日本消化器外科学会雑誌
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特別報告
大腸癌腹膜転移に対する腹膜切除を伴う完全減量手術の手術記録―シェーマを用いて全体像を捉える―
清松 知充
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2020 年 53 巻 12 号 p. 1016-1025

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Abstract

手術記録はいかにして必要十分な情報を端的に相手に伝えられるかが重要である.癌の根治手術であれば,腫瘍の肉眼的な広がりの評価,および血管処理や切除臓器の情報が重要である.一方で大腸癌の腹膜転移に対する完全減量切除という術式は,通常の術式に比べて多くの外科医にとってある意味でブラックボックス的なものに感じられるかもしれない.しかし,基本は同じであり,腹膜転移の広がりを正確に記録し,拡大した局所として根治切除可能と判断し,そして系統的に切除を行った経過を明解に記述することが重要となる.本邦ではごく限られた専門施設でのみ行われている術式ゆえにどのような切除が行われ,最終的に患者がどのような結果になったのかを正確に記録することが求められる.ゆえに手術記録においてはシェーマを多用してこのようなポイントが一目で理解できることを最も重要視している.

はじめに

Stage IVの大腸癌のうち一部の腹膜転移はある範囲の局所にとどまり,それゆえに外科的切除が有効となるものがある.腹膜切除を伴う腹膜転移の外科的切除は完全減量手術(complete cytoreductive surgery;以下,CRSと略記)と呼ばれ原発から播種して腹腔内に拡がった癌細胞を広い局所としてコントロールする手術であり,欧米諸国においては腹膜転移の治療法の一つとしてガイドラインにも記載されて広く行われているが本邦ではほとんど普及が進んでいない1)2).患者選択が極めて重要な術式であり,当科ではその適応を厳密に決めており,遠隔転移がなく後述のごとく転移領域が限局している大腸癌腹膜転移に対してのみCRSを行っている.まず記録に際しての重要なポイントである播種病変の広がりの評価と治癒切除度の評価について述べる.

1. peritoneal cancer index(PCI)

腹膜転移の拡がりの評価として,本邦の大腸癌取扱い規約第9版では独自のP1~P3という分類を用いており,P1:近接腹膜にのみ播種性転移を認める,P2:遠隔腹膜に少数の播種性転移を認める,P3:遠隔腹膜に多数の播種性転移を認めるものと記されている.シンプルで分類がしやすい反面で用語に明確な定義がなく主観的になりやすい.一方で欧米の施設では腹膜播種係数(peritoneal cancer index;以下,PCIと略記)を用いて定量的に評価する手法がほぼ確立している.多くの臨床試験がこれに基づいており,当科ではこれを術前の審査腹腔鏡時およびCRS施行時に用いて評価している.腹腔内を13領域に分けて各領域の最大病変の大きさに応じてスコア化し(0:病変なし,1点:5 mmまで,2点:5 cmまで,3点:5 cmより大または集族)それを合算したのがPCIである(39点満点).開発者のSugarbakerらのシェーマでは小腸4領域以外の腹腔内を単純に9等分して13領域として記載されているが,腹腔内臓器については図には表示がなく腹膜転移の全体像を伝えるのは困難である(Fig. 13).これを解決するために新しく手術時のPCIを記録するための独自のシェーマを作成した(Fig. 2).壁側腹膜に加えて各々の領域番号に含まれる臓器も視覚化することで,どの場所に(location)どの程度の(volume)の播種があるのかを一画面で表現できるように工夫している.基本的な解剖学的な構造はほぼ共通なので男性と女性のバージョンをあらかじめ作成しておき,その上に播種の大きさや場所をデジタルペンで症例ごとに追記する手法を用いている.これにより播種の拡がりを直感的に理解しやすい形で図示することが可能となった.これを用いて術中にPCIをスコアリングし,当科では15点以下の症例をCRSの手術適応としている(本症例は女性のPCI 11でCRSの適応となった).

Fig. 1 

PCI schema (modified from the original version3)).

Fig. 2 

The new version of PCI schema including various abdominal organs. Peritoneal metastases are visualized on the schema by red spot according to their size. Total PCI score is 11 in this case.

2. 腹膜切除および臓器切除を行った領域の表現

CRSはその術式の意味合いとして‘腹膜切除の手法を用いて肉眼的な腫瘍を全て切除する’というものであり,その中に広範な術式が組み合わされているという点で特殊な術式である.その腹膜切除範囲や切除臓器によって手術侵襲やその合併症についても格段に違ってくる.したがって,手術記載においては,前述のPCIの図によって表現された腹膜転移の拡がりに対してどの領域の腹膜および臓器を切除したかを明確に記述することが極めて重要となる.系統的に腹膜切除を行う腹膜領域として,横隔膜下腹膜(Region 1,3)・壁側腹膜(Region 4,5,7,8)・骨盤腹膜(Region 6),さらに大網(Region 0)および小網(Region 2)がある.手術記載において切除領域をわかりやすくするために,切除した腹膜領域は青の網掛けで,切除した臓器については黄色の網掛けで表現している(Fig. 3).前項で腹膜転移の位置を書き込んだPCIの図に追加して各領域に色の網掛けを行って切除したことを表現しているが,あらかじめ全ての領域と臓器についてグラフィックソフトのレイヤー機能を用いて各色の網掛けをon/off表示できるように作成しており,ごく短時間の作業で広大な腹腔内領域において加えられた手術操作を図に落とすことができる.

