日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
主膵管狭窄を伴う胃切除後膵液瘻に対し膵頭十二指腸切除術を施行した1例
桒原 聖実杢野 泰司松原 秀雄金子 博和山本 龍生弥政 晋輔
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2020 年 53 巻 8 号 p. 635-642

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Abstract

症例は51歳の女性で,20年前米国にて,十二指腸潰瘍に対し胃空腸吻合術が施行されているが詳細不明である.以前より総胆管,主膵管が膵頭部で狭窄し,その上流が拡張していたが血液生化学検査に異常所見は認めなかった.経過観察中に胃癌を認めたため幽門側胃切除術を施行した.幽門および十二指腸球部は短縮・瘢痕化していたため,十二指腸内腔から十二指腸乳頭を確認しながら瘢痕部のすぐ肛門側で十二指腸を切離した.術後に膵液瘻を認めドレーンから300 ml/day以上の膵液が連日流出した.膵管の減圧が必要と判断し術後10日目に手術治療の方針とした.膵頭上部での総胆管,主膵管の狭窄に加え,膵鉤部にも複数の拡張膵管が認められたことから主膵管の減圧のみでは不十分と考え膵頭十二指腸切除術を施行した.難治性膵液瘻の外科的治療法として,主膵管,総胆管の狭窄を伴う場合は膵頭十二指腸切除術も考慮されうる術式である.

Translated Abstract

A 51-year-old women visited our hospital for preoperative evaluation of gastric cancer. She had undergone gastrojejunostomy for a duodenal ulcer 20 years earlier in the USA, but detailed medical records were unavailable. The common bile duct and main pancreatic duct were dilated, and the lumens of these ducts were shrunk in the pancreatic head close to the papilla. However, laboratory data were normal. Distal gastrectomy was performed for gastric cancer. In laparotomy, severe scarring and contraction of the duodenal bulb were observed; therefore, we resected the duodenum under direct vision of the duodenal papilla through an incision in the anterior wall of the duodenum. Postoperatively, more than 300 ml of pancreatic juice was obtained through a drain placed for more than a week. In addition to stenosis of the common bile duct and main pancreatic duct in the pancreatic head, the pancreatic duct in the uncinate process of the pancreas was dilated. This led us to conclude that decompression of the main pancreatic duct alone was insufficient for treatment of the pancreatic fistula. Therefore, pancreaticoduodenectomy was performed 10 days after the initial surgery. This procedure was found to be useful for treatment of an intractable pancreatic fistula with a stenosed common bile duct and main pancreatic duct.

はじめに

膵管狭窄の原因として膵癌,膵内分泌腫瘍,膵囊胞,慢性膵炎などが一般的であり十二指腸潰瘍が原因となることはまれである1).また,手術合併症で発生する膵液瘻は保存的治療で治癒することが多いが,主膵管の下流側に閉塞がある場合は難治性となりうる2).今回,我々は十二指腸潰瘍が原因と考えられる主膵管,総胆管の狭窄を伴った胃切除後の膵液瘻に対し,膵頭十二指腸切除術を施行した1例を経験したので報告する.

症例

症例:51歳,女性

主訴:検診異常

既往歴:20年前米国で,十二指腸潰瘍による十二指腸狭窄に対して胃空腸吻合術を施行されているが詳細不明であった.

現病歴:上記術後よりたびたび吻合部潰瘍を発症し,上部消化管内視鏡検査および治療を行っていた.今回,胃前庭部の吻合部付近に発赤を認めた.生検でsignet-ring cell carcinomaを認め,手術目的に当科紹介となった.

身体所見:上腹部正中に手術痕あり.腹部は平坦,軟で圧痛なし.

血液生化学検査所見:AST 12 U/l,ALT 13 U/l,LDH 135 U/l,ALP 256 U/l,γ-GTP 16 U/l,T-bil 0.3 mg/dl,AMY 73 U/lと肝胆道系酵素,膵酵素の上昇,黄疸は認めなかった.また,自己免疫性膵炎を疑ったが,IgG4は48.1 mg/dlと上昇を認めなかった.

