2017 年 50 巻 10 号 p. 796-802
症例は80歳の女性で,近医より腹部超音波検査で肝腫瘤を指摘され紹介となった.腹部造影CTで肝左葉と右葉に10.0×7.0 cm,1.0×1.0 cmの腫瘤を認め,大腸内視鏡検査で2/3周性の直腸癌を認めた.直腸癌の同時性多発肝転移と診断した.さらに,前下縦隔に2.5×1.5 cm大の腫瘤を認め,大動脈周囲に転移を疑うリンパ節が認められなかったことより,肝転移巣から前下縦隔リンパ節に孤立性に転移したと考えた.低位前方切除,拡大肝左葉切除,肝右葉部分切除,前下縦隔腫瘤摘出術を施行した.病理組織学的に前下縦隔腫瘤は直腸癌のリンパ節転移と診断された.術後補助化学療法としてmFOLFOX6を7コース施行し,術後4年間無再発生存中である.大腸癌肝転移の肝門部リンパ節転移は予後不良因子とされているが,縦隔リンパ節への転移症例の報告は少なく,郭清の意義や予後は不明である.
大腸癌肝転移は,切除により良好な成績が示されているが1)~3),肝門部リンパ節転移陽性例では,切除後の予後は不良とされる4)5).肝臓のリンパ流の経路として,肝十二指腸靭帯方向に向かう腹腔内経路はよく知られているが,肝リンパ管の一部は横隔膜を貫き,縦隔リンパ系と交通することが報告されている6)7).肝細胞癌が縦隔リンパ節に転移した症例の報告があり8),肝臓から縦隔へのリンパ流に沿った腫瘍の転移は起こりうるが,大腸癌肝転移から縦隔リンパ節に転移したという症例の報告はまれである.今回,我々は縦隔リンパ節に孤立性に転移したと考えられる直腸癌同時性肝転移症例を経験し,切除により良好な予後が得られている.貴重な症例と考えられたため報告する.
患者:80歳,女性
主訴:なし.
既往歴:高血圧,脳腫瘍手術(頭頂部髄膜種).
現病歴:健診の採血で肝機能異常を指摘されたため,近医を受診した.腹部超音波検査で肝腫瘤が指摘されたため,検査目的で当院紹介となった.
来院時血液検査所見:Alb 3.5 g/dlとやや低値であり,Hb 12.5 g/dlで貧血は認めなかった.ALP 568 U/l,γ-GTP 154 U/l,LDH 1,067 U/lと上昇を認めた.腫瘍マーカーはCEA 55.5 ng/ml,CA19-9 239.8 IU/mlと高値を示した.
ガストロ注腸造影検査所見:直腸Ra-bに2/3周性の腫瘍性病変を認めた(Fig. 1).大腸内視鏡検査でも同様の所見で,内視鏡下生検を行い中分化腺癌が証明された.

Barium enema examination shows a mild stenosis due to a type 2 tumor in the rectum (arrow).
腹部造影CT所見:肝左葉に10.0×7.0 cm,右葉に1.0×1.0 cmの,辺縁に造影効果を伴う腫瘤を認めた(Fig. 2C, D).直腸癌の同時性多発肝転移と診断した.肝左葉の腫瘍は中肝静脈と広く接しており,浸潤が疑われた.さらに,前下縦隔に2.5×1.5 cm大の腫瘤が指摘された(Fig. 2A, B).原発巣近傍に転移を疑う腫大リンパ節を数個認めたが,上腸間膜動脈根部付近や大動脈周囲には腫大リンパ節は指摘できなかった.前下縦隔の病変は肝転移巣から前下縦隔リンパ節に孤立性に転移したものと考えた.肝十二指腸間膜内に転移を疑う腫大リンパ節はなかった.

Abdominal enhanced CT shows a 2.5×1.5-cm solitary mass lesion in the anteroinferior mediastinum (A, B, white arrows). Synchronous multiple liver metastases can be found in the left (C, large black arrow) and right (D, small black arrow) lobe of the liver. The former lesion involved the middle hepatic vein (C, arrowhead).
プリモビストによる造影MRIを施行し,画像上指摘可能な肝転移は2か所であることを確認した.肝機能評価では,ICG 15分値は5.0%,K値は0.208と良好であった.中肝静脈合併切除を伴う拡大肝左葉切除と肝右葉部分切除は十分可能であり,前下縦隔腫瘤も腹腔内からのアプローチで比較的容易に切除可能と判断した.患者は80歳と高齢であるが,performance statusは良好で,心肺に問題となる合併症はなかった.患者家族と十分相談のうえ,全ての病変を一期的に切除する方針とした.
