日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
通過障害を伴う出血性胃癌に対して姑息的放射線療法とステロイド投与にて止血が得られ経口摂取が可能になった1例
植田 隆太西川 和宏浜川 卓也俊山 礼志三代 雅明高橋 佑典三宅 正和宮本 敦史加藤 健志田中 英一平尾 素宏
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2021 年 54 巻 11 号 p. 795-801

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Abstract

症例は72歳の男性で,上部消化管内視鏡検査にて胃角部から前庭部に全周性の易出血性の3型腫瘍を認め,生検で胃癌と診断した.CTでは遠隔転移は認めず,原発巣の肝および膵浸潤を認めた.審査腹腔鏡検査では,腹膜播種転移を認め,cT4b(肝臓,膵臓)N2M1H0P1bCY0,cStage IVで切除不能と判断した.腫瘍出血に対して姑息的放射線照射(30 Gy/10 Fr)を施行し,原発巣の縮小と止血が得られた.放射線治療後に倦怠感が出現しPSが悪化したため,化学療法の導入は困難となり,以後はbest supportive careの方針とした.ステロイド投与開始後,倦怠感の軽減によりPSは改善し,経口摂取が可能となった.腫瘍による出血と狭窄を伴った切除不能進行胃癌に対して,放射線治療により止血と狭窄解除が得られ,逐次併用したステロイドにて癌治療の終盤におけるQOLの改善を認めた症例を経験した.

Translated Abstract

A 72-year-old man was diagnosed with gastric cancer by biopsy. CT showed no distant metastasis, but indicated hepatic and pancreatic infiltration of the primary tumor. Examination laparoscopy showed peritoneal dissemination metastasis: cT4b (liver, pancreas) N2M1H0P1bCY0, cStage IV, unresectable. The primary tumor was reduced in size and hemostasis was achieved by palliative radiotherapy (30 Gy/10 Fr) for tumor hemorrhage. After radiotherapy, fatigue appeared and performance status (PS) worsened, which made it difficult to introduce chemotherapy. Thereafter, the patient was placed on best supportive care. After starting steroid administration, PS improved with a reduction in fatigue, and oral intake became possible. In this case of unresectable advanced gastric cancer with hemorrhage and stenosis caused by the tumor, radiotherapy achieved hemostasis and release of stenosis, and successive concomitant steroids improved QOL at the end of cancer treatment.

はじめに

手術および化学療法の進歩により,胃癌に対する治療成績は年々向上しているものの,根治切除不能進行胃癌においてはいまだに治癒を期待できる状況ではないため,進行癌に対する症状緩和治療は臨床上非常に重要となる.そのため,胃癌治療に関わる診療科にとっては緩和治療に習熟することが不可欠といえる.胃癌に対する放射線療法は胃癌治療ガイドラインの治療アルゴリズムにIV期または切除不能進行胃癌に対する治療の選択肢の一つとして記載されているが,十分なエビデンスが示された治療法ではない1).切除不能進行胃癌は腫瘍出血による貧血の進行のため,頻回の輸血が必要になる場合や,腫瘍狭窄により通過障害を来すことがあり,緩和的放射線療法が有効であるという症例報告が散見される2)~4).また,倦怠感は終末期癌患者の50~99%に出現する身体症状であり,その症状マネジメントは緩和ケアにおいて重要である5)~7).今回,PSの悪い通過障害を伴う出血性進行胃癌に対して,緩和的放射線治療とステロイド投与が奏効し,止血が得られ,経口摂取が可能になるまでQOLの改善を認めた1例を経験したので報告する.

症例

患者:72歳,男性

主訴:食思不振,体重減少,心窩部の腫瘤

既往歴:虫垂炎術後,左人工股関節置換術後

内服薬:なし.

家族歴:特記すべき事項なし.

現病歴:通過障害に伴う食思不振と心窩部の腫瘤に対する精査加療目的に入院となった.

入院時現症:身長170 cm,体重48.4 kg.心窩部に腫瘤を触知し,同部位に軽度の圧痛を認めた.PSは1であり,食事に関しては粥や栄養ドリンクなどを摂取していたが固形物の摂取は難しい状態であった.

初診時血液検査所見:Hb 14.9 g/dlと貧血は認めなかった.AST 34 U/l,ALP 555 U/l,γ-GTP 103 U/lと軽度肝機能障害と胆道系酵素の上昇を認めた.Alb 2.6 g/dlと低栄養状態が示唆された.腫瘍マーカーは正常範囲内であった.

上部消化管内視鏡検査所見:胃角部から前庭部の小彎を中心に,壊死物質で被覆された深い潰瘍を伴う,全周性の3型腫瘍を認めた(Fig. 1).同部位からの生検にて,胃癌(adenocarcinoma, por)と診断した.

