日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
十二指腸癌に対して腹腔鏡補助下膵温存十二指腸全摘術を施行した1例
上里 安範砂川 宏樹西巻 正
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2017 年 50 巻 5 号 p. 372-378

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Abstract

今回,我々は十二指腸粘膜内癌に対して腹腔鏡補助下膵温存十二指腸全摘術(laparoscopic assisted panceras preserving total duodenectomy;LAPPTD)を施行したので報告する.症例は64歳の男性で,上部内視鏡検査で十二指腸ファーター乳頭近傍に全周性の粘膜異常を認めた.生検では明らかな悪性所見は認めなかった.病変部位と範囲より外科的十二指腸全摘の方針とした.内視鏡所見より悪性だったとしても粘膜内癌であると思われ,リンパ節郭清は必要ないと判断した.5 portで手術を開始し,十二指腸受動,胃幽門および上部空腸切離を腹腔鏡下で行った後,上腹部に小開腹を置いて十二指腸摘出,胆管空腸吻合,膵管空腸吻合を施行した.手術時間は11時間10分,出血量は310 mlだった.術後の経過は概ね良好だった.病理結果はduodenal cancer,深達度はMだった.術後2年6か月現在無再発で経過している.

はじめに

十二指腸良性腫瘍などに対して膵温存十二指腸切除術(pancreas preserving total duodenectomy;以下,PPTDと略記)を施行したという症例報告は少ない.さらに,報告例はいずれも開腹手術であり1)~9),腹腔鏡補助下で施行したという報告例はない.今回,我々は十二指腸癌に対して腹腔鏡補助下膵温存十二指腸全摘術(laparoscopic assisted pancreas preserving total duodenectomy;以下,LAPPTDと略記)を施行したので報告する.

症例

患者:64歳,男性

主訴:心窩部痛,悪心

既往歴:2型糖尿病(インスリン導入未)

現病歴:心窩部痛,悪心に対して上部内視鏡検査を施行した.十二指腸Vater乳頭近傍に全周性の粘膜異常を認めた.生検は2回施行したが,中等度核異型を示す腺腫上皮の増殖を認めるのみで悪性所見はみられなかった.病変部位と病変範囲より内視鏡的切除は困難であり,外科的切除の方針とした.

現症:167 cm,71 kg.腹部は平坦,軟であり,有意所見はなかった.

血液検査所見:HbA1c 7.8%と高値であった.腫瘍マーカーには異常なし(CEA 1.5 ng/ml,CA19-9 20 U/ml).

その他異常所見は認めなかった.

上部内視鏡検査所見:乳頭部より約2 cm肛門側にほぼ全周性の粘膜異常を認めた.粘膜はびらん状であり,出血は認めなかった.同部位より2回生検を行ったが,中等度核異型を示す腺腫上皮増殖を認めるのみで明らかな悪性所見は認めなかった(Fig. 1).

Fig. 1 

Upper endoscopic findings: near-circumferential abnormal duodenal mucosa located close to Vater’s papilla.

腹部造影CT所見:十二指腸に明らかな異常所見を認めず,他臓器転移なども認めなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

Contrast-enhanced abdominal CT findings: no abnormal duodenal findings can be observed, and there is no metastasis.

腹部MRCP所見:主膵管と副膵管との癒合不全はなく,副膵管は副乳頭に開口していた.膵胆管合流異常も認めなかった(Fig. 3).

Fig. 3 

MRCP findings: there is no pancreatic duct dysraphism, or malfusion of the pancreaticobiliary ducts.

病変の広がりからして内視鏡下切除は困難であると判断し,外科的切除を選択した.内視鏡検査所見より,悪性であったとしても粘膜内癌であると思われ,リンパ節郭清は必要ないと判断した.並存疾患として2型糖尿病があったため,可能ならば膵温存が望ましいこと,さらに開腹創をなるべく小さくすることを考慮しLAPPTDを予定した.患者および家族へは,「初めて行う術式である」こと,「日本全国においても前例のない術式である」こと,「糖尿病増悪を避ける目的で可能なかぎり膵臓を温存したい」こと,「手術操作が困難であると判断した場合には途中から開腹手術へ移行する,もしくは通常の膵頭十二指腸切除術に変更する」ことを,時間をかけて十分に説明した.最終的に説明に納得され,同意を得た.

