日本消化器外科学会雑誌
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特別報告
膵切除における術前術後シェーマの重要性について
入江 彰一齋浦 明夫
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2020 年 53 巻 2 号 p. 181-188

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Abstract

膵切除は,消化器外科領域における最も複雑な解剖理解を要する術式の一つである.術前画像に基づいたシェーマを作成することで,処理すべき脈管の走行や,その破格を認識することができ,術中出血や,disorientationの危険性を回避できる可能性がある.さらに,切除方法においても,解剖学的な多様さから,手術毎にバリエーションが豊富に存在する.したがって,手術記録におけるシェーマは,単なる写真では表現できない手術の勘所を的確に表現でき,且つどのような手術を行ったかを想起させる一助となる.当院では,膵切除術前に,上腸間膜動脈(以下,SMAと略記)系や腹腔動脈(CA)系の解剖をCTで詳細に検討,シェーマ化し情報を共有している.また,手術記録においても,手術毎のポイントを視覚化することで,短時間で行われた手術を全員で理解できるようにしている.今回,膵頭十二指腸切除と後腹膜一括郭清を伴った膵体尾部切除の手術記録を掲載した.まず,門脈浸潤,膵頭神経叢浸潤を伴う膵頭部癌に対して,前方アプローチによる,亜全胃温存膵頭部十二指腸切除(SSPPD),門脈合併切除,SMA周囲神経叢合併切除を施行した.門脈再建は,門脈-上腸間膜静脈再建,脾静脈-左腎静脈再建を行った.消化管再建は,柿田法による膵空腸吻合,胆管空腸,B-II+Braun法による胃空腸吻合を行った.次に,膵体尾部切除は,左副腎を含む後腹膜一括郭清を伴う膵体尾部切除,膵断端には,空腸パッチ再建を行った.膵切除における術前術後シェーマは,安全な手術の遂行と,正確な記録,手術毎の重要箇所を短時間で明示するための非常に有効なツールである.

はじめに

外科手術において,術前シェーマ・手術記録(術後シェーマ)の重要性は,以前から語り継がれてきた.近年,術前画像や,術中,脈管や組織繊維の1本1本が,鮮明な写真や,動画によって余すことなく記録できるようになったにもかかわらず,シェーマの重要性は変わらず唱えられている.なぜシェーマがそれほどに重要なのか.以前から,手術上達のための必要条件として,手術手技の習得,解剖の理解,手術手順の記憶の三つが述べられることが多い.シェーマ記載の上達は,局所解剖の理解と手術手順の記憶に寄与しており,手術上達には欠かせない技術であるからではないだろうか.

消化器外科手術において,とりわけ膵切除は,最も複雑な解剖理解を要する術式の一つである.処理する脈管の解剖学的な多様性については,過去に多くの報告がなされており1),術前画像に基づいたシェーマを作成することで,処理すべき脈管の走行や破格を認識することができ,術中出血や,disorientationの危険性を回避できる可能性がある.また,術後シェーマは,その手術の勘所に焦点を当てて,記録することができる.時間が経過した後にその手術を振り返った際に,その手術の要点を瞬時に想起するきっかけとなりうると考えられる.今回,当院で亜全胃温存膵頭部十二指腸切除(以下,SSPPDと略記)および膵体尾部切除(以下,DPと略記)を行う際に,必ず行っている術前,術後シェーマ作成について述べる.ちなみに,術者は筆者本人が行っている.

症例

症例1:膵頭部を大きく占居する膵頭部癌の症例である.診断時,黄疸と主膵管拡張を認め,ERBD tubeが留置された.CT所見に基づいて術前シェーマを作成した(Fig. 1).左肝動脈は,A2+3が左胃動脈(LGA)から,A4は総肝動脈(CHA)から分岐していた.胃十二指腸動脈(GDA)は,細く末梢で腫瘍に巻き込まれていた.腫瘍は門脈と広範に接しており門脈浸潤が考えられた.また,上腸間膜動脈にむけて腫瘍から軟部陰影の伸びだしを認め,膵頭神経叢浸潤が考えられた.手術は,前方アプローチによる,SSPPD,門脈,脾静脈合併切除,上腸間膜動脈周囲神経叢合併切除を施行した(Fig. 2, 3).血行再建は,門脈(以下,PVと略記)-上腸間膜静脈(SMV)再建,脾静脈(SPV)-左腎静脈再建を行った(Fig. 4).脾静脈は,再建距離が最短になるように,上腸間膜動脈(以下,SMAと略記)背側を通して再建した.消化管再建は,柿田法による膵空腸吻合,胆管空腸,B-II+Braun法による胃空腸吻合を行った(Fig. 5).

