日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
Klinefelter症候群に伴うトランスジェンダー女性に発症した急性上腸間膜静脈血栓症の1例
水上 奨一朗重原 健吾鈴木 達也賀来 亨山本 康弘
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2021 年 54 巻 5 号 p. 337-343

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Abstract

Klinefelter症候群に伴うトランスジェンダー女性(male to female;以下,MtFと略記)に発症した急性上腸間膜静脈血栓症の1例を経験した.症例は50歳のMtFで,1週間持続する心窩部痛が増悪し,嘔吐・血便も出現し救急搬送された.既往に性同一性障害,Klinefelter症候群を有し,エストロゲン筋肉内注射を8年前より受けていた.腹部単純CTで限局性小腸壁肥厚,周囲腸間膜脂肪織濃度上昇を認め,急性腸炎と診断し保存的加療を開始した.入院3日目に血性腹水が採取され緊急手術を施行した.空腸が15 cm壊死し,術後病理組織検査で上腸間膜静脈血栓症に伴う出血性梗塞壊死の診断となった.術後4日目に抗凝固療法を開始し再燃なく経過している.本症例ではMtFに対する長期エストロゲン投与に加え,Klinefelter症候群自体の二大因子により急性上腸間膜脈静脈血栓症が発症したと考えられた.

Translated Abstract

We experienced a case of acute superior mesenteric venous thrombosis in a 50-year-old male-to-female transsexual suffering from Klinefelter syndrome, who presented with vomiting, bloody feces, and a 1-week history of worsening epigastric pain. The patient also reported receiving intramuscular estrogen injections for gender identity disorder and Klinefelter syndrome over the past 8 years. Plain abdominal CT revealed localized small bowel wall thickening and increased mesenteric adipose tissue. The patient was initially diagnosed with acute enteritis and underwent conservative treatment. On the third day of hospitalization, emergency surgery was required following aspiration of bloody ascitic fluid. Intraoperatively, a 15-cm segment of the jejunum was found to be necrotic and was subsequently excised for histopathological examination, which indicated hemorrhagic bowel infarction associated with superior mesenteric venous thrombosis. Hence, we started anticoagulation therapy on the fourth postoperative day. To date, the patient has survived without relapse. We suggest that in the case presented here, acute superior mesenteric venous thrombosis was caused by two major factors: Klinefelter syndrome and long-term estrogen therapy.

はじめに

腸間膜静脈血栓症(mesenteric venous thrombosis;以下,MVTと略記)の危険因子として,経口避妊薬はその4~5%を占めるとされ,エストロゲン製剤の使用は重要なMVT発症の危険因子である1)~3).トランスジェンダー女性(male to female;以下,MtFと略記)に対するホルモン療法としてエストロゲン製剤の使用が一般的であるが,エストロゲン製剤の使用は静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism;以下,VTEと略記)のリスクである4)5).また,Klinefelter症候群は,原発性性腺機能低下症の中で最も頻度の高い先天性疾患であり,精巣萎縮,女性化乳房,性腺機能低下を特徴とするが性同一性障害の合併率も高いことが報告されており6)7),さらにVTE・MVTリスクとの関連性も示唆されている8).今回,我々はKlinefelter症候群を有し,長期にわたりエストロゲン吉草酸の筋肉内注射投与を受けていたMtFに発症した急性上腸間膜静脈血栓症の1例を経験したため報告する.

症例

症例:50歳,MtF

主訴:心窩部痛,嘔吐,血便

既往歴:性同一性障害,双極性感情障害,気管支喘息,Klinefelter症候群(47,XXY)の既往があり,エストラジオール吉草酸エステル(10 mg)の定期筋肉内注射(2週間に1回)を8年前より受けていた.

現病歴:受診7日前より心窩部痛を自覚していた.受診当日になり悪心,水様便・血便が出現し,心窩部痛が増悪したため救急搬送された.

搬送時現症:腹部は平坦で左上腹部はやや硬く,心窩部から左上側腹部にかけて強い圧痛を認めた.搬送後にコーヒー残渣様嘔吐と水様便に引き続くイチゴゼリー状の血便を頻回に認めた.

搬送時血液生化学検査所見:WBC 17,500/mm3,CRP 3.8 mg/dl,FDP 16.5 μg/mlと炎症反応と線溶系亢進を認めたが,その他に明らかな異常所見は認めなかった.

搬送時腹部単純CT所見:気管支喘息を考慮し造影検査は施行しなかった.限局性左側小腸壁肥厚,周囲腸間膜脂肪織濃度上昇を認めた(Fig. 1a~c).

Fig. 1 

(a, b: axial, c: coronal) Abdominal plain CT on admission revealed localized small intestinal wall thickening and an increased CT value for mesenteric fat. (d: coronal) On the second day of admission, abdominal plain CT revealed extension of intestinal wall thickening, panniculitis and oral intestinal dilation, as well as ascites and relative hyperdensity of the intestinal wall and lumen.