手術所見:開腹し腹腔内を検索したが,腹膜播種の所見はなく,上腸間膜動脈根部付近,大動脈周囲に明らかな転移を疑わせる腫大リンパ節はなかった.肝十二指腸間膜内にも明らかな転移を疑うリンパ節は認められなかった.直腸癌はRb主体で,漿膜浸潤はなく,近傍に明らかな転移リンパ節を数個認めた.両側側方郭清を伴う低位前方切除,拡大肝左葉切除,肝右葉部分切除術を施行した.肝十二指腸間膜内には肉眼的に明らかな転移リンパ節はなかったので,この部位の郭清は行わなかった.最後に腹腔側より胸骨と心囊の間に入り,前下縦隔の腫瘤を摘出した.手術時間は9時間6分,出血量は1,100 mlで,無輸血であった.
摘出病変肉眼所見:直腸Rbを主体とした半周性の2型病変を認めた(Fig. 3A).明らかな転移リンパ節を数個認めたが,腫瘍近傍に限られていた.肝切除標本の割面では,肝左葉,右葉の病変ともに肉眼的に大腸癌の転移として矛盾はなく,肝離断面への腫瘍の露出はなかった(Fig. 3B, C).左葉の腫瘍は広く中肝静脈に接していた(Fig. 3B).前下縦隔の腫瘤の割面も,肉眼的には大腸癌の転移として矛盾のない所見で,切離面への腫瘍の露出はなかった(Fig. 3D).

Gross appearances of the resected specimens. A: The resected rectum with a type 2 tumor. B: The cut surface of the liver metastasis in the left lobe. White arrows indicate the middle hepatic vein. C: The cut surface of the liver metastasis in the right lobe. D: The cut surface of the anteroinferior mediastinal mass lesion. A 2.2×1.4-cm tumor, macroscopically mimicking the liver metastasis can be seen.
病理組織学的検査所見:原発巣は中分化型腺癌で深達度はss,脈管浸潤は高度でly3,v3であった.リンパ節転移は#251が9/10,#252が1/2で,領域リンパ節に10個の転移を認めたが,主リンパ節への転移はなかった.肝転移は左葉,右葉ともに中分化腺癌の転移として矛盾しない所見であった.組織学的に肝離断面への腫瘍の露出はなかった.前下縦隔腫瘤も肝病変同様,中分化腺癌の転移として矛盾のない所見で,近傍にリンパ組織の遺残を認めることから,前下縦隔リンパ節への孤立性転移と診断された(Fig. 4).

Low power histology of the resected mediastinal mass lesion shows a tubular adenocarcinoma (black arrows) adjacent to the lymphoid tissue (white arrows). This finding suggests lymph node metastasis of the rectal cancer (HE, original magnification ×20).
術後経過:特に合併症なく経過し,術後13日目に退院となった.術後補助化学療法としてmFOLFOX6を7クール施行した.術後4年が経過したが,再発を認めず,患者は良好なQOLのもと生存中である.
大腸癌肝転移は,切除により36~56%という良好な5年生存率が示されており1)~3),大腸癌治療ガイドライン2014年版にも根治切除可能な大腸癌肝転移には肝切除が推奨されると明記されている9).肝転移切除後の再発臓器としては肝臓の頻度が最も高いが10),再肝切除による良好な成績が報告されており10)11),大腸癌肝転移の治療戦略のなかで,肝切除は最も有効な治療手段として,その中心に位置づけられている.一方で,症例の蓄積により大腸癌肝転移切除後の予後に関する後ろ向き解析が多くの施設より報告されており,原発巣に関しては組織型,深達度,リンパ節転移個数などが,肝転移巣に関しては腫瘍の個数,最大腫瘍径,分布,転移時期(同時性/異時性),肝外病変の有無,術前血清CEA値,肝門リンパ節転移の有無,切除断端への癌の露出の有無などが予後を規定する因子として挙げられている1)2)5)12)13).切除断端に関しては,積極的な化学療法を併用した肝切除では,R0切除とR1切除とで予後に有意な差はないとする報告があり14),大腸癌肝転移に対する肝切除の適応はさらに拡大される傾向にある.
肝門リンパ節転移は,大腸癌肝転移切除後の予後不良因子としてしばしば取り上げられる因子である.Beckurtsら5)は,126例の大腸癌肝転移症例に対し肝切除とともに肝門リンパ節郭清を行い,28%の症例でリンパ節転移を認め,かかる症例の3年,5年生存率はそれぞれ3,0%と報告している.Rodgersら4)は,systematic reviewにより145例リンパ節転移陽性の肝転移切除症例を集計,解析し,5年生存例は5例で,5年無再発生存と明記されていた症例は1例のみであったと報告している.肝門リンパ節転移陽性例に対する肝切除や肝門リンパ節郭清の効果については否定的な報告が多いが,肝門リンパ節転移陽性例でも比較的良好な成績を報告している施設もある13).Katoら12)は,本邦18施設585例の大腸癌肝転移切除症例を検討し,肝門リンパ節郭清を施行した70例中18例に転移を認め,5年生存率は12.5%であったと報告しており,諸外国の報告と比較すると良好な成績である.肝門リンパ節転移陽性症例の肝切除適応の有無,肝門リンパ節郭清の効果については,いまだコンセンサスが得られていないのが現状である.
