日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
巨大囊胞を伴った遊走脾に対して待機的手術を施行した1例
北川 彰洋松田 宙中塚 梨絵宮崎 進團野 克樹本告 正明久保田 勝伏見 博彰藤谷 和正岩瀬 和裕
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キーワード: 遊走脾, 脾囊胞, 脾固定
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2018 年 51 巻 2 号 p. 132-137

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Abstract

症例は31歳の女性で,下腹部膨満感を主訴に精査が行われ,巨大囊胞を伴う遊走脾と診断された.遊走脾は捻転により緊急手術となることがあるが,本症例では腹部違和感症状のみを認めていたため待機手術の方針として,開腹脾部分切除,脾固定術を施行した.捻転予防の固定術は,温存する脾臓に胃脾間膜しか有していなかったため周囲組織への固定は困難であった.そのため左後腹膜を剥離してポケットを作成してそこに脾臓を納め,その腹膜を周囲組織と縫合することによって残存脾を収納し固定した.術後経過は良好で再発なく術後半年以上経過している.遊走脾に対して捻転による絞扼を疑われ緊急手術を施行した報告は散見するが,脾囊胞を有する遊走脾に対して術式は確立されてはおらず,本症例のように待機的手術が施行でき,さらに脾臓を一部温存できた症例はまれであるため報告する.

はじめに

遊走脾に対する脾固定術は小児外科分野において報告はある1)が,巨大脾囊胞を伴った遊走脾に関する報告は少なく治療法も定まっていない.今回,巨大囊胞を伴った遊走脾に対して待機的に脾部分切除・脾固定を施行した1例を経験したので報告する.

症例

患者:31歳,女性

主訴:下腹部膨満感

既往歴:特になし.

現病歴:下腹部膨満感を自覚して近医受診し,腹部CTにて充実成分を含む13 cm大の巨大な囊胞性腫瘤を下腹部中心に認めたため当科紹介受診となった.

身体所見:身長159 cm,体重53 kg,下腹部に軽度膨満を認めた.

血液検査所見:Plt 13.0×104/μlと軽度低下を認める以外,血算は正常であり,CEAやCA19-9を含め生化学検査も異常を認めなかった.

腹部造影CT所見:左横隔膜下に脾臓を認めず,正中から骨盤にかけて,約13 cmの多胞性囊胞を下極に有する遊走脾を認めた.脾動脈は尾側に向かって走行をしていた(Fig. 1a~d).

Fig. 1 

(a–d) Coronal and sagittal views of the preoperative CT scan. The spleen is not found under the left diaphragm. The coronal and sagittal views of the preoperative CT scan show the spleen in the pelvis, with a 13-cm cyst at the lower spleen. The splenic artery runs down toward the pelvis.

以上より,巨大囊胞を伴う遊走脾と診断した.本症例では下腹部膨満感という症状を囊胞を認めたため手術の方針とし,脾部分切除,脾固定術を施行した.

手術所見:上腹部正中切開で開腹した.左横隔膜下に脾臓を認めず,下腹部に巨大囊胞を伴う遊走脾を認めた.膵体尾部も後腹膜に固定されていなかった.まず出血制御目的に切離ラインをフェルトで巻き,縫合結紮して圧迫した.次にtissue sealer deviceを用いて脾臓を切離し,切離面にフィブリン糊を噴霧して止血した.その後,左横隔膜下の後腹膜を剥離してポケットを作成しそのポケットに温存脾を落とし込み,剥離した後腹膜を周囲組織と縫合固定した(Fig. 2).

Fig. 2 

Operative findings. We could not find the spleen under the left diaphragm, as the wan­dering spleen with the enlarged cyst was located in the pelvis. The tail and body of the pancreas were not fixed with the retroperitoneum. First, we wrapped felt around the spleen along the cutting line, and tried to prevent bleeding. Next, we performed partial splenectomy using the tissue sealer device, and sprayed fibrin glue the resected surface of the spleen. Then, we replaced the spleen in the pocket made with the retroperitoneum and fixed the left upper extraperitoneal space.

手術時間:212分,出血量:275 mlであった.

病理組織学的検査所見:脾臓には約8 cm程度の囊胞性腫瘤が認められ,壁の一部は石灰化を伴っていた(Fig. 3a).

Fig. 3 

a–b: Histological examination. a) An 8-cm cyst is found in the partially resected spleen, with partially calcified walls. b) Histological examination of the cyst wall reveals the fibrotic hypertrophy with flat single layer cells.

組織学的には,囊胞壁は線維性に肥厚し扁平な一層の細胞に裏打ちされていた(Fig. 3b).

これらの扁平な細胞は免疫染色検査においてcalretinin(+),Ck AE1+3(+),HBME-1(+),CD31(−)であった.明らかな悪性所見を認めなかった.

術後経過:経過は良好であり術後2週間で退院となった.

術後半年後腹部造影CT所見:術後脾臓の位置異常はなく,左横隔膜下に固定された脾臓を認めた(Fig. 4).

