日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
退形成膵管癌術後10年目の異時性膵管癌に対して残膵全摘出術を施行した1例
大倉 友博仁熊 健文児島 亨渡辺 信之能勢 聡一郎三村 哲重
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2019 年 52 巻 10 号 p. 582-589

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Abstract

症例は86歳の女性で,76歳の時に膵頭部癌の術前診断で亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.術後病理組織学的検査にて,紡錘細胞型退形成膵管癌と診断した.術後補助化学療法を施行後,再発を認めず経過観察としていたが,術後10年目に血清CEAの上昇を認めた.腹部造影CTにて残膵断端に腫瘤性病変と残膵膵管の拡張を認め,超音波内視鏡下穿刺吸引生検によりadenocarcinomaの診断を得たため,残膵全摘出術を施行した.術後病理組織学的検査では初回手術時の退形成膵管癌の組織像は認めず,新たに生じた中分化型膵管状腺癌と診断した.退形成膵管癌は,浸潤性膵管癌の中でも非常にまれな腫瘍であり,予後も極めて不良とされる.本邦において10年以上の長期生存例や長期生存後の異時性膵癌発症の報告は少なく非常に貴重な症例を経験したため報告する.

Translated Abstract

A 76-year-old woman underwent a pancreaticoduodenectomy for carcinoma in the head of the pancreas. The pathological diagnosis was spindle cell type anaplastic carcinoma. After the operation, she received adjuvant chemotherapy, and she had been followed recurrence-free for 10 years. When she was 86 years old, CEA was increased and dynamic abdominal CT scan revealed a 30 mm tumor in the remnant pancreas and a dilated main pancreatic duct. Adenocarcinoma was diagnosed by biopsy of the tumor under endoscopic ultrasound-guided fine needle aspiration, and total remnant pancreatectomy was performed. The pathological diagnosis was moderately differentiated type of invasive ductal carcinoma. Anaplastic carcinoma of the pancreas is a rare type of invasive ductal carcinoma, and to the best of our knowledge, only a few cases of long survival over 10 years have been reported in Japan.

はじめに

膵癌は非常に予後不良な悪性腫瘍の一つである.その中でも退形成膵管癌(anaplastic carcinoma)は浸潤性膵管癌の1亜型として分類され,特に予後が悪いまれな腫瘍である1)~3).今回,我々は紡錘細胞型退形成膵管癌術後10年目に異時性残膵癌を発症し残膵全摘術を施行した非常に貴重な症例を経験したため報告する.

症例

患者:86歳,女性

既往歴:子宮筋腫,白内障,糖尿病

家族歴:特記事項なし.

現病歴:76歳の時に動悸の精査中にHb 7.7 g/dlの高度貧血を認め,スクリーニング目的に腹部造影CTを施行したところ膵頭部に腫瘍性病変を認めた(Fig. 1).腫瘍マーカーは血清CEAが3.5 ng/ml,血清CA19-9が3.0 U/mlであった.膵頭部癌と診断し,亜全胃温存膵頭十二指腸切除術,領域リンパ節郭清,IIA-1法再建術を施行した.膵断端については術中迅速病理組織学的検査にて膵断端陰性を確認し,R0手術を施行した.術後病理組織学的検査では,腫瘍の大部分は長紡錘形細胞の増殖からなる未分化な組織像で,一部に管腔状構造が混在していた.永久標本においても膵断端に悪性所見は認めなかった.紡錘細胞型退形成膵管癌,pT3,pCH0,pDU1,pS1,pRP0,pPV0,pA0,pPL0,pOO0,pPCM0,pBCM0,pDPM0,pN0,M0,pStage IIA(膵癌取扱い規約第7版)と診断された(Fig. 2).術後補助化学療法(gemcitabine 1,000 mg/m2,3投1休,6コース)を施行した後,再発を認めず経過していた.術後10年目に血清CEAの上昇を認め,腹部造影CTでは膵断端に腫瘤性病変と残膵膵管の拡張を認め,残膵再発が疑われたため,精査加療目的に入院した.

Fig. 1 

Abdominal CT shows a solid tumor in the head of the pancreas (arrows).

Fig. 2 

Histopathological findings of the specimens of the first operation showed spindle cells (arrow) with components of ductal carcinoma (triangle). The diagnosis was spindle cell type anaplastic carcinoma (HE stain, a: ×400, b: ×400).

入院時現症:眼瞼結膜に貧血なく,眼球結膜に黄疸なし.胸部理学所見に異常なし.腹部上腹部正中切開手術痕あり.腫瘤触知せず.日常生活は自立していた.

血液検査所見:血清CEAが15.2 ng/ml,血清DUPAN-2が350 U/mlと上昇を認めた.血清CA19-9,血清Span-1はいずれも陰性であった(Table 1).HbA1c(NGSP)は6.5%であり,糖尿病の悪化は認められなかった.

