2018 年 51 巻 11 号 p. 688-693
骨髄異形成症候群の経過で胃癌が発見され,根治切除を行った1例を経験したので報告する.症例は87歳の女性で,3年前に骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome;以下,MDSと略記)(RCUD/RA)と診断され当院血液内科に通院中であったが腹部CTを契機に胃角部に胃癌が発見され,臨床病期はcT4aN2M0 cStage IIIBであった.高齢であったが本人と家族は手術を希望され根治切除を行った.好中球減少に対する支持療法として周術期にG-CSFは1日のみ投与し,抗菌薬は執刀直前と執刀後3時間後,帰室4時間後にcefazolin sodium 1 g/回を投与した.切除標本の病理結果はpT3N2M0 pStage IIIAであった.術後経過は良好で術後16日目に自宅退院した.MDSを合併した消化器癌症例に対する手術治療の報告は少なく,貴重な症例と考え報告する.
骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome;以下,MDSと略記)は3血球系統の異形成を伴う無効造血と白血病への進展を特徴とする造血幹細胞腫瘍であり1),健常人より2.9~4.65倍固形癌の発生頻度が高いとされている2)3).しかし,MDSを合併した他臓器癌に対する手術症例の報告は少ない.今回,我々は好中球減少,貧血を伴ったMDSを合併した胃癌に対し根治切除を行ったので若干の文献的考察を加え報告する.
患者:87歳,女性
主訴:下肢の痛み,貧血の進行
家族歴:特記事項なし.
既往歴:33歳 子宮摘出術
現病歴:2014年10月にMDS(RCUD/RA)と診断され,当院血液内科に通院中であった.外来にて貧血の進行に対しエリスロポイエチン製剤の定期的投与,赤血球輸血が行われていた.2017年6月下旬に上記主訴を認め,当院救急外来を受診し入院となった.
入院時検査所見:血液生化学検査ではWBC 1,200/mm3,RBC 254×104/mm3,Hb 8.3 g/dl,Ht 26.0%,Plt 11.7×104/mm3と3血球系の血球減少を認めた(Table 1).
WBC | 1,200/μl (neutrophil 370) | TP | 6.2 g/dl |
RBC | 2,540×103/μl | Alb | 3.1 g/dl |
Hb | 8.3 g/dl | Na | 143 mEq/l |
Ht | 26.00% | K | 3.3 mEq/l |
Plt | 117×103/μl | Cl | 108 mEq/l |
AST | 18 U/l | BUN | 12.9 mg/dl |
ALT | 12 U/l | Cr | 0.5 mg/dl |
ALP | 245 U/l | Amy | 65 U/l |
T-Bil | 0.6 mg/dl | CRP | 1.29 mg/dl |
LDH | 156 U/l | CEA | 2.9 ng/ml |
CK | 55 U/l | CA19-9 | 5.4 U/ml |
入院後経過:入院後腹部CTを行うと胃小彎側のリンパ節腫脹,胃壁肥厚を認め胃癌が疑われた.上部消化管内視鏡検査を行うと胃角部小彎にtype 3腫瘍を認め生検でgroup 5(tub2)と診断された(Fig. 1).腹部造影CTではNo. 7およびNo. 3領域に計3個のリンパ節腫大を認めた.その他肝臓,腹膜,傍大動脈リンパ節転移の所見は認めなかった(Fig. 2).臨床病期cT4aN2M0 cStage IIIBと診断した.超高齢であったが,performance status 1-2と身体活動性は比較的保たれており,予後規定疾患について血液内科医師とカンファレンスを行った.MDSの病型による予後として国際予後スコアリングシステム(international prognostic scoring system;以下,IPSSと略記)ではint-1群と考えられ,同群の50%生存期間は3.5年といわれているが診断時よりその期間は経過しておらずまたMDSの病状も安定しており4),胃癌が予後規定疾患と考えられ治療適応があると判断した.また,病状および手術のリスクを本人と家族に説明し手術治療を希望されたため根治手術を行う方針とした.また,術前に血液内科医師指示によりG-CSF投与を行い好中球が上昇することを確認した.入院後に赤血球液4単位を投与し補正を行った.
Gastrointestinal endoscopy showed type 2 cancer at the angle of the stomach.
Abdominal CT showed the swollen lymph-node along the left gastric artery and lesser curvature.
