日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
予防的直腸切断術後に会陰部創より発癌を認めたクローン病の1例
堀尾 勇規池内 浩基坂東 俊宏平田 晃弘蝶野 晃弘佐々木 寛文後藤 佳子井出 良浩廣田 誠一内野 基
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2017 年 50 巻 11 号 p. 921-927

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Abstract

症例は50歳の女性で,22歳時に小腸大腸型のクローン病(Crohn’s disease;以下,CDと略記)と診断された.34歳時に直腸膣瘻,直腸狭窄,肛門周囲膿瘍を認め,下行結腸人工肛門を造設されるも改善を認めず,48歳時に当科紹介となり,直腸切断術を伴う大腸全摘術,永久回腸人工肛門造設術を行った.術前の検査では,腫瘍マーカーは正常であり,切除標本の病理検査でも悪性所見は認めず,persistent sinusを合併することもなく会陰部創は閉鎖した.術後2年目より会陰部創に硬結を認め,疼痛を訴えるようになり,腫瘍マーカーの上昇を認め,MRIにて膣背側から会陰方向に内部不均一な腫瘤性病変を認めた.全身麻酔下に腫瘍の生検施行したところ粘液癌と診断され,膣後壁合併切除を伴う腫瘤摘出術を施行した.CDの予防的直腸切断術後の発癌症例は,極めてまれであり報告する.

はじめに

近年,クローン病(Crohn’s disease;以下,CDと略記)の癌合併症例が増加傾向にあり,本邦では,70~80%の症例で直腸肛門病変に合併すると報告されている1).しかし,狭窄や疼痛のために有効なサーベイランス法がなく,早期診断が困難なため,予後不良である.そのため,難治性の直腸肛門病変に対しては,予防的に直腸切断術を施行する場合がある.今回,我々は予防的直腸切断術後に,会陰部創より発癌を認めた極めてまれな1例を経験したので報告する.

症例

患者:50歳,女性

主訴:会陰部創の疼痛

既往歴:特記すべきことなし.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:22歳時に腹痛を繰り返すようになり,精査にて小腸大腸型のCDと診断された.23歳時に狭窄のため,他院で回盲部切除術を施行されている.34歳時に直腸狭窄,直腸膣瘻,肛門周囲膿瘍を認めたため,ループ式の下行結腸人工肛門造設術を施行された.空置しているにもかかわらず,肛門周囲膿瘍を繰り返し,48歳時に難治性痔瘻,肛門周囲膿瘍に対しseton術施行されるが改善認めず,さらに前回吻合部と口側回腸に内瘻を形成し,結腸にも狭窄病変を認めたため,当科に紹介となった.当科では,前回吻合部を含めた残存大腸全摘術,直腸切断術,永久回腸人工肛門造設術を施行した(Fig. 1).直腸膣瘻は閉鎖しており,瘻孔は,3時,11時方向に2次口を認め,高位に進展する瘻孔であった.活動性痔瘻であり,瘻孔部を含め可及的に炎症のある周囲組織を含むように直腸切断術を施行した.術前の検査では,腫瘍マーカーは正常(CEA:1.1 ng/ml,CA19-9:4.3 U/ml)であり,切除標本の病理組織学的診断でも明らかな悪性所見は認めなかった.退院後は,前医にてフォローアップされていたが,前回手術の2年後より会陰部創に疼痛を認めるようになった.CTにて,会陰部から骨盤にかけての炎症性変化と診断し,抗生剤の投与を開始するも症状が持続するため,再度当科へ紹介となった.

Fig. 1 

Macroscopic view of the partial ileal resection and total proctocolectomy. Arrow: Sigmoid colon and rectum. Arrowhead: Ileum and colon, including previous anastomosis. Transverse colon with stenosis. Descending colon and sigmoid colon with longitudinal ulcer.

入院時身体所見:会陰部創の2時~8時方向にかけて径2 cm大の可動性不良な腫瘤を触知した.

血液生化学検査所見:腫瘍マーカーが,CEA:43 ng/ml,CA19-9:735.6 U/mlと上昇を認めたが,その他の血液生化学検査所見には異常を認めなかった.

骨盤MRI所見:T2強調画像で,膣背側から会陰方向に左側を中心とする内部不均一な3.5×2.5×4 cm大の腫瘤性病変を認めた.同部は,拡散強調画像では辺縁に淡い高信号を呈していたが,拡散係数では明らかな低下を認めず,MRI上,悪性腫瘍は否定的との報告であった.その他明らかな所見は認めなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

A pelvic MRI shows a mass lesion invading the pelvic floor muscles. a: Axial view (T2-weighted image), b: Diffusion weighted image, c: Sagittal view (T2-weighted image).

全身麻酔下での会陰部生検所見:麻酔下にて腫瘍の生検を施行したところmucinous adenocarcinomaと診断された(Fig. 3).

Fig. 3 

Histopathological examination with HE staining shows mucinous adenocarcinoma.

MRI上,尿路系への浸潤は認めなかったが,子宮,膣に腫瘤が近接していた.そのため術前に当院婦人科にコンサルトを行い,経膣エコー,細胞診を施行するも,粘膜面への癌浸潤は認めなかった.術中所見にて,子宮,膣への浸潤を認めた場合は,合併切除を行うこととした.