Table 1  Laboratory data on admission
Complete blood count Blood chemistry/Tumor marker
WBC 4,070​/μl AST 23​ IU/l TP 5.6​ g/dl
neutro 78.6​% ALT 28​ IU/l Alb 3.0​ g/dl
lympho 16.5​% ALP 272​ IU/l CRP 0.1​ mg/dl
mono 3.9​% LDH 215​ IU/l HbA1c (NGSP) 6.5​%
eosino 0.5​% T.Bil 0.7​ mg/dl CEA 15.2​ ng/ml
baso 0.5​% D.Bil 0.1​ mg/dl CA19-9 0.4​ U/ml
RBC 396​/μl γ‐GTP 22​ U/l Dupan-2 350​ U/ml
Hb 12.2​ g/dl AMY 24​ U/l Span-1 1.4​ U/ml
Ht 36.9​% BUN 9.0​ mg/dl
Plt 17.7​ /μl Cr 0.54​ mg/dl

腹部造影CT所見:残膵断端に漸増性に造影される24×25 mm大の腫瘤を認め,残膵の主膵管拡張を認めた.また,腫瘤による脾静脈の狭窄が疑われた.遠隔転移を示唆する所見は認めなかった(Fig. 3).

Fig. 3 

Abdominal CT shows a solid tumor in the remnant pancreas (arrow), and the stenosis of the splenic vein (triangle).

腹部MRI所見:膵断端に拡散強調像で高信号を呈する30×22 mm大の腫瘤を認め,MRCPでは残膵主膵管の拡張を認めた.

超音波内視鏡検査所見:膵体部に30 mmの不整な低エコー腫瘤を認め,脾静脈への浸潤が疑われた.穿刺吸引生検によりadenocarcinomaの診断を得た.

以上より,退形成膵管癌再発ではなく異時性残膵癌と診断し根治目的に手術を施行した.

手術所見:残膵断端に30 mm程度の結節上の腫瘤を触れ,脾静脈への浸潤を認めた.肝転移,および腹膜播種は認めず,周辺リンパ節に明らかな腫大リンパ節も認めなかったため,残膵全摘術を施行した.

切除標本所見:膵空腸吻合部から膵体部にかけて30 mmの白色調の結節腫瘤を認めた(Fig. 4).

Fig. 4 

Macroscopic appearance of the resected specimen (4a). The tumor was solid, and its diameter was 30 mm (4b).

病理組織学的検査所見:膵管状腺癌成分の腫瘍細胞の増殖を認めるが,前回病変のような紡錘細胞型退形成膵管癌の成分は認められず,新たに生じた病変と考えられた.空腸壁の固有筋層内および脾静脈への浸潤を認めた.また,脾動脈幹近位リンパ節三つに転移を認めた.中分化型膵管状腺癌,pTS2,pT3,pCH0,pS1,pRP1,pPV1(PVsp),pA0,pPL0,pOO0,pDPM0,pN1,M0,pStage IIB(膵癌取扱い規約第7版)と診断した(Fig. 5).

Fig. 5 

The tumor was histologically diagnosed as moderately differentiated type of invasive ductal carcinoma (HE stain, a: ×100, b: ×400). The tumor invaded muscularis propria of jejunum (arrow), and splenic vein (triangle) (HE stain, c: ×100, d: ×100).

経過:術後合併症なく経過し,術後18日目に転院した.術後9か月で局所再発が疑われたが,年齢を考慮し追加治療は行わず2回目術後18か月生存中である.

考察

退形成膵管癌anaplastic carcinomaは,1954年にSommersら1)により肉腫様成分を呈する膵癌をpleomorphic carcinomaとして報告されたのが最初である.本腫瘍は肉腫様増殖を示すが,一部に膵癌成分が混在することから本邦では1993年の膵癌取扱い規約第4版で浸潤性膵管癌の一部として分類された2).2016年の膵癌取扱い規約第7版では,多型細胞型退形成癌(pleomorphic type),紡錘細胞型退形成癌(spindle cell type),破骨型多角巨細胞を伴う退形成癌(anaplastic carcinoma with osteoclast-like giant cells)の3亜型に分類されることとなった3).発生頻度について,欧米では膵癌全体の2~7%を占めるとされており4)5),本邦でも膵上皮性腫瘍全体の1%未満という報告があり6),まれな組織型である.治療は遠隔転移を認めなければ,R0手術を行うことで長期生存が見込まれるとする報告がある一方で7),切除例と非切除例で生存期間に差を認めなかったとする報告もあり8),いまだ一定の見解は示されていない.切除不能症例に対してgemcitabine+nab-paclitaxelを施行して,腫瘍縮小傾向を示したとする報告も認めており9),今後さらなる検討が必要と考える.術後補助化学療法についても報告例は少なく確立された治療法はないとされるが,通常型膵癌で用いられるgemcitabineやS-1が用いられている報告は認める10)11).予後については香川ら12)の報告では本邦での退形成膵管癌44切除症例のmedian survival time(以下,MSTと略記)は11.0か月であった.そのうち紡錘細胞型のMSTは6.0か月であった.2007年膵癌登録報告における膵癌切除例1,538例のMSTは18.2か月であり,退形成膵管癌が通常の浸潤性膵管癌と比べ予後が不良と考えられる6)