手術所見:上腹部正中切開で開腹した.明らかな肝転移,腹膜播種は認めなかった.大網が下腹部に癒着していたため大網は温存し,幽門側胃切除(D1+)を行い,結腸前経路のRoux-en-Yで再建した.
病理組織学的検査所見:Advanced Gastric Cancer,M,Type 2,90×50 mm,pStage IIIA[tub2>tub1,INFβ,int,pT3(SS),ly1,v1,PM0,DM0,pN2:#1 0/2,#3 3/16,#4sb 0/1,#4d 1/12,#5 0/1,#6 0/6,#7 2/3,#8a 0/2,#9 0/1]pT3N2M0であった.
術中・術後経過:執刀30分前と3時間後と帰室後4時間後にcefazolin sodium 1 gを投与した.術後第1病日に飲水を開始,第3病日に食事を開始した.術後2日目に微熱を認めG-CSFを1日投与したがその後は投与せずに縫合不全や肺炎,SSIの合併症は認めず術後16日目に自宅退院した.術後補助化学療法は行わずに経過観察の方針となった.退院後約1か月目の血液内科での採血では血球値に変化は見られなかったが,2か月目の診察時にはHb値6.5 g/dlと貧血の進行を認め,エリスロポイエチンの投与が再開された.しかし,その約2週間後に自宅から散歩に出かけ,近所の用水に転落し永眠された.
MDSは3血球系統の異形成を伴う無効造血と白血病への進展を特徴とする造血幹細胞腫瘍である.病型はWHO分類第4版(2008年改訂)では7病型に分類されており5),その予後推定には一般的には国際予後スコアリングシステム(IPSS)が用いられ,その概要は①骨髄での芽球割合②核型③血球減少系統数により点数化され,4段階にリスク分類がされている4).また,WHO分類に基づく予後予測システム(WHO classification-based prognostic scoring system;以下,WPSSと略記)も提唱されている6).IPSSでの最も予後のよい病型における50%生存は5.7年,白血病移行率は19%,とされており,もっとも予後不良群の50%生存0.4年と白血病移行率45%と大きな差があり2),予後の期待できるMDSの病型に合併した癌のみが手術を含めた治療の対象となると考えられる.
また,MDSは固形癌の発生率が非MDS患者の2.9~4.65倍高いといわれており2)3),手術加療が必要な症例も存在すると思われるがその報告は少ない.その理由として前述のとおりMDSでも予後不良な病型では手術が選択されないことやMDSの概念自体1980年代に確立された症候群であるためとも考えられる.
医学中央雑誌で1970年から2017年7月の期間で「MDS」,「胃癌」,「手術」をキーワードに検索したところ(会議録除く),MDSに合併した胃癌に対し手術を行った症例は本例を含め10例であった(Table 2)7)~15).
No | Author | Year | Gender | Age | Type of MDS |
Early or advanced | Operation | WBC (/μl) | Neutrophils (/μl) | RBC (/μl) |
Hb (g/dl) |
Plt (/μl) |
Complication |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Nishioka7) | 1989 | F | 73 | RARS | early | DG | 5,200 | 2,652 | 3,700,000 | 11.4 | 237,000 | none |
2 | Tsutsui8) | 1991 | F | 71 | RA | early | DG | 2,280 | 832 | 2,760,000 | 8.6 | 7,000 | none |
3 | Hashimoto9) | 1992 | M | 77 | RA⇒RAEB-2 | early | DG | 1,900 | unknown | unknown | 7.7 | 34,000 | none |
4 | Mishima10) | 1993 | M | 67 | RA | advanced | TG | 1,700 | 952 | 1,600,000 | 4.5 | 65,000 | none |
5 | Kawai11) | 1997 | F | 72 | RA | early | DG | 1,800 | 774 | 2,800,000 | 7.8 | 9,000 | none |
6 | Iwase12) | 2001 | M | 76 | RA | early | DG | 2,810 | unknown | unknown | 8.2 | 27,100 | none |
7 | Imazu13) | 2003 | F | 55 | unknown | advanced | DG | 1,900 | unknown | 2,000,000 | unknown | 31,000 | none |
8 | Takebayashi14) | 2011 | F | 87 | RA | advanced | DG | 4,600 | unknown | 1,700,000 | 5.6 | 23,000 | none |
9 | Kawai15) | 2012 | M | 77 | MDS-U | early | DG | 3,200 | 1,840 | 1,670,000 | 6.3 | 93,000 | none |
10 | Our case | F | 87 | RCUD/RA | advanced | DG | 1,200 | 370 | 2,540,000 | 8.3 | 117,000 | none |
RARS: refractory anemia with ring sideroblasts, RA: refractory anemia, RAEB-2: refractory anemia with excess blasts-2, MDS-U: myelodysplasic syndrome unclassifiable, RCUD: refractory cytopenias with unilineage dysplasia, DG: distal gastrectomy, TG: total gastrectomy
それらの手術報告例では手術後に術後重篤な合併症に発展した症例は報告されておらず安全に施行されていた.
