日本消化器外科学会雑誌
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特別報告
若手肝胆膵外科医にとってのシェーマの重要性
工藤 宏樹長谷川 潔
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2020 年 53 巻 11 号 p. 932-943

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Abstract

若手の肝胆膵外科医にとって,術前にシェーマを描いて手術のシミュレーションを行っておき,手術のシェーマを術後に思い出しながら描くことを極力習慣づけることが大事である.特に肝臓は立体臓器としての側面が色濃く反映される臓器であり,肝切除においては,手術戦略上重要で個々の症例で解剖や形状が異なる要素が豊富にある.定型化した手術シェーマのみでは,手術のポイントを十分に記録に残せないこともあり,その場合は自前でシェーマを描くことが求められる.自分の担当でない手術のスケッチをする鍛錬を行い,術前,術後ともシェーマを描く作業を繰り返すことが,若手の肝胆膵外科医が熟練した肝胆膵外科医になるまでに経る研鑽の一過程であると考えられる.術前に想定したvirtualな景色が手術中に広がれば,手術がずっと楽しくなり,動的なシェーマも描けるようになり,ひいては手術そのものの技量も向上するはずである.

はじめに

メディカルイラストレーションは日々の診療で非常に有用である.医療者同士で情報を共有する際や患者に病状を説明する際にイラストはしばしば用いられ,的確に情報を伝達するためには,テンプレートのイラストでは不十分な場合もある.手術記録を記載する際,自分でシェーマを描かねばならないことも多い.

本稿では,肝切除を例に,シェーマを描くうえでの手順,ならびに,手描きでうまくシェーマを描くために筆者が注意していることを述べたい.紙と鉛筆と消しゴム,それからコピー機と色鉛筆を用いたアナログな環境を想定しているが,デジタルツールを用いたやり方でも応用できる内容かと思われる.

背景

当教室では,脈管の解剖をもとに手術戦略を立てることの多い肝胆膵外科領域の手術において,若手である担当医が術前にCTなどを参照してシェーマを描き,術前検討会で供覧して同意を得る,という作業を全症例で行っている.ポイントを盛り込んだシェーマを症例呈示の最後に供覧することで,術前画像検査のエッセンスをスタッフ皆が視覚的に把握することになる.

昨今発展した3次元シミュレーションソフトにより術前シェーマ画像を誰でも短時間で作成できるようになった.2008年の診療報酬改定において画像等手術支援加算が設定される以前より,これを利用して当教室では肝切除を予定した全症例で肝切除量を予測しているが,それとは別に,手描きでシェーマを描く作業を大切にしている.腫瘍が脈管とどの程度離れているか,接しているか,あるいは浸潤しているかといった,腫瘍と脈管との局所解剖を強調したり,手術では無関係な局所解剖は省略したりして情報に重みづけすることは,シミュレーションソフトでは難しく,そのようにデフォルメを施して自分なりに描き上げた術前シェーマは,手術に臨む前によく画像検査を吟味した証でもある.

また,手術を行った後に手術記録を“描く”ことにより,脈管解剖や手技の目的を明確に意識することができ,指導医に教えを乞うポイントも明らかになる.

これまで医局員が記載してきた手術記録の数々は,質の高い手術を追求するうえで教育上も有用である.当教室では,このように実際の手術の前にも後にもvirtualな手術を行うことで,同じ症例で“3回”手術をし自己研鑽の一助としている1)

肝胆膵外科高度技能専門医制度では,高度技能専門医の新規申請に提出する手術記録にスケッチも必ず含むことが求められている.その意味するところは,手術のポイントを一症例,一症例,繰り返し絵で表現することが,若手の肝胆膵外科医が熟練した肝胆膵外科医になるまでに経る研鑽の一過程である,ということのように感じている.

シェーマ作成の方法

肝臓は,手術において立体臓器としての側面が強く反映される臓器である.筆者は肝切除におけるシェーマの作成について以下3点を重要視している.

①右肝に存在する腫瘍の場合,正面視したシェーマのみならず,右肝を授動した後のような外側方向から見たイメージも描くようにしている.そうすると前区域・後区域グリソン鞘や中肝静脈・右肝静脈の3次元構築を正確に表現できる.術中超音波では2次元画像の連続を描出することで脈管解剖や腫瘍と脈管との関係を3次元で理解せねばならないが,これを行っておけば,術中超音波を行ったときに自分が見ている脈管がどの脈管か即座に同定できず面喰うようなことはなくなる.