手術所見:開腹所見は,少量の腹水を認め,細胞診を行ったが,悪性所見はなく,腹膜播種性病変も認めなかったため,予定通り会陰部より腫瘤摘出術を施行することとした.腫瘍は左側を中心に5×5 cm大で存在し,会陰部腫瘍の周囲の脂肪織を含むように切除を行った(Fig. 4).尾骨に浸潤は認めなかったが,膣後壁に明らかに浸潤を認めたため,後壁を合併切除した.切除断端の4方向を切除し,術中迅速病理標本として提出したが,明らかな悪性所見を認めなかった.

Fig. 4 

Macroscopic view of the pelvic tumor and the posterior wall of vagina and perineal skin (61×56 mm).

病理組織学的検査所見:線維化を伴う低分化型腺癌の浸潤を認め,脈管侵襲,神経周囲侵襲を伴っていた(Fig. 5).癌の近傍に類上皮細胞性肉芽種を認めた(Fig. 6).

Fig. 5 

Histopathological examination with HE staining shows poorly differentiated adenocarcinoma with vessel and nerve invasion.

Fig. 6 

Histopathological examination with HE staining shows granuloma in the neighborhood of the carcinoma.

術後経過:軽度腎機能障害を認めるものの,補液により改善した.その他,問題なく経過し,第26病日に退院となった.退院前の腫瘍マーカーは,CEA:3.2 ng/ml,CA19-9:39 U/mlであった.退院後は,前医にて化学療法が行われた.残存小腸が170 cmと短腸なため5-FU/LVのみとし,2コース施行後に会陰部創の治癒が確認されたため,放射線療法が(50 Gy/25回)施行された.放射線療法から5か月後に右肺に結節を認め,増大傾向であることから,鏡視下右肺中葉部分切除術が施行され,病理組織学的診断は,肛門病変からの転移であった.肺切除術施行後は,骨盤内を含め,明らかな再発はなく,当科での腫瘤摘出術施行から13か月経過され,生存中である.

考察

CDは,罹患期間が長期になると,炎症粘膜を背景に発癌するリスクが高くなる.近年,癌合併症例が増加傾向にあり,本邦においてもさまざまな報告がなされてきているが,通常の大腸癌と比較して,まだ症例数は少なく,十分な検討がなされていないのが現状である.欧米でのmeta-analysisにおいては,一般人口に比べて,相対危険度2.4と,有意に高いことが示されており2),CD診断後の累積大腸癌発生率は,10年で2.9%とする報告がある3).発癌の危険因子としては,40歳未満での診断,10年以上の罹患期間,広範な結腸病変,狭窄病変,小腸から遠位であるほど癌合併頻度が高いと欧米では報告されている4)~7).一方,杉田ら1)は,本邦においては欧米と異なり,痔瘻癌を含めた直腸肛門管癌が多く,組織型では,粘液癌が多いことが特徴であると述べている.当科における検討でも,CD患者1,096人中,発癌症例は34例あり,直腸肛門管癌症例は,24例(70.6%)と高頻度であった8).組織型は,粘液癌が15例(44.1%)を占めていた.また,早期診断が困難で,診断時点で進行癌が多く,累積5年生存率は46.2%と予後不良であった8).そのため,肛門病変が10年以上の長期にわたる症例で,狭窄や瘻孔などの病変を有する症例は,癌化のリスクを考慮し,予防的な直腸切断術を推奨する報告もある9)10).本症例は,小腸病変の手術時に難治性肛門病変も合併したため,同時に予防的な直腸切断術を行った.また,CDの直腸肛門病変に対する直腸切断術後には23%の割合でpersistent sinusを合併すると報告されている11).本症例は,合併することなく会陰部創は治癒したが,術後から2年後に会陰部創より発癌を認めた.

潰瘍性大腸炎の大腸全摘術,回腸囊肛門吻合術後の発癌症例の仮説として,島状に残存した粘膜からの発癌ではないかとの報告がある12)13).本症例の明らかな発癌の原因は不明であるが,当初癌の合併は疑っておらず,直腸切断時は,瘻孔を含め,その周囲組織とともに最小限の切除を行った.そのため軟部組織または瘢痕組織内にわずかに残存した粘膜,瘻管などの炎症組織から発癌した可能性がある.

医学中央雑誌で1977年から2016年6月の期間で「クローン病」,「発癌」,「腹会陰式直腸切断術」,PubMedで1950年から2016年6月の期間で,「Crohn’s disease」,「carcinoma」,「abdominal perineal resection」をキーワードとして検索した結果,本邦からは,直腸肛門病変に対して,直腸切断術を施行した6か月後に会陰部に扁平上皮癌を合併した症例と14),3年後に遺残尿道瘻が原発と考えられる粘液癌の症例が報告されていた15).欧米の報告では,痔瘻癌に対して直腸切断術後に,会陰創部に局所再発を来した症例報告のみであり,予防的な直腸切断術後の発癌症例の報告はなかった16)17)

CDの肛門病変は複雑であり,手術時には広範囲な切除を要することや,persistent sinusを生じる頻度が高いため11)18)19),予防的な直腸切断時にどこまでの範囲を切除するかは一定の見解が得られていない.今回,予防的な直腸切断術施行後に,会陰部創より発癌を認めた極めてまれなCDの1例を経験した.CDに合併する癌は早期診断が困難であり進行癌で診断されることが多いが,疼痛や粘液排出などの臨床症状の変化があった時点で,MRI,内視鏡検査を行い,癌合併が疑われる場合は,組織診,細胞診を繰り返し行う1).予防的な直腸切断術後も同様に定期的な会陰部創の診察が必要であり,臨床症状や局所症状の変化を見逃さないことが重要である.

利益相反:なし

文献
 

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