上部消化管内視鏡検査所見:幽門すぐ口側に側々吻合された空腸を認め,そのすぐ口側の胃前庭部に0-IIc病変を認めた.生検でsignet-ring cell carcinomaと診断された.幽門は狭窄しており内視鏡は通過しなかった.

上部消化管造影検査所見:幽門のすぐ口側に胃空腸吻合部を認め,そこからその輸入脚,輸出脚が造影された.幽門輪から十二指腸は造影されなかった(Fig. 1).

Fig. 1 

A gastrografin meal demonstrated afferent and efferent (yellow arrow) loops in gastrojejunostomy, without passage through the pylorus.

腹部造影CT所見:主膵管,総胆管が膵頭部付近で狭窄し,その上流が拡張していたが(Fig. 2),膵頭部に腫瘍性病変を疑う所見は認めなかった.リンパ節腫大,肝,肺転移は認めなかった.

Fig. 2 

Abdominal CT showed severe dilatation of the main pancreatic duct (blue arrow) and common bile duct (red arrows), with tapering of the distal portion in the pancreatic head. The stenosed main pancreatic duct (blue arrowheads) and stenosed common bile duct (red arrowheads) are shown. Neither a tumor nor gallstones were present in the pancreatic head.

MRCP所見:主膵管,総胆管の膵頭部での狭小化,その上流の拡張と膵鉤部膵管の拡張を認めた(Fig. 3).

Fig. 3 

MRCP showed the same findings as CT, and also revealed dilatation of the pancreatic duct in the uncinate process of the pancreas (white arrowheads). Yellow and red arrows point to the same findings as those on CT.

以上の所見より,前庭部胃癌cT1a,N0,M0と診断した.主膵管,総胆管の狭窄と拡張については以前より指摘されており,血液検査上も胆膵系の異常を認めず,CT,MRIで腫瘍などの所見を認めなかった.幽門狭窄のためERCPなども不可能と考え,胃癌に対する胃切除のみを行うこととした.

初回手術所見:上腹部正中切開で開腹した.胃前庭部前壁に胃空腸吻合が施行されていたため,まずその吻合部口側,肛門側の空腸を切離した.幽門および十二指腸球部は短縮,瘢痕化していたため,十二指腸前壁を切開し内腔から十二指腸乳頭を確認しながら瘢痕部のすぐ肛門側で十二指腸を切離した.十二指腸乳頭は断端から約1 cmであったため,縫合による狭窄予防のため経乳頭で胆管tubeを留置した.胆管tubeはTreitz靭帯から20 cm肛門側の空腸から経皮的に体外へ出し外瘻とし,十二指腸断端を縫合閉鎖した.その後定型通り幽門側胃切除術(D1+,Roux-en-Y再建)を施行した.

病理組織学的検査所見:胃前庭部に2 mmの胃癌を認めた.病理組織学的診断はsignet-ring cell carcinoma,T1a,N0,M0,pStage IAであった(Fig. 4).

Fig. 4 

Resected specimen from the stomach. Gastric cancer was observed at the antrum of the stomach (white arrow).

術後経過:手術翌日よりドレーンから半透明白濁の排液を300 ml/day以上認めた.ドレーン排液の生化学検査ではAMY 112,640 U/l,T-bil 0.2 mg/dlであった.

術後腹部造影CT所見:胆管tubeの留置された胆管の拡張は術前に比べ減少していたが,膵管の拡張は変わらなかった.明らかな腹水貯留は認めなかった.

全身状態は安定していたが,術後1週間経過するもドレーン排液は減少せず性状の変化もみられなかった.

以上の所見より,高度の主膵管狭窄が認められたため,拡張した主膵管からの膵液瘻と判断し術後10日目に再手術を行う方針とした.

