2020 年 53 巻 1 号 p. 105-115
手術記録は,診療情報にとどまらず,外科修練における研鑽,医療チーム内での手術情報の共有,そして紹介医へのfeed-backと,その意義は大きい.今回,iPadを用いた効率的で効果的なイラスト作成を中心に,我々が実践している“伝わる”肝胆膵外科手術記録の作成法を紹介する.従来の手描き法と異なり,iPad/Apple pencil/描画アプリを用いることで,自由な描き直し,レイヤー機能や多岐にわたる着色ツール,拡大・縮小機能による微細描画や着色時間の短縮,イラストパーツの貼付など,効率的で効果的なイラストの作成が可能となる.外科修練において,繰り返し手術イラストの作成に取り組むことは,観察力を養い,解剖構造の理解を深め,手術の本質を理解し修得するのに有用である.症例からの学びと反省,患者さん,そして紹介医の患者さんへの思い入れに報いるためにも,手術のみならず,外科医の想いが“伝わる”手術記録の作成に,外科医は一例入魂の精神で臨むことが望まれる.
手術記録は,診療情報としての記録のみならず,外科修練における自己の研鑽,医師・看護師といった医療チーム内での手術情報の共有,そして術前・術後診断に関わった紹介医や内科医・病理医へのfeed-backと,その意義は多岐にわたる.肝胆膵外科手術においては,解剖学的な破格の多さ・3次元構造という臓器の特性から,要点をおさえたイラストからなる手術記録の作成が望まれる.今回,iPadを用いた効率的で効果的なイラスト作成を中心に,“伝わる”肝胆膵外科手術記録の作成法を紹介し,外科医にとっての手術記録の意義について述べる.
手術記録作成の要点:
(1)文字媒体としての手術記録作成:診療録として,operative findings & procedures,術中のトラブルとトラブルシューティングに至るまで,仔細に,そして真摯に記載する.手術症例についての疾患概要(局所進行度や解剖学的特徴),術前診断を基に決定された術式の根拠,そして手術所見,解剖学的破格,実際の手術操作,使用した手術器具(糸の種類や太さ,エネルギーデバイス,鉗子の種類),NCDの必要入力項目(手術時間,出血量,麻酔時間,輸血・輸液,尿量)など,これらを余すことなく徹底的に文字情報として記載する.この書き起こし作業は,手術終了後直ちに行うことが望ましく,筆者は手術室における抜管・手術室退室前の待機時間を利用して記載している.文字情報として,可能なかぎり新鮮な状態で残しておくことは,後のイラスト作成において,断片的で曖昧となった手術記憶を思い起こす際の助けにもなる.
(2)イラスト作成:作画コンセプトは,デッサンといった見たままのリアルな描画でもよいが,誰が見ても解りやすい簡略化したイラストやクロッキー(速写)を主体としている.作画のコツは,解剖構造を簡略化したり,自分なりのイメージで修飾・整理して描いたりと,とにかく短時間で簡潔に“線”だけで描くことである(いわゆる一筆描き).手術の流れにそって,なるべく多くの手術場面をイラストで再現することが望ましいが,煩雑で手間を要する.対策として,1枚完成した下絵の上に紙を重ね合わせてトレース(なぞり絵)をすることで,次の場面の下絵につなげるというのも一工夫である.こうした下絵の作成は,記憶が新鮮な手術当日〜翌日以内に完成させるのが望ましい.そして手描きで下絵を作成した後に,色鉛筆で着色し,完成したイラストをスキャナーで取り込んだ後に,電子カルテに組み込むというのが従来の作業過程であった.しかしながら,下絵作成から着色・スキャナー取込みと,時間を要することは否めず,日常の外科診療業務の中で,こうした時間を確保することは容易なことではない.
こうした問題点を踏まえ,イラスト作成の時間短縮と効率化を意識して,iPad/Apple pencil/描画アプリによるイラスト作成を取り入れた.描画アプリについては,筆者はAdobe illustrator Draw,MediBangを使用しているが,多くの描画アプリが存在し,使いやすさ・画風などそれぞれの好みに合わせたものを用いるのでよい.これらiPad/Apple pencil/描画アプリを用いたイラスト作成で最も有用な機能として,レイヤー機能を紹介したい.レイヤー(英:layer)は,積み重なっている状態,層,階層を意味し,この機能を駆使することで,解剖構造の奥行き表現や前後関係の描画を可能とする.レイヤー&トレース(重ね絵・なぞり絵)から下絵を手技に応じて改変し別名保存を行うことで,連続する手術場面のイラストも簡単に作成でき,時間短縮に繋がる.同手法を用いれば,下絵を作成する時間がない場合でも,術中写真を取り込んで,レイヤー下層に写真を配置してのトレーシングから,イラストを完成させることも可能である.その他にも,消しゴムツール・透明ブラシによる削りや自由な描き直し,オーバーレイ・グラデーション・スプレーペンといった多岐にわたる着色ツール,微細な描画と着色は拡大モード,大きな範囲を着色する際には縮小モードを利用することで,効率的にイラスト作成を進めることが可能となる(電子付録,Fig. 1).また,別途作成した血管鉗子や鑷子・腹腔鏡用鉗子,自動縫合器などをイラストパーツとしてストックしておけば,パーツを自由に貼付して複雑な血行再建や視野展開を作画することも可能となる.こうした特殊機能は,手描きでのイラスト作成にはない大きなメリットである.また,作成されたイラストは,電子媒体となるため,後述するPower pointファイルへの貼付や学会スライド・論文への使用など,汎用性が高いことも有用である.