今回,我々が経験した症例では,直腸癌の肝転移巣から肝門方向ではなく縦隔方向へリンパ節転移を来したと考えられ,転移経路としては非常にまれといえる.切除後4年間無再発生存中であり,良好な予後が得られている.大腸癌の術後に腹部大動脈周囲リンパ節郭清を伴った縦隔リンパ節転移症例の報告があるが,転移機序として,胸管の弁機能破綻による胸管から縦隔リンパ節への逆行性腫瘍細胞流入が挙げられている15).自験例では,原発巣周囲のリンパ管浸潤,リンパ節転移は高度であったが,転移リンパ節は主リンパ節以外の領域リンパ節に限られており,大動脈周囲に明らかな転移リンパ節は認められず,原発巣から後腹膜リンパ経路を通り縦隔リンパ節へ転移したとは考えにくい.
肝臓のリンパ流に関する研究は古くからなされており,怱那7)は,肝臓から肝門に向かう経路を主とする腹腔内リンパ流の他に,横隔膜を貫いて胸腔内リンパ系に交通するリンパ流があり,以下の三つの経路があると報告している.①肝左葉前縁付近より食道裂孔を通り,あるいは左横隔膜を貫き縦隔に至る,②肝鎌状間膜近傍の肝臓から鎌状間膜内を通り,横隔膜下縁で左右に分かれ,左右の胸肋三角を貫き前下縦隔に至る,③右三角間膜近傍の肝臓から右三角間膜を通り,ここで右側の横隔膜を貫き縦隔に至る経路である.自験例では,肝左葉の巨大転移病巣は,広く肝鎌状間膜を巻き込む部位であり,②の経路で前下縦隔のリンパ節に達したと考えられる.北爪ら6)も,剖検肝150例を検討し,肝鎌状間膜リンパ本幹群が前下縦隔リンパ節,胸骨傍リンパ節へ流れる経路が66%認められたと報告している.このリンパ流に沿って実際に悪性腫瘍の転移が起こりうるのかという疑問があるが,肝細胞癌が孤立性に縦隔リンパ節に転移した症例の報告があり8),Watanabeら16)は,660例の肝細胞癌剖検例の検討で5例に縦隔リンパ節転移を認めたと報告している.肝臓から横隔膜を貫くリンパ流に沿って肝臓の悪性腫瘍が縦隔リンパ節に転移しうることが実証されている.
医学中央雑誌で「大腸癌肝転移」と「縦隔リンパ節」をキーワードに,1977年より2016年3月の期間で,自験例のように大腸癌肝転移巣から縦隔リンパ節に転移を来したと考えられる症例を検索したところ,4例の報告を認めるのみであった17)~20).うち3例は会議録であり,詳細なデータについては不明な点も多いが,自験例を含めた5例につきTable 1に示した.全例切除されており,Case 1は傍気管,気管分岐部へ2個の転移を認め,切除後右鎖骨上リンパ節に再発している.これ以外は下縦隔のリンパ節転移であった.Case 4は術後13か月間無再発生存中である.前述の如く,肝臓から縦隔へのリンパ流は3系統あると考えられているが,どの経路を通っても横隔膜近傍の下縦隔リンパ節を経由する場合が多く,ここからさらに気管や胸骨近傍のリンパ節へ向かうと考えられている7).したがって,下縦隔に転移が限局しており,かつ孤立性であると考えられる場合は,縦隔方向への転移としては比較的初期の段階と考えられ,切除によりリンパ節転移をコントロールできる可能性がある.下縦隔リンパ節への転移であれば,腹腔側からのアプローチにより,自験例のように肝切除術の際,比較的容易に摘出できる場合が多いと思われる.縦隔リンパ節転移を伴う大腸癌肝転移に対する手術適応に関しては,今後症例を蓄積し評価する必要があるが,下縦隔の孤立性リンパ節転移に関しては,自験例のように切除により良好な予後が期待できる可能性があり,症例によっては積極的な切除を試みでもよいのではないかと考えられた.
| Case | Author | Year | Age/Gender | Location of liver metastases | Metastatic status of mediastinal lymph nodes |
Treatment | Outcome | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Kurosaki17) | 1999 | 49/F | S4, S8 | Paratracheal node Subcarinal node | 2 lesions/meta | resection | 1y2m alive* |
| 2 | Tanaka18) | 2010 | 59/M | S7 | Inferior mediastinum | Solitary/syn | resection | no data |
| 3 | Horiguchi19) | 2010 | 41/F | no data | Inferior mediastinum | Solitary/meta | resection | no data |
| 4 | Yamada20) | 2014 | 64/F | S4 | Inferior mediastinum | Solitary/meta | resection | 1y1m alive |
| 5 | Our case | 80/F | S234 | Inferior mediastinum | Solitary/syn | resection | 3y10m alive | |
syn: synchronous, meta: metachronous, *: alive with subclavian LN recurrence
利益相反:なし