日本消化器外科学会雑誌
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特別報告
正確な手術記録が患者と医学の未来を拓く
日比 泰造
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2020 年 53 巻 12 号 p. 1009-1015

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Abstract

手術こそが患者を治そうとする外科医の本質である.外科医は科学者であり,その証として正確に手術を記録する責務がある.難治がんの多い肝胆膵・移植外科では必然的に高難度手術が多く,手術記録の意義は単に手術を再現するために留まらない.大きく進歩した画像診断やシミュレーション・ナヴィゲーション,集学的治療により,現在の外科的介入は患者ごとに個別化される.手術記録では術前の適応評価と術中所見を踏まえた最終的な術式決定までを述べ,実際の手術工程を豊富なスケッチとともに克明に記す必要がある.手術の度に正確な記録を残すことで初めて,術前情報・術中所見・最終病理診断が繋がり首尾一貫した治療が行われる.これを繰り返すことで次の臨床課題が詳らかとなり,手術によってかつては治癒不能だった病が治癒可能となる.正確な手術記録が患者と医学の未来を拓く.

はじめに

なぜ,何のために我々外科医は手術記録を書く(描く)のか? 手術の語源は古代ギリシア語のkheir+érgon(手で仕事をする)にある.手術こそが患者を治そうとする外科医の本質であり,外科学を臨床医学の他の分野から峻別する最大の特徴である.William Oslerは“The practice of medicine is an art, based on science.”と述べている1).自然科学(science)は再現可能な観察や実験に基づき,未解明の現象の真理を探究する帰納的な学問であるが,外科学をscienceたらしめる所以が手術記録となる.外科医はすべからく科学者であるべきで,その証として自らの手で行った手術を正確に記録する責務がある.

特に難治がんの多い肝胆膵領域の腫瘍外科,および血行・胆道再建の成否が予後に直結する移植外科では必然的に高難度手術が求められる.正確な手術記録の意義は,単に世界中どこでも同じ術式を再現できるに留まらない.日々弛まぬ進歩を遂げる画像診断や手術のシミュレーション・ナヴィゲーション,集学的治療により,現在の外科的介入はもはや疾患ごとではなく,患者ごとに個別に立案・実行される.手術記録には術前に把握された進展範囲に基づく手術の適応評価と術式選択の根拠に始まり,術中所見を踏まえた最終的な術式決定までの過程を述べたうえで,実際に行われた手術工程を豊富なスケッチとともに克明に記す必要がある.なお術前に予めスケッチを準備し,手術に先立って執刀チームで術中イメージを共有しておくことが理想的であるほか,手術動画は原則全ての症例で撮影することが望ましい.術前スケッチを元に手術工程を執刀チームで確認し,さらに動画撮影の意図や構図を協議することはまたとない予行演習となる.また,二次元で表現された手術記録では実際の手術操作の一挙手一投足はわからないため,術後に動画を徹底的に検証・反芻することが手技の向上には不可欠である.

このように手術の度に正確な記録を残すことで初めて,術前情報・術中所見・最終病理診断が繋がり首尾一貫した治療が行われる.術前情報と術中所見の乖離を埋めることは,複雑な三次元構造の理解が必須である肝胆膵領域の手術水準の進歩に寄与する.また,最終病理診断でがんの真の局在が明らかになることで手術が治癒をもたらす可能性を判断し,患者ごとの術後の治療戦略を組み立てることが可能となる.これを繰り返すことで次の臨床課題が詳らかとなり,臓器移植の父Thomas Starzlが述べたごとく手術によって「かつて不治とされた病を辛うじて治す」そして「よりよく治して標準治療を確立する」2)ことができる.

症例

症例1:69歳,女性

前医で後腹膜脂肪肉腫の切除15か月後,再発病変が腹部大血管を始めとして周囲臓器に広範な浸潤を来し,複数の病院で切除不能と判断された.開腹に先立ち人工血管を用いて左腋窩-両側大腿動脈バイパス手術を行い,両側下肢の血行を確保(Fig. 1A)した.開腹後,腫瘍が浸潤する膵頭十二指腸,右腎,右結腸,腹部大動脈,下大静脈,腸腰筋をen blocに摘出(Fig. 1B)した.続いて膵管空腸吻合・胆管空腸吻合・胃空腸吻合・回結腸吻合を行い手術終了した(手術時間:21時間38分,出血量:9,780 g).この手術は腫瘍学と移植医学の融合によってがんの診療と研究を発展させるtransplant oncologyの四つの柱(four E’s)のうち,Extension(がんの手術に臓器移植手技を導入することによる切除限界の拡大)の概念実証にあたる3)4).多臓器移植を行うにあたり脳死ドナーから複数の移植臓器を腹部大動脈と下大静脈との連続性を保ったまま摘出する技術を応用し,no-touch isolationの原則を守って腫瘍を安全に摘出しえた.

Fig. 1 

Upfront left axillo-bifemoral arterial bypass reconstruction (A) and en bloc resection by combining a Whipple procedure, right hemicolectomy and nephrectomy, and excision of the infrarenal aorta and inferior vena cava (B).

このような標準術式の範疇に収まらない「超」拡大切除を行う際には,術前画像をもとに各臓器および主要血管の切離位置を正確に見極めることはいうまでもない.これに加えて標本摘出時の術野の光景が目の前に浮かぶように術前にシミュレーションを繰り返してスケッチを予め描くことで,本患者のように切除範囲が多臓器に及んでも解剖学的な位置関係を把握し,「木を見て森を見ず」に陥ることを回避できる.実際,手術記録に収載したFig. 1は術前ミーティングで提示したものとほぼ同一であり,手術に参加した全ての外科医がこれを元に術中のイメージを共有することで長時間におよぶ高難度手術を安全に施行できた.