入院後経過:急性腸炎と診断し,シプロフロキサシン(800 mg/day)で抗菌薬加療を開始した.入院2日目も間欠的な上腹部痛が遷延しており,再度腹部単純CTを撮像した.搬送時と比較し腸管壁肥厚および腸間膜脂肪織濃度上昇域が拡大し,口側腸管の拡張を認めた.また,腸管壁・管腔内が高吸収に変化しており,腹水も出現していた(Fig. 1d).入院3日目に血液生化学検査において炎症反応の急激な上昇(WBC 27,800/mm3,CRP 17.7 mg/dl)を認め,腹水試験穿刺で血性腹水が採取されたことから,小腸壊死の可能性を考慮し緊急手術を施行した.

術中所見:審査腹腔鏡で中等量の血性腹水と黒色調に変色した壊死腸管を認め,開腹手術へ移行した.空腸は約15 cmに渡り壊死していたが,癒着・内ヘルニアは認めなかった.壊死腸管領域の腸間膜静脈処理時に多数の新鮮血栓がみられ,MVTの関連が示唆された.腸間膜動脈の拍動は触知良好であった.血流が良好な部位を確認し小腸部分切除術(全50 cm)を施行し,機能的端端吻合を行った(Fig. 2a).

Fig. 2 

(a) Intraoperative findings. The jejunum was necrotic for approximately 15 cm. (b) Macroscopic findings of the resected specimen. The thickened intestinal wall was necrotic due to congestion and infarction.

摘出標本肉眼所見:鬱血により腸管壁が著明に肥厚し梗塞壊死所見を呈していた(Fig. 2b).

病理組織学的検査所見:腸管の著明な鬱血と全層に渡る構造破壊がみられ出血性梗塞を呈していた.腸間膜静脈に多数の新鮮血栓を認め,急性上腸間膜静脈血栓症の診断となった(Fig. 3).

Fig. 3 

(a) Intestinal wall (HE stain ×1), (b) Intestinal wall (HE stain ×4). Histopathological findings showed that the congestive small intestine was broken over the entire layer and had hemorrhagic infarction. (c) Mesenteric vein thrombus (HE stain ×2). A number of fresh clots were found in the mesenteric vein.

術後経過:術後4日目より抗凝固療法としてエドキサバン30 mgを内服開始し,術後7日目に独歩退院した.後日,先天性血栓症のスクリーニング検査を施行したが,AT-III 116%,プロテインC活性103%,プロテインS活性115%,抗カルジオリピン抗体<8 U/ml,ル-プスアンチコアグラントT1/T2比1.25といずれも正常範囲内であり先天性血栓症は否定的であった.現在,術後8か月再発なく経過しており,エドキサバンは3か月継続の方針として外来follow up中である.

考察

MtFに対するエストロゲン吉草酸投与およびKlinefelter症候群に関連した急性上腸間膜静脈血栓症の1例を報告した.急性MVTは静脈鬱血によって引き起こされるまれな疾患であり,急性腸間膜虚血疾患の2~10%を占め,急性腹症開腹例の1%未満と報告される9)~12).MVTに関連した死亡率は早期診断および抗凝固療法を含む早期治療介入により改善傾向にあるが,推定死亡率は10~20%とも報告され,致死的となることは考慮しなければならない9)~14).診断にはDynamic CTが有効であり,静脈相での血栓による静脈内腔・腸間膜造影欠損像で90%以上が診断可能である15)16).診断時点で速やかに全身抗凝固療法を開始すべきだが,腹膜刺激徴候が認められた場合には外科的介入を躊躇すべきでなく,手術においては可能なかぎり多くの腸管を温存する必要がある.手術時は虚血腸管と健常腸管の区別が困難で吻合部での再発率が高いことから17),術中ドップラーエコー・ICG蛍光法の使用や2nd-look surgeryも考慮する必要がある10)18).MVTは約80%が続発性であり,その原因として局所腹腔内炎症プロセス(膵炎,炎症性腸疾患,外傷など),遺伝性血栓症(プロテインC/プロテインS/AT-III欠損,プロトロンビンG20210A突然変異,第V因子Leiden突然変異など)および全身性疾患に関連した凝固亢進状態(腹部手術歴,肝硬変,ネフローゼ症候群,悪性腫瘍,妊娠など)が挙げられる.特に経口避妊薬は重要なMVTの危険因子であり,MVT発症の4~5%を占めるとも報告されている1)~3)

本症例ではMtFに対するエストロゲン吉草酸の定期投与が急性上腸間膜静脈血栓症を引き起こす一因になったと考えられた.MtFは出生時性別と性同一性の不一致により性別違和感を持ち続けるが,その治療としてクロスセックスホルモン療法(cross sex hormone therapy;以下,CSHT と略記)を施行されることが多い19).体毛・筋肉量減少,乳房発達,脂肪再分配などを誘発させるため,欧米では経口・経皮エストロゲン製剤の投与が一般的だが20),本邦ではエストロゲン吉草酸など非経口エストロゲンが頻用されており,エストロゲン過剰投与のリスクが高くなることが懸念されている21).エストロゲン製剤はVTE発症と関連し4)5),CSHTを受けているMtFのVTEリスクは2~6%と報告される22).また,MtF 2,842名とシスジェンダー男女各48,000人とを比較したコホート研究では,MtF群でVTE発生率が有意に高く(hazard ratio 2.0),さらに絶対リスクはMtF群でフォロー期間延長とともに有意に増加した23).本症例においてもMVTの要因としてMtFへのエストロゲン吉草酸定期投与は十分に考慮されるべきであった.