Fig. 1 

Schematic presentation; The tumor is located at pancreatic head (red color). The main pancreatic duct (MPD) and common biliary duct (CBD) are dilated. The plastic stent is inserted into CBD. The SMV is invased by the tumor. The soft tissue (red arrow), most probably tumor invasion, contacts with SMA.

Fig. 2 

The resection area with jejunal mesentery.

Fig. 3 

The half of SMA plexus was resected.

Fig. 4 

Reconstruction; PV-SMV, SpV-Lt. renal v.

Fig. 5 

The reconstruction of digestive tract.

症例2:膵尾部癌の症例である.CTに基づいて術前シェーマを作成した(Fig. 6).腫瘍は,膵尾部に位置しており,脾動脈(SPA),脾静脈浸潤認め,後腹膜への浸潤も疑われた.当科では,膵体尾部癌における膵切離ラインは,通常PV直上のレベルとしているため,PV周囲解剖まで含めたシェーマ作成を行っている.特に,背側膵動脈(DPA)は,術中出血や,後出血の原因となるため,注意してシェーマに記録している.術式は,左副腎を含む後腹膜一括郭清を伴ったDPを行った(Fig. 7).また,膵断端には,空腸パッチ再建を行った(Fig. 8).

Fig. 6 

The tumor is located in pancreatic tail. The splenic artery (SpA) and vein (SpV) are invased.

Fig. 7 

RAMPS (radical antegrade modular pancreatosplenectomy).

Fig. 8 

The jejunal patch reconstruction.

考察

膵切除において,術前シェーマが担う役割は,解剖学的多様性の認識だけでなく,腫瘍周辺臓器への局所浸潤を視覚的に,瞬時に理解させることである.つまり,術中に術前シェーマをより実践的に利用できることを意図している.また,術後シェーマ(手術記録)は,術中所見以外に,その手術における勘所や,術者のこだわりを表現できる.さらに,若手の外科医にとっては,あいまいな解剖を明瞭化し理解を深める教育的な意味も持っている.

症例1では,SMA神経叢郭清(SMD)は前方アプローチにおける最重要ポイントである.Inoueら2)は,SMA神経叢切除の程度をLv1–3で分類し,腫瘍の進展によって使いわけている.膵頭部周辺の解剖は立体的に入り組んでおり,腫瘍の局所進展は,ほとんどの場合,一つの臓器や脈管だけにとどまることがなく,いくつかに接触する形式も同時に持っている.このような場合,文字での表現よりも,シェーマによる表現の方が,直観的かつ,容易に理解でき,術中にも感覚的にイメージがしやすくなっている.

症例2では,膵体尾部癌に対して,当科では後腹膜一括郭清をルーチンで行っている.腫瘍背側の切除距離を確保する目的の他に,膵切離ライン周囲,SMA周囲に神経叢の切離ラインも,後腹膜郭清の程度に合わせて調節している.例えば,MCN,SCN,SPN,IPMNなど腫瘍病理学的に局所進展や,リンパ節転移頻度が少ないものに対しては,後腹膜一括郭清を行わず,SMA神経叢を温存するDPを行っている.また,切離ラインの違いを表現する際に,立体的な位置関係を表現するために,CTでのaxial viewに似たデザインのシェーマを用いることで離断ラインを明確に表現している3)

頭の中で理解している解剖や手術手技をうまくシェーマで表現できるようになることは,容易ではない.映像技術は日進月歩を続けており,詳細な写真や,3D画像を駆使することで,術前,術後シェーマの代用することは可能かもしれない.しかし,写実的に記録された画像では表現しきれない,外科医の手術イメージ,癌切除に対するストラテジーを記録することができる唯一の方法なのではないだろうか.冒頭に述べたように,手術上達のために必要な技術として正確で,ポイントを押さえた膵切除のシェーマを描くことは重要な要素だと考える.

謝辞 手術シェーマのご指導いただいた,井上陽介先生,佐藤崇文先生,武田良祝先生,がん研有明病院スタッフの先生方に厚く御礼申し上げます.

利益相反:なし

文献
 

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