日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
集学的治療により根治手術を施行しえた,HER2原発陰性/腹膜播種陽性のStage IV胃癌の1例
前澤 幸男佐藤 勉神尾 一樹瀬上 顕貴中島 哲史青山 徹利野 靖尾形 高士長 晴彦吉川 貴己
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2016 年 49 巻 9 号 p. 867-872

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Abstract

症例は77歳の男性で,胃癌cT4a(SE)N0P1H0M0,cStage IV,HER2陰性と診断しS-1+CDDP療法を開始した.1コース目day 19に胃穿孔による汎発性腹膜炎を来し緊急手術を施行し胃体部前壁の腫瘍潰瘍底に穿孔を認め穿孔部縫合閉鎖,大網被覆術を施行した.腹膜播種がHER2陽性であったためcapecitabine(X)+CDDP+trastuzumab(H)療法に変更し,計11コース後の診断的腹腔鏡でP0CY0と診断した.胃全摘術,脾温存D2郭清術(R0)を施行し最終診断はypT3N0(0/45)yP0H0M0,ypStage IIAで組織学的効果判定はGrade 1bであった.術後X+H療法を再開し胃全摘後7か月経過したが無再発生存中である.原発巣のHER2が陰性であっても転移巣のHER2が陽性であればtrastuzumabを用いた化学療法が奏効する可能性が示唆された.

はじめに

切除不能進行胃癌に対する化学療法中の胃穿孔発生頻度は1.1%とまれである1).胃癌穿孔後に化学療法が再開可能となるのは43.8%であり,再開後の生存期間中央値は7.5か月と,予後不良である2).今回,我々は原発巣生検でHER2陰性であったStage IV胃癌の化学療法施行中に胃癌穿孔を来し,修復術中に採取した播種結節のHER2陽性を確認後,レジメン変更した化学療法が奏効し,根治手術を施行しえたHER2原発陰性/播種陽性のStage IV胃癌の1例を経験したので報告する.

症例

症例:77歳,男性

主訴:貧血,タール便

現病歴:貧血,タール便を自覚して近医受診し,精査の結果,胃癌の診断で精査加療目的に2013年12月当科紹介となった.

既往歴:虫垂炎(20歳代;手術施行)

現症:身長163 cm,体重52 kg(体重減少なし),ECOG PS0.

血液検査所見:Hb 12.3 g/dl,CEA 3.1 ng/dl,CA19-9 1,032.0 U/dl,CA125 22.8 U/dl.その他特記すべき異常を認めなかった.

上部消化管内視鏡検査所見:体上部前壁に境界明瞭な丈の高い周堤を伴う潰瘍性病変(2型腫瘍)を認めた.狭窄や出血は認めなかった(Fig. 1a).

Fig. 1 

a) Upper gastrointestinal endoscopy shows a type 2 tumor at the anterior wall of the gastric body. b) ‍Upper gastrointestinal endoscopy reveals shrinkage of the tumor after 10 courses of chemotherapy.

胸腹部造影CT所見:胃体上部前壁に造影効果を伴う壁肥厚を認め,一部肝臓との境界が不明瞭であった.リンパ節転移や遠隔転移を疑う所見を認めなかった(Fig. 2a).

Fig. 2 

a) Abdominal CT scan shows a mass lesion at the anterior wall of the gastric body, and the border between the liver was indistinct. b) Abdominal CT scan reveals free air next to the gastric cancer and the upper abdominal cavity.

診断的腹腔鏡検査所見①:cT4a以深と判断し,診断的腹腔鏡検査を2013年12月に施行した.腫瘍の肝臓への浸潤は認めなかった.膀胱直腸窩に5か所の白色結節を認め,生検を施行した.

治療前診断:胃癌U,Ant,Type 2,45 mm,po1>sig,cT4a(SE)N0P1H0M0,cStage IV,原発巣生検検体のHER2は免疫組織化学検査(immunohistochemistry;以下,IHCと略記)で2+,DISH陰性であったことより,HER2陰性と判断した(Fig. 3a, b).

Fig. 3 

a) HER2 status of the primary lesion was IHC2+ (IHC ×40). b) HER2 status of the primary lesion was DISH negative (DISH ×40). c) HER2 status of peritoneum dissemination nodule was IHC3+ (IHC ×40).

