日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
潰瘍性大腸炎術後30年目にJ型回腸囊内にhigh grade dysplasiaを認めた1例
佐々木 寛文池内 浩基皆川 知洋桑原 隆一堀尾 勇規蝶野 晃弘坂東 俊宏井出 良浩廣田 誠一内野 基
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2018 年 51 巻 12 号 p. 784-790

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Abstract

症例は63歳の男性で,32歳時に潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis;以下,UCと略記)と診断された.33歳時に難治のため,大腸全摘・J型回腸囊肛門吻合術(ileal pouch-anal anastomosis)を受けた.初回手術から25年経過し,58歳頃より下痢・下血・肛門部痛を認め,回腸囊炎と診断され,症状増悪時に抗生剤投与が行われていた.63歳時に,肛門部痛の増強を生じ,精査で,回腸囊炎の増悪と吻合部の瘻孔形成が認められた.絶食・点滴・抗生剤加療で,回腸囊炎は改善傾向であったが,内視鏡検査時に指摘された回腸囊内の隆起性病変からの生検で,low grade dysplasiaを認めた.回腸囊炎はその後も再燃を繰り返していた.6か月後の下部消化管内視鏡検査では,同部位の生検でhigh grade dysplasia(以下,HGDと略記)と診断された.肛門部の瘻孔も合併することよりJ型回腸囊切除術・永久回腸人工肛門造設術を行った.UC術後30年でJ型回腸囊にHGDを合併した,極めてまれな1例を経験したので報告する.

はじめに

潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis;以下,UCと略記)に対する標準術式は大腸全摘・J型回腸囊肛門(管)吻合術である.UC術後のサーベイランスについては一定の見解はない.家族性大腸腺腫症では術後,回腸囊からの発癌報告が散見されるが,UC術後の回腸囊からの発癌は極めてまれであるため,サーベイランスの有用性については明らかにされていない1).UC術後に回腸囊炎を発症し,再燃・寛解を繰り返す症例も少なくない.初回手術から経過の長い症例では,回腸囊からの発癌の可能性も考慮し,定期的な内視鏡検査が重要であると思われる.今回UC術後約25年目頃より回腸囊炎を繰り返し,その治療中に回腸囊内にhigh grade dysplasia(以下,HGDと略記)を発症した1例を経験したので報告する.

症例

患者:63歳,男性

現病歴:32歳時にUCと診断され,難治のため33歳時に大腸全摘・J型回腸囊肛門吻合術(ileal pouch-anal anastomosis;以下,IPAAと略記)を3期分割で施行された.その後は順調に経過していたが,初回手術から25年を経過し,58歳頃より下痢・下血・肛門部痛を認めるようになり,精査で回腸囊炎と診断された.回腸囊炎に対して塩酸シプロフロキサシン600 mg/day投与で症状は軽快するも,症状増悪時には下血が持続し輸血を要した.63歳時に,肛門部痛が増悪し,内視鏡検査とJ型回腸囊の造影検査で,回腸囊炎の増悪とIPAA時の吻合部に瘻孔形成を認め緊急入院となった.瘻孔を合併する難治性の回腸囊炎であり,生物学的製剤の投与を考慮し,投与前の結核スクリーニングとして胸部CTを施行したところ,左肺上葉に腫瘤を指摘された.気管支鏡検査で,左上区域内の肺カルチノイドと診断されたため,回腸囊炎に対しては保存的に加療を行い,左肺上葉切除術を先行して行った.その後の内視鏡検査では回腸囊炎の改善は認めるも,回腸囊頂部周囲に,不整型の軽度隆起性病変を認め,同部位の生検でlow grade dysplasia(以下,LGDと略記)を認めたため,生物学的製剤の投与は行わず,経過観察をすることとした.しかし,半年後の内視鏡検査時の同部位の生検ではHGDと診断され,肛門部痛が持続していること,さらに難治性の回腸囊炎を合併していることより,J型回腸囊切除を目的に入院となった.

既往歴:UC以外特記すべきことなし.

家族歴:特記すべきことなし.

入院時現症:身長167.2 cm,体重50.3 kg,血圧98/56 mmHg,脈拍数75回/分整,体温36.9°C.

肛門部所見:肛門周囲に明らかな二次口は認めなかった.内診では吻合部は示指の通過は可能であったが肛門6時方向に圧痛を認めた.

血液生化学検査所見:貧血以外には特記する所見を認めず,腫瘍マーカーの上昇は認めなかった(Table 1).