再手術所見:上中腹部正中切開で開腹した.膵頭部,膵上縁を確認したが明らかな膵液瘻孔は肉眼的には不明であった.術前の検査所見なども再考し膵頭上部で総胆管,主膵管の狭小化を認め,膵鉤部にも複数の拡張膵管がみられることより(Fig. 5),主膵管に加えて,膵鉤部膵管の減圧も必要と考え膵頭十二指腸切除術の方針とした.膵頭部周囲の膵液による脆弱化は軽度で,胃十二指腸動脈根部の露出と門脈のトンネリングは可能であり,膵頭十二指腸切除術が可能と判断した.拡張した主膵管が門脈腹側の膵臓に透見され同部で膵臓を切離した.再建はChild変法で行い膵管tube,胆管tubeを留置して挙上空腸断端より外瘻化した.

Fig. 5 

Schematic illustration. The main pancreatic and common bile ducts were dilated, and both ducts were shrunk in the pancreatic head, adjacent to a duodenal ulcer. MPD: main pancreatic duct, CBD: common bile duct, UP: uncinate process.

切除標本肉眼所見(膵頭十二指腸切除):主膵管および総胆管はそれぞれ乳頭より約2 cmにわたり狭窄していた(Fig. 6a).膵実質は全体に硬かったが,割面を観察するも明らかな腫瘍性変化は認めなかった(Fig. 6b).

Fig. 6 

Resected specimen from pancreaticoduodenectomy. (a) The main pancreatic duct and common bile duct were patent, but stenosed in the pancreatic head over 2 cm in length. The cut surface of the pancreatic head showed a dilated pancreatic duct in the uncinate process of the pancreas (white arrowheads) and a stenosed main pancreatic duct (black arrowheads) without a tumor.

病理組織学的検査所見(膵頭十二指腸切除):狭窄した膵管胆管周囲の膵実質内に慢性炎症に起因すると考えられる瘢痕性の線維組織の増生を認め狭窄の原因と考えられた(Fig. 7a).これに近接する十二指腸粘膜にも十二指腸潰瘍に起因すると考えられる炎症所見を認め,膵実質の慢性炎症の原因と考えられた(Fig. 7b).

Fig. 7 

Pathological findings in pancreaticoduodenectomy. (a) The main pancreatic duct was stenosed (black arrow) and surrounded by fibrous connective tissue (black arrowheads) (HE staining ×4). (b) Inflammation of the duodenum was observed close to the pancreas (HE staining ×4).

以上の所見より,膵管胆管流出部の狭窄は,長期にわたる十二指腸潰瘍の影響により,膵頭部に線維化などの慢性的な炎症性変化を生じた結果と考えられた.

再手術術後経過:再手術後Grade IIIa(Clavien-Dindo分類)の膵液瘻と胆汁瘻を認めたが保存的に改善し,再手術後44日目退院した.術後6か月の現在,全身状態良好で無再発生存中である.

考察

胃癌術後の膵液瘻は保存的治療により軽快することが多いが,重症感染症や腹腔内出血などの重篤な合併症を併発し,ときに致死的な経過をたどることがある3).多くが膵上縁のリンパ節郭清の際に起きた膵損傷が原因である.BMI,膵上縁リンパ節郭清範囲,術式(胃全摘術)が危険因子であり,胃癌術後における膵液瘻の頻度は5.7%と報告される4)

