日本消化器外科学会雑誌
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特別報告
若手外科医としての手術記録作成時のこだわり―直腸癌に対する腹腔鏡手術を1例として
菊家 健太上野 秀樹
著者情報
キーワード: 手術記録, イラスト, 直腸癌
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2020 年 53 巻 9 号 p. 754-758

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Abstract

手術記録には文章,イラスト,写真の構成要素がある.文章からは術野所見の詳細と手術の進行状況を,イラストからは文章では把握が困難な解剖学的な所見や手術手技の強調点を,写真からは実際の術野の所見を視覚的に読み取ることができる.イラストは写真の代用ではなく,手術内容を一目瞭然とする概略図の役割がある.同時に,手術記録は医療従事者間での情報共有においても重要な役割を果たす.手術記録の記載が不足していても過剰であっても他の医療者にとって利用しにくい記録となり,その役割を十全に果たすことができない.本稿では,自身が作成した直腸癌症例の手術記録を,作成時における着意とともに提示する.第三者が手術の概要を短時間で把握できるようイラストを多用し,さらに癒着の程度や再建後の状況は写真を提示することでより実際の術野の状況が伝わるようにした.手術記録作成時には手術の過程をレビューしてその反省点と改善点をより明確に認識することができることから以後の手術の大きな糧となる.すなわち手術記録は重要な情報伝達手段であるとともに,若手外科医の成長に大切な教育手段でもあると考えている.

はじめに

近年は各種画像検査の精度向上や腹腔鏡手術の普及により解剖学的理解を深めることができる画像の取り込みが可能となった.これらの高精度な画像を効果的に利用することでよりわかりやすい手術記録を作成することが容易となっている.

一方,手術記録においてイラストが重要な役割を占めることには従来と変わりはない.イラストは写真と異なり要点を強調するのに適しており,腹腔内全体を1枚のイラストで記載することも可能である.さらに,イラストを作成する過程において手術内容の理解が深まり,手術進行や術野展開のイメージを反復することによって,以後の手術技能の向上に資すことができる1)

手術記録の文章にイラストと写真の両者を加えることによって,より情報量の多い,高質な手術記録を作成することができると考えている.今回,直腸癌に対して腹腔鏡手術を施行した1例の手術録を第74回日本消化器外科学会総会の特別企画「オペレコを極める」に応募させていただき,会場に掲示いただいた.この手術録を供覧させていただくとともに,日頃から心がけているイラスト作成や画像の活用における工夫について記述させていただきたい.

症例

Fig. 1は他院にて直腸S状部0-Is型ポリープに対し内視鏡的粘膜切除術を施行され,粘膜下層浸潤,リンパ管侵襲Ly1,簇出BD2のため追加切除の適応となり,直腸癌pT1b cN0 cM0 cStage I症例に対し腹腔鏡補助下高位前方切除術を施行した際の手術記録である.

Fig. 1 

A surgical operative note of laparoscopic anterior resection.

まずイラストに執刀時の皮膚切開図の記載を行った.性別や体形を表現するとともに,本症例では手術歴があったため過去の手術痕も併せて記載した.

次に開腹所見を記載した.開腹所見では癒着や癌の周囲組織浸潤,遠隔転移や腹膜播種の有無,血管走行を描写する必要がある.悪性腫瘍に対する手術操作の概略図では郭清の範囲が重要となるが,血管切離部分と郭清の範囲は必ずしも一致しないため,血管切離の記載と別に郭清の範囲を点線や色で表現した.本症例では左結腸動脈分岐後の下腸間膜動脈を切離したこと,左結腸動脈分岐部周囲のリンパ節を含めて郭清を行ったことをイラストに記載した.癒着,腫瘍性状などを記録する際には,術中写真を貼付することでより多くの情報を伝えることができる.本症例では,虫垂切除術後の影響で上行結腸・大網と右下腹部腹壁に癒着を認めた.癒着の範囲はイラストで記載できるが,癒着の程度を一目瞭然とするために写真も添付した.また,本症例では点墨をメルクマールに腸管切離線を決定したこと,十分に授動するため腹膜翻転部より肛門側まで剥離したことをイラストに記載し,手術内容の明瞭化に努めた.

続けて再建の記載を行った.再建法と再建使用器具を記載するとともに,今回は再建後の写真も加えている.写真を活用することによって吻合の位置,緊張の程度,骨盤腔の広さなど多くの情報を提供することができる.