Fig. 1 

Initial upper gastrointestinal endoscopy. A necrotic substance-type 3 tumor with a deep circumferential ulcer centered on the minor curvature was found from the gastric corner to the antrum.

腹部造影CT所見:胃体部に肝外側区域および膵臓へ浸潤する腫瘍を認めた.また,胃小彎側と幽門周囲にリンパ節腫大を認めた.腹水や明らかな遠隔転移を疑う所見は認めなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

Initial abdominal CT. A tumor invading the lateral segment of the liver and the pancreas was found in the body of the stomach.

審査腹腔鏡検査所見:胃原発巣は胃体部から幽門輪を中心として存在し,十二指腸および肝臓,横行結腸間膜への浸潤を認めた(Fig. 3a).左上腹部壁側腹膜に多数の白色結節を認めた(Fig. 3b).病理検査にて腹膜播種転移と診断した.左横隔膜下および膀胱直腸窩の腹腔洗浄細胞診は陰性であった.

Fig. 3 

Staging laparoscopic findings. a: The primary lesion was present from the body of the stomach to the pyloric ring, with invasion of the duodenum, liver and pancreas. b: Multiple white nodules were found on the left upper abdominal wall.

以上より,胃癌LMD,Circ,Type 3,por,cT4b(肝臓,膵臓)N2M1H0P1bCY0,cStage IVと診断した.

臨床経過:腹膜播種転移を伴う切除不能進行胃癌であったため,化学療法を導入する方針であったが,入院後治療開始前の精査中に,腫瘍出血による黒色便と貧血の進行を認めたため,red blood cell concentrate(以下,RBCと略記)計8単位の輸血を行った.上部消化管内視鏡検査にて,腫瘍からの滲出性出血を認めたが,内視鏡的止血は不可能であった(Fig. 4).このため,出血制御目的に姑息的放射線照射(30 Gy/10 Fr)を行った(Fig. 5).その結果,放射線照射治療開始後7日目のHb 8.7 g/dlを最低値として,その後は輸血をすることなく鉄剤投与のみでHb 13.7 g/dlまで貧血は改善し,黒色便は治療開始後10日目には消失した(Fig. 6).また,放射線照射後のCTにて胃癌主病変は著明に縮小した(Fig. 7).放射線治療後に食欲不振および倦怠感が出現し急激なPSの悪化を認めたため,化学療法の導入は困難と判断し,以後はbest supportive care(以下,BSCと略記)の方針とした.食欲不振および倦怠感に対してベタメタゾンリン酸エステルナトリウム6 mg/dayを点滴にて投与開始したところ,倦怠感は投与開始3日目には軽減し,PSは3に悪化していたものが1となり,日常動作が無理なく行える程度まで全身状態は改善した.デキサメタゾンリン酸エステルナトリウム6 mg/dayの経腸投与へ変更し,最終的に2 mg/dayへと漸減し継続投与した.栄養管理に関しては,入院後より中心静脈栄養と十二指腸内まで留置したelemental diet tubeからの経腸栄養を行っていたが,PSの改善と腫瘍の縮小にて通過障害が改善したため経口摂取可能と判断し,放射線治療終了後32日目より流動食から経口摂取を再開した.その後は通過障害の再燃なく,粥食の摂取が可能となり,最終的に経口摂取のみで栄養管理ができるようになった.PSは改善したものの,家族によるサポートは薄く,本人も化学療法の導入を拒否されたことから,BSCの方針は変わらず,緩和治療の継続目的で転院となった.胃癌診断から6か月経過した時点で死亡されたが,経口摂取再開後より死亡直前までの3か月間,経口摂取が可能な状態を維持することができ,QOLを保つことができた.

Fig. 4 

Upper gastrointestinal endoscopy during bleeding. A small amount of exudative bleeding from the tumor persisted. No endoscopically hemostatic lesions were observed.

Fig. 5 

Three-dimensional CT showing the range of radiation exposure.

Fig. 6 

Hb transition and clinical course. RBC: red blood cell concentrate. RT: radiation therapy.

Fig. 7 

Abdominal CT one month after palliative radiation therapy. The main lesions of the gastric cancer and liver infiltrates were shown to be significantly reduced.