Table 1  Laboratory data
​WBC (/μl) 4,390 ​TP (g/dl) 5.4
​RBC (/μl) 308×104 ​Alb (g/dl) 2.5
​Hb (g/dl) 8.0 ​T-Bil (mg/dl) 0.3
​Ht (%) 28.3 ​AST (U/l) 15
​ALT (U/l) 12
​PLT (/μl) 20.5×104 ​LDH (U/l) 126
​CEA 0.4 ​ALP (U/l) 540
​CA19-9 4.1
​P53 <=0.40 ​Cre (mg/dl) 0.75
​Na (mmol/l) 142
​K (mmol/l) 4.1
​Cl (mmol/l) 109
​CRP (mg/dl) 0.39
​FBS (mg/dl) 105

下部消化管内視鏡検査所見:回腸囊頂部から回腸移行部には軽度の狭窄を認め,この周囲の粘膜の血管透見は消失していた.また,軽度の隆起を示し,粘膜面の凹凸不正を伴う境界不明瞭な病変を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Endoscopy findings. Endoscopic image showing inflammation and stenosis at the top of the ileal pouch (white arrows).

生検組織の病理組織学的検査所見:上記の軽度隆起を認める病変の初回の生検では,腺管の細胞密度の上昇と核腫大を認め,p53の蓄積像もみられたため,LGDと診断された(Fig. 2).半年後の同部位の生検では,細胞密度の上昇と核腫大が目立つ小型異型腺管が密在し,核内のp53は過剰に蓄積像を認め,構造の乱れも伴い,HGDと診断された(Fig. 3).

Fig. 2 

Pathology findings. Tumor biopsy findings led to pathological findings of low grade dysplasia. A: HE staining (×200). B: Homogeneous p53 protein (×200).

Fig. 3 

Pathology findings. Tumor biopsy findings showed high grade pathological findings of dysplasia. A: HE staining (×200). B: Homogeneous p53 protein (×200).

手術所見:腹腔内は軽度癒着を認めるのみで,J型回腸囊頂部から約10cmの部位で回腸を切離し,下腹神経を損傷しないように回腸囊側で遊離をすすめた.会陰操作は肛門を仮閉鎖した後,外肛門括約筋の外側で切離して剥離を行い,腹腔内の層と連続させJ型回腸囊を切除した.

切除標本所見:吻合部に瘻孔(白矢印)を認め,回腸囊内の炎症は肛門側とJ型回腸囊頂部周囲に強く認められた.J型回腸囊と回腸移行部に狭窄があったため,その口側の小腸は拡張していた.J型回腸囊頂部周囲の粘膜は浮腫状で,粘膜面は軽度凹凸不正を示した(Fig. 4).

Fig. 4 

Macroscopy findings. Macroscopic examination findings of the resected specimen. Black arrow shows fistula at the ileal pouch-anal anastomosis. White arrows encircle the elevated lesion.

切除標本の病理組織学的検査所見:回腸囊には好中球を含む粘膜下層にとどまる炎症細胞浸潤が広範にみられ,crypt distortion様の腺管配列の歪み,絨毛の平低化,さらに散在性のびらんを認めた.クローン病(以下,CDと略記)を疑うような肉芽腫は認めなかった.回腸囊頂部の隆起性病変とその周囲の組織では,p53染色で核は,弱から強陽性像を示し,散在性にLGDからHGDの像が認められた(Fig. 5).

Fig. 5 

Histopathology findings. Histopathological examination findings of the resected specimen showing features of high grade dysplasia. A: HE staining (×4). B: Homogeneous p53 protein (×4). C: HE staining (×20). D: Homogeneous p53 protein (×20).

術後経過:術後,十二指腸潰瘍からの出血を認めるも,それ以外は良好に経過し,第36病日に軽快退院となった.術後18か月が経過しているが,肛門部痛をふくめて,特記すべき所見を認めていない.

考察

UCに対する手術は,1944年にStraussらにより大腸全摘術が報告され,以後,大腸全摘・永久回腸人工肛門造設術が行われてきた.その後,永久人工肛門を回避するために,結腸全摘・回腸直腸吻合術(ileo-rectal anastomosis;以下,IRAと略記)が行われるようになった.しかし,IRAでは,残存直腸の炎症の再燃や,残存直腸粘膜からの発癌のリスクが問題となり,これらの問題を解決するため,1950年頃より,回腸肛門吻合術が施行された.その後,reservior機能を有する回腸囊が考案され,1978年にParksら2)がS型回腸囊を用いたIPAAを報告し,1980年にはUtsunomiyaら3)がJ型回腸囊を用いたIPAAを報告している.J型回腸囊は,S型回腸囊のような排出障害が少なく,機能的にも有用であると報告され,現在ではUCの外科的治療の標準的な術式として,Utsunomiyaら3)が考案したJ型回腸囊を用いたIPAAや回腸囊肛門管吻合術(ileal pouch-anal canal anastomosis)が多くの施設で施行されている.

UCの手術適応は本邦においては難治例が最多であるが,内科治療の発達により,病悩期間が延長している症例が増加している.それに伴い,近年,癌・dysplasiaで手術となる症例が増加している.発癌症例では肛門管粘膜にも早期癌やdysplasiaを合併する症例があり4),一般的にIPAAが第一選択とされている.本症例は,難治性のUCに対してIPAAを施行し,術後30年目に回腸囊からHGDを認めた症例である.