②手術記録では肝離断中のシェーマは必ず1枚は描くようにしている.離断前や離断後の肝臓のシェーマはCTが読めれば描きやすいが,離断中のシェーマは,離断中に術中写真を撮影することも少なく,術前に予想することは難しい.しかし,肝離断ではどのように左手を使ってどのような方向へ肝臓を開いていったかに,その症例ごとのポイントが隠れているはずで,これを術後に反芻することでさまざまな肝離断面を術前にシミュレーションする能力を養うことになる.この能力は受け持ち症例以外の手術で術野の外から観察しスケッチをすることでより鍛錬される.

③検体整理でもスケッチを描画するが,これも解剖を勉強できるチャンスである.Major hepatectomyであれば動脈,門脈,胆管,静脈が肝門においてのどのように配置されているかを熟知できる.また,隣り合った肝臓のスライス断面で同一脈管がどのようにつながって行くかを考えることで3次元をイメージする良い訓練となる.

実際の手順

筆者はHBかBの鉛筆と消しゴムでコピー用紙など一般的なA4の紙に描いている.術前シェーマや複雑な手術中のシェーマは1枚の紙に大きく描いている.大まかな全体像を描き,後述するハッチングを行い立体感を出せば,大まかには終わりである.その後の工程はなるべく短時間で済ませたいので,描いたシェーマはコピー機で濃くコピーしてから(ボールペンで濃く上書きするより短時間できれいに仕上げられる),色付けは重ね塗りをせず,臓器により決めた色の色鉛筆で塗り込むだけにしている.用いる色鉛筆にもこだわりはなく,8色あれば十分である.

1. 術前

術前シェーマは,冠状断の門脈相のCTがあるならそれをもとに,なければ水平断のCTをもとに,最も変異の可能性が低い門脈系から描き始める.その後に静脈系を描いていく.時には動脈系やEOB-MRIの肝細胞相などを参考に胆道系も描いていく.脈管を描き終えたのち,腫瘍を描きこむ.最後に下大静脈と肝臓の辺縁を描いて完成する.上述の如く右肝に腫瘍がある場合は,水平断のCTを見ながら,右側から見たイメージも描いておく.

脈管は全て,走行する向きがわかるように蛇腹のような影陰を描いている.この陰影を施す作業をハッチングという.陰影の間隔を開けたり詰めたりして描くことにより立体感を出している.動脈は円弧状に,静脈や門脈は平行線に近いようなハッチングを施すと形状がそれらしく見える.

手術で離断をどのように行ってどのような部位でグリソン鞘や静脈が露出したりあるいは切離したりしていくかを考えながら重要な脈管を描きこんでおき,術中超音波施行の際などに参照できるよう,術前に描いたシェーマを術野から見える位置に貼っておくと脈管や腫瘍の同定に効果的である.

2. 術後

肝離断中のシェーマは動的なものであり,時には実際には見えていない景色を術後に思い出しながら描かねばならない.コツは要となる脈管が離断中に出現したときの離断面の角度や形状を意識してよく憶えておくことである.離断面は,正常肝ならば可塑性があり,硬変肝ならば剛体に近い.肝離断の工程では,離断面の傾斜は「く」の字を並べて表現している.「く」の字の角度や大きさや向きや間隔に,グラデーションをつけて並べて,斜面を表現している.すなわち,大きく描けば手前に,小さく描けば奥に位置するような斜面になるし,「く」の字の角度を鋭角にすると急な斜面,鈍角にすると緩やかな斜面になる.硬変肝ならば離断中,残肝と切除肝の間はなかなか開かないし,正常肝ならば両者の斜面はどんどん開いてくるので,肝臓の硬さも反映したシェーマを描きたい.切除側と残存側の離断面を描きながら両者の間に脈管を据えて,完成する.離断中のシェーマについては,個人的には,脈管からではなく離断面の形状から描き始めたほうがうまくいく.

その他ポイントとなるシェーマは,肝十二指腸間膜内のskeletonizationや離断後のシェーマなどだが,皮膚切開や授動後や閉腹後のシェーマなどはその汎用性を活かして,開腹所見は,術中写真や術中超音波の画像も使いながら短時間で済ませる.

症例

67歳の男性で慢性B型肝炎を背景にした肝細胞癌に対して手術を行った.肝S1/8/7という深部に存在する腫瘍に対して,拡大肝S8背側領域切除(S7およびS1に拡大し,S1はparacaval portionを切除)を行った.右下肝静脈や右中肝静脈が存在するためこれらを温存して右肝静脈を切離した.

肝離断手術時間は5時間16分,出血量は200 mlだった.