考察

腫瘍出血を伴う切除不能進行胃癌患者において,貧血進行による頻回の輸血は入院治療が必要となり,患者のQOLを低下させる一因となるため,がん治療の終盤(end of life;以下,EOLと略記)における腫瘍出血の制御は重要となる.このような患者に対する緩和的治療は,薬物療法や輸血などの内科的治療だけでは難渋することが多く,また,内視鏡的止血術も一時的な止血にとどまる場合が多い8).そのため,可能なかぎり外科的に原発巣を切除することが望ましいが,他臓器浸潤などの腫瘍的因子により切除不能な場合,または,患者の全身状態が不良であるため手術適応がない場合に姑息的放射線治療が良い適応となることがある.血管内治療に関しては動脈性出血であれば止血可能な場合があるが,本症例のような腫瘍から湧出する持続的な静脈性出血の場合は適応とならない.一方,切除不能進行胃癌患者における狭窄症状に対しては,姑息的切除術,胃空腸バイパス術などの緩和手術が考えられる1).しかし,本症例では他臓器浸潤のため切除は不能であり,また,癌の口側進展および腹膜播種転移の存在により,安全にバイパスできる胃部位の確保が困難であったため,胃空腸バイパス術は断念せざるをえなかった.狭窄症状に対する他の治療法としては,内視鏡的ステント留置術,経静脈投与薬剤を用いた化学療法,放射線治療などが考えられたが,本症例においては出血と狭窄の双方への効果を期待して放射線治療を選択した.

姑息的放射線治療について,Asakuraら9)は総線量30 Gy/10回でも十分な止血効果が得られると報告しており,本症例でも30 Gy/10回で止血および腫瘍縮小による狭窄解除が得られた.平本らは止血奏効率が63%,狭窄解除奏効率が50%であったと報告している10).止血の機序は急性期においては血管内皮への血小板凝集が増加し,血管が血栓閉塞するため止血すると考えられており,晩期には表在血管の線維化と腫瘍縮小による止血の機序が提唱されている11).放射線治療による有害事象に関しては,ほとんどがgrade 1~2の食欲低下や悪心,白血球減少などであり,放射線治療終了とともに改善することが多いと報告されている10).本症例では放射線治療中は大きな有害事象なく経過した.姑息的放射線療法は有害事象も少なく,PSの低下した症例にも選択しやすい治療であり,本症例のように頻回の輸血が必要となる場合や狭窄症状を呈している症例において,外科的切除などの他の治療がない際には,止血あるいは狭窄解除目的に積極的に選択してもよいと思われた.

EOLにおける緩和ケアの治療目的はQOLを最大限に保つことにあり,経口摂取はQOLの指標の一つと考えられている12)13).しかし,EOLの患者においては,本症例と同様に食欲不振,倦怠感を呈することが多く,悪性消化管閉塞など,消化管に器質的あるいは機能的異常がなくても経口摂取ができないケースが多い.癌治療において,ステロイド剤は化学療法誘導性嘔気嘔吐,infusion reactionや皮疹対策など,抗がん剤の有害事象対策としてさまざまな場面で使用される.その他,EOLに発現してくる多様な症状の緩和のためにもステロイド剤は頻用される.EOLにおけるステロイド剤の投与対象となる症状としては,疼痛,呼吸困難感,食欲不振,悪心・嘔吐,悪性消化管狭窄・閉塞,全身倦怠感などである.なかでも食欲不振に対してのステロイド剤の効果についてはエビデンスレベルが高く,癌末期を含む重症消耗性疾患の全身状態改善に保険適応があり実臨床で頻用されている.日本緩和医療学会ガイドラインでも化学療法,放射線治療など,原因が明らかでない癌患者の食欲不振に対してのステロイド剤投与を強く推奨している14).また,2013年に進行がん患者84名を対象に,倦怠感を主要評価項目とした,デキサメタゾン8 mgとプラセボを14日間内服する比較試験の結果では,デキサメタゾン内服群では15日目の倦怠感の尺度が有意に改善したと報告されている.この比較試験と同様に,倦怠感に関して有効だとする報告が散見される15).EOLの患者は電解質異常を来しやすく,また効果を長時間維持することが必要なため,ステロイド剤の種類としては,ミネラルコルチコイド作用が少なく,作用時間の長いデキサメタゾンやベタメタゾンが使用されることが多い16)

本症例では,放射線照射後に食欲不振と倦怠感が出現しPSが著しく低下したが,放射線照射による副作用というよりも,腫瘍崩壊に伴う高サイトカイン状態が主原因である可能性が高いと考えている.ステロイド剤開始前のCRP 7.05 mg/dlから開始3日目にはCRP 1.09 mg/dlに低下しており,CRPの低下とともに倦怠感も改善傾向を示した.ステロイド剤による抗炎症作用にて,高サイトカイン状態を脱し,放射線治療後の倦怠感が改善したことでPSの改善につながったと考えている.放射線治療にステロイド剤を併用する十分なエビデンスは存在しないが,本症例のような,腫瘍崩壊に伴い,炎症反応が上昇している症例や,放射線照射に伴い,著明に倦怠感が増悪した症例では積極的にステロイド剤を同時あるいは逐次併用してもよいと考えられた.

腫瘍出血と腫瘍による狭窄を伴った切除不能進行胃癌に対して,放射線治療により止血と狭窄解除が得られ,逐次併用したステロイドによりEOLにおけるQOLの改善を認めた症例を経験した.

利益相反:なし

文献
 

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