Various illustrative tools for attractive illustration by iPad/Apple pencil.
タブレット上での描画の習得には,一定期間を要するが,習熟すれば従来法よりも短時間で効率的に,そして効果的で“魅せる”イラストを作成することが可能となる.
(3)Power point(PPT)作成:作成したイラストをPPTに貼付し,先述の文字媒体の手術記録から,手術場面に応じた文言を抜粋・簡略化し,注釈をつけていく(PPT 5~6枚程度).手術術式の根拠となる術前のkey画像のまとめ,術中写真,切除標本写真を織り交ぜて手術記録完成とする.完成した手術記録は,電子カルテに保存し,カラー印刷したものを紹介元への手術報告としている.
参考として,第74回日本消化器外科学会総会 特別企画「オペレコを極める」に,実際に応募したPPTの手術記録を供覧させて頂く.筆者は特段の画才や絵心があるわけではないことを自覚しているが,手術の要点をおさえ,同僚の外科医は勿論,他科の医師,看護師,研修医や医学生,そして患者さんにまで,手術の内容を如何にして伝え,理解してもらうかということに一向に主眼をおいてきた.その結果として,現在の画風が育まれ,少しづつ“伝わる”イラストになってきたことを実感している.拙作であるが,読者諸賢の参考になれば幸いである.
症例1:69歳,男性
現病歴:2017年9月黄疸を主訴に近医を受診し,精査の結果,膵頭部癌cT3N0M0 BR-A(SMA)と診断された.総胆管にメタリックステントを留置,gemcitabine/nab-paclitaxelによる術前化学療法を施行し,腫瘍縮小と腫瘍マーカーの低下を確認し,2018年2月に根治手術の運びとなった.
腹部造影CT所見:膵釣部を主座とする乏血性の腫瘍を認め,前後方浸潤,上腸間膜静脈(superior mesenteric vein;以下,SMVと略記)浸潤,下膵頭十二指腸動脈(inferior pancreato-duodenal artery;以下,IPDAと略記)に沿った膵外神経叢進展,上腸間膜動脈(superior mesenteric artery;以下,SMAと略記)神経叢浸潤(9時から4時方向)を呈しており,SMA左後側方アプローチによるSMA神経叢郭清,SMV合併切除を伴う膵頭十二指腸切除術の予定とした(実際の手術記録に添付した画像サマリー.Fig. 2).
The summary of radiological findings. CT showed the pancreatic head adenocarcinoma with extra-pancreatic spreading, including portal vein invasion and perineural invasion to the nerve plexus around SMA. IPDA, inferior pancreato-duodenal artery; J1A, the first jejunal artery; MCA, middle colic artery; PLsma, nerve plexus around superior mesenteric artery; SMV, superior mesenteric vein.
手術所見:No. 16a2-b1リンパ節を郭清し,横行結腸間膜尾側でSMVを確保,横行結腸間膜を含めSMA全周の軟部組織をNo. 14リンパ節として郭清した(横行結腸動脈は剥離温存).SMA神経叢に到達した後に1時方向でSMA神経叢を開放し,SMA起始部まで連続させ,神経叢内で第一空腸動脈を結紮切離した(IPDA別分岐).郭清組織を含めた神経叢を時計回りに右側へ抜出し,反翻させたSMA神経叢を11時方向で切離し,神経叢内でIPDAを結紮切離した.No. 12-8-9-11pリンパ節をen blocに郭清し,腹腔動脈/SMA前面にて膵臓を離断した.SMA神経叢郭清の頭側は,総肝動脈神経叢・右腹腔神経叢の郭清に連続させた(Fig. 3).SMVを約3 cm合併切除し,標本を摘出した.SMVは,6-0非吸収性モノフィラメント糸にて連続縫合再建した.膵断端の迅速組織診断にて膵上皮内腫瘍性病変(PanIN3)を認めたため,追加切除を3回要した(Fig. 4~6).消化管再建PD-IIA-1(Fig. 7).
Schema of operative procedures for the patient with locally advanced pancreatic head adenocarcinoma: radical Whipple procedure with total mesopancreatodudenum excision. CA, celiac artery; CHA, common hepatic artery; IMV, inferior mesenteric vein; IPDA, inferior pancreato-duodenal artery; J1A/J2A, the first/second jejunal artery; LN, lymph-node; MCA, middle colic artery; PL, plexus of nerve; SMA, superior mesenteric artery; SMV, superior mesenteric vein; SPA, splenic artery; SPV, splenic vein.