Fig. 3 

The schema of the extent of resection according to the tumor distribution. The resected parietal peritoneum and visceral peritoneum are colored blue, and the resected organs are colored yellow.

3. completeness of cytoreduction score(CC score)

本術式において,治癒切除度は非常に重要な予後因子となる.完全減量を目指して手術を企図しても最終的には臓器周辺に切除しきれない小さな腫瘍が遺残することがあり,これを治癒切除度(completeness of cytoreduction score;以下,CC scoreと略記)として手術記録に明瞭に記録する必要がある.CC scoreの定義はCC-0:肉眼的に明らかな遺残なし,CC-1:残存腫瘍2.5 mm未満,CC-2:残存腫瘍2.5 mm以上2.5 cm未満,CC-3:残存腫瘍2.5 cm以上であり,遺残した腫瘍があればその場所と大きさも含めて最終再建後のシェーマに正確に記述する(Fig. 4).手術後の再建も含めた臓器のシェーマをあらかじめ作成しておき,臓器切除や再建のパターンによりいずれかを選択して(例えば直腸切除なしのバージョンと直腸切除・再建のバージョンなど)表示できるように作成しておき,腫瘍遺残があればそれを図に描き込んでCC scoreとして記録する.これも極めて短時間の作業で記載できる.本症例では遺残はなくCC-0である.

Fig. 4 

The schema after CRS. The remnant tumors should be recorded on it. In this case, there was no remnant tumor and CC score was 0.

症例

患者:48歳,女性

既往歴・家族歴に特記すべきことなし.原病歴:持続する血便を主訴にて前医を受診した.精査の大腸内視鏡精査にてS状結腸に半周性のType 2病変指摘された.生検にてadenocarcinoma(tub1).CTにて同時性の多発腹膜転移を指摘された.当院セカンドオピニオン外来受診し,精査の審査腹腔鏡にてPCI 10でありCRSの方針となった.

術後診断:S状結腸癌(cT4a N1 M1c1 stage IVc)

手術術式:完全減量手術〈PCI 11/CC 0〉

〈両側壁側腹膜切除・骨盤腹膜切除(子宮両側付属器切除・低位前方切除D3)・大網切除〉

手術時間 5時間49分,出血量 325 ml,輸血量 0 ml

①開腹時所見・手術適応の確認

剣状突起から恥骨におよぶ正中切開した.臍部および手術瘢痕は全て切除した.原発巣はT4a.播種以外の遠隔転移なし.術中PCI を評価し(Fig. 2),PCIは11でありCRSの方針とした.術中写真はFig. 5参照.

Fig. 5 

Intra-abdominal views of the right hemidiaphragm, the right paracolic gutter, the pelvis, the left mesodiscending colon, and the greater omentum.

②壁側腹膜切除

腹膜切除は右壁側腹膜切除から開始した.腹膜のみ正中から背側に向かって剥離し,そのまま右半結腸の授動に移行した.右尿管および右卵巣動静脈を背側に剥離した.右卵巣動静脈および子宮円索は結紮切離した.剥離を正中方向では上下腹神経を温存しつつ大動脈前面レベルまで,尾側方向は骨盤内まで十分に剥離した.左壁側腹膜も全く同様に剥離した.続いて骨盤正中の直腸背側で下腹神経を温存しつつTMEの層にて肛門挙筋レベルまで十分に直腸を授動し骨盤神経叢は全温存とした.

③骨盤腹膜切除

続いて骨盤操作に移る.Fig. 6のごとくダグラス窩の最深部では播種が集簇し散在性に子宮周囲および直腸にも広がっており,子宮・両側付属器切除および低位前方切除を伴うダグラスパウチ全摘による骨盤腹膜切除の方針とした.Fig. 6に紫のラインで腹膜切除のラインを示す.膀胱前面の膀胱腹膜を牽引・展開しつつ,骨盤内に向けて腹膜を剥離した.膣前壁のレベルまで進んだところで左右の尿管を確認・温存しつつ子宮動静脈を含む基靭帯処理した.膣を全周性に切開してダグラス窩の前壁の腹膜を露出した.さらに,尾側に回り込んでダグラス窩の最深部を切除するように直腸切離線を設定し,直角鉗子をかけて直腸洗浄後に自動縫合器にて切離した.膣断端は2-0バイクリルにて連続縫合閉鎖した.