また,通常の浸潤性膵管癌術後の残膵癌に対する切除の報告例も非常に少ない.岩田ら13)の報告によると本邦において通常型膵癌術後の残膵癌切除例は12例報告されており,そのうち異時性膵癌と診断されたものは11例であった.残膵切除までの期間が最も長いものは73か月であり14),本症例が非常にまれな1例であることが示される.

医学中央雑誌で「退形成膵管癌」もしくは「膵退形成癌」をキーワードとして1995年1月から2017年8月までで検索したところ,手術が行われた退形成膵管癌は88例あり,そのうち紡錘細胞型退形成膵管癌は17例報告があった(会議録を除く)10)12)15)~29).88例のうち切除後に異時性膵癌を発症し,根治切除術が施行されたのは1例のみ(多型細胞型退形成膵管癌)であり紡錘細胞型退形成膵管癌では報告がなかった14).この紡錘細胞型退形成膵管癌の17例に自験例を加えた18例について検討した(Table 2).

Table 2  Reported cases of anaplastic carcinoma, spindle cell type in Japan between 1995 and 2017
No Author Year Age/Sex Pancreatic location Tumor size (mm) Surgery Chemotherapy Recurrence Survival time (months) Outcome
1 Shirobe15) 1995 54F Body 90 DP (−) Liver 3 Dead
2 Saito16) 1996 49M Body 90 DP (−) (−) 2 Dead
3 Higuchi17) 2004 65F Body 110 DP (−) Liver 12 Dead
4 Nakanishi18) 2006 69M Body 15 DP GEM Liver 8 Dead
5 Hino19) 2007 56M Head 80 PD ND Liver 2.7 Dead
6 Abo20) 2007 84F Head 50 PD (−) Liver 10 Dead
7 Oba21) 2008 85F Body 24 DP (−) Liver 2 Dead
8 Kouduki22) 2010 78F Head 25 PD (−) (−) 6 Alive
9 Kagawa12) 2011 63F Body 35 DP GEM (−) 9 Alive
10 Kikukawa23) 2012 77M Head 20 PD GEM (−) 51 Alive
11 Tayama24) 2012 70M Body 15 DP ND Lymph node 16 Dead
12 Yamano10) 2013 63F Body 80 PD ND Lymph node 4 Dead
13 Narita25) 2013 42M Body 50 DP S-1+GEM Liver 4 Dead
14 Kubo26) 2015 50M Body 80 DP (−) (−) 3 Dead
15 Rokawa27) 2016 51M Body 14 PD GEM UFT Remnant pancreatic cancer 27 Alive
16 Kanehira28) 2016 44F Head 70 PD S-1 Liver 14 Dead
17 Ono29) 2017 70F Head 20 PD S-1 (−) 66 Alive
18 Our case 76F Head 25 PD GEM (−) 132 Alive

PD: pancreaticoduodenectomy, DP: distal pancreatectomy, GEM: gemcitabine, UFT: tegafur-uracil

男女比は男性8例,女性10例で,年齢中央値(四分位範囲)は64歳(51~76歳)であった.発症部位としては膵頭部が7例,膵体部が11例であった.術後の補助化学療法については9例で施行されており,主にgemcitabineもしくはS-1が使用されていた.転帰については18例中12例が原病死となっており,そのうち8例で肝転移を認めていた.転移形式について検討されている過去の報告は認めず,今後の検討が必要と考える.術後生存期間が6か月未満の症例は8例であった.1年生存した症例は6例のみで,そのうち3年生存例は4例で,5年生存を認めたのは自験を含め2例のみであった.また,異時性膵癌発症例は自験例のみであった.

上記したように通常型膵管癌においても退形成膵管癌においても術後長期経過中の異時性膵癌は非常にまれである.通常型膵管癌においてはgemcitabineなどによる術後補助化学療法により全生存率や無再発生存期間の延長が示されてきている30)31).一方で自験例は退形成膵管癌においても切除可能病変の場合,術後補助化学療法の施行によって長期予後を得られる可能性を示す1例と考える.退形成膵癌の術後の生存期間が延長すれば今後,自験例のように長期生存後に異時性膵癌を発症する症例が増えてくることも予想されるが,現状では化学療法の種類など一定の見解は得られておらず,さらなる症例の集積と検討が必要である.今後,退形成膵管癌の予後が改善されていくことが望まれる.

利益相反:なし

文献
 

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