また,本患者はこの約2年後に再発(膵空腸吻合部〜肝門部,左尿管,回腸末端)に対して左肝切除+残膵部分切除(いわゆるleft hepatopancreatoduodenectomy),左尿管切除,小腸部分切除を受け(手術時間:21時間17分,出血量:3,010 g),無事に社会復帰を果たしている.再発腫瘍に対する再切除の腫瘍学的な妥当性は,施設を問わず病変の生物学的悪性度のみで決まるが,技術的な可否判断は前回執刀した外科医による正確な手術記録に基づき外科医だけが下すことができる.

症例2:38歳,男性

Peutz–Jeghers症候群を背景に発生した十二指腸癌に対し,前医で膵頭温存十二指腸亜全摘術を施行後,上腸間膜動脈根部を全周性に取り巻くように浸潤を来した孤立性の再発腫瘍が生じた.初回切除から4年以上経過し,さまざまな化学療法で再発確認後1年9か月にわたりstable diseaseであることから,複数回の外科・腫瘍内科の議論の後に倫理委員会および高難度新規医療技術の導入を経て,切除適応ありと判断された.まず切除に先立ち遠位脾腎シャントを造設し膵臓・脾臓・胃の鬱血を予防,その後に上腸間膜動脈と門脈,脾静脈を含み膵頭〜体部+幽門側胃〜全小腸〜右半結腸切除・バックテーブルで腫瘍切除(ex vivo resection)・自家小腸移植でR0切除しえた(手術時間:15時間12分,出血量2,250 g).

この手術も前述のtransplant oncologyの概念実証にあたり,十二指腸癌再発に対し世界で初めて体外切除・自家小腸移植を行うこととなった5).そのため手術記録の冒頭には,これまでの臨床経過の詳細と腫瘍学的観点からの切除適応に関する議論,そして過去の文献検索を踏まえた術式選択の根拠を記載するに至った.また,術前の取り決め通り切除可否の最終判断を術中に行った場面を正確に記すことが,本患者のように前例がない術式の場合には特に重要である(Fig. 2).また,症例1)と同様に標本摘出時の術野のイメージを外科医が共有すべく,切除のシミュレーションを行う度にスケッチを準備し(Fig. 3A),自家小腸移植時に血管の屈曲やねじれなどがひとたび生じると致命的となる上腸間膜動脈および門脈吻合を含めた完成予想図を描いた(Fig. 3B).実際の手術には術前に描いたスケッチを正確に再現する意識で臨み,術中特に問題なく本術式を安全に完遂しえた.

Fig. 2 

Intraoperative decision making for an ex vivo resection of a recurrent duodenal cancer circumferentially involving the root of superior mesenteric artery.

Fig. 3 

Ex vivo resection (A) and intestinal autotransplantation (B).

症例3:32歳,女性

生体肝移植における唯一のドナー候補で,術前画像診断で門脈前区域枝が門脈臍部の根部から分岐(Fig. 4A),右後区域胆管は北回りで左肝管に合流(Fig. 4B),そして右下肝静脈が2本ある解剖学的変異を有していた.右肝グラフトでは門脈の右前・後区域枝の2本を再建する必要があり,かつvolumetryで右肝静脈,右下肝静脈2本,V5およびV8の5本を全て再建しても肝静脈灌流域の合計は当科基準のgraft-to-recipient weight ratio 0.70を満たさないことが判明した(Fig. 4C).左肝3区域+尾状葉グラフトであれば門脈は左枝+右前区域枝の共通幹,肝静脈は左+中肝静脈と左尾状葉静脈を再建すればよい.また,左尾状葉に向かうP1lは少なくとも2本が門脈臍部から分岐し温存可能で,左尾状葉を付加することでgraft-to-recipient weight ratioが0.81となり,ドナーの残肝容積は40.9%で当科基準の30%を大きく上回り安全性も十分に確保されると判断され,本グラフトを採用した(手術時間:10時間25分,出血量282 g).本患者の手術記録では,詳細な術前画像とシミュレーションに基づく術式選択の根拠を提示することに加え,健常人である生体ドナーの安全性が最優先される生体ドナー肝切除を確実に施行するために我々が標準術式としているグリソン一括確保+liver hanging maneuver(Fig. 5A)がどのような肝グラフトでも応用可能であることを正確に記すことが重要であった.肝臓(特に肝門部および尾状葉)の外科解剖の高度な理解,綿密な術前シミュレーション,そして手術手技の熟練に基づき,世界で初めて左肝3区域+尾状葉グラフトを用いた生体肝移植に成功した(Fig. 5B6)

Fig. 4 

Portal vein anatomy and preoperative volumetry (A), the 3-dimensional fusion imaging of the hilar structures (B), and hepatic venous anatomy with the drainage area of each hepatic vein (C).

Fig. 5 

Glissonean approach and liver hanging maneuver in a left trisection plus caudate lobe graft (A) and the graft procurement and implantation (B).

結語

肝胆膵・移植外科の高難度手術では,今回述べた「超」拡大切除や新たな術式はもとより,たとえ定型術式であっても個々の患者ごとの外科解剖や病変の進展範囲によりさまざまな創意工夫が要求される.術前情報・術中所見・最終病理診断が首尾一貫した治療を行う根幹をなすのが手術記録であり,その中核がスケッチである.正確な手術記録が患者そして医学の未来を拓く.

謝辞:本稿で提示した手術の施行にあたり,多大なご支援をいただいた慶應義塾大学医学部外科学教室(一般・消化器),慶應義塾大学病院,熊本大学大学院生命科学研究部小児外科学・移植外科学講座,熊本大学病院の先生方および関係者のみなさまに心より厚く御礼申し上げます.

利益相反:なし

文献
 

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