化学療法後血液検査所見:CEAは3.6 ng/mlと正常のままであり,CA19-9・CA125も正常範囲内であった.

化学療法後上部消化管内視鏡検査所見:胃体部の壁硬化は残存するものの,巨大皺襞は消失していた(Fig. 4).

Fig. 4 

After neoadjuvant chemotherapy, an endoscopic examination revealed the remains of wall hardening and disappearance of giant folds.

化学療法後腹部造影CT所見:胃体部の全周性の壁肥厚は消失し,壁の伸展性も改善していた.領域リンパ節は縮小,胃周囲の小結節も消失し,腹水の出現も認めなかった(Fig. 5).

Fig. 5 

After neoadjuvant chemotherapy, abdominal enhanced CT reveals disappearance of gastric wall thickening. Lymph nodes were reduced in size. Nodules suspected to be peritoneal dissemination disappeared (arrows).

以上より,化学療法後の診断はcT2(MP)cN0 cM0 cP0 ycStage IBであった.

手術所見:再度審査腹腔鏡検査を施行し,腹膜播種の消失,腹水洗浄細胞診の陰性化を確認後に開腹移行した.胃体部中心の壁肥厚は残存していたが,明らかな漿膜への露出は消失していた.型どおり胃全摘(D2),脾摘術,R-Y再建を施行した.

切除標本所見:胃体部を中心に壁肥厚・硬化を認めた(Fig. 6a).

Fig. 6 

a: Macroscopic findings of the resected specimen reveal wall thickening and hardening in the body of the stomach. b: Histological examination of the gastric cancer reveal poorly differentiated adenocarcinoma invading the submucosa. Fibrosis with chemotherapy was revealed in the submucosa (HE ×40).

病理組織学的検査所見:主には低分化型腺癌(一部印環細胞癌も混在)が粘膜下層まで浸潤していた.粘膜下組織には化学療法による線維化を認めた.MUL,Circ,4型,por,SM,med,INFc,ly0,v0,N0,M0,P0,CY0,ypStage IA,治療効果はGrade 1bであった(Fig. 6b).

手術後経過:術後19日目に退院した.術後1か月目よりS-1+T-mabの投与を開始した.

2013年12月上旬(術後8か月目)に嘔気が出現,ならびにCEA 14.7 ng/mlと上昇を認めた.再発を疑い,胸腹部骨盤造影CTを撮像したが異常はみられなかった.しかし,12月16日に意識レベルが急激に低下し近医に緊急入院となった.

近医入院時現症:Japan Coma Scale I-3,項部硬直を認めた.歩行は困難で,見当識障害も出現していた.

近医入院時血液検査所見:T.bil 1.3 mg/dl,AST 55 IU/l,ALT 43 IU/lと軽度の肝機能障害を認めるのみであった.WBC 8,800 μl,CRP 0.05 mg/dlと炎症反応の上昇は認めず,電解質の異常もなかった.CEA 17.6 ng/mlと高値を示したが,CA19-9・CA125は正常範囲内であった.

画像検査所見:頭部単純CTでは脳室の拡大を認めた(Fig. 7a).頭部造影MRIでは小脳,中脳,右側側頭葉内側の軟膜に異常濃染を認めた(Fig. 7b).また,左頭頂葉にedemaを伴うT1で皮質・皮質下の異常濃染を認めた(Fig. 7c).

Fig. 7 

a: Brain CT revealed enlargement of the ventricle. b: Enhanced MRI revealed the pia mater of the cerebellum, midbrain and right temporal lobe with abnormal enhancement effects (arrows). c: Enhanced MRI reveals a mass enhanced with edema in the left parietal lobe (arrow).

MRI所見では髄膜癌腫症,細菌性や結核性などの感染性髄膜炎などが鑑別に挙げられたが,感染所見を認めないこと,CEA上昇や胃癌術後で脳転移も伴うことより胃癌髄膜癌腫症・脳転移と診断した.その後,状態の急激な悪化を認めたため,家族は積極的治療を希望されず,診断後12日目に自宅にて永眠された(Fig. 8).

Fig. 8 

When meningeal carcinomatosis was diagnosed, CEA revealed an increase.