(Same as Fig. 3)
(Same as Fig. 3)
(Same as Fig. 3)
(Same as Fig. 3)
術後経過:合併症を認めず,術後20日目に退院となった.術後1か月より補助化学療法としてS-1内服を開始した.術後1年肝転移を来し,現在化学療法中である.イラスト作成時間 約3時間を含め,症例PPT作成時間約4時間であった.
症例2:68歳,女性
現病歴:2016年9月他院にて同時性肝転移を伴う横行結腸癌にて,横行結腸切除を施行された.以後,化学療法を行うも肝転移の進行増大を認め,2018年12月に肝切除目的に紹介となった.
腹部造影CT所見:肝両葉に多発する肝転移を認めた(最大腫瘍径60 mm,6か所).S3病変では,B3末梢胆管が拡張を呈しており,S3 Glissonへの浸潤と判断した(画像サマリー.Fig. 8).化学療法の認容性向上と再肝切除の機会を見据え,肝温存術式として,前区域腹側域切除+S3亜区域切除+部分切除の方針とした.
The summary of radiological findings. CT showed multiple bilobar colorectal liver metastasis (CRLM). Intrahepatic bile duct for segment III was dilated due to CRLM invasion.
手術所見:残肝血流温存のために左三角間膜を温存したまま,肝静脈共通管を確保した.肝静脈共通管をクランプし,中肝静脈鬱血域を描出し,前区域腹側域切除の肝切離ラインを決定した(Fig. 9).S5に深部病変を認めており,術中超音波検査にて確認しつつ,深部の切離ラインを適宜可変して多形性の肝切離面を形成しつつ腫瘍を切除側に含めた.中肝静脈を肝切離面に全長露出し,切離面にて前区域腹側域Glisson枝を切離して,前区域腹側域切除を完遂した.S3亜区域切除では,Glisson臍部背側の肝切離を行い,S3 Glissonの根部を露出した後に,これを開放し個別処理の方針とした.A3/P3を結紮切離した後に,B3を切離した.迅速組織診断にてGlisson鞘/B3断端の陰性を確認した.左肝静脈を肝切離面に露出し,S3亜区域切除を完遂した(Fig. 10).S6/7境界の部分切除を付加し,肝切除終了した(Fig. 11, 12).
Schema of operative procedures for the patient with multiple colorectal liver metastasis: anatomical liver resection of ventral half of anterior sector and segment III.
(Same as Fig. 9)
(Same as Fig. 9)
(Same as Fig. 9)
術後経過:合併症を認めず,術後15日目に退院となった.術後2か月より補助化学療法としてXELOX療法を施行,術後10か月再発なく経過中である.イラスト作成時間約2時間を含め,症例PPT作成時間 約3時間であった.
肝胆膵外科手術修練において,繰り返し手術記録のスケッチ・イラスト作成に取り組むことは,観察力を養い,解剖構造の理解を深め,本質的な手術手技を学び修得するのに極めて有用である.
近年,若手医師の外科医離れ,働き方改革の気運が高まる中,外科医の労務負担や労働時間が問題視され,種々の業務の効率化が望まれている.外科医にとっての必須業務である手術記録の作成も例外ではなく,今回紹介したITリテラシー(コンピューターリテラシー)を駆使した“iPadを用いた手術記録の作成”は,次代を担う若手外科医にとって抵抗感なく取り組めるものであり,電子媒体としての汎用性や情報共有,イラスト作成時間の短縮から,外科医の労務負担軽減をも含めた効率的で効果的な外科研修に寄与することも期待される.
最後に,手術記録におけるイラスト作成は,巧拙も大事だが,その取組みにこそ,意義があることを強調したい.手術記録は,手術に対する外科医の姿勢を育み,そして苦楽を含め手術を謳歌できる我々外科医に与えられた貴重な学習の機会である.外科医にとって手術は,数多の症例の中の1例であっても,患者さんにとっては生命をかけた一大事である.手術症例からの学びと反省を今後に活かし,命を預け頼ってくれた患者さん,そして紹介医の患者さんへの思い入れに報いるためにも,手術のみならず,外科医の想いが“伝わる”手術記録の作成にも一例入魂の精神で臨むべきであると信じてやまない.
謝辞 本論文の要旨は,第74回日本消化器外科学会総会 特別企画「オペレコを極める」において発表した.この度,大賞受賞という栄誉に預かり,会長の矢永勝彦 東京慈恵会医科大学教授,司会の阪本良弘 杏林大学教授,篠原尚 兵庫医科大学教授,ならびに同企画・運営に関わられた諸先生方に,この場をお借りして厚く御礼申し上げます.
利益相反:なし