日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
腹腔内褐色脂肪腫の1例
雄谷 慎吾生田 宏次青野 景也小川 明男渡邊 哲也服部 正興安藤 公隆山口 貴之浅野 昌彦溝口 良順
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2017 年 50 巻 11 号 p. 905-912

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Abstract

症例は66歳の女性で,2014年9月に当院内科でのCTで左上腹部腫瘤を指摘され,6年前と比較し緩徐な増大傾向であった.造影CTでは結腸脾彎曲外側に接する85×55×35 mm大の多血性腫瘤を認めた.動脈血は下腸間膜動脈から得ており,静脈血は上腸間膜静脈に流入していた.下部消化管内視鏡検査では下行結腸に異常所見は認めなかった.以上より,下行結腸粘膜下腫瘍の術前診断で手術を施行した.腹腔鏡下に下行結腸とともに腫瘍を授動して小開腹し体外で観察すると,色調は茶褐色で下行結腸とは容易に離れ,腫瘍近傍で動静脈を結紮し摘出した.病理組織学的には褐色色素を含む脂肪細胞の結節性の増生を認め,褐色脂肪腫と診断した.褐色脂肪腫は若年成人の大腿部などに好発するまれな良性腫瘍である.今回,我々は術前診断には至らなかったが,極めてまれな下行結腸に接した腹腔内褐色脂肪腫の1例を腹腔鏡補助下に切除しえたので報告する.

はじめに

褐色脂肪組織は冬眠動物にみられる組織で,熱産生に関与し,ヒトでは胎児や新生児にも存在する1).褐色脂肪腫は褐色脂肪組織から発生したと考えられる腫瘍で,好発部位は肩,背中,頸部などである.今回,我々は腹腔鏡補助下に切除した腹腔内褐色脂肪腫の1例を経験した.自験例は腹腔内の下行結腸に接して存在し術前診断に苦慮したが,極めてまれであるので文献的検討を加えて報告する.

症例

症例:66歳,女性

主訴:なし.

家族歴:特記すべきことなし.

既往歴:高血圧症(内服治療中)

現病歴:2014年9月に当院内科通院中に施行したCTで左上腹部腫瘤を指摘され,retrospectiveには6年前のCTですでに存在しており経時的に緩徐に増大傾向であった.

入院時現症:身長137.5 cm,体重33.4 kg,体温36.6°C,脈拍65回/分,血圧143/66 mmHg,腹部に圧痛,反跳痛,筋性防御は認めず,腫瘤も触知しなかった.

入院時検査所見:CEA 4.6 ng/ml,CA19-9 <0.6U/mlであった.

腹部造影CT所見:結腸脾彎曲外側に接し境界不明瞭な85×55×35 mm大の辺縁平滑な多血性腫瘤を認めた.動脈相では下腸間膜動脈から分岐する左結腸動脈からと上腸間膜動脈からの分岐する中結腸動脈左枝から腫瘤に向かう太い栄養血管を認め,静脈相では腫瘤から下腸間膜静脈と合流し上腸間膜静脈に流入する太い静脈を2本認めた(Fig. 13).

Fig. 1 

CT shows an 85×55×35 mm hypervascular mass (arrows) in contact with the descending colon. a: axial, b: coronal, c: sagittal.

Fig. 2 

3D-CT angiography shows this mass was fed by the inferior mesenteric artery and the left branch of middle colic artery. Bold arrows represent the feeding arteries. SMA: superior mesenteric artery, lt. branch of MCA: left branch of the middle colic artery, MCA: middle colic artery, IMA: inferior mesenteric artery, LCA: left colic artery.

Fig. 3 

3D-CT angiography shows this mass drains to the superior mesenteric vein. Bold arrows represent drainage veins. PV: portal vein, SMV: superior mesenteric vein, Splenic V: splenic vein, IMV: inferior mesenteric vein.

大腸内視鏡検査所見:下行結腸に異常所見は認めなかった.

造影MRI所見:表面平滑な多血性腫瘤で,T1強調画像で筋と比べて同等~低信号,皮下脂肪と比べて低信号で,T1脂肪抑制画像では皮下脂肪と比べて脂肪抑制効果をほぼ認めなかった.T2強調では筋と比べて不均一でやや高信号,皮下脂肪と比べて不均一な低信号であった.また,デュアルエコーでは,信号の低下は認められなかった(Fig. 4).

Fig. 4 

(a) MRI shows an 85×55 mm hypervascular mass (arrows) with a flow void. No signal decrease of the mass out of phase (b) was seen compared with it (arrows) in phase (c).

腹部超音波検査所見:表面平滑で内部に血管を豊富に含む不均一な多血性腫瘤であった.