考察

髄膜癌腫症とは脳脊髄膜あるいは脳脊髄腔に腫瘍性細胞がびまん性に浸潤する病態である1).頭蓋内転移性腫瘍において脳実質内転移が80%を占めるのに対し4),髄膜癌腫症は3%とまれである5)

固形腫瘍における髄膜癌腫症の原発部位は胃癌が49.6%と一番多く,約半分を占める.その他,肺癌が27.7%,乳癌2.9%,大腸癌2.9%と続く6).胃癌原発髄膜癌腫症は胃癌患者の0.16~0.69%に合併すると報告されており7),低分化型腺癌・印環細胞癌に多い.

癌細胞の髄膜への転移経路は①血行性髄膜転移,②脈絡叢への血行性転移を介して二次的に脳室系およびくも膜下腔へ播種,③椎骨静脈叢への転移を介する経路,④所属リンパ節から後腹膜リンパ節あるいは腹膜播種を介して脊髄周囲リンパ組織を経由し,脊髄硬膜下より脳軟膜へ転移する経路などが考えられている8).本症例では肺転移,肝転移などの遠隔転移を認めず,胃癌診断時より腹膜播種を認めたことから腹膜播種を介しての転移と推察される.

HER2陽性胃癌に対するT-mab併用化学療法は,奏効率47%と化学療法単独群の35%に比べると有意に優れ9),予後の延長も認められるなど非常に効果的な薬剤である9).しかし,4型胃癌を代表とする低分化型腺癌におけるHER2陽性率は2%と低く10),非治癒因子が腹膜播種のみの胃癌症例でも5.6%と陽性率は低いが11),本症例のように低分化型腺癌であってもHER2陽性であればT-mab併用化学療法の効果がえられるため,治療前には積極的にHER2 statusを検索すべきである.

本症例に対するT-mab併用化学療法は原発巣・周囲のリンパ節・腹膜播種に有効で,根治切除に至ることが可能であった.また,術後も肝転移・肺転移の出現は認めず一定の効果を示したと考えられる.しかし,T-mabの分子量は148,000 kDaと非常に大きく,薬剤が血液脳関門を通過しないことより中枢神経系への移行が十分ではなく12),髄膜癌腫症・脳転移には効果が乏しいと思われる.HER2陽性胃癌髄膜癌腫症にT-mabが奏効したという報告例は1例も認めなかったが,脳実質内転移に奏効したという報告が1例だけ認められた13).切除不能進行胃癌と診断されてから30か月,脳転移出現から20か月の生存を認めたことから,T-mabを併用した集学的治療が奏効したものと考えられ,脳腫瘍が存在する場合は血液脳関門が破壊されT-mabを始めとする全身化学療法の効果が期待できる可能性があるとしているが,それを証明する根拠はない12).また,低分子量の抗HER2剤であるラパチニブは血液脳関門を通過することができるため14),切除不能/再発胃癌において脳転移にも効果が期待されていたが,LOGIC/TyTAN試験にて全生存期間における有意な差は認めず15)16),胃癌への適応は認められていない.今後はペルツズマブやT-DM1といった抗HER2剤の試験結果が待たれる17)

本症例において我々は切除不能進行胃癌に対するPhase II studyであるKimら3)の報告に基づき,S-1+CDDP+PTX療法を十分なインフォームドコンセント後に施行した.我々が高度な腹膜播種症例を対象に行ったPTX腹腔内投与+逐次S-1+PTX経静脈投与併用療法のPhase II studyでは腹膜播種の消失を65.7%に認め,median overall survival は21.3か月と報告している18).また,SPIRITS trial19)では腹膜播種陽性症例に関するsubgroup解析で,overall survivalはS-1+CDDPがS-1単剤より有意に良好であると報告されていることから,我々はより治療成績の向上を目指し,S-1+PTX療法にキードラッグであるCDDPを追加した全身化学療法を用いたKimら3)のレジメンを使用した.しかし,本症例では腹膜播種に対する対策,例えば全身化学療法だけではなく,腹腔内化学療法を追加するなど,前述した我々の戦略18)も必要であったと考えられる.S-1+PTX経静脈・腹腔内併用療法後の根治切除術後の無再発・無増悪生存期間中央値は16.7か月,腹膜播種再発は40%に制御できたと報告されている20).本症例においては手術時には腹膜播種は消失し,髄膜癌腫症再発時にも明らかな腹膜播種再発の所見はなく,腹膜播種に対しては奏効していたと考えられ,腹腔内化学療法などの腹膜播種に対しての追加治療は考慮しなかった.しかし,胃癌発見時は高度な腹膜播種状態であり,腹膜播種からの髄膜癌腫症再発であると考えると,初回化学療法時に腹腔内化学療法を併用しても良かったと思われる.Emotoら21)の報告では全身化学療法+腹腔内化学療法を行った腹膜播種を伴う胃癌原発の髄膜癌腫症再発7症例の検討において髄膜癌腫症再発時には全症例に腹膜播種再発は認めなかった.腹腔内化学療法によって腹膜播種は制御できても,髄膜癌腫症の予防に繋がるかは現時点では不明であるが,中枢神経系へ癌細胞が移行する前に制御することができれば,髄膜癌腫症再発は抑えられる可能性があると思われる.