手術所見:(鏡視下操作)臍下部に12 mm port,左右側腹部および左右下腹部に5 mm portを留置して計5 portで手術操作を行った.まず網囊内に入り,右胃大網動静脈を同定し切離した.続いて十二指腸幽門側を切離すべく周囲をトリミングした.その際に右胃動静脈も切離した.胃幽門輪を温存して十二指腸幽門側を切離した後,断端を把持し牽引しながら十二指腸の授動を行った.十二指腸右側は通常のKocher授動を行い,左側は膵実質と十二指腸漿膜との間を乳頭部近くまで切離した.その後上部空腸をトライツ靭帯から10 cmの部位で切離し,断端を把持しながら空腸の受動を行った.空腸側からの剥離授動を進め,口側からの剥離層と連続させた.これで十二指腸は膵頭部でのみ繋がった状態となった.続いて胆囊を剥離し胆囊管にC tubeを留置した.以上を鏡視下で行い,上腹部正中に6 cmの小切開を置き開腹操作へ移った.開腹時に胆囊は摘出した(Fig. 4).

Fig. 4 

a: Operative wound. 12-mm port: subumbilical, 5-mm port: right and left upper quadrants, and right and left lateral regions, 6-cm laparotomy wound: middle of the upper abdomen. b: Laparoscopic surgery: separating duodenum from nearby organs by grasping the cut end.

(開腹操作)直下に乳頭部が確認できた(Fig. 5).副膵管は結紮切離した.そのまま乳頭部を切離し標本摘出した.十二指腸粘膜は残さないよう膵臓側へ若干切り込み,共通管は切離した.

Fig. 5 

Laparotomy: before the resection of the duodenal papilla.

(再建)Retro-colicに挙上させた空腸に,胆管および膵管を端側で吻合した.胆管は約5 mm切開し吻合しやすくした.その30 cm肛門側に胃との吻合を側側で行った.ブラウン吻合は行わなかった(Fig. 6).

Fig. 6 

Reconstruction: we made an end-to-side anastomosis between the common bile duct and the jejunum, respectively, the main pancreatic and jejunum. We performed a side-to-side gastrojejuno­stomy.

切除標本所見:乳頭開口部と病変との距離は約1 cmだった.病変は全周性に及んでいた(Fig. 7).

Fig. 7 

a, b: Resected specimen: the distance between the lesion and the duodenal papilla was approximately 1 cm. The lesion was circumferential.

病理組織学的検査所見:粘膜内に核異型を認めた.基底膜への浸潤はなかった.病理学的診断はduodenal cancer,early stage 7.5×5 cm Type 0-IIa tub1 pM pPM0 pDM0だった(Fig. 8).

Fig. 8 

a, b: Pathological findings: nuclear atypia is found in the mucous membrane, with no invasion through the basement membrane. The pathological diagnosis was early stage duodenal cancer, 7.5×7.5 cm, type 0-IIa tub1 pM pPM0 pDM0.

術後経過:術後3日目から飲水を開始,術後5日目に食事を開始した.Grade Aの膵液瘻を認めたが,保存的に軽快した.術後血糖コントロールが不良であり結果的にインスリン導入となった.インスリン量の調節や自己注射の指導もあり術後33日目に退院とした.C tubeは外来で抜去した.術後2年6か月現在無再発で経過している.

考察

十二指腸病変に対してPPTDを施行したという報告例は少ない.過去の報告では,家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis;FAP)に合併した十二指腸ポリポーシス1)2)や外傷による十二指腸損傷3),十二指腸憩室出血4),リンパ節郭清が不要な良性腫瘍5),低悪性腫瘍6)~9)などでPPTDが施行されていた.これらの報告でも述べられているように,膵頭十二指腸切除術(pancreaticoduodenectomy;以下,PDと略記)と比べて完全に膵温存ができるという点がPPTDの最大のメリットである.患者にとって非常に魅力的な術式だが,非定型手術のため適応には注意が必要である.十二指腸病変に対して切除を考慮したとき,①内視鏡下切除が困難である,②良性もしくは粘膜内癌である,③十二指腸局所切除または全層切除では完全切除が困難である,であればPPTDを選択肢に入れても良いのではないかと我々は考える.①に関しては,腫瘍sizeが10 mm以上であること(十二指腸は粘膜下層の膨隆が得られにくいという特性),病変が十二指腸管腔の半周以上を占めていること(術後狭窄のrisk,特にESD),乳頭部腫瘍であることが挙げられる10)11).②に関しては,SM以深の場合リンパ節郭清の必要があるためPPTDは適応外であると考える.③に関して,近年十二指腸病変に対する腹腔鏡・内視鏡合同手術(laparoscopy and endoscopy cooperative surgery;以下,LECSと略記)の報告が増えている.ESDで穿孔しても腹腔内から縫合閉鎖でき,かつ縮小手術が可能なことがメリットとして述べられているが,長期成績や手術との比較に関する報告はまだない.今後LECSに関する症例が増えてくる可能性は高いが,それでも乳頭部腫瘍の場合には単純縫合閉鎖ができないこと,管腔の大部分を占拠する病変に関しては縫合後の狭窄riskが高くなること考慮すると,今後も切除手術が必要な症例,その中でも可能であればPPTDが望ましい症例は存在すると考えられる.