さらに,本症例ではKlinefelter症候群が性同一性障害とMVTの発症に直接関与していた可能性が示唆された.Klinefelter症候群は原発性性腺機能低下症を引き起こす最も頻度の高い先天性異常であり,出生男性の500~1,000人に1人の頻度で発生する24).余剰なX染色体を有することに起因し,精巣萎縮,女性化乳房,性腺機能低下症を特徴とするが25),性同一性障害の合併率が高いことも報告されている6)7).本症例では性同一性障害の診断時にKlinefelter症候群が明らかになり,その発症にKlinefelter症候群が直接関与していた可能性が示唆された.Klinefelter症候群患者は,2型糖尿病,甲状腺機能低下症,悪性腫瘍,気管支拡張症などさまざまな疾患のリスクを有するが,難治性下肢静脈瘤,動静脈血栓塞栓症などの合併リスクも高いことが明らかになっている8).Klinefelter症候群患者のVTEリスクは正常男性と比較して5~20倍高く26),報告は非常に少ないもののKlinefelter患者のMVTによる死亡リスクが一般男性と比較し増加したことも報告されている27)~29).Klinefelter症候群におけるVTE発症の機序として,血管形成異常,プラスミノーゲン活性化因子阻害剤-1(PAI-1)活性亢進,アンドロゲン欠乏,第VIII因子活性亢進,血小板過凝集性など複数の仮説が提唱されており30),本症例におけるMVT発症機序としてKlinefelter症候群そのものが関与していた可能性も示唆された.

医学中央雑誌(1964年~2020年1月)で「腸間膜静脈血栓症」,「性同一性障害」,「Klinefelter症候群」をキーワードに,PubMed(1950年~2020年1月)で「mesenteric venous thrombosis」,「transgender」もしくは「gender identity disorder」もしくは「gender dysphoria」,「Klinefelter syndrome」をキーワードとして検索したが一致した報告はなかった.また,PubMed(1950年~2020年1月)で「thrombosis」,「Klinefelter syndrome」で検索した場合,急性上腸間膜静脈血栓症に関連した症例報告は自験例を含め3例31)32)であった(Table 1).Klinefelter症候群に対してはテストステロン補充療法が一般的であり,Klinefelter症候群にMtFを合併しCSHTとしてエストロゲン製剤を投与しMVTが生じた報告は本症例以外になかった.本症例では気管支喘息を理由に造影CTを施行しなかったが,背景疾患と投与薬剤を考慮すると初期からMVTを念頭に置き,迅速に造影CTを撮像し抗凝固療法を開始すべきであった.

Table 1  Reported cases of acute superior mesenteric thrombosis with Klinefelter syndrome
Case Author (Year) Age Age at diagnosed KS Past medical history and comorbidities Hormone therapy (dose and duration) Diagnostic methods of SMV Area of thrombosis Treatment (resected intestine) Anticoagulation therapy
1 Murray31) (1988) 35 21 Reccurent DVT (with IVC filter), Alcoholism, Malloy-Weiss syndrome None Angiography: nonvisualization of SMV and abnormal venous pooling in mesentric collateral veins. main duct of SMV Surgery (5 feet of jejunum to the last foot of ileum) details unknown
2 Wilkie32) (2020) 50 34 Reccurent DVT (two times): enoxaparin→warfarin for 8 months→long-term aspirin TRT intramuscular testosterone (dose unknown for 6 years) Enhanced CT: a large SMV thrombosis extending superiorly into the PV. SMV-PV Surgery (30-cm ileum→2nd look surgery: extra 10-cm ileum) enoxaparin→rivaroxaban
3 Our case 50 42 MtF, Asthma, Bipolar disorder CSHT intramuscular estradiol valerate (10 mg every two weeks over 10 years) Plane CT: localized small intestinal wall thickening and increased CT value of mesenteric fat. Pathological findings: a number of fresh clots were found in the MVT. peripheral of SMV Surgery (15-cm jejunum) edoxaban 30 mg/day (90 days)

KS: Klinefelter syndrome, SMV: superior mesenteric vein, DVT: deep vein thrombosis, IVC: inferior vena cava, TRT: testosterone replacement therapy, PV: portal vein, MtF: male-to-female, CSHT: cross sex hormone therapy

我々はMtFに対するエストロゲン吉草酸長期投与とKlinefelter症候群に関連した急性上腸間膜静脈血栓症の1例を経験した.MtFに対するエストロゲン吉草酸の投与はMVTのリスクであり,MVTにより小腸梗塞壊死が引き起こされた.また,本症例の性同一性障害の背景疾患としてKlinefelter症候群があり,同症候群そのものが直接MVTのリスクを高め,これらエストロゲン吉草酸投与とKlinefelter症候群の二大因子の相乗効果により急性上腸間膜静脈血栓症が発症した可能性が示唆された.

利益相反:なし

文献
 

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