最後に閉腹時の所見を記載した.ドレーンの留置部位や使用器材を併記することで術後管理の際に他の医療従事者に混乱が起きないようにしている.

手術記録の文章についてはイラストと相補的になるよう記載することを心掛けている.術前・術後診断および郭清範囲を伴う術式は大腸癌取扱い規約2)に準じて記載し,病歴も併せて記録している.手術手順については段階ごとに分けて記録し,手技詳細や使用器具を明記するよう努めている.また,文章の記載が乏しいと他の医療者にとって手術内容がイメージしにくい記録となってしまうが,記載量が増えるほど読みにくい文章となりやすいため,煩雑とならないように留意している.

上記は手術記録作成における概要と着眼点の一部であるが,自分なりにパターン化させることで漏れなく記載できるとともに,作成時間を短縮することが可能であると考えている.

考察

今回直腸癌に対する腹腔鏡手術症例の手術記録を作成するにあたり,イラストと写真のそれぞれの利点を活かすことを心がけた.

まず,点墨を利用しての切除範囲の設定をイラストに盛り込んだ.写真を用いた場合,腸管走行や腹腔内臓器などの影響で切除範囲が明瞭に示せないことがある.これに対し,イラストを利用することで局所所見を明瞭化することができる.局所解剖や病変の性状は患者ごとに異なり,定型的な手術であっても細かな差異は生じる.術中写真では対象を詳細に記録することは可能であるが,特定の部位のみに焦点を合わせた画像の撮影では注釈などを追記しないかぎり注目すべき点が伝わりにくいという欠点がある.反面,イラストでは対象の強調や省略が容易であり,陰影や濃淡の調整により臓器の位置関係を3次元的に表現することも可能であることから,着目すべき術中所見や手術操作に関し過不足ない記載を行うことができる.

また,中枢方向の郭清と腸軸方向の郭清を1枚のイラストに収めるようにした.このようにイラストでは術野・関連臓器の全体像や一連の手術操作を同一のイラストに含めることが可能であり,手術の連続性を表現できる.これにより,手術全体を俯瞰して反芻し,手術内容について考察を深めることができる.

さらに,癒着や吻合などについて部分的に写真を活用しイラストを補完した.写真によって多くの情報を正確に提供できる場面については,写真を添付することで客観的な所見を示すことが可能である.

術者以外にとっても手術記録は重要であり,腹腔内所見をはじめとした手術中に得られる情報や手術操作の詳細は,以後の術後管理や看護を円滑に行ううえで貴重な資料となる.使用した器材に加え,術後管理に影響する可能性のあるイベントについては詳細を記載すべきであろう.

イラストと写真の両要素が手術記録の価値を高めることは既に述べてきたとおりであるが,写真と異なりイラストには術者の主観がある程度含まれることから,術者の意識やこだわりを垣間見ることも可能である.個々人がこだわりを持って手術を行い,そのこだわりを手術記録に反映することで手術記録の質は向上していき,それが手術の反省および改善点の抽出の質の向上にも貢献するものと考えている.

筆者が所属する講座では,毎朝消化器外科全体のカンファレンスが開催されるが,その冒頭に前日の手術の報告が行われる.我々若手外科医には,準備した画像(イラストと術中写真)を用いて,短時間で要領よく手術の内容をプレゼンテーションすることが求められる.画像は参加者全員に確認され,これに基づくディスカッションにおいて実際に行った手技に関する指導医との認識の差異を指摘されることもしばしばある.上記のごとく,手術録は医療情報者間での情報共有や作成者の手術内容の理解の深化に重要であることは論を俟たないが,手術チームでの情報の共有化を図るうえでも,特にイラストと術中画像は重要な資材であると考えている.

最後に,会場掲示の栄誉をいただき,またこのような執筆をさせていただく機会をいただきましたことに心より感謝申し上げます.今回の経験は手術録の大切さを改めて認識させていただく機会となり,さらにこれをもとに質の高い手術記録を作成できるよう研鑽する次第です.

利益相反:なし

文献
  • 1)  「消化器外科」編集委員会編.手術記録の書き方.東京:へるす出版;2014.
  • 2)  大腸癌研究会編.大腸癌取扱い規約,第9版.東京:金原出版;2018.
 

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