Fig. 4 

Abdominal CT 6 months after operation. Abdominal CT 6 months after operation shows a fixed spleen under the left diaphragm.

考察

脾臓は腹腔内で胃脾間膜,脾腎ひだ,脾横隔膜ひだ,脾結腸間膜,膵脾間膜によって周辺臓器に固定されている.これらの支持組織が先天的に欠如または形成不全を起こすことで脾臓が左横隔膜下に固定されず遊走脾となる場合がある2).また,後天的な原因として妊娠中のエストロゲン上昇による支持組織の弛緩,脾腫,脾腫瘍,外傷によるとの報告も見られる3).自験例では胃脾間膜のみ認めたが脾臓は下極は骨盤内に位置する遊走脾であった.男女比は1:4と女性に多く,その中でも40歳未満の若年者に多く,全体の90%を占め,特に10歳未満が31%という報告もある4)

1990年から2016年までで,医学中央雑誌において「遊走脾」,「捻転」をキーワードにした検索結果では13例報告があり,そのうち1例のみ脾囊胞を伴うものを認めた.囊胞と遊走脾は直接的な関連性は,はっきりしないと思われる.また,同期間において「遊走脾」,「脾囊胞」,「遊走性脾囊胞」をキーワードで検索すると6例の報告がある(Table 12)5)~9).囊胞径は10 cm前後が多い傾向にあった.そのうち捻転を起こして緊急手術を施行されたのは2例であった.脾臓捻転は遊走脾の64%に発症すると報告されており10),大きな脾囊胞を伴う遊走脾に関しては捻転を起こすリスクは高くないが,捻転することもあるため手術が必要と考えられる.囊胞径10 cmを手術適応とする報告もある11).また,東野ら12)は,脾囊胞の手術適応として,破裂,出血,腹部症状,感染,血管腫や悪性が疑われるなどを挙げている.本症例では下腹部膨満感を認めたため手術の方針とした.上記脾囊胞を伴った遊走脾6症例においても何らかの症状を認めたため手術を施行されている.

Table 1  Cases of wandering spleen with large cysts in Japan since 1993
Case Author/Year Age/Sex Symptom Treatment Laparotomy/Laparoscopy Splenopexy Emergency opearation Diameter of cyst (cm)
1 Fujita5)/
1993
24/M Wrongness Splenectomy Laparotomy none none 13
2 Ohara6)/
1996
13/F Notice mass Partial splenectomy Laparotomy unknown none 10
3 Yoshimitsu2)/
2001
21/F Notice mass Splenectomy Laparotomy none none 12
4 Narita7)/
2008
32/F Torsion Splenectomy Laparoscopy none done 8
5 Matsuyama8)/
2016
28/F Intestinal obstruction Splenectomy Laparotomy none none 12.5
6 Inoue9)/
2016
48/F Torsion Splenectomy Laparotomy none done 12
7 Our case 32/F Distension Partial splenectomy Laparotomy done none 8

遊走脾は上述したように捻転を起こし,緊急手術の適応となることがあるため,無症状であっても手術の必要性がある.捻転を起こし脾梗塞の所見が見られたら脾摘術が選択され,一方捻転していない場合には脾固定術が必要となる.1895年にSykoffが初めて遊走脾に対する脾固定術を報告13)してからさまざまな方法が試されてきた.単なる遊走脾に対しての脾固定術は,脾臓被膜を後腹膜に固定する方法,後腹膜Pouch法,メッシュなどを用いて後腹膜に脾臓を固定する方法が知られている.Fukuzawaら14)は腹腔鏡下にて左横隔膜下の後腹膜をballonを用いて剥離拡張し,そのスペースに脾臓を落とし込み固定する方法を報告している.しかし,巨大な脾囊胞を伴った遊走脾に関しては報告が少なく治療法は明確でない.Aweら15)は不定期な腹部違和感を主訴とする脾囊胞を伴った遊走脾に対して開腹にて脾摘術を行ったと報告している.脾固定術は手術手技的な問題や再発の可能性などという点からかつては施行されにくかったようではあるが,脾摘後の感染症や血栓症の発生が指摘5)されており脾温存・脾固定が望ましいと考えられる.Upadhyayaら16)は月経困難を主訴とする巨大な脾囊胞を伴った遊走脾に対して腹腔鏡下にて囊胞切除,脾固定を行ったと報告している.また,Fonsecaら17)は捻転により一部絞扼壊死を認めた遊走脾に対して脾部分切除,脾固定術を施行し再発を認めていないと報告している.

本症例では,巨大囊胞による下腹部膨満感を認めたため脾部分切除,脾固定術を施行した.緊急手術ではなく,術前に腹腔鏡下での手術も検討されたが,あまりに巨大囊胞であったため術野の確保が困難であることと,囊胞切除ではなく脾部分切除を必要とされる点から開腹手術を選択した.現在,1年半経過しているが,経過良好である.巨大囊胞を伴う遊走脾に対しては,遊走再発を起こさない脾固定と可能なかぎり脾臓の一部温存が重要と考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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