2020 年 53 巻 3 号 p. 306-312
オペレコの用途は多岐に渡っており,手術経験のない医療従事者からベテラン外科医までさまざまな人が閲覧する公的文書である.それゆえに,誰が見てもわかるオペレコの作成は手術を執刀する外科医の責務でもある.誰が見てもわかるオペレコの作成には文章を用いた「手技の言語化」とイラストを用いた「術野の再現」の併記が重要であると考えている.使用した針糸や自動縫合器のサイズなど,イラストでは伝えにくい事項は「手技の言語化」をする必要がある.一方で,腫瘍の局在,膵切離位置や神経叢郭清などの情報はイラストを用いて「術野の再現」を行い,視覚化することが大切である.本稿では実際の亜全胃温存膵頭十二指腸切除術の手術記事を通して「手技の言語化」と「術野の再現」に基づいた,私なりの誰が見てもわかるオペレコ作成の工夫について概説する.
オペレコは公的文書として保存され,その後の診療や研究のためにさまざまな人の目に触れるため,どのような手術が行われたかを振り返る際にわかりやすく記載されている必要がある.また,わかりやすいオペレコを用いて紹介元に報告することは医療連携においても大切である.若手外科医にとってはイラストを含めたオペレコを作成することが,解剖や手術手順への理解を深める手段となる.さらに,肝胆膵外科領域では高度技能専門医の資格認定の際にオペレコが審査の対象となっている.このようにオペレコの用途は多岐に渡っており,手術に従事しない者からベテラン外科医まで,誰が見てもわかるオペレコの作成が望まれる.
本稿では実際の亜全胃温存膵頭十二指腸切除術の手術記事を通して私なりの誰が見てもわかるオペレコ作成の工夫について概説する.
症例:71歳,男性
黄疸を契機に発見された遠位胆管癌の症例である.術前の画像診断では腫瘍は膵内胆管に限局しており,動門脈および胆管に明らかな走行破格は見られなかった(Fig. 1).十分な耐術能を評価したうえで亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.

Illustration of anatomy.
手術は上腹部正中切開にて開腹し,明らかな肝転移や腹膜播種は認めなかった.網囊開放およびKocher授動の後に膵下縁で上腸間膜静脈へ到達した.胆摘を行った後に肝十二指腸間膜の郭清へ移行した.胆管は右肝動脈上縁レベルで切離し,胆管断端は術中迅速病理検査で明らかな悪性所見を認めなかった(Fig. 2).胃を自動吻合器で切離し,膵上のリンパ節郭清を行った後に,門脈直上レベルで膵切離を施行した(Fig. 3).トライツ靭帯より15 cm程度肛門側で空腸を切離し,第一空腸動脈根部へ向かって空腸間膜を剥離した.上腸間膜動脈神経叢は温存する層で膵頭神経叢の剥離を行い,標本を摘出した(Fig. 4).再建はChild変法にて行い,Winslow孔および膵空腸吻合部にドレーンを留置し終刀とした(Fig. 5).

Lymph node dissection of hepatoduodenal ligament.

Transection of stomach and pancreas.

Transection of pancreatic head plexus.