胃癌髄膜癌腫症の症状は多彩である.医学中央雑誌にて「胃癌」,「髄膜癌腫症」のキーワードで検索したところ,1977~2014年において本邦では93例の報告を認めた.そのうち近年10年で報告された56例について集計し検討した8)21)~32).初発症状は頭痛を26例(46%)に認め最多であった.その他,嘔気・嘔吐が13例(23%),めまい8例(14%),ふらつき7例(13%)や視力障害,聴力障害など,さまざまな脳症状・神経症状が認められた(Table 1).

Table 1  First manifestation of 56 reported cases of meningeal carcinomatosis from gastric cancer in Japan (multiple answers possible)
Symptoms Frequency
Headache 26 (46%)
Nausea·Vomiting 13 (23%)
Dizziness 8 (14%)
Ataxia 7 (13%)
Hearing loss 5 (9%)
Weakening of muscles 4 (7%)
Diplopia 3 (5%)
Visual disturbance 2 (4%)
Consciousness disturbance 2 (4%)
General fatigue 2 (4%)
Anorexia 2 (4%)

胃癌髄膜癌腫症は診断時には全身状態が悪いため積極的治療を望めない症例が多く,本集計でも全体の38%がbest supportive careを選択していた(Table 2).治療法としては抗癌剤を全身投与しても血液脳関門により髄液中に移行しないものも多く,移行しても有効濃度に達しないなどの問題点が挙げられ有効性に乏しい32).そのため,全身状態が許せば一般的には髄腔内化学療法や全脳照射が行われる33).髄腔内化学療法にはmethotrexateやcytarabineなどが,また全脳照射では30 Gyの照射が行われる33).予後は非常に不良で,我々の集計では診断から1か月未満の死亡が39%,3か月未満の死亡を合わせると70%を超え,1年以上の生存はわずか2%であり,平均予後日数は61日と非常に不良である(Table 3).本症例も髄膜癌腫症の診断後12病日に死亡している.

Table 2  Treatment of 56 reported cases of meningeal carcinomatosis from gastric cancer in Japan
Treatment Frequency (%)
BSC 38
Intrathecal administration of MTX 14
Radiation 11
Intrathecal administration of MTX+Radiation 9
CSF drainage 5
Steroid+Osmotic diuretic 5
Intrathecal administration of MTX+Radiation+VP shunt 5
Others 13

BSC best supportive care, MTX methotrexate, CSF cerebrospinal fluid, VP ventriculo-peritoneal

Table 3  Outcome of 56 reported cases of meningeal carcinomatosis from gastric cancer in Japan
Prognosis Frequency (%)
Under 1 month 39
1 month to less than 3 months 32
3 months to less than 6 months 25
6 months to less than 1 year 2
More than 1 year 2

このように予後が非常に不良な胃癌髄膜播種症であるが,奥田ら34)の報告によると無治療の場合の平均予後日数は18日であるのに対し,髄腔内化学療法などの積極的治療を行った場合は平均予後日数が226日に延長したと報告しており,全身状態良好で積極的治療ができれば予後の延長を見込めるかもしれない.しかし,極めて進行が早いため,いかに早く発見するかが鍵を握っていると思われる.現時点では早期発見,早期治療しかなく,頭痛や嘔気などがあればすぐに本症を疑い,検査をすることが肝要である.

髄膜癌腫症として再発した場合,脳症状・神経症状は我々の集計のようにさまざまであり,診断に苦慮すると考えられる.本症例も胃癌髄膜癌腫症再発時の症状は嘔気ならびに高CEA血症であり,再発を疑いCT撮像を行ったが,撮像部位は胸腹部骨盤のみであった.

胃癌術後の化学療法施行中に脳症状・神経症状を認めた場合は,たとえ体幹部病巣の増悪や新病変の発生が認められなくとも,中枢神経系への転移を念頭において精査し,髄膜癌腫症との診断がえられたなら早期に治療を開始し,生存期間の延長を計る必要があると考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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