治療経過:2013年12月,HER2陰性胃癌の一次治療として,S-1(80 mg/m2/day)+CDDP(60 mg/m2/day)による化学療法を開始した.1コース目のDay 19に腹痛を訴え,救急外来受診となった.腹部全体に筋性防御と反跳痛を認めた.

救急外来受診時血液検査所見:WBC 4,000/ml,Hb 11.0 g/dl,Plt 22.0×104/ml,PT 64%,PT-INR 1.27,APTT 24.3秒,BUN 27.7 mg/dl,Cr 0.86 ng/dl,CRP 0.31 mg/dl.

血液ガス所見:pH 7.386,pCO2 48.6 mmHg,pO2 70.9 mmHg,HCO3 28.5 mmol/l,BE 3.0 mmol/l.

胸腹部造影CT所見:腹腔内free airと,骨盤内に及ぶ腹水貯留を認めた.胃体上部前壁の破綻を疑う所見とそれに接するようにfree airを認めた(Fig. 2b).

胃穿孔による汎発性腹膜炎の診断で2014年1月に緊急手術を施行した.

手術所見:胃体上部前壁の腫瘍の潰瘍底と思われる部位に約1 cmの穿孔を認めた.腹膜播種病変によりR0切除は困難であり全身化学療法の継続を優先し,穿孔部縫合閉鎖および大網被覆術を施行した.

術後経過①:術後経過は良好で第9病日に退院となった.経過中に,診断的腹腔鏡検査施行時に採取した腹膜播種結節検体においてHER2がIHC3+と陽性の診断となったため,2014年3月よりcapecitabine(X:2,000 mg/m2/day)+CDDP(P:80 mg/m2/day)+trastuzumab(H:8 mg/kg/day(初回),6 mg/kg/day(2回目以降))による化学療法にレジメンを変更した(Fig. 3c).化学療法再開後はXP+H療法4コース施行後にCDDPを一段階減量したのち,2コース施行し,その後,X+H療法として5コース施行した.計11コース施行したうちの4,6,10コース施行後に効果判定を行った.

上部消化管内視鏡検査所見(化学療法10コース施行後):周堤の平低化と潰瘍の縮小を認めた(Fig. 1b).

胸腹部単純CT所見:体上部に認めた壁の肥厚は指摘できなくなり,リンパ節転移や遠隔転移を示唆する所見も認めなかった.

PET所見:胃に異常集積は認めず,その他全身に異常集積を認めなかった.

診断的腹腔鏡検査所見②(化学療法11コース施行後):2014年11月に腹膜播種病変評価目的に診断的腹腔鏡検査を施行した.膀胱直腸窩の腹膜結節は消失しており,腹腔洗浄細胞診も陰性であった(P0CY0).

治療効果判定:RECIST ver 1.1による効果判定基準では,胃病変はNon-CR/Non-PDであり,CA19-9が130.5 U/mlと高値であった.しかしながら,P0CY0であったことから治癒切除可能と判断し,conversion surgeryを行う方針とした.

手術術式:2014年12月開腹胃全摘,脾温存,D2郭清,RY再建術.

切除標本所見:体上部前壁に周堤のなだらかな25×25 mmのType 2病変を認めた(Fig. 4a).

Fig. 4 

a) Resected specimen shows a type 2 lesion at the anterior wall of the gastric body. b) Histological findings of the gastric cancer: degradation of the cancer cells and disappearance of viable cancer cells were observed in the stomach. Pathological response of the primary tumor was grade 1b.

病理組織学的検査所見:淡明から淡好酸性の胞体を有した異型細胞が胞巣状,敷石状に増殖しており,管腔形成も認めた.一部固有筋層が断裂し,漿膜下層に達していた.癌胞巣周囲の繊維化,変性,微細断片化などを半数近くに認めた(Fig. 4b).リンパ節に転移所見は認めなかったが,No. 2リンパ節には異物巨細胞を認める変性したリンパ節が存在し,癌の転移があった可能性が疑われた.以上より,病理組織学的にU,Ant-Less,25×25 mm,Type 2,por1,pSS,v1,ly0,pN0,pPM0,pDM0,ypT3(SS)N0(0/45)yP0H0M0,ypStage IIA,HER2(IHC0+),胃癌取扱い規約第14版での組織学的効果判定は原発巣でGrade 1bであった.また,リンパ節では癌細胞の消失,変性を認めた.