以上の所見より,結腸の消化管間質腫瘍を念頭に置き,下行結腸粘膜下腫瘍の術前診断でリンパ節郭清を伴う下行結腸切除術の方針とした.

手術所見:全身麻酔下に5ポートで腹腔鏡補助下手術を施行した.腹腔内検索では明らかな肝転移,腹膜播種は認めなかった.内側アプローチにより左結腸動脈とS状結腸動脈の共通幹を切離した.下腸間膜静脈はこのレベルで切離した.腫瘍は茶褐色で結腸とは境界明瞭で周囲への浸潤は認めず,結腸と同一腔に存在しており結腸脾彎曲とともに授動が可能であった.臍部のカメラポート創を延長し体外操作に移行した.体外で腫瘤を観察すると褐色で平滑な腫瘤で下行結腸とは連続していなかった.太い血管茎を2本認め腫瘍近くで結紮切離し腫瘤を摘出した(Fig. 5).再度腹腔鏡下に観察したところ腸管の色調に問題はなく血流は良好と判断し腸管を切除することなく手術を終了した.

Fig. 5 

Intraoperative photograph shows that the tumor is brownish-red and is easily removed from the descending colon.

切除標本肉眼所見:褐色で表面平滑,弾性軟な8.0×6.0 cmの腫瘤で,太い血管茎を2本有していた(Fig. 6).割面は茶褐色,多孔質でよく分画された腫瘤であり,太い栄養血管を内部にも有する.

Fig. 6 

Excised specimen shows that the tumor is brownish-red with two pedicles of the artery and vein near the tumor. a: appearance, b: cutting plane.

病理組織学的検査所見:少量の脂肪を含む好酸性腫瘍結節であった.好酸性顆粒を有する円形細胞と好酸性顆粒,中心性の核を有する大きい多辺形,多空胞細胞と脂肪細胞に類似した偏在性核を有する単空胞細胞を全て認め褐色脂肪腫と診断した(Fig. 7).

Fig. 7 

Microscopic examination shows an increase of tubercle fat cells, including brown pigment (HE). Small adipose multivacuoles are found in the eosinophilic circular tumor cells (arrows).

免疫染色検査所見:S-100は細胞質と核に陽性を示し,成熟細胞は膜に陽性であった(Fig. 8).

Fig. 8 

The tumor is positive for S-100 on immuno­staining.

患者は,良好な術後経過で第9病日に退院した.

考察

褐色脂肪組織は,白色脂肪組織と異なり,鉄やミトコンドリアを多く含有しており,十分な酸素供給も必要なことから血管も発達しているため,外見は褐色を呈する1).新生児期には褐色脂肪組織も豊富であるが,成長とともに減少し成人では4割程度になるといわれている.

褐色脂肪腫はこの褐色脂肪組織に由来する腫瘍でWHO Classification of Soft Tissue Tumoursでは,adipocytic tumoursの中のhibernoma(8880/0)に分類され,少なくともある部分に粒状,多空胞の細胞質を伴う褐色脂肪細胞を有する良性の脂肪腫瘍と定義されている2)

褐色脂肪腫は1906年Merkelによってはじめて報告され,良性脂肪腫瘍の1.6%を占め,脂肪細胞腫瘍の約1.1%を占める3)4).平均年齢は38歳と若く30~40歳代で60%を占め,わずかに男性が多いとされる4).また,大きさの平均は9.3 cmと報告され,分葉状で色調は黄色から茶色である4).大部分は大腿で認められるが,ついで胴体,上肢,頭部や頸部で認められ,腹腔内や胸腔内に認められるのは10%以下であ‍る5)

褐色脂肪腫は比較的緩徐に増大する腫瘍で,MRIで非脂肪性の中隔形成を認めることがあるが,これは脂肪腫では認められない特徴である.CTでは,褐色脂肪腫は脂肪と骨格筋との中間の組織減衰で,造影効果を認めるとされる6).さらに,PETで集積が亢進するという報告もある7).自験例では,CT,MRIで結腸動脈より栄養される多血性腫瘍で,造影MRIのT2強調像の信号はそれほど強い信号強度ではなく,一般的な血管原性腫瘍にしては少し信号が低いが淡い高信号を呈し,T1強調画像で低信号を呈しており,非特異的な信号強度であった.また,デュアルエコーではout of phase像での信号低下がみられなかった.Retrospectiveにみるとflow voidを認めており褐色脂肪腫で矛盾のないMRI像であった8).Ritchieら8)によると,褐色脂肪腫においては褐色脂肪細胞(eosinophilic cellとpale cell)と白色脂肪細胞の割合がMRI所見に反映されると述べており,non-lipoma-like variantとlipoma-like variantに分類しているが,徳本ら9)はnon-lipoma-like variantのMRI所見は非特異的であり,血管脂肪腫および多形型脂肪腫などの脂肪腫の亜型や脂肪が細胞腫,血管腫,弾性線維腫および高分化型脂肪肉腫などとの鑑別が必要となると述べている.