1. 術前

正面視した術前シェーマ(Fig. 1a)では,意識して,肝門部からあまり離さずに肝上部下大静脈を描いている.肝門部を中心に門脈系を描いた後に,少し離れた肝上部下大静脈から静脈系を描くためだろうか,初学者は,両者を必要以上に離して描いてしまいがちである.肝後面下大静脈の長さの平均が70.1 mmである一方で右肝静脈下大静脈流入部の1 cm下の下大静脈と門脈左右分岐部の距離は平均31.2 mmという報告2)や右肝静脈流入部の高さと門脈左右分岐部の高さの距離が平均4.4 cm3)という報告もあることから,肝上部下大静脈と門脈分岐部の距離は約4 cm余りと考えればよい.したがって,門脈分岐部は肝下縁ではなく,肝臓の中央やや尾側くらいの位置になるべきである.

Fig. 1 

a: Preoperative illustration (coronal view). Attention should be paid not to draw the distance of hepatocaval junction and portal bifurcation (double-headed arrow) much longer than it is.

右側から見た右肝授動後のイメージ(Fig. 1b)は,頭尾方向,左右方向,腹背方向の3次元軸を紙面上に定めて,右肝のみ注目してやはり肝門部から描いていく.水平断のCTを見ながら目印となる脈管を決めて,この脈管は目印の腹側を通るので紙面上では左上,この脈管は目印の外側を通るから紙面上では手前になるように…というように地道に自分で3次元構造を構築して描いていく.この作業も初学者には難しく感じるが,練習を重ねてくると,正面視したシェーマを描いた後ならばスムーズに描ける.

Fig. 1 

b: Preoperative illustration (right lateral view). Cephalocaudal axis, anterioposterior axis and lateromedial axis should be determined before drawing.

2. 術後

術中写真,術中超音波画像,術前シェーマを用いて,皮膚切開(本稿では省略),開腹所見(Fig. 2a),術中超音波所見(Fig. 2b),授動後(Fig. 2c),門脈染色(Fig. 2d)のパートを記載した.

Fig. 2 

a: Laparotomy findings. A photograph surpasses an illustration in showing a shape of liver surface.

Fig. 2 

b: Intraoperative ultrasound findings. The tumor was identified as anticipated.

Fig. 2 

c: Illustration after mobilization of right hemiliver. RHV was not divided until liver transection was accomplished in order to prevent bleeding due to congestion.

Fig. 2 

d: Procedure for portal segmentation. P8dor (arrow) was punctured followed by injection of indigo-carmine solution under ultrasound-guidance. The boundaries of S8dor were identified on the liver surface (dotted line) and marked by electrocautery.

離断中にグリソン鞘も静脈も多くの脈管が露出したややtechnicalな肝切除となったため,離断中のシェーマは1枚のみならず4枚(Fig. 2eh)と多く描いた.

Fig. 2 

e: Liver transection #1. A Glisson’s sheath encountered on the lateral part of the transection plane was not divided immediately, and transection was proceeded medialodorsally until G8dor was encountered.

Fig. 2 

f: Liver transection #2. After division of G8dor, transection planes were opened. The Glisson’s sheath mentioned in Fig. 2e was proven to be peripheral side of G7 with conviction, and proceeded to division.

Fig. 2 

g: Liver transection #3. After dividing V8, hilar plate was exposed and paracaval branch of Glisson’s sheath was encountered and divided.

Fig. 2 

h: Liver transection #4. Along dorsal side of MHV, veins draining from tumor to MHV were divided.

Pringle法のもと,肝離断を開始した.肝離断前半では,最初に遭遇したのはS7のグリソン鞘だった.切離してよいS7に向かうグリソン鞘であることの確信を持てるまで,内側,背側へ広く離断し,S8背側領域に向かうグリソン鞘根部を露出して(Fig. 2e),これを切離すると,さらに離断面が開けた.前述のグリソン鞘がS7のうち切除側へ流れる末梢のグリソン鞘であることに確信を持て,これを切離した(Fig. 2f).その後,頭側背側へ離断を進め,S8の静脈を切離した.

肝離断後半では,肝門板が露出してくるので,慎重に離断を進め,paracaval portionへ分岐するグリソン鞘を切離した(Fig. 2g).腫瘍は肝門板に近接しているため,頭側から回り込むようにして中肝静脈を露出させつつ離断を進め,2本ほど腫瘍のdrainage veinsを切離し(Fig. 2h),離断を終了した.

最後に切除肝のdrainage veinとして機能させていた右肝静脈を根部で切離して検体を摘出した.肝離断後の離断面は,写真を撮影して記録に残すこともさることながら,同じ構図でシェーマを描いた(Fig. 2i).閉腹のシェーマ(Fig. 2j)に加え,当教室では術後X線画像も貼り付ける(本稿では省略).