Fig. 6 

The pelvic peritonectomy procedure: Firstly, the peritoneum of the urinary bladder is resected, secondly the vaginal wall is dissected, then the procedure goes deep along the Douglas pouch, and finally the rectum is dissected.

④上方向郭清と間膜切除

腫瘍口側腸管の間膜処理はIMAを根部にて処理するD3郭清とした(Fig. 7).十二指腸下縁にそって右では回腸間膜付着部から左はTreitz靭帯近傍まで結腸間膜を含む腹膜を一括切除した(①).LCA・IMVも図のごとく下行結腸の辺縁動脈寄りで処理して結腸間膜を可及的に切除範囲に含めることで同部の腹膜転移も一括して切除した(②).最後にSDJ近傍レベルで腸管を自動縫合器にて切離して骨盤腹膜全摘の標本を摘出した(Fig. 7の青紺の網掛け).

Fig. 7 

The schema of the extent of resection in the mesorectum/mesocolon and the surrounding peritoneum.

⑤大網切除

続いて大網切除に移る.右側から結腸ごと起こしてきて十二指腸の前面に入る.大網を上行結腸・横行結腸・下行結腸から剥離して網囊腔を開放した.大網への転移は末梢側に集中しており中枢側にはないために脾臓および左右の胃大網動静脈は温存し大網枝をその起始部近傍でそれぞれ処理し亜全摘とした.左右の壁側腹膜は結腸外側にて切離して標本摘出した(Fig. 7の青紫の網掛け).続いて虫垂切除を施行した.最終的に小網から胃の周囲,肝門部,および肝表面などに腹膜転移病変のないことを確認し切除操作を終了した.最終的にCC-0で腫瘍遺残なし(Fig. 4).

⑥止血確認と吻合

腹腔内を温生食にて洗浄し止血確認した.再建はDST法に行い,術中内視鏡にてleak testおよび吻合部出血の確認を行った.全周性に4-0吸収糸にて縫合補強した.切除後の写真はFig. 8参照.経肛門減圧ドレーンと左側腹部から8 mmドレーンを挿入した.右下腹部のcovering ileostomyを作成し閉創して手術を終了した.

Fig. 8 

Intra-abdominal views after resection and reconstruction: Additionally, the pictures of resected specimen after total pelvic peritonectomy (Douglas pouchectomy).

考察

一般的な血管処理とリンパ節郭清を伴う癌の根治術とは一線を画する,完全減量手術という術式においては手術記録も工夫が必要である.一般的にこの手術のイメージが漠然としてしまうのは腹膜に明確かつ系統的な解剖学的分類が存在しないためであり,それゆえにCRSというと得てして腹膜転移の有無にかかわらず,全ての壁側腹膜を予防的に切除してしまう術式のごとく捉えられがちである.しかし,腹膜には場所に応じて解剖学的にも機能的にも異なる特徴があり,実際には腹膜の部位によって腹膜転移のリスクは均等ではない.進展の過程においては重力や吸収などの要因が関係しており,大網や骨盤腹膜,右横隔膜下腹膜などでは腹膜転移が起こりやすい反面で小腸やその間膜などへの腹膜転移は比較的起こりにくい.これを利用して広範囲であっても局所として系統的に腹膜切除によって播種をコントロールするというのがCRSの基本コンセプトである.2018年にその結果がはじめて公表されたフランスのProdige 7試験では,PCI <25の腹膜転移症例でCRSによる治癒切除(CC-0 or CC-1(遺残1 mm以下))がなされた症例はHIPECの有無にかかわらず5年全生存率36~39%と良好な成績が報告されており今後は本邦でも発展すると確信している4).ただこの治療は症例選択がなによりも重要であり,普及に際しては各施設が転移の拡がりと腹膜切除範囲および臓器を明瞭に記録することが大切である.これらは患者の予後に密接に関係し術後の臨床成績の評価に重要であるとともに,遠方の他の医療機関と連携して診療を行うにあたっても極めて重要な情報であるからである.ただこれに際して毎回広範な臓器や腹膜を手書きで描くのではなく,性別や手術既往などいくつかパターンのシェーマを基本地図のように登録しておき,レイヤー機能によって簡便に切除部位を記録していくことが現時点ではベストの方法であると考えている.表面の腹膜が切除の対象であるために解剖学的なvariationは少ないが,広範囲における立体的かつ複雑な腹膜構造の全体像をとらえるために今後もシェーマに工夫を重ねていきたい.最後に術中写真や切除標本写真などはこの手術の記録においては非常に重要であるため,解剖学的な構造の追記を加えてしっかりと記録しておくべきであることを申し添えておきたい.

利益相反:なし

文献
 

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