手術手技の面からみると,PPTDでは十二指腸と膵臓との間を剥離するというPDでは行わない操作が加わる.十二指腸と膵臓は同じ膵十二指腸動脈により栄養されているが,十二指腸壁近傍ではその本幹より分岐する何本かの十二指腸枝により栄養されており,膵臓の辺縁に付着してはいるものの一体化したものではない.したがって,膵前面および背面の辺縁より十二指腸を囲むように分布する十二指腸枝を切離することにより十二指腸のみの切除が可能となる.同部位は出血すると止血するのに難渋するが,vessel sealing systemを用いて膵頭部寄りで切離することで比較的安全に剥離できた.副膵管は膵液瘻のriskを下げるために結紮切離が必要である.術前にMRCPで走行を確認し,十二指腸と膵頭部の剥離操作の際に処理する.本症例では小開腹下で行った.乳頭部では共通管を温存するようにして剥離することで,胆管および膵管それぞれを吻合する必要がなくなる.PDにおける膵実質切離と同様に共通管そのものはメスなどで鋭的に切離する必要がある.過去の報告でもほぼ共通管を温存して切離しており,その後の経過も概ね良好だった.本症例では共通管を切離することになったが,過去の報告では共通管温存により手術時間が短縮でき縫合部位が少なくなると述べている.本症例のように悪性疾患の可能性があり病変からのマージンが不十分となってしまう危険性がある場合には,共通管温存よりも十二指腸を確実に切除することを優先するべきである.

本症例において我々は病変の範囲,深達度からPPTDを選択した.さらに,創部縮小,腹壁破壊の軽減を目的としてLAPPTDを行うこととした.医学中央雑誌で1977年から2015年12月の期間で「膵温存十二指腸全摘術」,「腹腔鏡」をキーワードとして検索した結果,1件もヒットしなかった.一般的に腹腔鏡下手術のメリットは創部縮小および拡大視野である.十二指腸の剥離や上部空腸の切離,授動は鏡視下でも困難ではなく,十二指腸口側および上部空腸肛門側を先に切離し断端を把持することで安全に遂行できた.本症例では乳頭部近傍の剥離授動までを鏡視下で行ったが,拡大視野下であれば乳頭部の剥離,切離も鏡視下で行えるかもしれない.ただし,共通管吻合もしくは胆管,膵管の吻合に関しては鏡視下操作はかなり難易度が高い.腹腔鏡下PDにおいても膵管空腸吻合が最も難しく,同手技のqualityが術後QOLおよび在院日数に直結することが知られている.本症例では上腹部に6 cmの小開腹創を置いて直視下で胆管空腸吻合および膵管空腸吻合を行った.小切開の長さは患者の体型によるが,確実な再建操作を行うためには4~6 cmは必要と思われる.PPTDは定型化されたものではなく,十二指腸と膵頭部を剥離するという一般的ではない手術操作が加わる.同部位の解剖を頭に入れ,出血しやすく止血が困難であることを念頭に置く必要がある.

PPTDの合併症としてdelayed gastric emptyingや急性膵炎の報告が多いものの12),PDと頻度を比較した報告はない.本症例ではいずれもみられなかった.PPTDはPDに比べてmorbidity,mortalityがほぼ同等であるとの報告はあるものの3),短期成績であり今後さらなる検討が必要である.

今回,我々は十二指腸粘膜内癌に対してLAPPTDを施行した1例を報告した.LAPPTDは膵温存や手術創の縮小,拡大視野というメリットはあるものの,非定型手術であり長期成績についても明らかではない.今後さらなる症例蓄積および解析を行い,本術式の有用性について検討したい.

利益相反:なし

文献
 

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