また,胃癌と他の癌腫の発生頻度を比較するために医学中央雑誌で1970年から2017年7月の期間で「MDS」,「癌」をキーワードに検索を行い,癌治療に伴う二次性のMDS症例を除いた症例は57例68病変が報告されていた(2重複癌9例,3重複癌1例).原発部位は胃17例(25%),大腸14例(20.6%),肺11例(16.2%),乳腺および食道5例(7.4%)の順に多く,割合としては胃癌が多かったが一般的な癌の罹患率に似た発生頻度と考えられMDSの罹患により特定の癌の発生に影響はしていないと考えられる.
本例は前述のとおり治療方針の決定に当たり血液内科医師とカンファレンスを行い,IPSS予後スコアではint-1 risk,WPSSではlow riskに分類され,同スコア50%生存期間は3.5年といわれておりまた超高齢者ではあるが日本の87歳女性の平均余命は5~8年とされており,胃癌が最も予後に影響すると考えられたため胃癌に対するに手術加療を行った.
高齢者に対する手術治療に関しては癌の治療のみを考えればガイドライン通りの郭清が望ましいと思われるが現実的には併存疾患も増加するために手控えた手術が行われていると考えられる.浅海ら16)は41例の85歳以上の超高齢者胃癌手術症例の後ろ向き検討で85歳以上の症例で根治度A手術と根治度B手術で生存に差はなかったとし同年齢での根治度B手術は許容されると報告しており,本症例でも根治度B手術としてD1+郭清と手控えた手術を行った.
MDSを合併した症例に対する手術は血球減少に対する周術期の対応つまり,赤血球および血小板の減少に対しては輸血による貧血や出血傾向の改善や,白血球減少による易感染性への注意が必要となる.白血球減少に関しては他領域の手術を含め予防的なG-CSF投与により良好な結果であった報告や8)17),G-CSFは使用せずに良好な経過であった報告もあり,予防的なG-CSFの使用については一定の見解は得られていない.また,G-CSFの投与による白血病化も報告されておりその投与に関しては慎重に判断する必要がある18).本症は前述の通り術直前のHb値7.7 g/dlであり術前に赤血球輸血を4単位行った.また,血小板値は11.7×104/mm3と保たれていたため血小板輸血は必要ないと判断した.白血球低下に対しては術後感染性合併症を発症した際の骨髄の反応を確認するためにG-CSFを投与し骨髄の反応を確認しえた.このように骨髄の反応を確認することは手術後感染症発症の際の準備にはなりえると思われる.術後は血液内科医師の指示により2,000/m3以下,微熱を認めたため1回G-CSF投与したがそれ以上の投与は行わず術後は問題なく経過した.
また,他疾患の手術ではあるがMDSに合併した大腸癌症例の手術症告で創離開,遅発性の縫合不全の報告もみられ,その考察として創治癒の妨げとなる貧血や血球減少による組織癒合性の低下の影響に言及している19).創治癒には骨髄由来幹細胞が関与しているといわれており,骨髄機能低下状態にあるMDSでは創治癒能が低下している可能性がある.また,G-CSFは創治癒に関連する骨髄由来幹細胞の中でも間葉系幹細胞を動員する作用も指摘されており20),G-CSFの使用は白血球減少に対する対応と創治癒の点でも考慮されてもよいと思われる.
MDSを合併している症例に対する術前化学療法や補助化学療法は,骨髄抑制が強く現れ,回復が遅くなるため血球値が各化学療法の投与基準を満たしていても慎重に行う必要があるが明確な基準はない21).
本症はMDSを合併した高齢者胃癌症例に対する手術は安全に行いえたが,高齢者故の退院後の事故により手術治療による予後の改善は得られない結果となった.高齢者に対する外科治療の適応の難しさも考えさせられる症例であった.
利益相反:なし