Fig. 2 

i: Transection plane. By dividing RHV, hepatectomy was accomplished. Transection plane was depicted as a schema along with photographs.

Fig. 2 

j: Drain placement and closure. Besides, postoperative X-ray can be attached.

最後に,外回りの医局員が検体をスケッチした(Fig. 2k)のでこれも標本写真と一緒に付記した.

Fig. 2 

k: A sketch of specimen. Key vessels were identified.

本症例では筆者は第一助手を務めたが,右肝の授動(Fig. 2c)の際に第一助手は術野を覗きこめないことが多い4)5).術野の深い場所での肝離断も,第一助手は,術者の景色を想像しながら手術を進行せねばならない場面もあった.例えば,離断終盤のシェーマでは実際には筆者には見えていない視点からのものである.中肝静脈の背側面に腫瘍からドレナージされる分枝を,術者が切除側の肝臓を右側へ引き出し,第一助手が残存側の肝臓を持ち上げることにより,操作しやすい術野内へ引き出して術者自身が結紮,切離していくところ(Fig. 2h)は,本症例の大事なポイントと捉えた.術者側からの景色を想像しながらシェーマを描く作業も求められる.

考察

当教室では同じチーム内で直接の担当でない患者の手術では外回りを行うことが多く,その場合は術野内に入っていなくても,術野外から手術や検体をスケッチして学ぶ機会が多い.実際,右肝の授動,左肝の授動など,ある程度パターンが決まっている景色は,他患者の手術でのスケッチが参考になることが多い.手術を現在進行形でスケッチすることは,それだけ速くてラフなスケッチを描くことになる.芸術的に描くのではなく仔細な情報を描くことは観察力や画力を高めることになる6)

肝離断という動的なシェーマを描くのは当初,難しく感じる.しかし,術前シェーマが頭に入っていれば離断中に遭遇する脈管も同定が容易で,自分の解剖理解と答え合わせをしながら手術を進めていく作業は楽しく,手術の場面はよく憶えているものである.

シェーマが写真より優れている点は,記録者の意図に沿ってよりデフォルメ(変形,強調,省略)された情報を残せることである.開腹所見での肝の形状など,例えば明らかな肝硬変は,術中写真のほうが一目で意図を伝えやすい.また,例えば肝離断面では,術中写真により,静脈を露出して解剖学的切除を行ったという証拠を示せる.しかし,シェーマならば,肝離断面の細かな構造を簡略化して(省略),離断面の中に埋もれている太い脈管の断端を浮き立たせ(変形),肝実質内を走行する脈管を破線で示す(強調)など,術中写真にはない利点を持ち合わせている.

シェーマを描くにあたり,曖昧な線は1本たりとも引かない7)のが理想的だが,実際難しい.写実的である必要はない.診療録に残すイラストは,単純でも正確なスケッチであれば,ざっと描いたスケッチでも意図は十分伝わる8).絵をきれいに見せるために,コピー機を使って色塗りするという一工夫を紹介したが,余計な手間をかけないようにしたい.

おわりに

術前に冠状断のCTを見ながら正面視した術前シェーマを描くこと,次に水平断のCTを見ながら右前斜位から見たイメージを描くこと,普段から直接の受け持ち以外の患者の手術から学びイメージを養い画力を上げる訓練をすること,術後には動的なシェーマを思い出しながら描くこと,最後に自分では見えていない景色も総合的に考えながら想像して描くこと,という一連のシェーマ描きについて,症例を通して紹介させていただいた.

シェーマを描くことにより学びがあり,描けるようになってくると楽しみが加わる.手術が訓練で上手になるのと同様,シェーマ描きも訓練で上手になる.そして両者は密接に関わりうる.頭の中で行ったvirtual hepatectomyが実際の手術で活かされた実感が持てれば,手術自体が楽しくなるからである.本稿が若手肝胆膵外科医にとって手術技術向上を目指して行える訓練の方法の一つとして,参考になれば幸いである.

利益相反:なし

Abbreviations

S1, S7, and S8, segment 1, 7, and 8, respectively; RHV, right hepatic vein; MHV, middle hepatic vein; MRHV, middle right hepatic vein; IRHV, inferior right hepatic vein; V1 and V8, hepatic vein draining from segment 1 and 8, respectively; RPV, right portal vein; P8vent and P8dor, portal vein flowing into ventral and dorsal part of S8, respectively; G1, G5, and G7, Glisson’s sheath running in segment 1, 5, and 7, respectively; G7lat, lateral branch of Glisson’s sheath running in S7; G8vent and G8dor, Glisson’s sheath running in ventral and dorsal part of S8, respectively.

文献
 

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