これまで本邦では,UC術後の残存肛門管粘膜からの発癌症例の報告は存在するが5)6),医学中央雑誌で1970年から2017年5月の間で,「潰瘍性大腸炎」,「回腸囊」,「high grade dysplasia」をキーワードとした検索では,回腸囊内にHGDを合併した報告は存在しなかった.また,「潰瘍性大腸炎」,「回腸囊」,「癌」をキーワードとした検索では,北原ら7)の1例の発癌の報告を認めるのみであった.ただし,この症例は回腸囊の口側に人工肛門が造設されており,定義的には回腸囊炎を合併した発癌症例ではなく,空置回腸炎からの発癌症例である.機能していた回腸囊からの発癌およびHGD症例の報告は,本邦にはなかった.また,PubMedにおいて1950年から2016年7月の間で「ulcerative colitis」,「proctocolectomy」,「adenocarcinoma」,「pouch」のキーワードで検索すると,IPAA術後の回腸囊からの発癌症例は42例の報告があった8)~15).欧米の病理組織診断では,dysplasiaは粘膜内腫瘍全般を指し,癌の中にhigh grade dysplasiaも含まれる16)17).42例中,多くは術前に癌またはHGDを合併している症例で,術後3年以内に発症しており,癌の局所再発が回腸囊内に浸潤してきたことが原因ではないかと考えられる.また,2例は pouch機能不全のためにpouch切除を施行した際に発見されており,残存した直腸粘膜からの発癌症例であった13)14).本症例のように,回腸囊に慢性的な炎症を繰り返し,その後,癌またはHGDを認めた症例は8例のみである12)15)

Heuschenら12)は,大腸全摘時のbackwash ileitisの合併や,術後の回腸囊内の長期の炎症が発癌に関与している可能性を指摘しており,Knupperら15)は,回腸囊炎による回腸囊内の粘膜の慢性的な萎縮性変化が発癌に関与する可能性を指摘している.本症例の,内視鏡検査では,回腸囊全域に粘膜萎縮を認め,回腸囊頂部には高度のびらん,潰瘍を認めた.回腸囊内の生検結果は散在する炎症細胞の浸潤を認めた.そのため本症例は,回腸囊の慢性的な炎症から生じたHGD症例と考えられた.

回腸囊炎の発症頻度としては,本邦では術後5年で13.6%,術後10年で21.7%と報告されており,一般的に欧米の報告よりも低い傾向にある18).本症例は術後25年目に瘻孔を伴う回腸囊炎を発症した比較的まれな症例である.回腸囊炎に瘻孔を伴う症例では,UCからCDやindeterminate colitisに診断が変更となる症例も存在するが,本症例は初回手術標本および,回腸囊切除標本からCDを示唆する所見は認められなかった19).回腸囊炎発症の危険因子としては,腸管外合併症の存在,原発性硬化性胆肝炎の合併,若年発症例,全大腸炎型症例,との報告がある20)21).一方,内野ら22)は癌またはdysplasiaで手術適応となった症例においては,有意に回腸囊炎発症例が少ないと報告しているが,回腸囊炎の発症のメカニズムについては,いまだ明らかにされていない.

Heuschenら12)は,回腸囊炎による20年以上の回腸囊内の慢性的な炎症が発癌に関与している可能性があるため,random biopsyによるpouch内視鏡サーベイランスが,長期に必要であると報告している.一方で,Ventoら23)は,初回手術標本において癌やdysplasiaの存在を認めなければ,回腸囊癌の発生リスク自体が非常に低く,内視鏡などによるサーベイランスは不要であると報告しており,pouch内のサーベイランスの有用性については意見の分かれるところである.

Utsunomiyaら3)がJ型回腸囊を用いたIPAAを報告して以来30年以上が経過し,術後長期経過症例が散見されるようになった.今後さらに,術後長期経過症例が増加していくことを考慮すると,回腸囊からの発癌症例やdysplasia症例は増加する可能性がある17).本邦の回腸囊炎の発症頻度は欧米よりも少ないとの報告がある一方で,再燃・寛解を繰り返す症例や慢性持続の経過をたどる難治例が多いとの報告もあり,回腸囊炎合併症例では,十分なサーベイランスが必要であると思われる.回腸囊炎合併症例では症状出現時に内視鏡検査を施行しているが,UC術後,良好に経過している症例においては,外来通院を患者自身の判断で中断してしまう症例も多く,定期的な回腸囊のサーベイランスは困難な場合が多い.回腸囊炎を合併していない長期経過症例に対するサーベイランスの必要性についても,今後検討しなければならない.

利益相反:なし

文献
 

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