褐色脂肪腫は,①好酸性顆粒を有する円形細胞,②好酸性顆粒,中心性の核を有する大きい多辺形,多空胞細胞,③脂肪細胞に類似した偏在性核を有する単空胞細胞の3種類の特徴的な細胞により確定診断される10).病理学的にその多形褐色脂肪細胞や毛細血管,増殖や間質背景により六つの異型タイプに分類される2)4).Furlongら4)による報告をTable 1にまとめた.大部分の腫瘍は,豊富な粒状細胞質や小型の中心核を伴う多数の多空胞褐色脂肪細胞からなるgranular or eosinophilicタイプである.構成させる褐色脂肪細胞の割合から,細胞質が少なく多房性の脂肪滴を有する淡い染色性のpaleタイプや,両方が混在したmixedタイプに分類される.また,普通の白色脂肪に囲まれた褐色脂肪の小さな塊からなる“lipoma-like”タイプや,粘液状の間質を伴うまれなmyxoidタイプや,紡錘細胞からなり頭頸部のみに発生するspindle cellタイプなどもある.自験例は多空胞細胞と好酸性細胞の割合がほぼ同等のmixedタイプであると診断した.免疫染色検査では,時として脂肪細胞でも陽性となるS-100蛋白に強陽性となるとされるが,自験例では陽性となった.ただ,S-100蛋白に陽性となる腫瘍が多く特異的な免疫染色ではない.また,spindle cellタイプはCD34で陽性となり,その他の変異タイプでは陰性となるが,自験例では陰性であった4).褐色脂肪腫は完全切除で再発はみられず,全ての変異タイプで予後良好な腫瘍であるとされる4).ただし,悪性褐色脂肪腫の報告はある11)

Table 1  One hundred seventy cases of hibernoma
Type Number (n=78) Gender (M:F) Age Favorite site
Typical 140 (82%) 77:63 38 femoral, lower back, upper extremity
 Pale 75 (54%)
 Mix 41 (29%)
 Eosinophilic 24 (17%)
Myxoid 14 (9%) 13:1 32 head and neck
Lipoma-like 12 (7%) 7:5 36.5 femoral, lower back
Spindle cell 4 (2%) 3:1 32.5 head

医中誌Web(1970年~2016年)で「褐色脂肪腫」のキーワードで検索したところ(会議録除く),腹腔内褐色脂肪腫の切除例の報告はみられなかった.さらに,PubMed(1950年~2016年)で「hibernoma」,「intra-abdominal」のキーワードで検索したところ(会議録除く),後腹膜の褐色脂肪腫を6例認めるのみであった12)~17)

自験例では,CT所見で下行結腸と密に接していたが,大腸内視鏡検査では大腸粘膜に異常所見を認めなかった.CT,MRIより多血性腫瘤で下腸間膜動脈より主に栄養されており結腸粘膜下腫瘍と術前診断し,腸切除を前提にして腫瘍を栄養する血管の処理を先行する内側アプローチでリンパ節郭清と血管処理を先行する手術を行った.出血のリスクがあるため術前に経皮的生検は施行しなかった.腫瘍は下行結腸とは連続しておらず腸管の切除も不要で,結果的には良性疾患であったためリンパ節郭清の必要もなかった.今回,左結腸動脈を切離しても幸い腸管血流は保たれており不要な腸管切除を施行せずに済んだが,外側アプローチで腫瘤を肉眼的に確認してから血管処理などを行った方がよかったかもしれない.また,MRIのデュアルエコーで信号が落ちておらず,脂肪性の腫瘍は除外していたため,術前診断には至らなかった.

今回は術前診断に至らなかったが,本症例を術前に診断できた場合は経過観察可能である.しかし,一般的に多血性腫瘤であり,緩徐であるが増大する.本症例では術前に診断できなかったが,初診の6年前より緩徐に増大していたため大腸粘膜下腫瘍の診断で切除の方針となった.完全切除で治癒しうる良性腫瘍のため,本症例を術前に診断できた場合は画像所見より診断が可能な場合も定期的な画像による経過観察を行い,切除のタイミングを逃さないことにすることが肝要である.

稿を終えるにあたり,自験例の3D画像構築および画像検査所見の検討に際して多大な協力をいただいた当院放射線技師,加藤朋美氏に深謝申し上げます.

利益相反:なし

文献
 

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