The completed modified child’s reconstruction.
手術時間は355分,出血量は88 mlであり,術後は大きな合併症なく退院された.
外科医が手術の勉強をする際,イラストと文章が併記されている教本は非常にわかりやすく,筆者も含めた多くの外科医に愛用される1).このことから,誰が見てもわかるオペレコの作成には文章を用いた「手技の言語化」とイラストを用いた「術野の再現」の併記が最も大切であると考える.使用した針糸や自動縫合器のサイズなどイラストでは伝えにくい事項は「手技の言語化」として文章で記録する必要がある.一方で,特に膵頭十二指腸術は複雑な手術であり,脈管の走行および腫瘍の局在(Fig. 1),胆管切離位置や肝十二指腸間膜郭清後の状態(Fig. 2),膵切離位置(Fig. 3),神経叢の郭清(Fig. 4)や再建後の状態(Fig. 5)などの情報を「術野の再現」によって視覚化することでわかりやすいオペレコができ上がると考える.
2. 「手技の言語化」の方法手術終了後は可及的速やかに記録を残すことが重要である.手術から時間が経てば経つほど記憶が曖昧になり,正確な情報を記載できなくなる.一方で,手術直後にイラストを含めたオペレコを作成しようとするとイラストが簡素なものになってしまう可能性がある.そのために,筆者は術直後にはまずは手術内容を文章で記録し「手技の言語化」を行っておき,後のイラストを含めたオペレコ作成の基礎としている.
「手技の言語化」は手術の流れに沿って記載し,視野展開が変わる毎に【肝十二指腸間膜の郭清】,【膵頭神経叢切離】や【再建および閉腹】などといったパートに分けている.この分けられたパート毎にイラストを作成し,イラストに合わせた詳細な手術情報を併記することで,イラストだけでは伝えられない要素を補完させることができる.
イラストだけでは伝えられない具体的な項目として,癒着の有無,用いた自動吻合器の種類,ドレーン種類や針糸(Fig. 5)は必須の事項である.術中迅速病理診断に提出した胆管および膵断端の病理組織学的診断の結果(Fig. 2)はもちろんであるが,腫瘍進展が切離断端に近接していると思われた際もその詳細を記録しておく.また,膵頭十二指腸切除術においては膵実質の性状や,膵切離位置における膵実質の厚さや幅などの情報も筆者らは術後膵液瘻のリスク因子2)として記録するようにしている(Fig. 3).
3. 「術野の再現」の方法我々は原則,全ての症例の手術をビデオ撮影しており,術後数日以内に手術映像を見ながらイラストを描くことで「術野の再現」をしている.手術映像を振り返りながらイラストを作成することで実際の術野に忠実なイラストを作成することが可能である.筆者の場合はタブレット型端末と専用ペンシルを用いてイラストを作成している.
外科手術におけるイラストの作成は,術前画像もしくは実際の手術映像を細部までよく観察し,解剖の輪郭化を行うことが重要である.イラストは決してデッサン(対象の輪郭をいくつもの薄く細い線を重ね合わせて描写する)ではなく,線画(対象の輪郭を簡略化し,一本の線でわかりやすく描写する)の方がよいと考えている(Fig. 6).線画で対象の輪郭化ができているということはその解剖に対する理解が深いと考えるためである.

The techniques of anatomical illustration. (A) The anatomy is not detail oriented, because its outline is drawn by many thin lines. (B) The MHA is difficult to recognize because its outline is overlapped with LHA. (C) For easy to recognize, the outlines of anatomy should be drawn by single line and avoided overlapping positions. BD, bile duct; CyA, cystic artery; IVC, inferior vena cava; LHA, left hepatic artery; MHA, middle hepatic artery; PV, portal vein; RHA, right hepatic artery.
さらに忠実な「術野の再現」をするためには,その奥行きをいかに平面に書き起こせるかも重要である.奥行きがある部分は少しだけローテーションを加えて描くことで平面でもわかりやすく描写することが可能となる(Fig. 6).色彩に関しても,凸な部分(例えば血管や臓器の中央部分など)の塗色は薄くすることで,より立体感のあるイラストが作成できる.
正確で丁寧なイラストを用いて「術野の再現」をすることは,若手外科医にとって解剖や手術手順を整理するうえで非常に有用であるが,その利益を得られるのはイラストを作成する本人だけではない.我々は術前画像から得られた解剖図のイラストを用いて手術のシミュレーションを行い,手順や要所となる点を外科チーム全員で共有している.実際の手術では,作成した解剖図を印刷して術野の近くに貼付し,術中にすぐに見直すことができるようにしている(Fig. 7).このように,術前画像から予想した「術野の再現」を行うことは外科チーム全体の利益となっている.

How to use illustration of anatomy during operation.
本稿では実際の亜全胃温存膵頭十二指腸切除術の手術記事を通して私なりのオペレコ作成の工夫について概説した.「手技の言語化」と「術野の再現」を併記することで,誰が見てもわかるオペレコの作成を目指している.
利益相反:なし