一般的に膵液瘻の治療は膵液のドレナージ,絶飲食による膵外分泌抑制,中心静脈栄養による栄養管理が基本となる.これに加えて,膵外分泌,消化管運動抑制作用を持つソマトスタチンアナログや5),創傷治癒促進因子として血液凝固第XIII因子活性が低下している症例に対して同血液製剤の全身投与が有効とされる6).しかし,これら保存的治療に抵抗性の場合はinterventional radiology(以下,IVRと略記)や外科的治療が適応となる.特に膵管と消化管の交通の絶たれた完全外膵液瘻となった場合には,保存的治療の可能性はないため積極的に外科的治療が施行される7).完全外膵液瘻では瘻孔消化管吻合術やIVRを用いての瘻孔と消化管との内瘻化などが報告されており,不完全外膵液瘻では内視鏡的膵管ドレナージが試みられることも多い8)9).本症例では,膵頭部での主膵管狭窄による膵管内圧の上昇を伴う膵液瘻を認め主膵管の減圧が必要と判断した.内視鏡的膵管ドレナージを検討したものの,Roux-en-Y再建の十二指腸断端と乳頭部が近く,断端閉鎖部が膵液で脆弱であったため,内視鏡処置による断端の損傷リスクを考慮し外科的治療を施行する方針とした.また,手術法としては瘻孔空腸吻合術,主膵管空腸吻合術,膵頭十二指腸切除術を考慮したが,術中肉眼的に膵液瘻孔は不明であり,術前のMRCPで主膵管だけでなく膵鉤部の多数の膵管が独立して拡張していることより,主膵管に加えて,膵鉤部膵管の減圧も必要と考え膵頭十二指腸切除術を選択した.実際,術後の切除標本を確認するも膵液瘻の原因部位は不明であった.

本症例は今回の胃切除術より少なくとも10年以上前から総胆管,主膵管の拡張を認めていたが,CTやMRCPでは膵頭部には腫瘍や結石などの狭窄の原因となりうる病変を認めなかった.一方再手術時の切除標本では,総胆管および主膵管は末梢側の乳頭近辺で約2 cmにわたり狭窄しており,また,その周囲には慢性炎症変化を認めた.さらに,同部は初回胃切除時に切除した狭窄・瘢痕化した十二指腸に接した部分であった.これらのことから主膵管狭窄に十二指腸潰瘍が関係していたことが示唆される.実際,1990年前後に十二指腸潰瘍による胆管狭窄や10)~12),十二指腸潰瘍出血に対する局注による胆管狭窄の症例報告が散見されている13)~15).また,それらのうち閉塞性黄疸や膵炎をじゃっ起した症例では,その治療として胆管ステント留置術や胆管十二指腸吻合術,胆管空腸吻合術が施行されていた.本症例では胃癌に対する胃切除後に,通常の胃切除後にみられる膵液瘻と比較して早期から大量の膵液瘻を認めた.ドレーン排液はAMY 112,640 U/lで300 ml/day以上の膵液が連日ドレナージされたため,膵外分泌機能は保たれていたと考えられる.胆管tubeによる十二指腸への膵液排出制限の可能性も考慮したが,十二指腸断端からの胆汁瘻により,膵液との活性化胆汁となることも危惧されたため胆管tubeの抜去は行わなかった.膵頭十二指腸の病理組織像では主膵管の狭窄は認めるものの,完全閉塞には至っておらず(Fig. 7a),高い主膵管内圧により膵液が十二指腸に排出されていた状態であった.そのうえで今回,初回手術の膵管損傷により新たな膵液の排出経路ができ,高い主膵管内圧がその新たな経路に減圧されるとともに高度膵液瘻に至ったと考えられた.この膵液瘻を回避するためには初回から膵頭十二指腸切除術を施行するか,反対に適応拡大病変として内視鏡的粘膜下層剥離術を選択することも考慮される.

今回,十二指腸潰瘍によると考えられる膵胆管狭窄を伴う前庭部胃癌症例に対し,胃切除を行い,術後難治性膵液瘻に対し膵頭十二指腸切除術を施行した.主膵管狭窄を伴う膵液瘻は難治性となる可能性があり,同部位に関連する手術を行う際は膵損傷には十分注意する必要がある.また,難治性膵液瘻の外科的治療法として,主膵管,総胆管の狭窄を伴う場合は膵頭十二指腸切除術も考慮されうる術式である.

利益相反:なし

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