術後経過②:術後60日目よりX+H療法を再開し,現在6コース施行中であり,初回診断より18か月,胃全摘後7か月経過しているが無再発生存中である.

考察

医学中央雑誌で1977年から2014年4月の期間で「胃癌」,「HER2」,PubMedで1950年から2015年9月の期間で「gastric cancer」,「discordance」をキーワードとして検索した結果,HER2不一致を認めた症例で,胃癌穿孔後の化学療法が奏効した報告はなかった.切除不能進行胃癌に対する化学療法中の胃穿孔に対する治療方針に関しては全身状態と胃癌進行度により治療方針を決定し,全身状態が許容される場合は減量手術が有効であるとする報告もみられる3)が,一定の見解は得られていない.しかし,近年,切除不能進行胃癌に対する減量手術は予後の改善に寄与せず,特に胃全摘術後は化学療法のコンプライアンスが低下するとされている4).また,Hataら5)は512例の胃癌穿孔症例を解析し,胃癌穿孔症例でのR0切除率は一期的手術で50%,二期的手術で78.4%と有意に二期的手術で高く,5年生存率は,R0手術で50%強とR1/2の約1.5%に比べ有意に高いと報告している.本症例では,胃穿孔発症時期がCDDP投与から10日目と,nadirの時期であったため,全身状態を考慮し,保存的治療を選択せず,緊急手術を行った.しかし,原発巣切除には胃全摘が必要であったことに加え,腹膜播種を認めたことからR0切除は不可能であったため,一期的切除は行わず,修復手術を選択した.

HER2陽性(IHC3+またはFISH陽性)胃癌は胃癌全体の22.1%に認めるとされる6).そのうち,原発巣と転移巣との間でのHER2過剰発現/増幅の不一致は1.4~12.5%に認める7)8).ToGA試験では,HER2発現を原発巣で判断していたことから,治療方針の決定には,原発巣の結果を用いることが多い.しかしながら,原発巣切除のconversion surgeryを念頭に置けば,M1胃癌の予後を規定するのは遠隔転移巣である.一方,フッカピリミジン/CDDPにtrastuzumabを追加しても,毒性はほとんど変わらない.HER2過剰発現/増幅の不一致を認めた際に,転移巣のHER2発現を優先し,trastuzumabを追加した化学療法を行ったとの報告もある9).以上より,本症例では,HER2陽性である腹膜結節を標的として,trastuzumabを用いた化学療法に切り替え,奏効し,conversion surgeryに持ち込むことができた.原発巣がHER2陰性であっても,転移巣のHER2が陽性であれば,trastuzumabを用いた化学療法が奏効する可能性を示唆するものと推測される.

HER2発現の不一致には原発巣/転移巣が陽性/陰性の場合と陰性/陽性の場合が考えられ,Pengら10)のメタアナリシスによると,HER発現が,原発巣/転移巣:陰性/陽性となる確率は4%であるとされる.すなわち,HER2検査を原発巣のみを行った場合,胃癌患者の4%がtrastuzumabを用いた治療を受ける機会を失う可能性がある.このため,原発巣がHER2陰性であった場合でも,リンパ節などの転移巣や再発部位のHER2発現を確認することは重要であると考えられる.しかし,リンパ節転移や肝転移など,転移巣によっては,経皮的生検や開腹生検など組織診断にリスクを伴う場合があるため,生検を行うか否かは転移部位に応じて症例毎に検討が必要であると考えられる.

本症例では,切除標本と播種結節ともに,淡明から淡好酸性の胞体を有した異型細胞の増殖と管腔形成を認め,同様の組織形態と考えられたため,trastuzumabを含めたレジメンを術後化学療法として選択した.胃癌conversion surgery後の化学療法投与期間に関するエビデンスはない.本症例では,乳癌の術後療法を参考とし,術後1年間の投与予定とした.今後,胃癌conversion surgery後の化学療法継続期間についての検討が必要と考えられた.

術後のコンプライアンスを重視した穿孔時の治療方針と,転移巣を標的とした化学療法の選択が奏効した1例を経験した.原発巣のHER2が陰性であっても,転移巣のHER2が陽性であれば,trastuzumabを用いた化学療法が奏効する可能性を示唆するものと推測された.

利益相反:なし

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